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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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伊東祐兵 伊東家再興記 第三章

 大友家の日向侵攻は失敗に終わった。これで伊東家の旧領復帰の望みが絶たれたかに見える。しかし祐兵はあきらめてはいない。この祐兵の覚悟が思いもよらぬ奇跡を起こすこととなる。

 大友家による日向侵攻は多大な犠牲を出して失敗した。伊東家も長倉佑政を含む複数の家臣や兵を失っている。だがそれ以上に大友家も家臣や兵を多く失った。さらにこの敗戦で大友家の支配力が薄れ配下の有力な領主たちが大友家の支配下から逃れ始めてしまう。

 こうした状況下で義祐や祐兵をはじめとする伊東家の人々は肩身の狭い思いをすることとなった。それは今回の日向侵攻のきっかけが義祐の救援要請であり、これがなければ大友家が痛手を被ることは無かったという考えが出ていたからである。尤もそれは結果論であった。そもそも宗麟はキリスト教国の建国の為に日向に侵攻することに前向きであったのである。何より今回の戦で大友家側の戦い方に疑問が感じられる点もいくつかあった。

「すべての責を我らに追わせても仕様がないという事が分からないのか」

 憤る祐兵。そんな祐兵に祐長があきらめたように言った。

「仕方ありませぬ。人は皆物忌みの理由を誰かに押し付けたがるものです」

「だが家の者が全てそう考えては家の為にならぬのではないかでしょうか。父上だってしくじりはしたが反省しています。ゆえに此度のことでも必死だったです」

 このとき義祐は敗戦のショックでますますふさぎ込んでしまっている。一方で大友宗麟は相変わらずキリスト教に夢中で慶龍丸をどんどん信仰の道に引き込んでいた。大友家中は伊東家のことはさておき内部での不和も目立ち始めている。正直伊東家再興の道は閉ざされ始めていた。

 だが祐兵はあきらめていない。

「私を逃してくれたものたちのためにも、今もついてきてくれる家臣たちのためにも何としてでも伊東家を再興せねばならない」

 この状況でも未だやる気に満ち溢れる祐兵。そんな祐兵を祐長は頼もしげに見つめるのであった。


 祐兵は祐長や宗昌らと共に伊東家の再興の為に色々と思案する。しかし妙案もないし大友家での肩身もますます狭くなった。そんな中で妙なうわさが流れ始める。なんと宗麟の長男の義統が祐兵の妻の阿虎の方を奪おうとしているというものであった。

「流石に信じたくはないが」

 青い顔をして言う祐兵。だが妻の話を聞けば時折屋敷の周りを身なりのしっかりとした、しかし若くどこか粗野な雰囲気の侍がうろついているとのことであった。

 こうした動きを受けて祐長は祐兵にこう進言した。

「慶龍丸様は手なずけられております。宗麟様からしみてれば日向を攻め落とす大義名分は慶龍丸様がいれば成り立ちます。義祐様や祐兵様を亡き者にしようと考えるのも不思議ではありません」

「考えたくない話ですね。しかしどうしましょう」

「細いものですが伊予(現愛媛県)の河野様に縁があります。それを頼りましょう」

 そういう祐長の表情は珍しく頼りないものであった。おそらく相当頼りない縁なのだろう。しかしそんな縁を頼ることを考えなければいけないほど伊東家のおかれた立場は厳しいのである。祐兵は決断した。

「伊予に渡りましょう。これ以上豊後に居ても道は開けない」

 祐兵は決断した。そしてこれが祐兵や伊東家の運命を大きく変えることとなる。


 伊予に渡るにあたって下準備は色々とある。一つは大友義統に気取られぬようにしなければならない。かといって黙って出ていくのは流石に不義理であった。ここで一計を案じたのが祐長である。

「義統殿は宗麟様と不和の御様子。それと慶龍丸様が宗麟様に気に入られております。それを利用しましょう」

「どうするのです? お爺様」

「我らが伊東家再興の為に豊後を出るのは別に文句はないでしょう。そして大友家への人質として慶龍丸様と弟君を残します」

 これにはさすがに祐兵も難色を示す。

「あの幼子二人だけを残すと? さすがにそれは」

「正直我らについて行くものは少ないかと。元より皆を連れていけぬのは祐兵様も承知のはず。あくまで伊東家の跡継ぎは豊後に残すという体でいるのが肝要かと」

 祐長の物言いに苦い顔をする祐兵。だが別の策も思い浮かばなかった。

「分かりました。お爺様の言う通りにします」

「ありがとうございます。宗麟様の許しをえたらすぐに豊後を出ます。そのための準備は私がしておきましょう。宗麟様の許しが出れば問題はありません。義統殿が文句を言おうが今の宗麟様は聞き入れないでしょうし」

 そう言って祐長はさっそく準備に移った。一方の祐兵も別の準備に取り掛かる。それはいつかの将来に備えての準備であった。その為に祐兵は宗昌にこう命じる。

「宗昌よ。そなたは豊後に残って後詰の任についてほしい」

 祐兵はいずれ日向に帰還するつもりでいる。だがその際には島津家との戦は避けられないだろう。それを見越して戦力を九州に残しておきたいと考えたのだ。

 宗昌はこれを了承した。

「栂牟礼城の佐伯惟定殿が客将として俺を招きたいと言っています。佐伯殿はしっかりとしていますし筋道も通す御仁。伊東家の将として招かれるという事でも納得してくれるでしょう。そういうわけで後のことはお任せを」

 そう言って快活に笑った。祐兵としてはこの頼もしい返答を心地よく思う。

 それからしばらくして祐兵は義祐と共に宗麟の下に参上した。そして伊予に向かいそこで伊東家再興の機会をうかがうと申し上げる。

「慶龍丸たちは宗麟様の下に残りたいと申しています。今しばらくご面倒をおかけさせていただいてよろしいでしょうか」

「ああ、構わぬ。あの子たちはよく教えを聞くのでな」

 むろん慶龍丸たちがそう言ったわけではない。宗麟もそれは分かっているので了承した。

 この面会の後、祐兵や義祐たちはすぐに港に向かった。祐兵の妻の阿虎の方や祐長を含むおよそ二十名である。

「準備は万事整っております」

「ありがとうございます。お爺様」

 祐兵たちは祐長の導きで豊後を発った。

「いずれ必ず戻る」

 そう強く誓い、遠く離れる豊後の地を見つめる祐兵であった。


 伊予に渡った祐兵たちが頼ったのは河野家の一族の大内信孝という人物であった。信孝は以前伊東家とかかわりが有りその時の祐長と知り合ったという。温厚な初老の人物で祐兵たちを温かく迎え入れてくれた。

「領地を追われさぞ大変であったでしょう。しかも大友家にも居ずらくなったとか。ともかく我が領地で機を待ちながら安心してお過ごしなさい」

 そう言って領地にある屋敷とわずかながらの土地を工面して祐兵たちに渡しくれた。

「本当にありがたいことだ。大内殿の好意に答えるためにも何としてでも伊東家を再興しなければ」

 そう改めて決意する祐兵だが状況はあまりにも悪い。祐兵含むたった二十余名ではできることは限られた。というか家はあっても食事ができなければ生きていけない。しかし現状では生きていくだけでもやっとという状況である。

 そもそも島津家に日向を追われ、伊東家の独力でどうしようもないので大友家を頼ったわけだがそれも失敗した。今や大友家自体が勢力を衰えさせ危機的状況に陥りかけている。現状九州の各勢力は大友家からの独立や領地の蚕食を狙っており、島津家と積極的に戦おうという勢力はいない。第一島津家は九州随一の勢力になりつつある。そんな島津家を打倒しようと考える勢力など現状いなかった。

 そうした九州の現状を顧みて祐兵は祐長に訊ねた。

「河野様は我らに助力してくれるだろうか」

 取りあえず思いつくのは河野家の力を借りることである。河野家は勢力下に強力な水軍がいた。四国でも独立を保ち一定の勢力を保持しているようにも見える。支援を受けられれば日向に攻め込むことも可能ではないかと祐兵は考えたのだ。

 だが祐長は首を振った。

「それは難しいでしょう。まず信孝様はあまり頼られていない御様子です」

 祐兵たちが頼った大内信孝は河野家の一族である。しかし主流からは離れた家で発言権はあまりなかった。信孝の人柄は親しまれているようだが武将としてはそうでもないらしい。さらによしんば河野家の現当主である河野通直や主要な家臣に伊東家の支援を頼んでも了承してくれるかどうかも怪しい。

「河野家は以前より内々でも争いも激しく家中が一つにまとまっていないようです。水軍の方々もそれぞれが好き勝手にしているようですし」

「そうか…… そういえば信孝殿も先だって戦があったと言っていました。周りにも敵が多いようです。家中がそんな状況で、敵も多いとなれば助力は期待出来ないか…… 」

「そもそも河野家自体が中国の毛利家の助けを受けているような有様です。そして毛利家は大友家と争っておいでです」

 それを聞いて祐兵は肩を落とした。想像以上に絶望的な状況である。だが諦めるわけにはいかない。

「兎も角思いつく限りの出来ることをしていきましょう。ほかに道はない」

「左様です」

 決意を固める二人であった。だがその道のりはあまりにも険しい。


 河野家にとっての伊東家はいてもいなくても変わらない存在である。無理やり追い出されるようなことは無かった代わりに無視され続けた。従って信孝の好意による屋敷とわずかな土地以外何もない。当然困窮を極めた。

「その日食うものにも困ろうとは」

 大友家に居た頃は一応客分であったために滞在費のようなものは出た。ここではそんなものないので祐兵は家臣たちと共に土地を耕して畑を作り糊口をしのいだ。尤もこれだけでは足りないので祐長が酒造りを営んで生活を支えたという。

 この状況下で祐兵の焦りはますます強くなる。

「こんなことになってもついてきてくれた家臣たちのためにも何としてでも伊東家を再興しなければ」

 そうは思うがその日生きていくのに精一杯であった。そしてそうした暮らしは数年にわたって続くことになる。

 さて伊東家が日向を追われてから祐長は伊東家再興の祈祷を山伏の三部快永という人物に頼んでいた。快永は情に厚い人物で祐長が伊予に移ってからは無料で祈祷を行なったり何かと差し入れをしてくれたりしている。そうした中で快永は祐兵と祐長やほかの家臣達との絆や伊東家の面々の再興への強い思いを目の当たりにしていた。

「何とかお役に立てないか」

 そう考えた快永は山伏の修行で各地を回りながら伊東家再興の手掛かりを探っていく。そして天正九年(一五八一)播磨(現兵庫県)の姫路で城の普請を見学がてら勧進の名目で、伊東家への支援金を集めていた時であった。

「日向のイトウというものとかかわりのあるというのは貴殿か」

 そう尋ねてきたのは身なりのきちんとした侍であった。快永は不審に思いながら答える。

「然り。日向の伊東家に縁のあるものだ」

 快永の答えを聞いた侍は地面に文字を書きながらこう尋ねた。

「イトウというのは「伊藤」か? それとも「伊東」か? 」

 この問いに「伊東」の字を指して快永は答えた。

「この「伊東」だ」

 するとその侍は快活に笑っていった。

「何たる奇遇か。拙者もその伊東でござる。伊東掃部守と申す」

 聞けば現在播磨を支配している織田家の重臣の羽柴秀吉の家臣だという。快永はここぞとばかりに頼んだ。

「どうか伊予に逃れている祐兵様やほかの方々を羽柴様にお仕えさせることは出来んだろうか。どうか、頼む」

 快永は土下座して頼み込む。それに対して掃部守は快永を助け起こしてこう言った。

「頭をお上げなされよ。拙者もとよりそのつもりでござる。この日向から遠く離れた地にてこうして出会えたのも縁でございましょう。そのお頼み、任された。貴殿は伊予の伊東殿に報せに向かわれるとよい」

「あ、ありがとうございます…… 」

 掃部守に促されて快永はその足で伊予の祐兵たちの下に向かった。そして掃部守とのことをすべて話す。そしてそれを聞いた祐兵は一もにもなくうなずいた。

「ほかに道もない。ここは掃部守殿の御厚意に甘えよう」

 こうして祐兵たちは播磨に旅立つ。大内信孝も

「ご武運が開けてようございました。御達者で」

と言って快く見送ってくれた。そして祐兵は掃部守の紹介で羽柴秀吉と面会する。秀吉は思いのほか上機嫌であった。

「いや、信長様は中国を手に入れた後は九州に攻め入ると申されておられた。そんなときにお主のような土地の者が加われば心強い。これからは儂を助けてくれよ」

 そう言って祐兵の手を抱いて言うのであった。これには祐兵も感動し落涙する。兎も角これで伊予での貧困生活から抜け出すことができたのである。


 祐兵は秀吉の言った「信長様は中国を手に入れた後は九州に攻め入る」という言葉を信じた。というのも末端とは言え織田家の家臣になったことで、織田家のスケールの大きさの一端を感じ取れたからである。

「秀吉様は中国の大大名である毛利家を圧倒しておられる。その秀吉様が織田家の重臣の一人にすぎないとは。何という家だ」

 織田信長は日本全土を平定することが目的だという。ならばいずれ九州に攻め入るのも本気なのだろう。そうなれば祐兵はもちろん先導役を務めるつもりだし、残留している家臣たちと共に刃向かう元たちと戦うつもりでもあった。

「宗麟様は信長様と通じているらしい。ならば島津家とは争うはず。そうなれば日向を取り返すことも夢ではない。いや本当に運がいい快永殿や掃部守殿には感謝せねば」

 思いがけぬ形で道が開けた祐兵。だが悲願の達成にはまだ少しばかり時がかかることとなる。

 戦国時代にもかかわらず日本を含めた世界各国の歴史には思いもよらぬ奇跡が大小問わず見られます。今回の話で祐兵が羽柴秀吉の家臣になれたのは正直奇跡と言っていいでしょう。ですがそれは窮乏する伊東家を支えた祐長、何か伊東家の助けになれないかと各地を回った快永、そしてあきらめなかった祐兵。彼らの思いの成し遂げた奇跡といえるでしょう。こうした軌跡は筆者としても好むところです。こう言った話に出会えるのも縁といえるかもしれませんね。

 さて秀吉に仕えることとなった祐兵。ここから運命が好転していきます。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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