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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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長宗我部国親 野の虎 第四章

 千雄丸は岡豊城に復帰し元服した。名を国親と改め長宗我部家の発展を目指して歩み始める。そして若き当主は発展のための第一手を打つのであった。

 無事に長宗我部家を再興した千雄丸改め国親。しかしその立場は依然厳しい。その理由は本山家にあった。本山家は長宗我部家の再興に際して次のような条件を出している。

「長宗我部家の再興は認める。しかし飽くまで我らの下に置くこと」

 この「下に置くこと」という部分はあいまいである。土佐七雄において本山家が筆頭であり長宗我部家はあくまで格下、という解釈が一つ。もう一つは本山家の家臣になるという解釈である。

 房家は前者として解釈した。一方で本山家はどうやら後者として解釈しているらしい。そのため国親が岡豊城に復帰して早々に本山家から使者がやってきてこんなことを言ってきた。

「此度の長宗我部家の再興は我らが成したもの。その恩義を忘れることのない様に」

 国親はこれに返答せずただ一礼をした。使者はそれで満足したのか帰って行く。国親としてはあきれるばかりであった。

「父を討っておいて恩義などと言い出すとは。片腹痛い。全く面の皮が厚いことだ」

 とは言え長宗我部家が再興できたのは房家の尽力が主なものであるが、本山家が和平を承諾したからという側面ももちろんある。第一、領土や兵力にだいぶ差があるのも事実であった。家臣になるかどうかは置いておいて本山家の顔色を窺わなければどうなるかわからない身の上である。本山家も国親の対応を暫くは見定める腹積もりのようであった。

 むろん国親はこのままでいるつもりなどない。

「父上の仇はもちろんだが長宗我部家も必ずや大きくする。そのために色々と策を講じなければな」

 そうつぶやく国親。その眼には強い力が浮かんでいる。


 国親は長宗我部家を発展させる決意を固めた。そしてその為に差し当たってやっておきたいことがある。

「孝頼の力を借りなければな。あやつの才は本物だ。この先の長宗我部家にかかせぬものとなる」

 差し当たってやっておきたかったこととは孝頼に本格的に自分の補佐を頼むことである。しかしそれは存外難しい話でもある。

「孝頼を取り立てるのはもちろんだが依怙贔屓に見えてはだめだ。そうなると孝頼に不満が向くし家中の不和にもなる」

 孝頼は国親より年長とは言え長宗我部家では若い部類に入る。ここで抜擢するにはなにがしかの理由が必要であった。だが一条家に居る間に戦に出られるはずもなく武功などあげられない。国親は色々とできる範囲の仕事を与え孝頼に対するほかの家臣の印象も良くしようとしていたがそれだけでは不満も出よう。そもそも国親としては今まで支えてきたほかの家臣たちもないがしろにするつもりはない。

 そこで国親はあることを思いついた。

「なれば孝頼の家自体の格をあげればよい」

 国親は思い切った策を取ることにする。そのためにまず孝頼の父親の則弘を呼び出した。則弘はこれまで隠れ住んでいた国親の母や妹たちを守って来た人物である。家中の評価もいい。

 呼び出された則弘は何のことかと思った。

「いったい何の御用だろうか。差し当たって思い当たるふしもないが」

 まだ国親の治世は始まったばかりである。そんな時期に呼びだされる要件も思いつかなかった。だが忠誠を誓う若き主君に呼び出されたのだから従うほかはない。

「いったい何の御用でしょうか」

「うむ。いや、お前たちが母上たちを守ってくれたことへの褒美がなかったと思ってな」

「まさか…… そのような心遣い不要に思います」

 則弘は驚いた。まさかその件についてのことだとは思っていなかったからである。則弘としては自分の任務を果たしていただけなので褒美をもらうようなことだと思っていない。

 一方の国親には別の思惑があった。

「お前がそう思ってもこちらはそうはいかん。しかし城に戻ってばかりでは大したものもやれん。だから今は私が恩義に感じているという事だけを理解しておいてくれ」

「そんな大それたことではございませぬよ。これも臣の役目にございます」

「そうか。いや、お前は本当に母上の言う通りの者だ。則弘は実直で信のおけるものだと言っていた。そんなお前だから頼みたいことがある」

 こう言われて則弘ははっとした。これが本題だと気付いたからだ。

「何でしょう。殿」

「私は城に戻ったばかりでこの地にはそこまで詳しくない。だがお前は長宗我部家が滅んでからも自分の家臣と民をまとめていた。おそらくこのあたりでの評判は私より上だろう」

 国親は以前の件の時そう感じていた。あの時集まったのは言葉通りのこと以上に則弘が従っているからだろうというのを感じたのである。

「そんなことはありませぬ。国親様のご威光によるものです」

「いやそうではない。それをよく感じた。だからこそ今後はお前たちの力を借りなければならんし、そうしなければ長宗我部家は強くならん。だから長宗我部と吉田に強いつながりが必要だ」

「強いつながり……? 」

 困惑する則弘。そんな則弘に国親はあることを告げた。そして告げられた則弘は驚く。しかしすぐにうなずいた。

「承知しました。これは我が家にとっても良き事。すぐに準備いたします」

「ああ。孝頼にも伝えておいてくれ」

 則弘は一礼するとすぐに出ていった。とりあえずはうまくいったと安堵するのであった。


 後日、孝頼は国親に呼び出された。

「いったい何の御用であろうか。何か重要な事なら父上が呼び出されるはず」

 孝頼としては良いことも悪いことも思い当たるふしがない。従って首をかしげて国親の下に向かう。するとそこには国親だけでなく則弘の姿もあった。これで孝頼はますます混乱する。

「(父上もおられる。本当に一体何なのだろう)」

 疑問に思ってもそれは表に出さぬよう孝頼は恭しく礼をする。

「吉田孝順参りました」

「ああ。よく来た。実はお前に話があってな。重要な話だ」

「重要な話ですか? それは…… 父上もご承知なのですか」

「ああ。先だってのお呼び出しの時に聞いた。案ずることは無い。わが家にとっては吉報だ」

 孝頼は混乱した。則弘が言うのならば間違いなく吉報であろうがやはり思い当たるふしはなかった。もしかしたら則弘がこれまで国親の母を守っていたことに対する褒美なのかもしれないと考えたが、今の長宗我部家では領地も増えそうになければ恩賞も出せそうにない。そもそもそれなら則弘だけを呼び出せばいい。

 疑問の尽きない孝頼であるが、考えていてもどうしようもない。国親の次の言葉を待った。そして国親はその吉報の内容を口にする。

「我が妹の嫁ぎ先だが、吉田家とすることにした。孝頼、お前に嫁ぐという事だ」

「は……? 」

 孝頼は絶句した。思いもよらぬ発言であったからである。そんな孝頼をよそに国親は話を進める。

「吉田家は一度長宗我部家が滅んだ後も仕え続けこの土地を守って来た。そうした者たちが長宗我部家の縁者になれば政もうまく進むだろう。幸いお前は妻を娶っていない。ちょうどいいと思って先だって則弘に話したのだ」

「私も良いお考えだと喜んだ。長宗我部と吉田の縁が深まれば両家にとって良いことしかない。素晴らしいお考えだ。幸い姫様もお前のことを気に行っているようだしな。問題なかろう。いや、めでたいことだ」

 話を進める国親と則弘。ここで孝頼は悟った。

「(私の意志は関係なしか。いや、そういうものだろう。それに父上のいう事が尤もだ。何をためらう必要がある)」

 孝頼はこう言った。

「承知しました。この縁談受けさせていただきます」

 これを聞いた国親はゆっくりと孝頼に近づいた。そしてその手を握ってこう言う。

「ならば我らはこれより兄弟。色々と力を借りることになろうがよろしく頼む」

 真剣な表情で言う国親。これに孝頼もうなずいた。

「承知しました。これよりは一層の精進をし、長宗我部家の力となりましょう」

「ああ。頼むぞ」

 そう言って国親は孝頼の手を強く握った。孝頼も握り返す。そしてそんな若い二人の姿を則弘は温かく見守るのであった。

 こうして孝頼は国親の妹を娶り吉田家は長宗我部家の縁戚となった。これに家臣達から驚く声もあったが、おおむねは納得して受け入れている。

「吉田殿の領地は家臣の中で一番大きい。そうした者を手名付けるのにはこうしたことも必要なのだろう」

「まあ吉田殿は忠義に篤い。その子息なら妹君の嫁ぎ先にちょうどよかろうよ」

 こうして孝頼は国親の義兄弟となった。それと同時に則弘ともども国親の側近として採用される。そしてその才覚をいかんなく発揮していくのであった。


 孝頼を手元に置きいよいよ国親による長宗我部家の再出発が始まる。そして差し当たっての課題は軍事力であった。

「残されたものたちが土地をうまく守ってきてくれた。しかし兵が足りんな」

 この時代の兵隊は金品で雇うか農村などからの徴兵で賄うものである。しかし前者を増やすには長宗我部家の懐具合ではだいぶに厳しいものがあった。後者に関しては軍隊としての練度に問題がある。また当時の農民はある程度武装していたがその装備にもばらつきがあった。要するに均一された軍隊としての形態がとりにくいのである。

「金は無いが兵は増やしたい。そんな都合のいい方法などないがどうにかせねばならん」

 悩む国親。すると孝頼が驚くべきことを言いだした。

「金はなくとも兵を増やす策がございます。年貢も減ったりしません」

 この発言に国親は驚いたしほかの家臣たちも驚いた。当然懐疑的な目線で見るものも出てくる。

「そんな都合のいい方法があるものか。いくら殿の縁者とは言え口を慎め若造」

 最も孝頼としてはそんな反発は織り込み済みであったようである。そしてこう言った。

「この策はすでに吉田家の領地で行っています。それがうまくいけばほかでも行えばよいことです。これは父上も承知しております」

 この言葉に則弘はうなずく。そして孝頼はこう言った。

「もししくじりがあったとしてもそれは吉田家だけのこと。それを見てからでも遅くはありますまい。国親様。まずは事の成り行きを見ては下さいませぬか」

「ふむ。もうすでに行っているなら構わないな。お前の策を見せてもらおうか」

 国親の言葉に自信満々にうなずく孝頼。しかし周りの者たちはまだ疑いの目で孝頼を見ていた。


 それからしばらくして戦があった。この時孝頼に率いられた吉田家の軍勢は一番の活躍をする。これで孝頼の武名は高まった。他の長宗我部家の家臣たちもこれで孝頼に一目置くようになる。無論それだけではない。

 後日国親は孝頼を称賛した。

「先日の戦いぶり見事であった。これも依然話していた策のおかげか」

「はいその通りにございます」

「そうかそうか。だが一体どのようにしてあれほどの兵を集めたのだ。あれだけの練度と装備を持っているのだから村から集めたわけではあるまい」

 この国親の発言に対して孝頼は首を横に振った。これに驚く国親に孝頼は説明する。

「あれは我が領内の農民にございます」

「何だと? だがあれほどの練度と装備は村の者を呼び集めただけでは無理だろう」

「はい。実は父上が以前長宗我部家に仕えていた足軽に呼び集めていたのです。彼らは戦も働き口もないので困窮していました。そこでかられに田畑を与え農民として養っていました。私はそれらに武具を与えて兵としたのです。平時は田畑を耕し戦となれば我らの声に応じて兵となります。普段田畑を耕しているので体も強く統制も取れています」

 この説明に国親は納得した。しかし別の疑問もわいてくる。

「なるほどな。確かにそれなら年貢も減らず兵も増やせるという事か。しかし武具を与えるのにも金がかかろう」

「我らの抱えている兵たちは呼びも含めて二領の具足を持っています。しかし彼らは一領の具足の身を与えております。存外それで事足りるのですよ」

「そういう事か。なるほどな…… 」

 そういうと国親は何か思案を始める。そして孝頼には国親が何を考えているかわかった。

「国親様。我らの領内にいくつか逃散した農村がありまする。人を入れるのにちょうどよかろうと思います」

「流石に分かっているな。よしすぐに手はずを整えてくれ」

「承知しました」

 孝頼はすぐに仕事に取り掛かった。幸い近年は戦も少なく暇を持て余している流れの足軽も多い。先だっての戦に参加したもにも声をかけた。

「普段は田畑を耕し年貢を収めよ。戦になれば足軽として参加してもらう。無論普段は農民なので武士の務めはないぞ」

 この条件を受けて思いのほか人数が集まった。国親は長宗我部家の直轄領だけでなく家臣の領地にもそうした人々を住まわせる。家臣たちも孝頼がちゃんとした結果を出しているので従った。

 こうして集められた人々は普段は農耕を行い戦となれば兵として参加する。彼らは皆精強であると同時に農地を与えた長宗我部家への忠誠も高かった。そうした半農半士の精兵たちは「一領具足」と呼ばれ長宗我部家の軍事力を大いに支えていくのである。

 長宗我部家といえば一領具足が有名です。半農半士の精兵たちは長宗我部家の戦いになくてはならない存在でした。その始まりは国親の時代であったと言われています。そして国親の腹心の吉田孝順が考案したという説もあり、今回の話ではその説を採用させていただきました。尤も採用までに至るくだりは史料によったものではなく著者の創作です。その点は悪しからず。

 さていよいよ国親は長宗我部家の当主としてスタートを切りました。しかしさらなる飛躍には時間をかけなければなりませんでした。次の話はかなり時間が流れての話になります。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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