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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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小笠原貞慶 小笠原貞慶の半世紀 第二章

 故郷を追われた貞慶達は有力な大名である三好長慶の助力を得ることができた。長慶のもとでいつかきっと故郷に帰れると信じていた貞慶達。だが長慶の死をきっかけに大混乱が起きる。貞慶達はそれにいやおう無しに巻き込まれてしまう。

 三好長慶の死後、後を継いだのは長慶の甥(十河一存)の息子の義継であった。義継は小笠原家に対して引き続きの支援を表明している。とりあえず貞慶は一安心であった。

「三好家からの扱いは変わらないのはありがたいことだ」

 一方で長時や信定は浮かない様子である。理由は三好家の内情や義継の気性にあった。

「信定よ。義継さまは長慶様と違い血気に逸る方だと聞くが」

「そのようです三好家をより大きくすることに兎に角執心されているとか」

「それに三好家中での対立もますます強くなっているらしい」

 長慶を支える弟たちの相次ぐ死、そして後継者として認められていた義興の早すぎる死。これらは三好家の内情を悪化させるのに十分すぎるほどであった。さらに前々からあった三好一族と重臣で構成される三好三人衆と長慶に抜擢され活躍していた松永久秀との対立は抜き差しならないものになっている。

 一方で将軍の義輝は長慶の死で影響力の衰えた三好家から離れ独自に権威を確立しようとしている。しかしこれは三好家にとっては一致して都合の悪いものであった。

 こうした情勢下で生じる不穏な空気を貞慶もさすがに感じ取っている。

「我らの立場が保証されるのはいいがこの先どうなることか」

 この先の見えぬ情勢に不安を抱く貞慶であった。一方の長時はある決断を下す。

「儂は越後に行って上杉家の世話になろうと思う」

 これには貞慶も驚く。

「上杉殿はもはや信濃に入ることを諦めたのでは? 」

「そうかも知れぬ。しかしもはやあの近辺の勢力で武田にかなうのは上杉しかない」

「それはそうかも知れませんが」

 貞慶は納得いかなかった。正直長時が行ったところで輝虎が信濃への奪還を援助してくれるとはお前なかったからである。尤もそれは長時も理解している。

「あちらに行くことで信濃の情勢も探れよう。貞慶は信定と共に残ってくれ。そうすればもし何かがあっても小笠原の家は残る」

 こう言われて貞慶は絶句した。まるで越後に行く長時か京に残る貞慶のどちらかが死ぬかもしれないと言っているようなものだったからである。

「父上。その申され要は…… 」

 貞慶は反論しようとする。しかしそれを長時は遮った。

「正直この先何が起こるかわからん。ならば会えて家を二つに分けるのも道だろう」

 長時は貞慶の兄の長隆を連れていくつもりのようだった。要は万が一に備えて小笠原家を二つに分けどちらかを残そうという事なのだろう。だがその意図が分かっても貞慶は納得できない。

「(父上と兄上が越後に向かうのならそちらが本家。私は捨て駒のようなものではないか。父上はもめごとに巻き込まれたくなくて京から逃げるのだ)」

 そう考える貞慶。だがあえて何も言わなかった。そういう考えなら自分が長時を見捨ててやると考えたのである。

「どうなろうと私が小笠原家の血を残す」

 旅立つ父と兄の背中ら睨みつけながらそう誓う貞慶であった。

 

 長時が旅立った後の京や畿内は不気味なほど平穏であった。貞慶としてもこの平穏さが不穏である。

「叔父上。平穏なのはいいことなのだと思いますが…… 何か、こう、逆に不穏なものを感じさせると言いますか」

「全くだ。これが嵐の前の静けさではないと思いたいが」

 まだ若い貞慶は不安に慄いている。一方の信定は武田家との厳しい戦いを潜り抜けてきた武人であるだけに冷静であった。尤もそれゆえにこの平穏さへの不気味さにも警戒心を抱いている。

「血の気の多いという義継様がこうも大人しい。何も動かないというのは妙ではあるな」

 冷静にさりげなく言う信定。これを聞いてますます慄く貞慶であった。

 やがて年が明けて永禄八年(一五六五)五月、三好義継率いる軍勢が京にやって来た。清水寺に参詣するという名目であるがそれならこんな軍勢はいらない。しかも義継が率いているのは三好三人衆に松永久秀の息子の久通など畿内にいる主力の大半であった。

 この剣呑な状況に京の小笠原家の屋敷に緊張が走る。貞慶は震えながら信定に訊ねた。

「ど、どうされますか叔父上」

「兎も角何が起こるかわからぬ。屋敷の守りを固めよう」

 信定の指揮の下で防備を始める貞慶達。やがて将軍の義輝のいる二条御所の方角から鉄砲の音が響いた。これに貞慶は驚嘆する。

「義継様たちが御所に攻め入ったのか!? 」

「ああ。そのようだな…… 」

 この事態に信定の額にも冷や汗が流れる。貞慶に至っては顔面蒼白であった。だが小笠原家の屋敷の周辺は特に何もない。尤もそれは義継が連れてきた軍勢がほとんど二条御所に投入されているということの証でもある。

 戦いは意外なほど長く続いた。貞慶ですら二条御所に詰めている将兵がそれほど多くないことを知っている。それでも戦闘が長引くという事はその少ない将兵が奮戦しているという事でもあった。しかしその抵抗が終わるのも時間の問題である。それほどの兵力差があるのだから。

 やがて二条御所の方から火の手が上がった。そしてその日は燃え上がり炎となって御所を焼き尽くす。その凄まじい炎を貞慶と信定は呆然と見つめていた。

 暫くして火の手が収まり始めた。やがて貞慶達のもとにも義輝が討ち死にしたという報せが入る。この時になると貞慶も落ち着いていた。

「叔父上。よろしいですか」

 やたらに落ち着いた声色であった。信定も静かに応える。

「なんだ」

「公方様を討ち、御所を焼いて、義継様はどうなされたいのでしょうか」

「分からん」

 信定は答えが思いつかなかった。尤もそれは貞慶もわかっていたようである。だからそれ以上は何も訊ねなかった。


 三好家の攻撃を受けて足利義輝は落命した。一方、大和(現奈良県)の奈良で僧籍に入っていた義輝の弟の覚慶はひそかに脱出して還俗し義昭と名乗る。そして各地の大名に協力を要請しながら潜伏生活をつづけた。

 こうした動きにたいして三好義継と三好三人衆は阿波(現徳島県)で保護していた義昭の従弟の義栄を擁立しようとする。ところがこの頃から三好家内部での対立、つまりは三好三人衆と松永久秀、久通親子の対立が顕在化しようとしていた。そもそも久秀は義輝死後に義昭をひそかに保護している。これは三好三人衆が義栄を擁立するであろう動きを予期して対抗馬として義昭を擁立しようと考えてのことであった。結局は逃げられてしまいそれが理由となり久秀は三好家での立場を悪くしている。そしてこれも三人衆との対立の激化の要因となった。

 こうした情勢下で京に残っている貞慶や信定は去就に迷う。

「叔父上。いったいどちらに付けば小笠原家の再興につながるのですかね」

「分からぬ。そもそもどちらに付こうとも公方様を討ったものの味方に付くという事になるのだからな」

「義などどちらにもないという事ですか。何という事か…… 」

 現状二人そろって頭を抱えるしかない。尤も大した軍事力も影響力もない小笠原家である。両陣営から無視されているような現状ではあった。そういうわけで状況を見極める時間は意外なほどある。とりあえず二人は様子見をすることにした。

「義昭様か義栄様か。どちらかが公方様になられてから決めればよい」

 信定がそう決めたので貞慶も従う。ところが三好三人衆と松永久秀の争いは容易に決着がつかず、さらには義昭と義栄のどちらもなかなか将軍の座に着けなかった。これは三好家内部の争いが泥沼化しつつあるのと、義栄が幕府の奉行衆の抵抗で京に入れなかったことに原因がある。さらに三好三人衆に擁立されていたはずの三好義継が松永久秀に味方したこともさらなる混乱を招く。

 こうした情勢を打破するため三好三人衆は奉行衆の切り崩しにかかった。そしてそのついでに小笠原家も勧誘される。貞慶も信定も迷った。

「叔父上、どうします? 」

「うむ…… 仕方あるまい。義栄様が将軍の座に着くという噂もある。三好三人衆に従おう」

 実はこの噂は事実であった。結局義栄は永禄十一年(一五六八)二月に将軍に就任する。病気のため京には入れなかったが公式に将軍の座に就いたのであった。こうして小笠原家は三好三人衆と行動を共にすることとなる。しかしこれが後に小笠原家に危機をもたらすのであった。


 義栄将軍就任の数か月後、尾張(現愛知県西部)と美濃(現岐阜県)を支配していた織田信長が、足利義昭を奉じて上洛してきた。これに対して三好三人衆の同盟者である近江(現滋賀県)六角義治を容易に打ち破り上洛すると、京周辺の三好三人衆の勢力の掃討に入る。しかしほとんどの者たちが抵抗せずに信長と義昭に従う姿勢を見せた。さらに松永久秀と三好義継も義昭のもとに馳せ参じて忠誠を誓う。そして一応将軍に就いていた義栄が病死してしまい障害の無くなった義昭は無事に室町幕府第十五代将軍の座に着くのである。

このように情勢は一気に変化した。そして困ったのが貞慶と信定である。小笠原家は義栄と三好三人衆に味方した以上義昭や信長の敵であった。義昭からも信長からの何も言われていないが義継と久秀からは無視されている。現状小笠原家を庇護してくれる存在は京にはいなかった。

「叔父上。このままでは危ういのでは。早く京を出ないと」

「ああ…… しかしまさかこんなことになろうとは」

「もう言っても仕様がありませんよ」

 貞慶と信定は僅かな家臣を連れて三好三人衆に味方している領主の城に入った。無論ここも安全ではない。小笠原家の面々は不安な日々を過ごすのであった。


 織田信長は義昭が将軍に選ばれるのを見届けると京から本拠地のある美濃に戻っていった。義継や久秀も各々の領地に戻っている。そして京の将軍の守りは手薄であった。

 この状況を見た三好三人衆は決断する。

「今から京に攻め込み義昭様を討ってしまおう」

 義栄亡き今はもはやそれしか手段はない。尤も代わりに擁立する将軍候補もいないので討ったところで三好三人衆の権勢が回復するとも思えないが。

 今回の軍事行動に信定も参加することになった。これに貞慶は動揺する。

「叔父上。確かに数の上では有利とは言えこのような危険な真似をする必要はありません」

 貞慶としては今まで自分を助けてくれた頼りの叔父が、危険な戦火に飛び込むのには抵抗があった。一方の信定は落ち着いた様子である。

「先々の小笠原家の最高のためにはここで武名をあげておくのも必要だろう。なに、お前の言う通り数の上では有利。恐れることは無い。それに私が死んでもお前が居れば大丈夫だ。越後には兄上もいる。何も心配はいらん」

 笑顔でそういう信定。しかし相変わらず貞慶は不安そうであった。そんな貞慶に信定はこう言い聞かせる。

「おまえは小笠原家を背負って立つ存在。お前が居れば小笠原の血が絶えることは無い。そもそも京の皆をまとめるのはお前が任されたことなのだ。当主の代わりとして堂々としていればいいのだ」

「叔父上…… わかりました。兎も角無事をお祈りしています」

「ああ。だが出来るなら武功を挙げられるよう祈っていてくれ」

 そう言って信定は出陣していった。

 永禄十一年の年末に出陣した三好三人衆の軍勢は京までの道中の敵方の城を攻め落としながら進軍した。その数はおよそ一万。三人衆の得ている情報によれば将軍の周りを守る将兵は合わせて二千ほどだという。これを知って信定はひとまず安堵した。

「この兵力差なら問題あるまい。あとは援軍が来るまでに攻め落とせるかどうかか」

 そんなことを考えながら一方でこう自嘲していた。

「かつては御所に攻め入る三好家の軍勢に驚いていたというのに。今は自分が攻め入る側に加わっているとは」

 永禄十二年(一五六九)の年始に三好三人衆の軍勢は順調に京に攻め入る。これに対して義昭は郊外の本圀寺に立て籠もり抗戦の姿勢を見せた。三好三人衆の軍勢は本圀寺に攻め入り合戦となる。

「できれば一気呵成に攻め落としたいものだが」

 そう考える信定。三好三人衆も同様で激しい戦いとなった。ところが将軍方の抵抗は激しく数の不利を物ともしなかった。

 昼頃から始まった合戦は日没まで決着がつかず三好三人衆は一度兵を引き上げる。ところがこの攻撃の間に三好義継をはじめとする援軍が到着してしまった。これでは無理だと考えた三好三人衆は撤退を始める。しかし桂川で将軍の軍勢に追いつかれてしまう。

「もはやこれまで。ならば武家の名門の意地を見せてくれる」

 覚悟を決めた信定は敵陣に討ち入った。そして壮絶な討ち死にを遂げる。

 貞慶が信定の討ち死にを知ったのは三好三人衆が居城に命からがら戻って来た時だった。包囲される城の中で貞慶は覚悟を決める。

「何が何でも生き延びてみせる。私が小笠原家の血を残すのだ」

 織田信長も合流した軍勢の攻撃を受けて城は焼け落ちた。しかし貞慶は自らの家臣や家族と共に落城に紛れて脱出する。

「絶対に死なない。絶対に死なんぞ」

 焼け落ちる城を背に鬼気迫る表情で言う貞慶であった。


 将軍義輝の殺害、いわゆる永禄の変は当時の畿内を大混乱に陥れました。尤も長慶の台頭以前は細川家の内紛が延々と続いていたので、その時点でも大混乱だったと言えます。一方でこうした混沌が結果的に織田信長の上洛を招きそこから天下統一への流れができていくわけです。そうなるとこれもいわゆる歴史の必然と言えますね。尤も巻き込まれる形になった貞慶達にとってはどうでもいいことかもしれませんが。

 さて貞慶は味方していた三好三人衆が敗れた上に頼りにしていた叔父も失いました。八方ふさがりともいえるこの状況で貞慶は一体どうなるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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