稲葉貞通 軽妙か軽薄か 第四章
天下統一を目前にしての信長の死。これで乱世はまだまだ続くことになった。信長の後継を巡る動きが始まる中で稲葉家も選択を迫られる。
本能寺の変により巻き起こった混乱は明智光秀の敗死により一応は終息した。とは言え織田家は当主と嫡男を同時に失っている。そのため早急に後継者を決めなければならなかった。また信長や信忠の治めていた領地や、死んだ明智光秀が治めていた領地などの差配をなど様々な問題が山積みである。そこで織田家の重臣たちが集まって清州で会議をすることになった。後に言う清須会議である。
当然と言えば当然であるが、この会議に稲葉家の誰も呼ばれていない。
「我らはお上の決定を待つだけ。まあそういう物でしょう」
貞通は何も気にしていない。一方色々と心配していたのは良通であった。
「儂は利堯様をそそのかしたようなものだ。それを理由に何か言われるのではないか」
珍しく弱気の良通である。そんな初めて見るであろう姿を見せる父に貞通はこう言った。
「珍しく野心など出すからですよ。まあ今回の事は利堯殿に美濃の守りを託したという体で重臣の方々に伝えてありますから。まあ心配はいらんでしょう」
「そうか…… ならば稲葉家は無事であろうな」
貞通の発言にほっとする良通であった。
それからしばらくして会議の結果が届いた。織田家の当主は信忠の嫡男の三法師が継ぐことになる。そして後見人として信長次男の信雄と三男の信孝がつくことになった。各領地は再分配され特に信長の仇を討った秀吉は大幅な加増を受ける。美濃は信孝が相続することとなった。稲葉家の領地は変わらず美濃の曽根城や清水城である。しかし信孝の旗下に入れという指示はなかった。
「信孝様の旗下に入るわけではないという事か? 」
「分かりません。というか何も言われていないので」
稲葉親子は少しばかり困惑したが気にしなかった。追って指示があるものだと考えていたからである。この時はこれで織田家も安泰であると考えていたからだ。しかしそれが思い違いであったという事をこのすぐ後に知ることとなる。
清須会議から数か月後、羽柴秀吉は信長の葬儀を行った。喪主は秀吉の養子になっていた信長の四男の秀勝が務めている。全ては秀吉が差配し葬儀の当日は位牌も秀吉が持った。これで周囲に自分が信長の後継者だと改めてアピールしたのである。
むろんこうした動きを面白く思わないものも多い。特に織田家の重臣である柴田勝家や滝川一益。信長三男の信孝などはこうした秀吉の行動に怒りを募らせるのであった。
こうなってくると稲葉家は色々と考えなければならなくなる。美濃は信孝の領地であった。だが信孝は稲葉家を始め美濃の領主たちを統率する立場ではないのである。現状稲葉家に命令を下せる立場にあるのは当主の三法師であった。しかし幼い三法師に自ら判断が下せるわけはない。さらに後見人の信雄と信孝の兄弟は仲が悪くにらみ合いを続けていた。そこに秀吉が色々と動いて火に油を注いでいる。いずれ何か大きな動きが起きた時織田家が空中分解するであろうことは目に見えていた。ゆえに稲葉家も自らの立場を守るため状況を注視しなければならない。
「羽柴殿もわかりやすく動く。あれは信孝様を怒らせようとしているのでしょうねぇ」
貞通はあきれたように言った。信長に忠実な家臣であった秀吉が、織田家の崩壊を進めようとしているかのような行動を正直呑み込めないでいる。しかしこれから大きな、しかも軍事的な動きに発展しそうだという事は理解していた。そしていずれかの勢力に味方することをはっきりとさせなければいけないことも。
「こうなれば我らも羽柴殿と同じように織田家への忠義などとは言っていられないかもしれませんね」
こんなことを貞通は言った。そんな貞通に良通は頭を抱える。
「口は災いの基だ。めったなことを言うものではない」
「それは申し訳ありませぬ。しかし我らが進むべき道と考えると…… 」
「ああ。そこは非情にならねばならんな」
「忠義も何も家が残ってこそ、ですからね」
そんな風に言う貞通。良通は再び頭を抱えるのであった。
織田家内部の対立はいよいよ軍事的な対立に発展しつつあった。こうした状況下で貞通は秀吉に従うことを決める。
「羽柴殿の勢いは明白だ。それに近江の長浜に入った勝豊殿は頼りない」
近江の長浜城はかつて秀吉の居城であった。だが清須会議の際に領地が再分配されたがその時柴田家の物になっている。そして城主としては言ったのが柴田勝家の甥の勝豊であった。この勝豊だが貞通の娘婿である。貞通としては重臣である勝家との関係性を重視しての婚姻であったが、当の勝豊がなんとも頼りない人物であった。
「勝家殿は勇猛果敢で人物に優れているというのに。勝豊殿は頼りなさすぎる」
娘の嫁入り先について今更ながらに後悔する貞通。だがそれについてはどうしようもないことである。だがこれから羽柴家と柴田家とそれに味方するであろう信孝の争いになると別の問題があった。
「羽柴殿はまず長浜を攻めるであろう。勝家殿は北陸に居て今は雪が残っていて出てこれまい。援軍も期待できない状態なら勝豊殿は羽柴殿にすぐに下るはずだ」
もし長浜が羽柴家の物になれば近江の大半は羽柴家の物になる。そうなると羽柴家の次の目標は美濃であった。
「羽柴殿は大軍を連れてくるだろう。そんなのと争うより従ってしまった方がいい」
貞通はそう決めた。これには良通も同意している。稲葉家は秀吉に従うことを決めてその旨を伝えた。秀吉もこれを喜んで受け入れる。
それからしばらくして天正十年の十二月、秀吉は信孝と勝家が会議の決定を無視したとして近江に侵攻した。長浜城の勝豊はあっさり降伏する。
「もう少しは戦おうとは思わんのか。これなら戦になる前に降ってしまおうとは考えなかったのか」
これには貞通もあきれるばかりであった。
柴田勝豊を降した秀吉は美濃に進軍した。これを受けて貞通は降伏を表明し人質を差し出す。さらに信孝も降伏した。
「柴田殿が動けん状態では当然のことか。しかし勝豊殿がもう少し粘れば話も違ったのではないか」
北陸にはまだ雪が残っている。柴田勝家はまだ出陣できない状態であった。数少ない見方が動けないのであれば致し方のないことと言えよう。それは勝豊の降伏も同然であるともいえた。だから良通もさすがに貞通に苦言を呈する。
「どちらにせよ早々と羽柴殿に従うことを決めた我らが言う事ではない」
「そうですね。流石に軽率な発言でした。申し訳ありません」
「まあいい。しかし今後信孝様がどう動かれるか…… 」
今回信孝が降伏したのは勝家が動かなかったからである。また秀吉に不信を抱く滝川一益も動きを見せてはいない。彼らが動き出せば信孝も再び動き出す可能性は十分にあった。そうなれば稲葉家も攻撃を受けるだろう。
「戦の準備は進めておいた方がよさそうですね」
「ああ。もしかするとお前は羽柴殿の軍勢に加わることになるかもしれん。長い出陣になるかもしれんからその準備はしておけ」
「そうですね。留守中のことは父上と兄上にお任せします」
こうして稲葉家は戦の準備を始めた。そして二人の想定していた通りに天正十一年(一五八三)正月に滝川一益が挙兵する。こうして天下と織田家の行く末を左右する戦が始まっていくのであった。
滝川一益は伊勢で挙兵した。そしてその以前に複数の城を前もって調略している。そのため挙兵と同時に複数の城が一益の手に堕ちた。
「流石は滝川殿。やりますね」
かつては秀吉や勝家と共に信長の下で活躍した武将である。権勢こそ失ったもののその力量は衰えていない。若い信孝とは違う一益の手腕に貞通も感心するのであった。
こうした一益の動きにたいする秀吉の動きも早い。
「滝川殿もやりおるわ。だが柴田殿はまだ出陣できまい。ここはいち早く力攻めで決着をつけてしまおう」
秀吉の当面の敵は東側の勝家や一益であるが西側にも敵がいる。こうして勢力は勝家と同盟して秀吉の動きをけん制していた。そして山城(現京都府)など畿内や近江に勢力の基盤を置いているが状況次第では複数の方向から同時に攻撃を受けかねない。
「まずは滝川殿を討つ。雪が解けるまでは時がないぞ」
急いで軍勢を編成した秀吉は一益挙兵の翌月には大軍を率いて出陣していた。これに貞通も参戦している。
出陣にあたって貞通は良通と重通にこう告げていた。
「羽柴殿の近しい方から信孝様も挙兵するだろうと言われました。私もそう考えております。父上、兄上留守のことはよろしくお願いします」
そう言って出陣していく貞通。一方で重通はぴんと来ていない様子であった。
「信孝様は羽柴殿に人質を差し出しております。それにこの季節は北陸にまだ雪が残っているはず。信孝様は動かれましょうか」
これに対して良通はこう言った。
「動くだろう。必ず動く。おそらく柴田殿も」
「承知しました。父上がそういうのならば確実でしょう。急ぎ守りを固めておきます」
重通は良通の言葉にうなずくとすぐに準備に移った。良通も重通に続く。稲葉家も緊張感が高まっていく。
秀吉の軍勢に参陣した貞通。その数は驚くほど多い。
「私の軍勢などあってもなくても変わらないな」
これほどの兵力なら早々に決着もつくのではないか。そんなことを考えるほどの兵力である。秀吉もこれならば早々に決着もつくはずと考えていた。
一益は複数の城に兵を入れて待ち構えている。貞通はそのうち一つの峯城の包囲に参加した。峯城に籠るのは滝川益重。一益の甥とも言われている。勇猛な人物らしい。
「ならばこの城も早々に落ちないか。いずれにせよ手早く済ませないと美濃で何が起こるかわからんな」
貞通は従軍している間も良通や重通と耐えず連絡を取っていた。自分が状況を知りたいというのもあるし、そこで得た情報を羽柴家の人間に伝えればそこそこの功にはなる。
「いよいよ信孝様が動き出しているようだしなぁ」
信孝はひそかに挙兵の準備を進めているらしかった。尤も密かといっても貞通たちに知られているのだからその隠匿性にはだいぶに疑問が残る有様である。それは兎も角今は峯城の攻略に専念しなければならない。
「力攻めか兵糧攻めか。いかにするか」
峯城の攻撃隊は当初力攻めを考えていた。だが一度攻撃してみると思いのほか抵抗が頑強である。そこで厳しく包囲をしつつ攻撃を加え敵の降伏を待つ作戦に出た。しかし益重は頑強に抵抗し降伏する姿勢を見せない。兵力の差を伝えるようなこともしているが頑として降伏を受け入れないようだった。
「何なら玉砕覚悟という事か。しかしこれ以上時を労せば後に響くぞ」
貞通はそう考えているし味方も同じような考えであった。しかして益重は頑強に抵抗する。もうすでに勝家は出陣していらしい。
「まだ雪も解けていないだろうに。柴田殿も焦ったか」
すると秀吉は包囲のための軍勢を残し近江に撤退した。残された貞通たちはそれぞれの城の包囲を続ける。包囲は二か月ほど続いたが流石に城方にも限界が見えてきた。そしてついに降伏を申し出てくる。
「城は落としたが相手の目論見はうまくいったか」
結局勝家が出てくる前に一益を倒すということは出来なかった。現に今でも一益がこもる長島城は健在である。
「あとはもう羽柴殿が勝つのを祈るばかりか」
ひとまず自分の仕事を終えた貞通はそう祈るのであった。
峯城を攻め落とした貞通の部隊は一時撤退することになる。貞通が撤退の準備を進めていると良通からの伝令がやって来た。
「信孝様が挙兵されました。我らを含めて羽柴家に従ったものたちの領地に火を放っているようです」
「そうか、わかった。できるだけ急ぎ戻ろう」
そうは言うが羽柴家の軍勢の一員として行動している以上はその動きに合わせなければならない。貞通は流行る気持ちを抑えつつ準備を整え峯城の攻撃に参加していた部隊と一緒に撤退する。だが途中で滝川家が扇動した一揆が襲撃してきた。一揆の数はそれなりに多く包囲で消耗していた羽柴軍は壊滅の危機に瀕する。ここで貞通は殿を申し出た。
「ここは我らが殿を引き受けます。皆さまは先にお退きなされよ」
一揆勢の勢いは強くとやかく言っていられない状況であった。羽柴軍の諸将は貞通に殿を任せて撤退していく。そして残された貞通は普段からは考えられないような荒々しさで言った。
「我らは急ぎ帰らなければならんのだ! お前たちにかかずらっている場合ではない! 」
貞通たちは一揆の攻撃を防ぎ続け最後にはむしろ攻めかかっていった。この戦いぶりに恐れをなしたのか一揆の勢は散り散りに退いていく。それを確認して貞通は叫んだ。
「もはや要はない。急ぎ曽根に戻るぞ」
もはやほかの者はいない。周りを気にせずに領地に帰れた。幸い領地は無事である。
「信孝貞が挙兵されると杉に羽柴殿が美濃に来られた。今は大人しくしておられる」
「そうですか。兎も角ありがとうございます。父上、兄上」
貞通はそう良通と重通に礼を言うのであった。
それからしばらくして羽柴秀吉と柴田勝家の合戦が起きた。これに羽柴秀吉は勝利し柴田勝家は居城の北庄城と共に滅亡した。信孝も兄の信雄に城を包囲され降伏する。そして切腹させられた。滝川一益は最後まで抵抗するも味方不在ではどうしようもなく開城し降伏する。こうして織田家の権力争いは羽柴秀吉の勝利に終わった。
「これからは羽柴殿、いや羽柴様の時代か」
貞通はとりあえず選択を間違えなかったことに安堵し一息つくのであった。
賤ケ岳の戦いは秀吉と勝家の合戦がメインと言えます。しかし同時期に美濃や伊勢でも戦いが行われていたことはあまり有名ではありません。この時の秀吉は周囲に別の敵も抱えていたので実際のところは相当の危機であったのだと思います。まあそう言った危機を乗り越えられたからこそ天下人になりえたのかも知れませんね。
さて秀吉に服属しその下で生き抜くことを決めた貞通と稲葉家。ですが早々に思いもがけない災いが降りかかります。一体何が起こるのか。お楽しみに。
最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では




