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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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長宗我部国親 野の虎 第八章

 仇敵本山宗茂はこの世を去った。本山家は大黒柱を失い足元が定まらない。むろんこれを逃す野の虎ではない。

茂宗死亡の翌年の弘治二年(一五五六)に香宗我部家で大きな動きがあった。当主の親秀が弟であり養子にもしていた秀通を暗殺してしまったのである。これには国親も驚いた。

「まさか弟を討つとはな。それほどまでに我らを恐れていたか」

「恐らくはそうなのでしょう。親秀殿は弥七郎さまを養子に迎え入れたいと仰せです」

「以前から親秀が言っていた話か。まあいい。香宗我部を我が手元に置ければ後々も楽になろうよ」

 国親は弥七郎を香宗我部家の養子に入れることを決めた。一方で親秀にはこう伝えている。

「秀通には子が居たそうだな。その子はお前が責任をもって養育するのだ」

 これに親秀もうなずいた。親秀としてもあんな形で弟を討ったことに後悔はあったのである。もともと国親に言われるまでもなく秀通の子は養育するつもりであった。

「これで許されるなどとは思わん。だが後悔はあるがこれが香宗我部家のためのことなのだ。それだけはわかってくれ」

 親秀は秀通の位牌にそう語りかけた。ともかくこれが戦国時代の小領主の苦しい生き方なのである。


 香宗我部家を傘下に加えた国親は本格的に本山家の攻略に挑む。しかしいきなり攻撃を加えるつもりはなかった。それもそのはずで茂宗を失ったとは言え本山家は相変わらず強大である。正面から挑んでは必要以上の損害も出るはずだった。

「まずはうまく切り崩していくべきかと」

 この孝頼の提案にうなずく国親。

「その通りだ。しかし何か当てが有るのか」

「はい。私の見たところ本山家は我らほど領主たちを家に組み込んでおりませぬ。それゆえ自立心も強く本山家への忠義もそれほどありませぬ。ましてや茂宗殿の跡を継いだ茂辰殿はまだ若い。茂宗殿の武徳に従っていた領主たちは茂辰殿を軽んじていると思われますゆえに勝手に動くこともありましょう」

「なるほど。そこを突くのか」

「左様にございます」

「いいだろう。その策で行くとするか。しかしまずどこを狙う」

「秦泉寺家がよいかと」

 秦泉寺家が本山家の家臣でそれなりの家の大きさである。家が大きいという事はある程度主君にも相対できるし時によっては言うことを聞かないこともある。

「なるほど秦泉寺家か。してどのようにいたすのだ」

「幸いと言ってどうかはわかりませぬが秦泉寺家と我らの間で少しばかりの諍いがありまする。これを利用しましょう」

 孝頼は自分の計略を話した。これに国親もうなずく。

「全くえげつない手だな。しかし事によってはほかの者も動くかもしれんな」

「それはその時の事。それを見越して準備を進めておきましょう」

「そうだな。謀は孝頼に任そう。私は戦の準備を進めておく」

「承知しました」

 こうして野の虎の主従はそれぞれ行動を開始するのであった。


 それからしばらくして本山家に書状が届いた。差出人は国親である。内容はこうだ。

「そちらの配下の秦泉寺家が我らの領地に踏み入り狼藉を働いている。我らとしては本山家と争うつもりはなく穏便に済ませたい。そのため秦泉寺家の者どもを説得しているが聞き入れない。こうなれば成敗するしかないが、もし貴殿らが秦泉寺を引かせるのならば我らも動かない。重ねて言うが我らは本山家と争うつもりはない。これはあくまで長宗我部と秦泉寺の争いである。そこを含めて考えていただきたい」

 この書状に関して茂辰と本山家の家臣たちは対応を話し合った。

「秦泉寺は真実に長宗我部の領地に踏み入っているのか」

「そうとは思えませぬが、確か秦泉寺と長宗我部で争っている土地があったはず。その土地のことを言っているのでは」

「そうなのか。ならば我らに仲裁を頼むのが筋ではないか」

 茂辰の疑問に家臣の一人がこう答えた。

「本来ならばそうなのですが、その土地に関しては譲らんという意思表明なのでしょう。ですが書状の内容を見る限り我らと争いたくはないと考えておられるようです。我等と戦をして勝つ自信がないのでしょう」

「ならば突き放すか。秦泉寺が領地を増やすのならば我らにとって得なのかもしれない」

 少しばかり不安げに茂辰は言った。この時の茂辰にはまだ当主になってうまくできているかという不安がある。ゆえにそうした言葉遣いになった。それは兎も角、茂辰の疑問に対して家臣も不安げに首を振る。

「そうなれば長宗我部と戦になりましょう。今の長宗我部は非常に手ごわい相手です。戦になればどちらも相当の痛手を被りましょう。そうなればむしろ一条家の思うつぼかも知れませぬ」

 こう言われて茂辰は頭を抱えた。要はどっちの行動をしても不利という事である。家臣たちもそれは分かっているようだった。茂辰は家臣たちとしばし考えこむ。そしてこんな判断を下した。

「この書状は要するに秦泉寺と長宗我部で争っている土地を諦めれば戦はしない、という事なのだろう。ならば答えは一つだ。今の我らは一条と争っている。長宗我部と戦っている場合ではない」

 要するに秦泉寺家が手に入れようとしている土地を諦めるという事であった。家臣たちも皆仕方なしという雰囲気である。故に黙ってうなずいた。

「今は一時損をして後で得を取ればいい。幸い一条は弱っている。痛撃を与え土地を奪ってから長宗我部と争えばいい」

 茂辰は少し不安げに言った。英明であった父に比べてまだ自分の判断に不安があったからである。しかし当主としては決定をしなければならない。

「とりあえずまず秦泉寺を説得しよう」

 こうして茂辰は長宗我部との戦いを回避する選択をするのであった。


 一方時は少し遡り秦泉寺家のことに移る。彼らは現状困ったことになっていた。

「民の小競り合いが虎を起こすことになろうとは」

 少し前に秦泉寺家の村同士で小さな諍いが起きた。こうしたことは戦国時代によくあることである。問題は片方の村が長宗我部家とつながりを持っていたことにある。

「長宗我部家はあのあたりを自分の領地だと言い張っていた。ひとまず無視していたがまさか村の者を従えるようになっているとは」

 その村は自分たちの意見が通らなければ長宗我部家に着くと言い張っている。そうなったらその村のある領地に長宗我部家が入ってくる理由が出来上がってしまう。

「茂辰様にどうにかしてもらいたいものだが」

 秦泉寺家の当主はそう考えている。だが一部の家臣は不安を感じていた。というのも妙なうわさが流れていたのである。

「茂辰様は我らを別の土地に移し自分の子飼いの者をここに入れるという」

「ここは長宗我部と隣り合っているからな。自分の信のおける者を置きたいのだろう」

「それならば我らは信頼できんという事か」

 この会議でもそうした声が持ち上がっていた。この噂は近年急に流れてきたものである。茂宗の代なら信じないが代替わりが起きたばかりで。秦泉寺家の人々は茂辰のことをよく知らない。ゆえにどこか茂辰を不安視する声が出てきてしまっているのだ。

 こうした懸念があるから会議もまとまらない。だがそんな折に茂辰からこんな命令が届いた。

「此度の争いは長宗我部家に譲ること。これ以上のもめ事はしてはいけない」

 この命令が届いたとたんに秦泉寺家の茂辰に対する不信が高まった。

「茂辰様は我らを捨てるつもりか」

「左様。見捨てることで長宗我部との戦を避けようとしているのだ」

「いったい何のために我らは従ったのだ。このような主に仕えては土地など守れん。茂宗さまとは大違いだ」

 不満の声が次々と上がった。そもそも秦泉寺家は本山家に代々使える家臣ではない。己の家と領地を守るため本山家に従った者たちである。ゆえにそれが果たされないとわかったら従う理由などなかった。

「こうなれば長宗我部と戦をしてやろう。戦になれば茂辰様も動かざる負えまい」

 この当主の言葉に一同頷いた。こうして茂辰の考えとは裏腹に秦泉寺家と長宗我部家の戦が始まったのである。


 秦泉寺家は長宗我部家との戦いに備えて大高坂家と国沢家に援軍を頼んだ。両家ともこれを快く承諾する。

「これ以上長宗我部に好きなようにさせてはならん」

「本山家もあてにならんようだ。ここからは我らが手を組んで事に当たろう」

 両家ともこうしたことを口々に言っていた。土佐の領主たちはこうやって助け合ってきたのだという自負がある。ゆえにこんな時には手を組んだ。だがもはやそういう時代ではなくなっているという事に彼らは気付いていない。

 一方の本山家はこの現状に困惑していた。茂辰は秦泉寺家が合戦の準備を進めていることを知ると騒然となる。

「私の命を無視したという事か。そんなことをすれば我らの庇護も受けられん。そんな状況で長宗我部と戦っても勝てるはずなかろう。やめさせなければ」

 茂辰は何とか秦泉寺家を止めようとした。だが彼らは聞く耳を持たない。そうなってくると茂辰の我慢も限界であった。

「父上には従っていたというのに。代替わりしたとたん言うことを聞かなくなるとは。何という者どもだ。もはや私の知ったことではない」

 怒り心頭で言う茂辰。家臣たちは必死でなだめようとしたがもはや無理であった。家臣たちとしても秦泉寺家を助けるために長宗我部との全面対決に挑むつもりはない。元より半場見捨てるつもりであったのだから。

 こうした本山家の内輪もめを国親と孝頼は満足げに眺めていた。

「こうもうまく仲たがいするとは。秦泉寺家の者はお前の流した噂をよほどに信じたらしい。全く見事なものだ」

「恐れ入ります。しかしまあこの結果は上策とは言えませぬな」

 秦泉寺家が茂辰に不信を抱くきっかけになった噂は孝頼が流したものであった。最も孝頼の狙いとしては秦泉寺家に本山家への不信を抱かせて自分たちに下らせるつもりであったのでうまくいったとは言えない。尤もこうした展開もあり得ると考えていたのも事実である。というか国親はそうなると考えていた。

「我が方はいつでも兵を出せる。この兵力なら大高坂と国沢の援軍がいても問題ない」

「それはよいことです。こうなれば力の差を見せつけ本山家を動揺させるのが良いでしょう。そうすればますます我らに有利となりまする」

「それもそうだな。では私自ら出向くとするか」

「ご武運を。あまり無茶はなりませぬよ」

 孝頼の言葉に国親は笑って答えた。

「無茶をしなくてもいい戦をしなければならんのだろう」

「左様です。では行ってらっしゃいませ」

 こうして国親は出陣していった。


 国親は秦泉寺家が領土を侵してきたという事を名目に出陣した。秦泉寺家もこれを迎え撃つため両家と共に出陣する。本山家は静観の構えであった。

「もしよほどの不利になれば我らも出ればいい」

 茂辰や本山家臣たちはそう考えている。大高坂家と国沢家が援軍に出ていることを知っているので秦泉寺家も容易には破れぬと考えての事であった。むろんそれは秦泉寺家も同様である。

「ある程度痛打を与え返す刀で攻め込めば本山家も動くであろう」

 そんなことを考えていた。だがこれが全く甘い考えであるという事をすぐに思い知ることになる。

 国親率いる長宗我部家の軍勢はすさまじい勢いで秦泉寺家の領土に攻め込んだ。名目は領土防衛のはずであったがもはや関係ないといった勢いである。もとよりこれが目的なのだから当然であるが。

 これを迎え撃つ秦泉寺家たちは仰天した。その速さもさることながら数が全く想定を上回っていたからである。自分たち三家を合わせても倍以上いる。そしていざ戦闘が始まるとその精強さに仰天した。

「一人の兵が三人分の働きをしているようだ。これではいかん」

 秦泉寺家も大高坂家も国沢家もあっという間に敗れ敗走した。そして秦泉寺家の本城まで詰め寄られる。

「これ以上の戦は無意味。降伏するなら認めよう。わが家に降るのだ」

 国親は秦泉寺家にそう伝えた。こうなったらもはや選択肢はない。

「長宗我部家に降ろう。少なくとも本山家の下にいるよりはましだ」

 秦泉寺家は降伏し長宗我部家の配下に収まった。さらに大高坂家も国沢家もそろって降伏する。長宗我部家の恐ろしさを、身をもって知ったからだ。こうして十分すぎる成果をあげて国親は帰還するのであった。


 後日国親は孝頼をねぎらった。

「おまえの謀のおかげで万事楽に行った。流石だ」

「滅相もございません。全ては国親様が長宗我部家をここまで大きくした故にできたこと」

 今回の戦果はとても大きく意味のあるものになった。本山家の家臣の領主のうち三つを従えることができたのだから。

 しかし国親は油断していない。すでに本山茂辰は怒り心頭で長宗我部家に戦を仕掛けようとしているらしい。

「こうなれば本山家との全面的な戦になるな。まあ茂辰もこれで目が覚めたのだろう。代償は大きかったがな」

 真剣な表情で言う国親。そんな国親に孝頼はこう言った。

「皮肉なことですがすべては茂宗殿の威光によるものでしょう。茂辰殿はしらずにそれに甘えていたのです。此度のことで己の力の身で挑まなければならないことにやっと気づいたのです。また茂宗殿の威光が強かったゆえに秦泉寺家は茂辰殿を侮り此度の結果につながりました」

 孝頼はしみじみといった。一方の国親は孝頼に聞かれぬようにつぶやいた。

「親が強ければ子は苦しくなる。わが家でもそうならなければいいのだが」

 このつぶやきは孝頼にも聞こえていたが何も言わなかった。いうべきではないと考えたからである。一方の国親は何とも言えぬ表情で黙り込んでしまった。その頭には息子の弥三郎のことがある。弥三郎の今と行く末のことが。

 これまでの色々な話で戦国時代の領主たちのシビアな現実を描いてきました。一度強大な勢力ができると従うか争うかのシビアな選択を迫られます。そしてその判断を間違えれば一気に滅亡まで行くのだから本当に大変です。彼らの見えている現実は現代に生きる我等とはまるで違うものなのでしょう。そういう意味で家名を残し生き永らえた領主たちには本当に敬服しますね。

 さていよいよ国親は本山家と本格的に争うことになりました。東土佐の覇者を決める戦いはどのように展開するのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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