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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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太田資正 道 第五話

 常陸の大名佐竹義重の家臣になった資正は、恩を返すべく奮戦する。そんな中で関東全土を揺るがす事態が起きた。岐路に立たされた資正はある思い切った策を義重に提案する。

 資正は片野城に入ってから小田家と戦い佐竹家を支えている。一方で関東の西部やその周辺国の情勢も探っていた。

 このところ資正には問題も起こらず順調に過ごしている。しかし面白くない情報も入ってきた。

「上杉殿が北条と和睦? 」

 その情報が入ってきたのは資房の死からそれほど間もないころだった。なんでも北条家が上杉家との和睦を模索しているという情報である。

 資正は驚いたが同時に納得もする。現状を鑑みればありえない話ではなかった。

「(いよいよ三国同盟も終わりか)」

 北条、武田、今川の三国で結ばれた同盟もいよいよ終わりが見えてきた。現在、武田家と今川家の関係が悪化し断交も間近である。

 両家が争うようになれば当然領地を接する北条家は対応を迫られることになる。今回資正の耳に入ってきた情報はそうした対応の一環という事なのだろう。

「(しかし輝虎殿は首を縦に振るまい)」

 資正はこの情報にあまり危機感を抱かなかった。北条家と上杉家は長年争ってきた。今更和睦するにも解消しなければならない問題があまりにも多い。何よりいまだ反北条の立場である佐竹家や里見家との関係が一気に悪化する恐れもある。その危険を冒してまで和睦する意義があるかというと、それほどの利は無い。

 そう考える資正。そしてしばらく考え込むと伝令に言った。

「しかし警戒は必要か」

「左様で」

「これからも情報を逐一伝えてくれ」

「かしこまりました」

 伝令は頷くとその場を去った。

「もし和睦となればどうなることか」

 資正は言い知れぬ不安を感じていた。脳裏には威風堂々で少し傲慢さを感じ焦る輝虎の面影がある。


 それからも資正の下には上杉家、ひいては輝虎の動向に関する報告が続いた。そしてその内容のほとんどは北条家との和睦に関するものである。

 資正はこれらの情報を逐一、義重に報告した。報告を聞くたびに義重の表情は暗くなる。

「やはり上杉殿は和睦をするつもりなのだろうか」

「とりあえず和睦を反対する旨は伝えていますが」

「しかし頷くかな? 」

 上杉家と北条家が和睦すれば対北条においての大きな戦力がいなくなる。義重は其処を懸念していた。

 そんな主君の悩みに対し資正はこう答えた。

「もはや上杉家を当てにするのはやめた方がよいのかもしれません」

 資正はきっぱりと答えた。それに義重は苦笑いする。

「はっきりと言うな」

「はい、ですが殿もそうお考えなのでしょう」

 その資正の指摘に義重はにやりと笑った。

「確かにそうだ。上杉殿の兵力は強大だ。しかし越後から自由に兵を送れるわけではない」

「その通りです」

 義重の発言に資正は大きくうなずいた。脳裏にはかつて松山城が包囲された時のことが思い出される。

「(あの時、救援は間に合わなかった。致し方ないことなのだろうが)」

「してこの後は如何する」

 義重はこう問いかけた。もちろん資正はこれへの答えを持っている。

「策は二つあります」

「ほう」

「一つは武田家との同盟」

 資正は表情を変えずきっぱりと言い切った。一方の義重笑っている。

「思い切ったことを言うな」

「ですが北条と上杉家の和睦の理由は武田家との対立です。となれば我々は武田家との連携を模索することを考えなければなりません」

「しかし、いざそれを行えば上杉家とは手切れとなるな」

「それはそうです。ですが北条への対抗となればいい手ではあります」

「たしかにそうではある。それでもう一つは? 」

「今だ北条の軍門に下っていない勢力と一統し、反北条の勢力を作ることです」

 相変わらず資正の様子は変わらない。しかし義重は今回、驚いた。

「…… 大それた話だな」

「私もそう思います」

 そこで資正は自信なさげな表情になった。

「正直言いだしてみたものの実現できるかどうかは未知数です」

「そうか…… 」

 そこで義重は黙り込んだ。資正はそれの様子を心配そうに見ている。

 しばらく黙っていた義重だがおもむろに顔を上げた。

「とりあえず下野(現栃木県)の各勢力との連携を模索してみるか」

「そうですな。まずは其処からですね。しかし結城は北条方です」

 資正が挙げた結城家は北関東における親北条の代表格であった。その存在感は強く古河公方ともつながりが強い。

「それについてはおいおいだ。ともかく今後我らと行動を共にする味方を増やすのが先決だ」

「その通りです」

 そう言って資正は大きくうなずいた。

 これより佐竹家は上杉家との連携路線から周辺勢力との協調路線へとい切り替えていく。そしてこの方針の変化が佐竹家と資正の行く末を決めるのであった。


 関東の諸将が輝虎の動向に気にしていた。その中にあって佐竹家は里見家や北関東の諸将との連携を強めていく。そして永禄一二年(一五六九)に北条家と上杉家の同盟、越相同盟が締結された。

 これを知った資正はため息をつく。

「結局こうなったか」

 この同盟の締結においては資正の去就も問題となっていた。だが資正は同盟の交渉に一切かかわっていない。そもそも同盟に反対している立場なのだから当然である。

 北条上杉両家で取り交わされた合意では資正が岩付城に復帰するということになっている。しかし細かい条件に付いては両家ともうやむやになっていた。しかも現在資正が城主を務める片野城は放棄するという条件あった。こんな要求を呑む資正ではない。

「馬鹿にするな」

 資正は上杉家に条件は飲めない旨を伝えた。

 後日、資正は義重や佐竹家重臣たちと話し合った。といっても以前話し合った方針の再確認程度のことしかないが。

「今後の動向ですが、以前よりの計画度通りということでよろしいですね」

 資正がそう言うと重臣たちは頷いた。このころになると資正と重臣たちの間にも信頼関係が出来上がってきている。

 重臣たちが納得したのを見て義重は言った。

「これより我らは我らの道を進む。皆にも苦労を掛けるだろうが安心してこの義重についてきてほしい」

 堂々と言い放つ義重。その姿を資正と重臣たちは頼もしげに見ている。

 こうして独自の路線を歩むことにした佐竹家は、さっそく敵対していた小田家に攻勢をかけた。小田家は北条家の庇護を受けていたからこの攻撃は明確な北条家への敵対行為である。それは今の上杉家にとってはうれしくないことだ。もっとも義重にも資正にも今更な話であるが。

 この佐竹家の攻撃は熾烈なもので、永禄一二年一二月に小田家の本拠地である小田城を攻め落とした。

 同時期に武田家との通交も推し進められらた。すでに前年には資正にあてて武田信玄から書状が届いている。内容は今後緊密に連絡連携を取ろうという提案であった。資正も義重も断る理由は無い。こうして武田家と佐竹家は越相同盟の健在な間は連携していくことになった。


 義重と資正が小田城で戦後処理をしていると年が明けて元亀元年となった。すると小田城の資正のもとに書状が届く。差出人は上杉輝虎であった。この時輝虎は下野の佐野に在陣している。これは佐野の領主佐野家を攻撃するためであった。

「いったい何のつもりだ? 」

 書状の内容は義重の佐野への参陣の要請であった。内容はかなり一方的な要請となっている。それを理解した資正は苦笑いした。

「まだ我らを家臣同然と思っているのか」

 輝虎の要請は実に都合のいいものである。自分は北条家と和睦して反発する資正たちの意見を無視した。一方でこんどは自分の都合で義重たちを呼びつけている。

 資正はこの件を義重に伝えた。

「いかがします? 」

 義重は笑った。

「形だけでも応えてやろう。それで手切れだ」

 そう言うと軍を編成し佐野に出陣した。しかしまだ輝虎が佐野にいる間に引き返してしまう。これに輝虎がどう思ったかは不明である。

 後日、上野の沼田に戻った輝虎はまた資正に書状を出した。内容は義重には内密で沼田城に来るようにというものである。要するに佐竹家を捨てて上杉家に下れという内容であった。

「全く…… まだわからんのか」

 資正は輝虎の一方定な要求についに怒った。そして輝虎から送られてきた内密の書状を、義重をはじめとする重臣たちに公開する。

 この資正の行動を輝虎は傘下の関東の武将から聞き及んだ。そして烈火のごとく怒る。

「もはや太田資正は信頼できん! 全く罰当たりな男だ! 」

 かつて資正は輝虎に助けられたこともあるからあながち間違いではない。とは言え実際関東諸将と輝虎は持ちつもたれつつというところもあった。それを無視して北条家と同盟を結んでしまった輝虎にも非があろう。ともかくここで資正と輝虎は絶縁、佐竹家と上杉家は断交することになった。

「もう覚悟はできている」

 この段階で佐竹家は常陸の周辺勢力や下野の宇都宮、小山家などの同調を得ていた。また武田家との通交も始めている。里見家とも連携を確認していた。全ての準備は完了している。

「あとは突き進むのみ! 」

 資正は片岡城にて息をあげる。こうして佐竹家を中心とする北関東連合の戦いは始まったのである。そして資正の反北条の道も半分を超えた。しかしまだ終わりは遠い。


 このように断交した佐竹家と上杉家であるが、その関係が全く途切れてしまったわけではない。もともと佐竹家との外交の窓口になっていた上杉家臣は秘密裏に何度も接触してきた。

 資正はそれらの使者を丁寧に扱いつつもあくまで関係を復活させる気はないと伝えている。もっとも上杉側も資正の意図はわかっていた。双方一応の繫がりだけは残そうという思惑である。

「義重さま。おそらく北条と上杉の同盟は長く続かんでしょう」

「そうだな」

 資正や義重、もしかしたら関東の諸将も越相同盟が長続きしないと踏んでいる。それもそうで北条家と上杉家は永い間争ってきた。共通の敵ができたところですぐに仲直りというわけにもいかない。

 資正も越相同盟の動向について探らせているが早くもほころびを見せ始めていた。

「となれば北条と武田家はまた結ぶかもしれん」

 今後の展開まで踏まえるとその方が両家にとって損は少ない。となれば後はそのタイミングである。そのためにも資正は情報の収集を強化していた。

 この時期になると資正の情報網はさらなる広がりを見せていた。今までは関東とその近縁程度であったが、最近は東北の中部や東海地方の情報を探らせている。その中で資正が興味を引かれる情報があった。

「織田信長? 何処かで聞いた気がするな」

 その名前は資正にとって初めてのものではない。しかし思い出せない。

「今川義元殿を打ち取ったものです」

「ああ、そうか」

 資正は膝を叩いた。確かに今川義元が戦死した時に打ち取ったのは織田信長だということを聞いている。

「して、その織田信長がなんだ」

「はい。元は尾張の守護代の家臣であったそうですが、今は京に入り公方様を助けているそうです」

「ほう、それは大した出世だな」

 信長の近況に資正は素直に感心した。もっともこの情報は性格とは言えない。このころには将軍足利義昭との仲もぎくしゃくし始め、同盟者である浅井家が裏切りいろいろ苦労し始めているところだった。

「織田信長か…… 」

 資正はふたたびその名をつぶやいた。そして少し思案した後で家臣を呼びつけた。

「いかようですか、殿」

「うむ。すまないがこれより京に向かってもらえるか」

「京に、ですか」

「ああ。一応あの辺りともつながりは持っておこうと思ってな」

「はあ…… 」

 家臣は気乗りしない様子だった。もっともそれも仕方のないことで、常陸から京のある山城までははるかに遠い。そんなところとつながりをもっても仕方のないのではないかという事である。もちろん家臣の疑念を資正も感じとった。

「言いたいことはわかる。しかし悲願のためにはいろいろやっておきたいのだ」

 資正は家臣をなだめるように言った。そんな主君の姿に家臣も納得した。

「かしこまりました。殿の言う事です。きっと意味がありましょう」

「わかってくれたか。では、頼む」

 家臣は資正の言葉に大きくうなずくとその場を去った。

 今回の行動の結果、資正は織田家と交信するようになる。これが後に大きな意味を持つことになが、それをまだ資正は知らない。


 今回の話の中心は越相同盟です。この同盟の衝撃は当時の関東の諸将にとっては相当な驚きだったようです。勿論佐竹家や資正も影響を受けるのですが、佐竹家はこの事態に独自路線を歩むことにしました。そしてその選択は関東の戦国史において重要な出来事につながっていきます。そこに資正も関わっていくのですがそれは後のお楽しみとしましょう。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡ください。では


 

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