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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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小笠原貞慶 小笠原貞慶の半世紀 第三章

 本圀寺の変で叔父の信定を失った貞慶。さらに小笠原家を庇護していた三好家の勢力も大きく減退した。時代が新たな段階に移り始める中で貞慶はどう生きていくのか。

本圀寺での戦いの翌年、元亀元年(一五七〇)織田信長は離反した義弟の浅井長政や朝倉家との戦いに注力した。この動きに本国である四国に撤退していた三好三人衆は再度畿内に進出し浅井、朝倉と連携して信長を責め立てる。

 貞慶達小笠原家の面々は畿内に潜伏していたが三好三人衆の進出に呼応し参戦した。この戦いで何とか京に復帰したいと考えていたのである。

「これ以上浪々の身では家臣の身が持たん。何とかせねば」

 この頃になると貞慶も小笠原家を率いるものとしての落ち着きが現れてきている。それゆえに先々のことも考え始めていた。

「このまま三好三人衆に従っていてよいものか。しかし義昭様に仕えることもできん」

 悩む貞慶だが今は目の前の戦いを生き延びることである。三好三人衆は本願寺などとも協力し信長を追い詰めようとした。この包囲網は強力でじりじりと織田信長は追い詰められて行く。しかし信長は家臣や一門を失いながらも耐え凌ぎ、ついには三好三人衆ら敵対している勢力との講和にこぎつけた。

 この結果に貞慶は驚嘆した。

「織田信長という人物は相当の方なのかもしれん」

 この和睦で三好三人衆は三好義継や松永久秀とも和解し、そろって足利義昭に仕えることになる。そして貞慶も何とか京に戻ることができた。とは言え本懐である信濃への復帰はまだまだ遠い道のりである。


 周囲を敵に囲まれた織田信長は和睦をすることでその場をしのぎ切る。やがて体制が整うと敵対勢力の鎮圧に臨み始めた。一方この頃京では妙な噂が流れている。その噂を聞いた貞慶は耳を疑った。

「信長様と義昭様が不和? 一体どういうことだ? 」

 それは信長と将軍義昭の不和の噂であった。しかしにわかには信じられないものである。

「信長様は義昭様の恩人で後ろ盾。一体何故? まさか義輝様のように支えてもらっていることを忘れて疎ましく思っているという事か」

 実際この貞慶の推理が正解である。義昭は将軍として独自に行動したいと思っていたが、信長はそれを許さなかった。これを不服に感じた義昭は信長への恩義を忘れて独自に行動を試みようと考えているのである。もっとも義昭の軍事的な基盤は信長あってのことであり、現実が見えていないだけでもあった。貞慶もそう考えているから色々と不安である。

「三好家の方々は今京にいない。もうこうなれば織田家に庇護を求めるとした方が良いか」

 現在京やその周辺地域は織田家の家臣が治めている状況である。貞慶は織田家家臣で京都所司代の村井貞勝に小笠原家の庇護と信濃への復帰の支援を依頼した。これに対して貞勝は

「小笠原家ほどの名家の方が浪々の身ではいかにも悲しい。いいでしょう。織田家で貴殿らを庇護しましょう」

と答えた。庇護は承知してもらったが復帰に関しては何も言われていない。尤もこれは仕方のないことだと貞慶は思った。

「仕方あるまい。織田家が信濃に攻め入るとは考えられないからな」

 当座は自家の保護である。貞慶としては十分な処置であった。

 こうして織田家の庇護下に入った小笠原家。一方で京周辺の事情はここからの数年で激変する。まず三好義継率いる三好家が義昭を対立し始めたのだ。これは松永久秀や三好三人衆を含む三好家全体の総意である。三好家は織田家と敵対している浅井家などと手を組んで織田家や義昭を脅かし始めた。ところがすぐに義昭は三好家と和睦し織田家への包囲網に参加するのである。そしてなんと武田信玄もその包囲網に加わった。そして上洛を表明しているという。さらに信長の同盟者の徳川家康に大勝したらしい。これには貞慶も慌てる。

「武田家が上洛してきたら我らの居場所などない。それに逃げ場所もない。どうすればいいのだ」

 そう考えてもどうすることもできない。貞慶はただ怯えて待つだけであった。ところが信玄は家康に勝利した後引き返してしまった。

 一方京では義昭が挙兵するもすぐに信長に敗れてしまう。そして敗れた義昭は追放され元号も元亀から天正に変わる。この天正元年(一五七三)信長は敵対する浅井家、朝倉家を滅ぼした。さらに三好義継と三好三人衆を打ち破り、松永久秀を降参させる。結局畿内や周辺地域の織田家の敵は駆逐されたのであった。

 むろん早いうちに織田家に従っていた小笠原家にはうれしい話である。しかしこの凄まじい激動に貞慶も戸惑うばかりであった。

「生き残ったのはいい。しかしこれからどうなることか」

 この情勢の変化にこれからのことを考える余裕などない貞慶であった。


 義昭追放後の貞慶はそのまま織田家に仕えることになった。ここから貞慶に運が向いてくる。そもそも織田信長は天下統一を目指していた。義昭を擁立したのもその一環である。そして今は義昭を擁立しなくても各地の大名に干渉できるくらいの権力を持ち始めていた。

 いわば信長は天下人になりつつあるといえる。そんな信長はもちろん西国だけでなく東国も支配下に治めようと考えていた。そしてそこには当然信濃も含まれる。

「このまま信長様に仕えていれば旧領の復帰も叶うかもしれん」

 幸い貞慶は信長に従う東国の諸勢力との交渉を任された。その交渉の中には織田家と敵対している武田家を攻略するための戦略も含まれる。そしてこの任務の恩賞として信濃の筑摩群を与えられることになった。貞慶としては勇躍してこの任務に臨む。

「この役目を果たせばひとまず信濃に領地が得られる。そこから旧領を取り戻すことも不可能ではない」

 喜び勇んで任務に臨む貞慶。一方の織田家は武田家との天正三年(一五七五)の戦で大勝をして形勢を逆転させている。いまだ武田家の勢力は健在なので攻め滅ぼすまではいかないが優位な情勢に傾きつつあった。

 こうした対武田家の情勢が有利に進む一方で貞慶は気になることがあった。

「信長様は上杉家も打ち倒そうとしている。それは仕様がないとして何とか父上と兄上を呼び戻せないだろうか」

 信長は東国の敵として武田家と上杉家を標的としていた。しかし上杉家に関しては戦上手の上杉謙信によりなかなかうまくいかないようである。だがその謙信も天正六年(一五七八)にこの世を去った。この時謙信は後継者を指名していなかったので養子である上杉景勝と景虎の対立が発生する。

 貞慶の得た情報によれば長時は景虎に味方したらしい。一方で長隆は景勝に味方したようだった。

「どちらが勝っても家が遺るようにという事か? 」

 そう考える貞慶だが実際は旧領回復を望む長時と、上杉家臣として生きようと考えた長隆の間で意見の相違が起きたらしい。尤もこれを貞慶は後々に知ることになる。兎も角上杉家も小笠原家も二つに分けた戦いは熾烈を極めた。しかし最終的には景勝の有利に進んでいく。

 こうした情報を得る貞慶の心情は複雑であった。

「どちらが勝とうとも上杉家は織田家との戦は止めないだろう。何より信長様は上杉家を許さん。どうなるにせよ父上か兄上のどちらかと争うことになるのか」

 現状は兄の方との戦になりそうである。そして敗れた方の命の保証はない。憂鬱であるが仕方のない話であった。

 やがて貞慶のもとに上杉家の内紛に決着がついたという報せが入った。結果は景勝方の勝利である。そして景虎は自害したという。長隆は生き残りそのまま景勝に仕えているようだった。

「父上はどうなったのだ。何とか消息はつかめないか」

 貞慶は父の情報を求める。しかしさっぱり出てこない。死んでいるか生きているかもわからない有様であった。

「死んでいるのならばむしろ死んでいるという情報が出る。ならば逆に生きているという事か? 」

 そう考えることで心を落ち着かせようと考える貞慶。だがこのすぐ後に思いもよらぬところから長時の消息が伝わるのであった。


 貞慶が長時の消息を知ったのは東北の有力大名である伊達家からの書状であった。そこには伊達家と同盟を結んでいる会津の蘆名家に長時がおり、伊達家が織田家と誼をつなぐついでにその事実を知らせてきたのである。

 むろん貞慶は驚いた。

「まさかさらに北へと逃れているとは。しかし会いに来てほしいとはどういうことだ」

 伊達家の書状には長時が貞慶と面会したいと言っているという事も書かれてあった。要するに会津まで来いという事である。貞慶としてはもはやわだかまりもないし会うのはやぶさかではない。だが京から会津に向かうとなるとかなりの遠出となった。

 とりあえず貞慶は上役に相談する。その際に

「父が蘆名のもとにいるのなら父を通じて蘆名を従えることもできるかもしれません」

と言っておいた。もっとも貞慶は長時がそんなに重用されているとは思っていない。しかしのちの交渉で仕える縁を作っておくのも悪くないと思っただけである。上役もそれは言わずとも理解していたので

「よし。行ってこい」

と、快く送り出してくれた。

 それから数か月後貞慶の姿は会津の黒川城の城下町についた。蘆名家は東北でも伊達家に続く有力な大名である。従ってその街並みも立派なものであった。

「これほどの町を作り上げるならば御当主の盛氏様は大したお方なのだろう。上杉とも争っているともいうし味方してくれれば織田家にとっても良いことだ」

 その後貞慶は盛氏に拝謁した。これは予定にないことだったので貞慶も驚いている。蘆名家臣の話によれば長時の進言もあって盛氏は決断したらしい。これには貞慶も驚いている。

「父上は思ったより重用されているのか」

さて面会した盛氏はまさしく傑物といった風である。一方で己の力量を過信しない謙虚さもあった。

「伊達家からも織田家の勢いは飛ぶ鳥を落とす勢い。いずれは天下に号令をかけるだろうと言われております。我らとしては今からでも誼を通じておきたく思います」

 そしてゆくゆくは上杉との戦いに助力を、という事までは言わなかった。今は謙虚に従う姿勢を見せておこうという考えなのだろう。貞慶もそれはわかるし文句を言う理由もなかった。

「殿には盛氏様のお心をお伝えしておきます」

 と、あくまでにこやかに言うのであった。

 こうして盛氏との面会を終えた貞慶は長時の屋敷に向かった。そして驚く。かなり立派な屋敷だったからである。

「父上は大層盛氏様に気に入られているのだな」

 そして屋敷に入ると長時が直々に出迎えてきた。

「久しいな。久しいなぁ貞慶」

 長時はもはや六十を過ぎており当時としては老人といってもいい年齢である。貞慶も三十をだいぶに過ぎた初老手前の壮年であった。そしてこの二人がこうして顔を会わせるのは実に十年以上の時が流れている。

「父上…… お元気そうで何よりです」

「なんの。もうだいぶに老いてしまったよ」

 その日は二人の再会を祝い宴席が設けられた。そこで長時は今に至る経緯を話す。

「そもそも景勝殿は織田家と敵対し武田と手を組まんとしていた。そんな御仁に従うわけにはいかん。長隆は聞かなんだが小笠原家としてはそうするべきだったのだ。だが景虎様が討たれた。こうなっては仕様がない。だが儂は死ぬつもりもなかったので逃れたのだ。すると盛氏様から名家の小笠原家が浪々の身では気の毒だと拾ってくださったのだよ」

 とのことであった。貞慶はそれなら自分のところに逃れてきてくれてもいいと思ったのだが、よくよく考えれば長時はもう老齢である。越後から京に向かうより会津に向かう方が安全だったのだろう。何は兎も角貞慶は父の無事を喜んだ。だが一つ気になることもある。

「兄上はいかがしているのでしょうか」

 これを聞いた長時は顔をしかめてこう言った。

「あれとは縁を切った。最早小笠原の再興など忘れてしまっておる」

「しかしそれでは誰が父の跡を継ぐのですか」

「決まっておる。お主だ。だから呼んだのだぞ」

 長時は呆れ返った表情で言った。一方の貞慶も思いもがけぬ発言に面食らう。だが嫡男が縁を切られた以上はその弟が家を継ぐのは当然であった。

「織田信長様の下で何としてでも小笠原家を再興させるのだぞ」

「は、はい。承知しました」

 こうして思いもがけぬ形で貞慶は小笠原家の家督を継ぐのであった。


 貞慶は暫く蘆名家に滞在していたが仕事もあるので京に戻ることにした。この際長時に同行を進めるが

「儂はもう隠居だ。あとのことはお前に託す」

と言って会津に残った。

 その後京に戻った貞慶はどうにか兄の貞隆と連絡を取りたかった。

「父上の言ったことが本当なのだろうが、兄上の話も聞いておかなければ」

 そう考えるも敵対する勢力に属する人間と文のやり取りなどできない。何とか連絡したいと思っても織田家と上杉家の戦いはますます激化していった。

 そして天正九年(一五八一)、貞慶のもとに長隆の情報が入った。

「越中(現富山県)で佐々成政殿の軍勢が討ち取った証の中に小笠原長隆殿がいたそうだ」

 貞慶は言葉を失った。だが何とか言葉を絞り出す。

「死んでいる方が情報ははっきりとする。だがこんなことならはっきりとしてほしくなかった」

 この後で貞慶は長時に長隆戦死の文を送った。これに対して長時からの返信はない。最早縁の切れた相手だという事なのだろう。

「兄上はもういない。ならば私が小笠原家を再興して見せる」

 そう新たな決意を固める貞慶であった。


 実のころ今回の話の時代の貞慶の動向はよく分かっていません。話の中にある通り三好三人衆が降伏したタイミングで義昭に降ったこと、そののち信長に仕えて東国の調略に携わったこと、そして長時から家督を譲られたという事です。そしてこの家督継承についても何故嫡男ではない貞慶に譲ったかというのも不明です。まあ天下を統一しそうな勢いの信長に仕えていたからだというのが妥当な理由であると思いますが。

 さて年号から分かる人もいるでしょうがいよいよ件の大事件が発生します。この事件で貞慶の人生も大きく動きますのでお楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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