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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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木沢長政 悪人 第八章

 塩川政年の救援に向かった長政は、紆余曲折あって幕府の逆賊となった。窮地に陥る長政だがあきらめてはいない。一方でこの機に長政を打倒してしまおうというものたちも動きだす。ここに畿内の覇権をかけた戦いが始まろうとしていた。

 天文十年の暮れ、準備を終えた晴元はいよいよ軍勢を動かす。

「もはや木沢に味方はおらん。一ひねりにしてくれる」

 自信満々に出陣する晴元。しかし油断しているわけではない。晴元は自身の軍勢を率いて摂津の芥川山城に入るとともに、長慶や政長を含む三好家の軍勢も結集させた。いわば細川家の最大の戦力を投入するつもりなのである。長慶、政長共に戦意は高い。

「いよいよあの裏切り者も終わりだな。儂自ら首を取ってくれるわ。しかし木沢を討てばあとは長隆くらいか。儂の邪魔になりそうなのは。まあどちらにせよこの戦で晴元様からの信はますます強くなろう。そうなれば儂の座を脅かすものなどいなくなる。儂の天下だ」

 そんなことを考える政長の眼は欲の深さを示すかのようにぎらついていた。一方で長慶は落ち着いている。しかしそれは表面であった。内心はいよいよ父の仇の一人を討てるという事でかなり高揚している。

「まずは敵討ちの第一歩だ。何よりここで功をあげれば晴元様の覚えも良くなるはず。そうなれば政長を排する日も近づこう。そのためには何が何でも木沢の首をあげなければならないな」

 長慶も先々のことを考えている。しかしまずはこの戦だとも考えて自分をうまく落ち着かせるのであった。

 こうして長慶と政長を主力として細川家の軍勢は攻撃の準備を整えつつあった。これに対し長政も動く。

「まずは痛手を与え、我らの力を見せつけるべきか。そうすれば晴元と敵対している奴らや立場を明確にしていない者たちも俺につくだろう」

 長政は先手を打とうと考え笠置山城を出た。細川家の軍勢もこれに対応し出陣する。細川家の軍勢は長政の予想より多かった。しかしそれは細川家も同じのようで長政の軍勢も細川家の予想より多かったのである。この結果両軍は川を挟んでにらみ合いになった。だがこの状況をむしろ長政は喜んでいる。

「ここで時間を稼げば奴らの後ろで色々と動くかもしれんな」

 そう考える長政。しかし事態は長政にとって悪い方向に転がっていく。


 年が明けて天文十一年(一五四二)になった。長政と晴元たちのにらみ合いは年が明けて変わらず続いている。この膠着状況に両名とも苛立ちを募らせた。

「この機に動こうというものはいないのか」

 長政としては晴元に敵対している勢力の決起を期待していた。しかし動くような気配はない。そもそも長政がそうした勢力と連携を取ろうとしていないのだから当然ともいえる。また長政は総州家の在氏にも苛立っていた。

「俺に兵を送るよう命令していたというのに。なぜ動かんのだ」

 長政は晴元との決戦に向けて総州家からも兵を抽出しようとしていた。しかし総州家に動きはない。この晴元との対立という事態に在氏も総州家も動揺していた。長政の一族は何とか援軍を送ろうとするが在氏をふくむ総州家の大半の人間は様子見を決め込もうとしていたのである。長政の普段の行動からすれば無理もない話であるが。

 一方晴元も苛立っている。その理由は遊佐長教にあった。

「遊佐はなぜ動かんのだ。まさか我らと木沢が争って疲弊する機会を狙っているのか」

 晴元はここで長教が動き長政の後方を脅かすことを期待している。しかし長教が動く気配はない。

「いったい何をしているのだ…… 長慶よ。遊佐はこちらにつくのだな」

「はい。いましばらく待っていただければ」

 長慶もさすがに戸惑っている。長教と連絡を取ったときは色よい返事をもらっただけに。しかしなかなか動かない理由にも心当たりがあった。

「(おそらく植長殿が腰をあげないのだな)」

 晴元は長教を味方につける際に植長が尾州家の当主に復帰する許可を与えた。これは長慶の策であり、これを生かせば現状長政の支配下に置かれている尾州家の状況を一変できる。しかし植長としてはかつて自分の命を狙った長教をやすやすとは信頼できないだろう。

「晴元様。もうしばらくお待ちを」

「ああ。だが長くは待てぬぞ」

苛立つ晴元。長慶も不安を抱えて対陣に臨むのであった。


一方そのころの高屋城では静かに準備が行われていた。長教は部下に尋ねる。

「植長様はこちらに向かっておられるのだな」

「はい。何と一万の兵を連れてこられるそうです」

興奮気味に言う部下。だが長教は少し違う。

「(これだけの兵を連れてくれば私も手を出せんと思っているのだろう。まあその通りであるがな。しかし紀伊(現和歌山県)からこれ程の兵を引き連れて来られるとは。思った以上のお方だな)」

 危機を察知し紀伊に逃れていた植長はなんと一万の兵を引き連れて戻ってくるという。それは植長の器量が相当のものだという証であり、今後長教も容易に手を出せない存在になっているという事でもあった。だが長教として現状は植長と敵対する理由もない。むしろ手勢が増えるのだからありがたいことである。

「ことは植長様が戻ってくる前に終わらせる。準備は良いな」

「はい。すでに準備は万端です。しかし弥九朗さまのことは良いのですか」

「ああ。あれはエサだ。それに一応今でも主君であるからな。それに邪魔なのは周りの者たちだ。手早く済ませて城から出ていってもらおう」

「御意に」

 長教はその日のうちに行動を起こした。まず長政の息がかかった者たちを軍議の名目で呼び出す。彼らも長政が危機に陥っていることを知っているから尾州家として援護に行きたいと考えていた。そんな彼らを長教は援軍の打ち合わせと称して呼び出したのである。呼び出された者たちは一人残らず殺された。しかし弥九朗には手は出されない。

「私はどうなるのだ」

 不安に思う弥九朗。そんな弥九朗の耳に植長が一万の兵を率いて高屋城に向かっているという情報が入った。

「い、いかん。植長殿が戻れば私の命はないではないか! 」

 弥九朗はわずかな手のものを連れて高屋城から逃げ出した。そして長政に救援を求める。これらはすべて長教の手のひらに上のことであった。

「これで長政はこちらに向かう。あとは迎え撃つだけ。いよいよあいつの悪運もこれまでだ」

 長教はにこりともせず冷然と言うのであった。

 

 高屋城で起きた尾州畠山家の政変は長政の耳にも入った。これには長政も愕然とする。

「遊佐め。やりやがったな。だがこれはいかん。いかんぞ…… 」

 長政にとって予想外の事態である。だが何より予想外なのは植長が連れてきた一万の兵であった。

「植長がこれほどの兵を従えてくるとは。しかも俺の手のものは皆殺されてしまっている。弥九朗は生きているようだが役には立つまい。しかし総州家の方はどうなっている…… 」

 長政は総州家の動きを気にした。実はこの時点で総州家は日和見を決めている。植長の連れてきた一万の兵が決定打となった。うかつに敵対すれば攻め込まれる。ならば様子を見てうまく晴元に取り入ろう、そう考えていた。

 ともかくこれで長政はさらに孤立した。数少ない味方は大和の領主と高屋城から逃げ出した弥九朗ぐらいである。弥九朗は信貴山城に入ったが兵を引き連れての入城ではない。逃げ込んだだけである。

 着々と不利になる状況で長政は考えた。一応今の自分の連れている兵は一万弱。それに信貴山城の兵を加えれば何とか植長が伴ってきた紀伊の兵を加えた尾州家の兵力は上回る。だが細川家の軍勢と一緒になればかなうはずもない。ならば合流する前にどちらかを撃破するしかなかった。ならば答えは一つである。

「目の前の細川家の軍勢を打ち破ってもおそらく四国から援軍が来よう。そうなれば勝ち目はない。だが尾州家との戦に勝って弥九朗を城に戻せば状況は裏返る。そうなれば在氏もこっちにつくかもしれん」

 長政は決断した。そしてこう命令する。

「これより大和に退く。二上山城に入り尾州家に備えるのだ」

 命令が下るや否や長政の将兵は迅速に動いた。そしてあっという間に撤収を完了させる。対峙していた晴元たちが異変に気付いた時はもはや姿も見えなかった。

「木沢はどこに消えたのだ! 」

「恐らく大和に退いたのでしょう。まず植長様や遊佐殿を討つつもりのようです」

 晴元や長慶の耳にも尾州家の政変に関する情報は入っている。その情報が入った時晴元は大喜びしたものだがそれもすぐに怒りに変わってしまっていた。

 一方長慶は冷静に長政の狙いを読んでいた。そしてこれが最大の好機であることにも気づいている。そして晴元にこう進言した。

「晴元様。私はこれより手勢を率いて遊佐殿の援軍に向かいます。うまくいけば木沢を挟撃できます」

「ふむ、そうか。ならば今から兵を率いて向かうのだ」

 晴元は長慶の案を受け入れた。すると政長が進み出てくる。

「晴元様。木沢の始末はこの儂にお任せくだされ。この若造よりは確実に仕留められましょう。同か政長にすべてお任せを」

「うむ…… そうか。よし、政長に任せようか」

 ここで晴元は政長の進言を採用してしまった。しかし長慶も食い下がる。

「晴元様。木沢は悪知恵が働きます。私も向かわせてください」

「何を言うか。若造が来ても邪魔になるだけだ」

「政長殿は政長殿で動けばいい。私は私で動きます」

 言い争いを始める二人。それを見て晴元は怒る。

「ともかく早く木沢を追うのだ! 確実な方がいい。二人とも向かえ! 」

「「承知しました」」

 こうして三好勢は長政の追撃に入るのであった。


 三好勢が出撃をしようとしている頃、すでに長政は二上山城に入っていた。

「ここなら信貴山城と合わせて高屋城を挟撃できる。早く出陣しなければ」

 長政は信貴山城に伝令を出すと同時に偵察隊を高屋城に向かわせた。状況を少しでも把握しておきたい。

「遊佐はどう動いているか。城に籠っているのならやりやすいが」

 そう考える長政だがそうはうまくいかなかった。長教は植長の連れてきた兵を伴って高屋城を出陣している。

「忠義を示してこい、という事なのだろうな」

 長教は植長の意図をそう察した。尤も長教としては長政をこの手で討つつもりだったのであまり関係ない。

 さて出陣した長教の軍勢だが、ほどなくして長政の出した偵察隊に遭遇した。

「木沢の斥候か。ならばこちらに向かってくるつもりだろうな」

 長教は決戦を決めた。このまま進軍すれば長政も出てくるだろうという判断である。

「これで木沢を始末できるな。これで河内も少しは安定する」

 長教は悠々と進んでいく。


 一方偵察隊が交戦したことを知った長政は

「長教がこちらに向かっているなら戦うしかあるまい」

こちらも決戦を決める。この時実は長政には勝算があった。

「高屋城から弥九朗が出陣すれば長教を挟撃できる。そうなれば勝ったも同然だ」

 長政は二上山城を出て北進した。信貴山城は二上山城より北にある。北進すれば自分の動きを見て弥九朗も出陣すると思ったのである。さらにその北には総州家の飯盛山城もあった。戦いの推移によってはこちらからの援軍も期待できる。

「適当な場所で長教を迎え撃たなければ」

 やがて長政の軍勢に長教の軍勢が追い付いた。これで合戦が始まる。両者は一進一退の攻防を見せ容易に決着初かなそうだった。だが長政は動じていない。

「少なくとも弥九朗はこちらに向かっているはずだ。奴が来れば戦況は俺の優位に傾く」

 援軍を期待し戦い続ける長政。すると北からこちらに向かってくる軍勢があった。

「ついに来たか! 」

 喜ぶ長政。だがそれはぬか喜びであった。何故ならその軍勢が掲げる旗は三好家のものであったからである。そしてその先陣を切るのは長慶であった。

「木沢を討ち取れ! 父上の仇を取るのだ! 」

 呆然とする長政。その一瞬が勝敗を決める。長政の軍勢はなだれ込んできた長慶の軍勢を止めることができなかった。結果挟撃された長政の軍勢は総崩れとなる。しかし気を取り直した長政はあきらめなかった。

「退くぞ! 飯森山城に退く! 」

 長政は在氏の下に行こうと考えた。まだ長政の身内は総州家に居るから庇護も受けられるかもしれない。そう考えたのである。

「死んでたまるか。俺の野心はまだ潰えていない」

 必死で逃げる長政。だが長教も長慶も必死で追いすがる。やがて長政は追いつかれた。そこは田んぼであり身動きも容易に取れない。

長政の首を手柄にしようと大小さまざまな身分の者が襲い掛かる。長政は必死で抗う。しかし多勢に無勢であった。

「お、俺がこんなところで…… 」

 最後には泥にまみれて這いずって逃げようとした。しかしそれも無駄に終わる。長政は遊佐家の小嶋というものに討たれた。名は知られていない人物である。こうして己の野心の為に戦い続けた男は無残な死にざまを迎えたのであった。

 

 長政の死後畠山弥九朗は姿を消した。もはや自分を支えるものなどいないと分かったのだろう。一方主君である畠山在氏は細川家からの攻撃を受けて城を失っている。結局畠山家は尾州家の植長の下に統一された。しかし三年後に植長は急死してしまう。結局畠山家の実権を握ったのは遊佐長教であった。

 長教は三好長慶と結びやがては三好政長を打倒した。ところが長教はその後暗殺されてしまう。この後畠山家は衰退の一途をたどる。

 長慶は政長を討った後は細川家の実権だけでなく幕府の実権も握ることになった。しかし晴元や幕府との関係に苦慮して苦しむことになる。だがそれはまだまだ先の話である。

 ともかく木沢長政という男が蒔いた戦乱の火種は消えることなく燃え広がり続けた。そう言う意味ではある意味すさまじい男である。だがその名はあまり知られていない。生前の功徳のなさのなせるものかもしれない。

 塩川政年の救援からの長政の転落ぶりはすさまじいものです。ここまで築き上げてきたものが次々と崩れていき最後は命を落とす羽目になりました。しかしそうなるのも納得の理由が潜んでいてやはりすべては長政が行ってきたことの報いなのかなとも思います。しかし長政が死んでも畿内の混乱は収まるどころか増していくのがあの時代の業のようなものを感じさせずにはいられませんね。

 さて次はある有名な武将の父親の話です。場所は四国。となると何だが誰かわかるかもしれません。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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