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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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長宗我部国親 野の虎 第七章

 国親は周辺の領主たちを従えていき長宗我部家を大きくしていった。それはいずれ来る本山家との決戦に備えてのものでもある。時に激しく動き時に静かに機をうかがう。そうして野の虎は力を蓄えていったのである。

 長岡郡南部の支配を順調に進めていた国親。だが天文十八年(一五四九)に信じがたい報せが届いた。

「房基様が亡くなられた? そんな馬鹿な? ありえん。本当なのか孝頼」

「はい。私としても信じがたい話なのですが、どうやら真のようです」

 一条房基死去。その報せを聞き狼狽える国親。一方知らせた孝頼も困惑していた。実際二人でなくとも信じがたい報せである。

 国親は努めて冷静に孝頼に尋ねた。

「いったい何があったのだ。急な病か」

「いえ、それが御自害なされたそうです…… 」

「自害? 何故だ? なぜ自害などする必要がある」

 近年の一条家は順調に勢力を広げている。本山家もうまく牽制し伊予にまで進出しようかという状態であった。順風満帆としか言えない状態であり、若い当主が自害する必要性など微塵もない。しかし房基は自害してしまったのである。

 孝頼はかなり困惑した様子で言った。

「一条家の方々も何もわからないそうです。ただ房基様が突如として自害されたと。その理由もわからぬと申されていました」

「何という事だ。しかしこうなれば一条家はどうなる」

「ご嫡男の満千代さまがおられますがまだ御幼少。京の一条本家から後見の方が入られると聞いておりますが今までのようにはいかぬでしょう」

「だろうな。しかし一体なぜ…… 」

 未だ困惑の隠せない国親。それは孝頼も同じであった。


 一条房基の原因不明の自害。この事態に混乱に陥りかける一条家だが、幸い京の本家から来た一条房通(一条房冬の弟)がうまくまとめたので最小限の混乱で済んだ。しかし幼い主君を抱えた現状では勢力拡大が望めないのはもちろん周辺への影響力も当然落ちる。その隙をついて本山家は一条家への攻勢を強めた。一条家は房通の下で何とか抵抗するも昔日の勢いはない。

 こうして情勢が変化しつつあった土佐において国親もいよいよ覚悟を決める。

「一条家の現状では我等への援軍どころか東土佐への介入もできまい。ともすれば本山家との戦は全て我らだけでどうにかせねばならん」

「左様です。幸い我らの兵力は本山家とも互角以上のものとなりました。あとは機のみです」

 孝頼の言う通り長宗我部家の領地はさらに大きくなっている。長岡郡南西部の制圧後は長宗我部家に降伏する領主たちもさらに増えた。土佐南西部の領主たちも国親に従う姿勢を見せており、長岡郡だけでなく土佐郡にも長宗我部家の影響力は広がり始めた。この状況に国親もひとまず満足している。

「本山家との戦も近かろう。ならば今のうちにやっておきたいことがある」

「やっておきたいことですか」

「ああ。まだ本山家の眼は一条家に向いている。ならば今のうちに山田家をどうにかしておきたい」

 山田家はかつて長宗我部家が滅亡したとき攻め入ってきた家の一つである。以前から敵対してきた家であり国親からしてみれば父の仇の家であった。しかし国親の岡豊城復帰や近年の長宗我部家の拡大に対しては距離を置き逆らう姿勢も従う姿勢も見せていない。

「山田の者どもをそのままにしておけば後々の禍根となろう。奴らが我らと敵対する理由はあるが味方する理由はない。もし本山家との戦の時まで残しておいて敵に回られたら面倒だ」

「左様ですね。今のうちに討っておくべきでしょう」

 孝頼の賛同もあり国親は山田家の討伐を始めた。この段階で長宗我部家と山田家の戦力差は巨大なものとなっている。勝ち目のない山田家は降伏を申し出たが国親は聞き入れなかった。国親からしてみれば山田家は父の仇である。当然の結果と言えよう。

「冥土で父上に詫びるがいい」

 天文十八年長宗我部家は山田家を滅ぼした。これで兼序を討った家で残っているのは本山家のみである。


 山田家の滅亡を受け多くの領主たちが長宗我部家への帰順を決めていった。国親はこれらを受け入れ新たに広がった領土の整備や、大きくなった長宗我部家の組織固めを行う。無論来たるべき本山家との決戦に向けての備えであった。

 さて山田家の滅亡で大きく動揺した家がある。香宗我部家だ。当主の香宗我部親秀は山田家をいとも簡単に滅亡させた長宗我部家の力を改めて認識したのである。

「もはや土佐七雄などと言われていたのは過去の話。もう力の差はあまりにも歴然だ」

 少し前までは縁談の件で強い抗議などもできたが今そんなことをすれば香宗我部家は滅亡である。親秀はそう考えていた。そして

「ならば長宗我部家に下り、その下で栄達を目指すしかない。それが家を守る道だ」

と考えた。しかし今の長宗我部家にとって香宗我部家は多くある土佐の領主の一つに過ぎない。そんな状況で家臣になったと事で大した待遇はない。生き残ることすら難しいかもしれなかった。そう考えると縁談が亡くなったことが悔やんでも悔やみきれない。だが親秀もそれは理解しているから別の手を打つ必要があった。

「こうなれば何としてでも家の名と血を残すのが先決。ならば」

 こうして親秀が考えたのが国親の息子と自分の娘の縁組であった。そしてそのうえで国親の息子を婿養子として受け入れ家を継がせるという策である。

「こうすれば香宗我部は長宗我部の縁戚。香宗我部の家と血は残るし待遇も良くなろう」

 親秀としては自信満々の策であった。しかしこれに家中で反対の意見が出る。その筆頭が弟で現在養子になっている秀通であった。

「そんなことをすれば香宗我部は長宗我部に取り込まれる。絶対にいかん」

 秀通は強硬に反対した。家臣のうちでもそれなりの数の者が秀通に賛成する。こうして香宗我部家内部において方針を巡った争いが起きたのである。


 山田家の滅亡により香宗我部家に争いの火種ができた。尤もそれはまだまだ小さいものである。まだ国親がどうこうするというものではない。現在国親が気にしているのは。本山家の事であった。

「流石にこうなっては我らの方に目が向くか」

 少し前まで本山家は一条家への攻撃を優先していたが山田家の滅亡を受けて方針を転換する。一条家への攻撃は控え主に長宗我部家への牽制や周辺勢力の取り込みなどに主眼を置くようになった。尤もこれらは国親も予測していたことである。

「山田家が滅んだ以上我らに目を向けるのは当然のことか。一条家も動けんようだしな」

 一条家は後見役の房通を中心になんとかまとまっていた。しかし周囲への攻撃に移れるような状態ではない。一条家の勢力の維持に手いっぱいという状態であった。これでは本山家との対決は期待できない。というか本山家への牽制もできるかどうかという有様であった。

「こればかりはどうしようもないか。さて我らとしてはどう動くべきか」

 国親は孝頼に訊ねた。とは言え現状できることは限られるし、それは国親も考えていることである。つまりのこの発言は方針を決める通過儀礼のようなものであった。そして孝頼もすべてわかってうえで自分の考えを口にする。

「しばらくは領内の発展と本山家がこちらの領地に手出しできぬように守りを固めるべきかと。まだ全面的に戦うべきではありませぬ」

「まあそうだな。まだ本山家の勢いは強い」

「あとは香宗我部家の動向も見るべきでしょう。うまくやれば我らの傘下に収められるかもしれませぬ」

「そうだな当面はそれで行こうか」

 こうして長宗我部家は暫く力を蓄えていくことにする。やがてくる機会を虎視眈々と狙うのであった。


 それからしばらく時がたち天文二三年(一五五四)になった。本山家とは小競り合いを繰り返すにとどまり双方決定打を討てないでいる。そんな中で国親は剃髪し出家した。これにはいろいろな理由がある。

「形の上での出家だというのに思いのほか効果はあったな」

「現状を国親様も痛切に感じていると見せられたのがよかったのでしょう。ひとまずこれで不満の声は少し収まるかと」

 国親が出家した理由の一つは家中や領内の不満が少しばかり出てきたことにある。勢力を広げていたころ不満はなかったが、それが無くなり勝本山家の小競り合いは頻繁に起きていた。これに伴う負担の増加は不満を抱かせるのに十分であった。とは言えまだ大きいものではなく国親が出家という形で反省の意を示したのでひとまずは沈静化の方向に向かっている。この点に関しては国親も孝頼も満足な結果であった。しかし二人の悩みは尽きない。それもいろいろあるがその中で大きいのが国親の嫡男の弥三郎のことである。

「私が出家して弥三郎の様子はどうだった」

 そう尋ねる国親に孝頼は苦々しく答える。

「あまり変わった様子はありませんでした。相変わらず何を考えておられるのかわからぬ様子です」

 この答えに国親は頭を抱えた。

「出家してみれば多少は心構えが変わるかと思ったがそうもいかんか…… 」

 国親の嫡男の弥三郎は今やすくすくと成長し今や元服してもおかしくないくらいの年齢ある。しかし国親や孝頼は現状弥三郎を元服させるつもりはなかった。というのは弥三郎の周囲の評価がかなり思わしくないのである。

 ある家臣曰く、

「弥三郎さまはなんとも弱弱しいお方だ。あれで長宗我部の家を継げるのか」

とか言われていたり、別の家臣には

「あれでは若君ではなく姫君だ。あのような方について行くのは正直不安でしかない」

などと言われている。実際弥三郎は長身であるが色白でか細い体つきをしている。顔立ちも美形とは言えるかもしれないが弱弱しい面立ちともいえた。総じてなんとも軟弱そうな雰囲気もしている。また大人しい性格でぼんやりとしていることも多かった。時には人にあってもあいさつや返事もしないという。

 長宗我部家の跡継ぎがこうした雰囲気なので国親はもちろん孝頼も頭を抱えているのであった。

「家中では若を姫若子などと呼ぶものもいるようです。嘆かわしいことですが…… 」

 そういう孝頼も正直弥三郎の行く先には不安しかない。実際家中の者からは次男の弥五郎や三男の弥七郎を推す声が上がり孝頼に訴えてくるものもいるほどであった。

 孝頼も正直迷っているほどである。一方孝頼から見て国親の考えは違った。

「(なぜかは分からぬが国親様は弥三郎さまを買っておられる。頭を抱えておられるが廃嫡しようなどとは思っていまい)」

 これはその通りで国親は弥三郎の現状に悩んではいるが廃嫡しようとは考えていなかった。それは国親が弥三郎から何かを感じてっていたからである。

「(正直弥三郎は姫若子と呼ばれても仕様がない。しかし見た目は軟弱だが動じている姿を見たこともないのだ。此度の私の出家にも動じていないではないか。それが大器ゆえかうつけゆえかはわからぬが)」

 国親は弥三郎の底知れぬ何かを感じていた。しかしそれをうまく説明できないのである。だからこう言うしかなかった。

「済まぬ。いましばらくは弥三郎のことを見守ってくれ」

 苦し気に頭を下げる国親。これには孝頼もうなずくしかなかった。


 長宗我部家が跡継ぎのことで悩んでいる頃、本山家でも問題が発生していた。当主の茂宗が病に倒れていたのである。稀代の傑物であり土佐七雄の筆頭であった本山家をさらに大きくした茂宗が病に倒れたことは本山家にとって大問題である。

「まだ儂は死ぬわけにはいかん。長宗我部を降すまでは死ねんのだ」

 茂宗は病を押してでも戦い続けようとしたが息子の茂辰や家臣一同がこれを止めた。

「父上は十分にお働きになられました。あとは我らに任せてお休みください」

 茂辰はこういうし家臣一同同じ気持ちのようである。しかし茂宗は不安であった。

「(茂辰は愚物ではない。本山家の当主としては十分だ。家臣たちもしっかりしている。しかし国親相手ではな…… )」

 茂宗は誰よりも国親を警戒していた。それは誰よりも国親を認めていたという事でもある。ゆえにいくら息子が成長しても国親には届かないであろうことがよくわかっていたのだ。そしてそれを茂辰も家臣たちもちゃんと理解していない。

「ああ、儂の方が国親より若いのに。何故儂を先に死病に侵させるのだ」

 嘆く茂宗。そんな茂宗をあざ笑うかのように病状は悪化していく。そして弘治元年(一五五五)本山家の礎であった本山茂宗はこの世を去った。死の間際まで長宗我部家を警戒していたという。

「儂が死んだら縁組のことは忘れよ。一条は置いておいて長宗我部を討つのだ」

 茂宗は最後にそう言い残した。茂辰たちもこれにうなずく。

 それからしばらくして茂宗の葬儀が行われた。ここになんと国親も参列する。国親は茂辰にこう言った。

「稀代の傑物を亡くしてしまった。本当に惜しい。婿殿も気を落されるな」

 茂辰には国親は心底そう言っているように見えた。ゆえにか国親への警戒感も薄れてしまうのである。

 一方の国親は岡豊城に戻ると孝頼にこう言った。

「まさか私より先に茂宗がくたばるとは。本当に人の世は分からぬ。だがこれでついに機は訪れた」

「そのようですな。しかし跡継ぎの茂辰殿はどうでした」

「悪くはない。しかし私のことを疑う様子はなかった。茂宗には及ばぬらしい。まああれほどのものはそう居ないが」

「全くです。ですがこれも戦国の世の習い」

「ああ。婿殿には悪いが決着をつけさせてもらおう」

 国親は、野の虎はそう言った。そしてその言う通りに長宗我部家と本山家の争いが本格的に始まるのである。


 土佐一条家は応仁・文明の乱の頃に土佐にやってきた勢力です。由来や本家の歴史は兎も角戦国大名としての歴史は浅い家ではあります。それでも土佐随一の勢力で居られたのは歴代当主たちの器量によるものでしょう。しかし房冬、房基の急死によりその権勢も失われていきます。しかしもし彼らのどちらかが長命を保ったのなら土佐や四国の歴史も変わったかもしれませんね。

 さて次回は国親が本山家との決戦に備えて色々と動き出します。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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