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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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北条氏邦 北条の夢 第六章

 北条家の代は実質的に氏政になった。新たな体制の下で兄弟力を合わせて北条の夢に向かう氏邦たち。そんな氏邦たちは新たなる戦いに巻き込まれる。

 天正四年(一五七六)氏邦は安房守を名乗るようになった。これは上野を支配していた山内上杉家が代々名乗っていたものである。これを氏邦が名乗ったのは上野を支配する立場であることを表明するという事であった。それはすなわち北条家が上野を実質的に支配している存在になるという事を表明するというわけである。むろんそれができる実力があればこそであるが。

「氏邦様が安房守を名乗られるのはめでたいことでございます。私や由良家が北条家に従ってきたことが間違いで無かったという事ですな」

 そう言っているのは由良成繁であった。成繁は少し前に隠居して家督を息子の国繁に譲っている。この国繁は父曰く

「少々粗忽者でして」

とのことであった。尤も氏邦から見ればそこまで問題のあるような人物には見えなかった。

「(親だからこそ厳しく見ているという事か)」

 氏邦はそう判断している。

 さて氏邦が安房守を名乗るようになったのは記したとおりであるが、こうした動きにたいして上杉家は特に何も言ってこない。

「謙信は関東のことを忘れたのか? 」

「流石にそれは…… ただまあ昔に比べては熱心に取組まなくなっているとは思います」

 現実問題謙信が関東に出陣する規模も頻度も減ってきている。そうした結果の上野への影響力の増大という結果なのだから氏邦としては少し複雑であった。

「敵が攻めてこないのは民にとってはいいことであるが、将としては何とも言えんな」

 上杉謙信の関東への出陣はこの年の五月が最後である。尤も氏邦がそれを知れるわけもない。だから黙って謙信のいるであろう越後の方を睨みつけているのであった。


 氏邦が安房守を名乗り始めた翌年の天正五年(一五七七)氏政の妹、つまり氏邦の妹でもある、が武田勝頼に嫁いだ。これは甲相同盟の強化のためである。勝頼は天正三年(一五七五)に織田家と徳川家の連合軍に大敗を喫し大打撃をこうむっている。これもあって北条家との同盟の強化を望んだのであった。一方で天正五年中には加賀(現石川県)の手取川で起きた戦いにおいて上杉謙信が織田家の軍勢を打ち破っていた。

 こうした動きは流石に氏邦の耳にも入ってきている。自分たちとかかわりあいのある大勢力が勝ったり負けたりをしていれば、必然的にこちらの情勢にもいろいろと影響を及ぼしてくる。とは言え直接どうこうというのは考えてはいなかった。

「武田も上杉も滅びるようなことは無いだろうが…… まあわざわざ畿内の連中が関東までやってくるようなことは無いだろう」

 この時点での氏邦の認識はその程度である。

 さて北条家は相変わらず北条の夢である関東の制覇に邁進している。上総の方面は北条家の優位に進んでいるが北関東は苦戦していた。氏邦としては山の向こうの上杉家を睨みけん制している状況にあった。

 そんな中で天正六年(一五七八)驚くべき情報が入った。知らせてきたのは由良成繁の息子の国繁である。

「上杉謙信が死んだ!? それは本当なのか? 国繁」

「はい、誠のようです。厩橋城の北条きたじょう殿が知らせてくれました」

 この北条殿というのは厩橋城城主の北条景広である。景広の父の高広は一度上杉家を離反して北条家に味方したこともある人物であった。現状は敵だが北条家とは色々とつながりがあるというわけである。

上杉謙信死亡。この大事件を知った氏邦の関心は一つであった。

「謙信は誰を世継ぎとしたのだ」

「そ、それは…… わかりませぬ」

「馬鹿野郎! それが一番大事じゃないか! 」

 思わず怒鳴る氏邦。それに驚いて平伏する国繁。

「(もし上杉家を景虎が継いだのなら大変なことだ。北条家は関東だけでなく越後や越中も手に入れることになる)……兎も角、兄上たちに知らせなければ」

 氏邦はすぐに伝令を出す。そして自分は国繁と共に情報収集に努めるのであった。

 

 後日、景虎に従っていた遠山康光から詳細の連絡が入る。何でも謙信は急死だったらしく遺言も残っていないそうだ。

 景虎は謙信に可愛がられていたことから上杉家中でも景虎を推す声もあるらしい。一方で謙信の甥の景勝を推す声もあるそうだ。

「どちらを盛り立てるかで上杉家中は二つに割れております。北条家からの何かしらのご支援があるとありがたいです」

 康光からの書状はそう結んであった。それは暗に軍事的な支援を求めていると取れる内容である。

 小田原に集まった北条兄弟は今後の上杉家への対応を話し合う。

「康光の書状を見る限り景虎と景勝で戦が起こりそうだ。どうする? 」

「無論景虎を支援するに決まっている」

 氏邦の問いに氏政はさも当然だと答えた。それは氏照も氏規も同様である。ただ氏規には心配なことがあった。

「北関東の情勢はますます難しくなるでしょうな。特に常陸の佐竹の動きが」

 佐竹家は関東における反北条家の代表といえる大名であった。近年はほかの大名と連携を取り北条家を苦戦させている。

 氏政もそこは理解している。氏規のいう事はもっともであった。

「景虎の支援は氏邦を中心に上野の者たちに頼む。武田家にも支援を頼もう。そちらは氏規に任せる」

「承知しました。ではさっそく勝頼殿に連絡を取ります」

「任せてくれ。景虎を必ず勝たせる」

 そういう二人を氏照は頼もしげに見つめている。

「二人とも頼りになるな。私も私の仕事を務めるとするか」

「ああ、氏照は引き続き北関東のことを頼む。さて、これからが忙しい。皆頼むぞ」

 氏政の言葉に力強くうなずく弟たち。それを頼もし気に見つめる氏政であった。

 

 氏邦はさっそく上野の上杉家臣たちの調略に移った。すでに北条景広は景虎に味方することを表明している。他にも数名の武将が氏邦の調略を受けて景虎に味方する姿勢を見せていた。

「これならば上野は問題なかろう。足場を固めて越後に向かうとするか」

 氏邦は北条景広を越後に向かわせつつ自らは上野の平定に乗り出した。とは言え上野で景勝方に味方している者は少ない。唯一景勝方であった沼田城はあっさりと落城していた。これならば上野の平定も容易である。

「準備を固めたら俺も越後に出向こう。俺らが攻め上れば景勝の不利は明白になる。そうなれば越後の者どもは景虎に従うはずだ」

 この氏邦の目算は楽観的とも取れる見方であった。尤もそういう見方をしてもおかしくない情勢である。謙信死去時の上杉家の状況は周囲を敵に囲まれているという状況であった。そんな情勢で内乱が起きたのである。

 しかし隣接する上杉家の敵対勢力のうち巨大な二つ、北条家と武田家は片方に肩入れしている状況なのだ。その点を考えれば越後の領主や上杉家の武将たちがどちらに味方するかは目に見えている。

「氏規兄上が言うには武田家はもうすでに越後に向かっているらしい。武田家が信濃から攻め入り俺たちは上野から攻め入る。そうすれば景勝も終わりだ」

 現実問題どう考えても景虎方の有利であった。ところが氏邦のもとに勝頼が進軍を停止したとの情報が入る。不審に思う氏邦であったが次に入ってきた情報を聞いて動転した。

「勝頼が景勝と和睦を結んだ?! 何を考えているんだ! 」

 氏邦の耳に入ったのは勝頼が景勝と和睦し同盟を結んだというものであった。勝頼は景虎を助けるどころか敵対する景勝と同盟を結び引き返してしまったのである。

 これを知って氏邦だけでなく氏政も怒り狂った。

「何という馬鹿な真似を! 武田は何度我らを裏切れば気が済むのだ! 」

 これを報告した氏規もかなり腹が立っている様子である。

「勝頼殿からは景虎と景勝を和睦させようとしたが不首尾に終わった、との知らせが届きました。それゆえに引き返したと」

「誰もそんなことは頼んでいない! 第一、なぜそんなことをする必要があるのだ! 」

「恐らく勝頼殿は織田家や徳川家の戦に集中したいのでしょう。しかしそれならば景勝と和睦などする必要はないのですが…… 」

 怒りの収まらない北条兄弟。だが現実問題として武田家は景勝の味方となった。こうなると氏邦もうかうかしていられない。

「急いで越後に向かう。待っていろよ…… 景虎」

 山の向こうの兄弟のため、氏邦は急ぎ準備を進めるのであった。


 武田家の撤退と景勝との同盟を受けて氏政はすぐに景虎の支援の為に動いた。自らは上野に出陣し氏邦を越後に向けて出陣させる。氏邦はすでに出陣の準備を終えていた。そして氏政が上野に入る前に越後に向けて出陣する。

「急がなければ。雪が降ったらもうどうしようもないぞ」

 もはや秋は終わりに近づいてきている。冬になれば峠は雪に覆われ進軍もままならに状況になるだろう。氏邦は、いや北条家一同は冬に入る前に越後に入り、可能ならば景勝を撃破するかできなければ痛手を与えておきたかった。景勝をどうにかしたとしても武田家との戦いがあるはずである。現状上杉家臣の中には様子見をしている者もいる。景虎への援軍が間に合えば彼らも景虎方に着くとみていいだろう。要するに有利な方に味方しようとしているのである。

「急げ、急げ…… 」

 急ぐ氏邦であるが上越国境の峠を越えるのは初めてである。慣れぬ峠越えに苦戦しつつもなんとか越後に入ることができた。そして景勝方の城である坂戸城を北条景広等と攻撃する。坂戸城は堅個な山城であったがここで立ち止まっている暇はない。

「このあたりにある景勝の城はこれだけじゃない。どうにかせんと」

 この近辺は景勝の本拠地ともいえる場所であった。攻め落とせればだいぶ動揺を与えられるし景勝も有利になる。しかしそれが途方もなく難しい。当たり前の話であるが景勝方も死に物狂いで立ち向かってくるのであるから。尤もそれは氏邦も同じくである。氏邦も弟を助けるために必死であった。

「こんなところで立ち止まっている暇はない! 邪魔をするなら皆討ち取ってくれる! 」

 氏邦は果敢に攻める。しかし景勝方も死に物狂いで守る。こうなると慣れぬ峠越えをした氏邦たちが不利であった。しかしそれでも氏政率いる軍勢も追いついたのでひとまず優勢になる。しかしそれも一瞬のことであった。すぐに武田家の軍勢が景勝を支援する為に向かっているという情報が入った。

「武田勝頼…… どこまでも邪魔をしてくれる…… 」

 苦々しくつぶやく氏邦。だがさらに渋い顔をしているのが氏政である。

「雪が強くなってきたな…… 」

 もはや季節は冬に入った。雪も積もり始めている。もはや限界が近いのは明白である。氏政は決断した。

「これ以上は戦えない。引き上げる」

「しかし! 氏政兄上! 」

「分かっている! だが、これ以上は戦えない。よしんば城を落してもすぐに取り返されるだろう。そうなれば我らは深手を被ることになる。そうなれば景虎を助けることなどできん」

 怒る氏邦であったが悲壮な表情で言う氏政を見て何も言えなかった。坂戸城の包囲は解かれ氏政は撤退し、氏邦は景広と共に少し前に攻め落としておいた城に入る。

「何とか耐えてくれ…… 景虎」

 悲痛な表情で祈る氏邦。だがその願いが届くことは無かったのである。


 北条家の撤退を受けて情勢は一気に動いた。まず景虎と景勝のどちらにも味方せず様子見をしていた上杉家臣達が景勝に味方し始めたのである。この結果上杉領国内での景虎の孤立が一気に進んだ。

「この様を見つめるだけで何もできんとは…… 」

 越後に残留していた氏邦は口惜しさに歯噛みするしかなかった。同じ越後にあっても雪と敵に行く手を阻まれている氏邦にはどうすることもできない。

 さらに衝撃的な事態が発生した。少数の手勢で城を出ていた北条景広が景勝方の武将の襲撃に会い殺害されてしまったのである。これでますます上杉家の家臣たちは景勝に味方し始めた。

 やがて冬が終わり始め年が明けると氏政もすぐに軍勢を北上させ始める。一方氏邦は景広死亡の痛手が大きく動けなかった。この間にも景虎は攻撃を受けている。氏邦は何とか景勝方の城を攻めて後方をかく乱しようとするがそれもうまくいかなかった。

 天正七年(一五七九)の三月、景虎は前関東管領である上杉憲政に景勝との和睦を依頼、自分の息子の堂満丸伴わせて向かわせた。自分の息子を伴わせたのは景勝への人質という事であり、実質的には降伏といっても過言ではない。氏邦もこの情報を入手する。

「こうなれば仕方ない。生き残ってくれればそれでよいのだ」

 もはや景虎に勝機はない。ここで生き残れば越後を出て北条家に帰ることもできるだろう。氏邦はそう考えた。

 だが景虎や北条家の兄弟にとって非常な展開が待っていた。交渉に向かった憲政と伴われていた堂満丸は景勝の手の者に討たれてしまったのである。そして景勝は景虎に総攻撃を仕掛けた。これにかなうはずもなく景虎は討たれて命を落とす。遠山康光も共に死んだ。

 これを知った氏邦は力なく家臣たちに号令する。

「これより引き上げる…… 」

 もはや戦う理由はない。戦う気力もない。

「俺は弟を助けることもできんのか」

 打ちひしがれながら関東に戻る氏邦であった。

 今回の話はいわゆる御館の乱と呼ばれるものです。この乱は上杉家の内戦であるわけですが北条家サイドからの視点で見るとかなり悲劇的なものになっています。最終的に弟を見殺しにすることしかできなかった氏政や氏邦たちの無念は相当なものだったのでしょう。

 さて御館の乱は周囲の勢力に様々な影響を及ぼしました。北条家も例外ではなくここから苦境に追い込まれてしまいます。そしてこれをきっかけに北条家も中央政権とのかかわりも生まれ別の苦しみを味わうことになります。いったい何が起こるのか? お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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