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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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太田資正 道 第四話

 息子に城を追い出されてしまった資正。しかし北条打倒の道をあきらめない。そして流浪の身になった資正のもとに運命の使者がやってくるのであった。


 岩付城奪還を狙っていたころの資正は下総や常陸などの北関東を転々としていた。この辺りは北条家の支配が浸透しきっていないというのが理由である。なお、このころには資正の次男で資房に軟禁されていた梶原政景(梶原家に養子に入っていた)も合流していた

 このころ資正は出家し三楽斎と名乗るようになった。だがここでは資正で統一する。

 このころの資正は岩付城の奪還をあきらめていた。とは言え対北条の戦いを止めるつもりもない。そこであばら家で家臣たちと今後どうしようかと話し合っていた時だった。

「父上」

「なんだ」

「父上にお目通り願いたいと申すものが」

 政景の言葉に資正は首をひねった。現在の資正は流浪の身である。そんな男にわざわざかしこまってお目通り願いたいというのは不思議な話であった。尤も取り立てて何か忙しいわけでもない。資正はその人物に会ってみることにした。

「まあいい。通せ」

「はっ」

 入ってきたのはきちんとした身なりをした侍であった。おそらくはそれなりの家に仕えている侍である。しかも侍自身の身分も低くない。

 侍は資正の前にきちんと平伏した。その姿に資正への侮り憐れみも無い。資正は素直に感心した。

「(立派なものだな。しかしこれほどの人物がなぜ私のもとに…… )」

 資正は感心する一方で疑問にも感じた。目の前の男が立派であることがさらに資正を混乱させている。自分のところに来た理由が分からない。

 侍は顔をあげると資正をまっすぐ見た。

「この度はお目通りを許していただきありがたく思います」

「なに。このような身の上だ。かしこまっても仕方あるまい。して私に何用だ」

 資正は苦笑しながら言った。その資正の問いに侍は堂々と答える。

「我が主君は太田様の窮地を知りぜひ手助けしたいと」

「ほう。してその奇特な御仁はどなたかな」

「はい。佐竹常陸介義重にございます」

「…… ! 佐竹殿だと?! 」

 侍が挙げた名前に資正と家臣一同は驚いた。佐竹家と言えば常陸に代々根を張る源氏の名門である。しかし資正には気になることがあった。

「しかし当代は義昭殿ではなかったか? 」

「はい…… ですが先年亡くなられ嫡男の義重さまがあとをお継になられました」

「そうだったのか。で、その義重殿が私に? 」

「いかにも。殿は太田様の高き武名を聞き及びぜひ当家にお招きしたいと」

「なるほど」

 そう言って資正は考え込んだ。資正は各地に手勢を放って情報収集をしている。当然それゆえに義重の父、義昭の情報は得ていた。上杉輝虎の関東出兵の際に上杉家と同盟し、巧みに勢力を広げたなかなかのやり手という。だが義重の情報というのは少ない。

「(いったい。どういうつもりなのか。わからんな)」

 資正は少し悩んだ。だが

「案内してくださるか」

「もちろんです」

 どうせ現状できることも無い。ここはとにかく何か行動をするべきだと考えた。

 こうして資正は佐竹義重と会う。それが資正の人生を大きく変えることになる。


 前にも記したが佐竹家は源氏の棟梁家に連なる名門の家である。近年は一族同士の対立を纏め戦国大名として飛躍しつつあった。そしえ現在の当主が佐竹義重である。

 資正が義重と対面したのは永禄九年(一五六六)のことである。この時資正は四四歳で義重はまだ一九歳の青年であった。資正とは親子ほどの年齢差である。

 義重は大柄な体格をしていた。顔つきは厳ついもののまだ若々しさがある。そして鋭い眼光は目の前の資正を見つめていた。

「(なるほど立派な風采だ)」

 資正の得ている情報の中には立派な体格をしているというのがあった。まさしくその通りである。資正は一人納得していた。そんな資正に対し義重はおもむろに口を開く。

「遠路はるばる御足労をかけました」

 そう言うと義重は頭を下げる。それに資正は驚いた。

 確かに資正の方が年長で今は客でもある。しかし城を追い出された浪々の身に対する対応ではなかった。一方で侮りや同情を感じさせない立ち振る舞いでもある。

 この義重の姿に資正は素直に感じ入った。

「こちらこそもてなしていただきありがとうございます。この流浪の身には身に余る光栄です」

「いやなんの。天下に名高き貴殿を招くにあたってはこれでも不足でしょう」

「ほう。招く、とは」

 資正は義重の言葉の中に気になる言葉があった。この招くというのがどう意味なのか。単純に客として招いたのか、それとも仕官の誘いなのか。すると義重はその答えをすぐに出した。

「この義重はまだ若輩者です。しかしこの佐竹の家をより大きくしようという大望があります」

「なるほど」

「そして、いずれはあのよそ者共も追い払って見せたいとも思っております」

 義重はこともなげに言った。しかしここで出たよそ者とはおそらく北条家のことなのだろう。そしてそれを追い払うということはかなり大それた話にも思える。

 しかし義重の目は本気であった。

「しかしいまだ常陸一国を治めることもままならぬ身ならば大それた話です。ですがこの大望必ず果たして見せます」

「佐竹殿…… 」

 強い口調で言う義重に資正は惹かれ始めていた。

「太田殿」

「はい」

「しからばこの若造の大望を手助けしてくれぬでしょうか」

 義重はそう言った。それに資正は静かにうなずいた。それを見て義重は微笑んだ。

「よろしくお願いします。太田殿」

「何、こちらこそ。よろしくお願いいたします」

 資正は深々と頭を下げた。

 こうして資正は佐竹家で働くことになったのであった。


 佐竹家において資正の立場は特殊なものであった。というのも一般的な家臣とは違い客将という立場に置かれたのである。これには資正も驚いた。

「てっきり家臣になるのかと思ったが」

 もっともこれには資正と太田家は、今だ上杉家の家臣でもあるということもあった。だが資正はさらに特別な扱いを受ける。

 このころ佐竹家は同じ常陸に存在する小田家と対立していた。特に現当主の小田氏治は頑強に抵抗し続けている。義重が常陸を統一するにはこの小田家を何とか打倒さなければならなかった。

 その日も義重は小田家との戦いのために出陣した。そして資正もそれに同行する。

「資正殿」

 義重は資正を家臣としては扱わなかった。それが呼び方からもわかる。

「なんでしょう」

「この度は必ず城を落としたい」

「必ず、ですか」

 義重の言葉に資正は悩んだ。小田家はいつも粘り強く抵抗してくるということを資正は聞いている。実際資正の調べでは小田家の結束は固く、一度城を落としても一丸となって取り返しに来るということもあった。城を落とすのならばそれらの不安も取り除かなければならない。

 資正はしばらく考えた後に言った。

「城外にて敵を打ち払い、急ぎ城を攻めるのがよいでしょう」

「なるほど」

「その上でわざと敵に隙を見せ取り返しに来たところを返り討ちにする。というのはいかかでしょう」

「なるほど。面白いな。それで行こう」

 義重は資正の案を採用した。そんな義重の様子に若干不安を覚えないわけでもない資正。

「(いささか楽天的ではないか? )」

 だがそんな資正の不安はいざ戦いが始まると吹き飛んだ。

 資正の作戦通り小田家は野戦を仕掛けてきた。両家兵力にはそれほど差はない。また小田家には北条家が後ろ盾になっている。そういう意味でも自信があったのだろう。またまだ若い当主だということで侮りの気持ちもあったのかもしれない。

 そして戦いが始まる。両軍激しくぶつかり合うがもっともすさまじいのが義重の暴れぶりであった。

 義重は自ら陣頭に立ち指揮をした。そして自ら群がる敵を切り捨てながら馬上で叫ぶ。

「皆のもの! 何も恐れることは無い! 勝つのは我々だ! 」

 そう叫ぶ義重に兵たちも勢いづく。一方で自ら戦いながら士気をあげる義重に小田家は恐れを抱いた。

「なんなんだ、あれは」

「まるで鬼じゃ」

 まさしく鬼のように叫び暴れる義重。資正はそれを見て驚嘆するばかりである。

「すさまじいな…… しかしこれならいける」

 結局戦いは佐竹家の優勢のまま終わった。そして小田家の城を落とし、作戦通り敵を待ち受ける。しかし

「来ないな」

「左様ですね。どうやら別の城まで引いたようです」

 小田家は奪還にあらわれなかった。結局野戦での損害が大きすぎて後退するしかない。という事であった。

「全く。すさまじい殿だ」

 資正は呆れながらも納得した。確かにこれなら北条家にも勝てるかもしれない。そう思わせる戦いぶりであった。

 さて城を落とした佐竹軍は守備隊を残して本拠地の太田城にもどった。しばらく経った後に資正は義重に呼び出される。そしてこういわれた

「あの城は貴殿に任せたい」

「私にですか? 」

「うむ。何とか貴殿に城を預けたいと思っていたのだ。あの城を落としたのは太田殿の策。皆も文句は言うまい」

 その言葉に資正は感動した。自分をここまで買ってくれているとは思わなかったからである。

「義重さま」

「なんだ」

「これよりのちはこの資正、一命を賭してお仕えします」

 資正は泣きながら言った。それを見て義重は満足そうに笑うのであった。

 こうして資正は城を手に入れた。名を片野城という。この城が資正の終生の拠点となる。また政景も別の城を与えられた。

 片野城の資正は「片野の三楽」と呼ばれその名をとどろかせるのであった。


 片野城に入った資正に与えられた役目は二つあった。一つは小田家、ひいては背後にいる北条家の攻略。もう一つは資正の持つパイプを生かしての外交だった。後者に関しては資正の立場に対して破格の任務といえる。

 これについては資正もやる気だった。小田家の攻略は佐竹家強化のためになる。また外交に関しては北条家が関東にて抜きんでた勢力であることを考慮しても必要不可欠のことだ。どちらも対北条のためには重要な仕事である。

「(殿のため、己のためにもやり遂げて見せよう)」

 資正はそう心に決めた。

 おりしも北条家とその周辺をめぐる状況は激変しはじめていた。北条家は領地を接する今川家、武田家と三国同盟を結んでいた。しかし弘治三年(一五六〇)に今川家当主今川義元が戦死する。その影響で今川家が動揺すると三国同盟にもほころびが見え始めた。

 永禄八年(一五六五)には同盟の維持を望んでいた武田家嫡男、武田義信が父信玄に幽閉された。これにより三国同盟の先行きに不安が見え始める。もちろんそれには北条家も無関係ではない。

 資正は義重に提案した

「この機に武田家に伝手をつないでおくのもよろしいかと」

「ふむ、そうだな。だが上杉殿がなんと考えるか」

「あくまで非公式な接触です。それに現状我らが武田家と接触しても上杉家に不信を抱かせるようなことは無いでしょう」

「それもそうだな。では任せる」

「心得ました」

 義重に許可をもらった資正は武田家との接触を始めた。そしてそれと並行して里見家との連絡も強化していく。今後北条家に対抗するとなると佐竹家と里見家の連携は必要不可欠であった。もっともこちらはスムーズに事が進んだ。もともと資正は里見家と連携して北条家に対抗している。佐竹家という強い味方と組めるのであれば里見家も文句はなかった。

 こうして資正は対北条のために様々な手を打っていった。それと並行して小田家への対策も進めていく。多忙であったが充実した日々が続いた。

 そして月日は流れ永禄一〇年(一五六七)の九月ごろ資正のもとにある知らせが届いた。

 伝令は息を切らせながらいった。

「資正様! 」

「どうした」

「里見殿と北条家が合戦に及んだ模様です」

 資正は息をのんだ。それは資正も参戦し苦い思いをした国府台の戦いを思い出したからである。あの敗戦の後に里見家の勢力はだいぶ減退した。もし再び大敗するようだったら里見家に後はない。

「どうなったのだ!? 」

 資正は伝令に尋ねた。伝令は大きく息を吸うと叫んだ。

「里見殿の勝ちにございます! 」

 それを聞いた資正は思わず座り込んだ。

「そうか…… よくやってくれた…… 」

 資正は心の底から安堵する。これでまだまだ北条家打倒の夢は消えない。資正はすぐさまこの情報を義重に届け共に里見家の勝利を喜んだ。だが資正を驚かせる知らせはこれだけではなかった。

 資正にとって嬉しい知らせが届いた翌日、夜遅くに伝令がやってきた。これに資正は自ら応対する。

「どうした」

 資正の問いかけに伝令はうつむいた。伝令は得た情報を資正に伝えるべきか悩んでいるようである。

「何があったのだ」

 再び資正は問いかけた。今度は少し強い口調で問いかける。伝令はしばしの逡巡の後に応えた。

「此度の里見殿と北条の戦にて資房様が亡くなられたようです…… 」

 伝令は重々しく言った。資正は伝令の言った言葉をしばらく理解できなかった。やがてしばしの静寂の後、資正は口を開いた。

「…… それは真か」

「はい。資房様は名を氏資と改めていたようです。ゆえに知らせが遅れたのかと」

「そうか。それでどのような最期だったのだ」

「どうも資房様は味方が劣勢の折、殿を申し出たそうです」

「殿を、か」

「そして味方を逃すために戦い、立派な最期を遂げられたようです…… 」

「そう、か」

 資正はふたたび黙った。そしてしばらく後、心配そうに見上げる伝令に微笑む。

「報告ご苦労だった」

「いえ。それでは失礼します」

 そう言って伝令は去っていく。残された資正は夜空を見上げた。空には煌々と月が灯っている。

「資房よ…… 」

 資正つぶやく。その内心では資房への思いが駆け巡っていた。

「(北条のために戦う。それがお前の道なのだろう。だが死んでしまってはどうしようもないぞ。全ては生きてこそ、だ)」

 資正は、今は亡き息子にそう説教したい気持であった。しかしそれが手遅れであることは痛いほどわかっている。そして最後にこうつぶやいた。

「それがお前の道であったのであろう」

 そして資正は自分の部屋に戻っていった。その眼には涙が一筋流れていた。

 戦死した資房には男子がいなかった。そのため北条家氏政の息子を跡継ぎとなる。皮肉にも岩付太田家は北条家の血筋により存続することになった。



 この話にてついに資正は佐竹義重に仕えることになりました。といっても客将というかなり珍しい立場での扱いになります。これは資正の名前が周囲に知られていて特別な扱いをせざる負えないという理由もあったのでしょう。事実佐竹家と周囲との外交で資正が窓口になるということが多々ありました。佐竹家からしてみれば新参者になるのですが、外交という重要な仕事を任されるほど資正の名は周囲に響いていたようです。

 さて、最後に資正の息子、資房改め氏資戦死の報が届きました。氏資は自ら殿を願い出たそうです。これは父親を追い出したことが北条家内でかなり評判が悪く、その汚名を返上しようとしたからだと言われています。そしてその後どうなったかは本文中にある通りです。ある意味戦国の無常を象徴しているとも言えます。息子の死を新しい城で知った資正は今後どうなるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡ください。では


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