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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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木沢長政 悪人 第七章

 畠山家を事実上支配し、大和を支配下に治め盤石の状態を築いた長政。一方細川家では三好長慶が台頭し始めた。時代は徐々に移り変わりつつある。その中で長政の立場にも大きな変化が訪れることになる。

 天文十年(一五四一)摂津の一庫城に塩川政年という武将が籠城した。政年は高国に味方していた武将であり、いまだ晴元に対抗する姿勢を見せている。また三好政長とも不仲であった。

 この動きに晴元は政年を討ち取ることにする。

「まだ高国の残党は残っている。完全に潰しておかなければ」

 そう考えた晴元は長慶と政長に加え長慶の舅である波多野秀忠も含めた軍勢を一庫城の攻略のために派遣した。細川家の主力が総動員されていることからも晴元の本気具合が分かる。

 一方この動きに摂津の領主である伊丹親興と三宅国村が反発した。彼らの言い分では政年の行動は三好政長の振る舞いに理由があり、それをどうにかしたかった、という事である。そしてこの願いは幕府に届けた。そして二人は事態を打開する為に長政に救援を依頼する。これは長政の弟が伊丹家に婿入りしていた縁にちなむ。長政は迷った。

「ここで親興たちの誘いに乗れば晴元様に背く形になるな…… 」

 長政の言う通り政年の救援に向かえば晴元に反逆する形になる。それはかなりリスクのある行動であった。しかし長政はこうも考える。

「今長慶たちは城を包囲している。ここを後ろから攻撃すれば勝利はたやすいな。そのうえで京に上って義晴様か晴元様を抑えれば大義は俺のものになる。そうなれば長慶や政長の排除もできるし俺も実権が握れる。何より俺の今の勢力なら勝利も容易かろう」

 そうした結論に至った長政は政年の救援を決意した。そしてこれが長政の運命を決めることになる。


 一庫城の救援を決めた長政は親興と国村の軍勢と合流する。

「私が来たからにはもう心配することは無い。三好の軍勢などあっという間に追い払って見せる」

 自信満々の長政は一庫城に向けて進軍した。一方この動きを長慶らも察知する。長政の行動に政長は怒り狂った。

「木沢め! いよいよ我らを裏切るつもりか。こうなれば迎え撃ってくれる」

 一方長慶は冷静である。そして舅の秀忠に相談した。

「これで木沢は晴元様に逆らう謀反人。この機を生かさぬ手はありませぬ。この状況を生かして長政を討ち取りましょう」

「そうだな。しかし敵も相当の軍勢だ。下手に戦えば摂津の領主たちも我らの敵になる。このまま戦えば不利になるぞ」

「それについては考えがあります。義父上には政長の説得をお頼みしたいのです」

 翌日、長慶は軍議の場でこう進言した。

「このまま戦えば背後から迫る敵と城の兵とで挟み撃ちになりましょう。ここは包囲を解き各々の城に戻るべきかと」

 これに政長は怒り狂った。

「ふざけるな。尻尾をまいて逃げろというのか。この臆病者め。貴様がどうしようと勝手だが我らは戦うぞ」

 あくまで戦うつもりの政長。そんな政長を秀忠はなだめる。

「迫る敵は木沢だけでなく摂津の領主たちもおります。このまま戦えば最悪周りが敵だらけになりましょう。それは晴元様の望みではありませぬ」

「しかし波多野殿…… 」

「責は長慶が全て負うと申しております。殿も受け持つと。ここは私の顔を立てて長慶の策を受け入れてくれませぬか」

「うぬう…… だが…… 」

 まだ納得していない様子の政長。だがここで長慶が政長の前に平伏する。そしてこう言った。

「お願いいたします。政長様」

 ここまでされれば政長も受け入れるしかない。政長は渋々うなずいた。

 こうして一庫城を包囲していた細川軍は撤退を始める。殿は長慶である。

「義父上。あとのことは頼みます」

「心配するな。それに政長殿のことだ。お前の考え通りの行動をするだろう」

「でしょうね。私はうまく木沢をひきつけて時間を稼ぎます」

「ああ。政長殿が動かなかったときのことは案ずるな」

 細川軍は政長をはじめとして順に撤退していった。そして長政たちの軍勢が渡着するころには長慶の軍勢だけになっている。これには長政も驚いた。

「城攻めを諦めたのか。まあいい長慶だけでも討ってしまおう」

 そう考える長政だが長慶の軍勢はすぐに撤退を始めてしまった。長政はそれを追撃しようとする。しかし親興はそれを止めた。

「我らの役目は政年殿の救援。それは果たされました」

 これに長政は反発した。

「何を言うか。ここまで軍勢を引き連れてきたのに何も手に入れられんなどありえん」

 長政は親興の言葉を無視して長慶の追撃に移る。だが長慶の軍勢はなかなか捉えられない。これには長政は苛立った。

「あと一歩というところでとらえられぬ。逃げ上手な奴だ」

 一方の長慶は作戦の成功を確信していた。

「うまく食いついてくれているな。どうせなら城まで連れていくか」

 やがて長慶の軍勢は居城である越水城まで戻って来た。そして長政の軍勢はそのまま越水城の包囲を始める。

「ここで長慶を討ち取ってくれるわ。コケにしてくれた借りは返してやろう」

 そう考える長政。だがこの時長政を破滅に導く一手がすでに打たれていたのである。


 長政が長慶を追撃していたころ政長と秀忠は京の晴元の下に向かった。目的は長政の告発である。

「木沢は塩川に味方して謀反を起こしました。こうなったら細川家の総力を挙げて木沢を討つべきです」

 政長の発言に晴元は怒り狂った。

「木沢め! いよいよ私には向かうか。いいだろう。すぐに準備を整え木沢を討ち取ってくれるわ」

 顔を真っ赤にして叫ぶ晴元。そんな晴元に秀忠はこう言った。

「今は長慶が城に引き付けているところです。急ぎ体勢を立て直すべきかと。それと畠山家の遊佐殿にこのことをお知らせした方が」

「遊佐か? だが奴は木沢と繋がっているのではないか」

「今は離れていると聞きます。何より今晴元様に逆らった木沢に味方しても得がないという事はあの御仁も理解しておられるでしょう」

「そうか。ならば遊佐にも連絡をしておいてくれ」

「承知しました」

 こうして細川家が長政の排除に動き出す一方、親興と国村は自分たちの城に戻っていた。

「国村よ。とりあえず塩川殿は助けられたがこの後どうする? 」

「そうさな。政長殿のやり様は不満だが細川家に逆らったところで先もないしなぁ」

「そうだな。しかし木沢殿はどうするつもりなのか。越水城が容易く落ちるとも思えんぞ」

「一緒に攻撃すればいよいよ細川家と一戦交えることになるな。それだけは勘弁だ。とりあえず木沢殿とは手を切ろう」

 二人はそう決めてから自分たちの城に戻ったのである。現在は情勢を静観しているところであった。そうしているうちに細川家や周囲の勢力の動きを見定めるつもりなのである。


 越水城を包囲していた長政だが冷静になってみると長慶の消極的な姿勢に疑問を抱く。

「波多野の援軍でも期待しているのか。どう見ても時間稼ぎをしているようにしか見えん」

 長政は援軍に来るかもしれない秀忠の動きには気を配っていた。しかし動きはない。そしてこのまま攻め続ければ城は落とせるかもしれないという状況であった。だがそれゆえに不気味である。

「長慶も無策で退いたわけではあるまい。何か策があるはずだ」

 そうは思うが何も思い当たらない。だが確信に似たものはある。長慶は何らかの手を打っているはずだと。だとするならば自身も何か一手打っておくべきかと長政は考えた。

「ひとまず京に上ろう。義晴様と晴元様を抑えれば大義は俺につく」

 そう考えた長政は兵の大部分を包囲に残し自身はわずかな手勢で京に向かった。だが京についてみれば義晴の姿も晴元の姿もない。この事態に呆然とする長政。

「一体どういうことか」

 実は長政が京に向かっていることはあらかじめ把握されていた。この時の京にはろくに兵がいないという状況である。そんなところに謀叛を起こした長政が僅かであるが兵を引き連れてくるわけだから晴元は驚いた。

「私をとらえるつもりか。いや、下手をすれば私を討って高国の子でも截てるつもりかもしれん」

 もちろんそんなことは無いのだが晴元が知る由もない。兎も角慌てた晴元は義晴に進言した。

「木沢が兵を連れて京に向かっています。もしかすると義晴様を害するつもりなのかもしれません」

「な、何だと。木沢め。いよいよ我らに牙をむくか」

 晴元が長政に不信感を抱いていたのはもちろんのことであるが、義晴も長政に不信を抱いていた。そして長政が越水城を攻撃したことが決定打になっている。

「一庫城の救援に関してはこちらとしても判断に困ることであった。しかし長慶の城に攻め入るのは完全に幕府の命から逸脱している。最早信じられん」

 義晴は京からの脱出を決意した。速やかに準備を整えると義晴は近江の坂本に逃れる。一方晴元は京の郊外にある岩倉に逃れた。その結果長政が京に入った時には両名ともいなかったのである。

 長政はようやく自分の置かれている状況に気づいた。

「これでは俺が幕府の命に背き京に攻め入った逆賊ではないか。不味い。このままでは不味いぞ。俺に味方する者がいなくなる」

 今まではたとえ嫌われていても利害の一致で味方してくれる者はいた。しかし幕府の敵になってしまえば味方する利点などない。むしろ損しかないのである。長政自身逆賊になった自分に味方してくれるものなどほとんどいないことを理解していた。

「ともかく今はすぐに京を出なければ。長慶を攻めている場合ではない」

 長政は越水城を攻めている軍勢に撤退の指示を伝えつつ自身は急いで京を脱した。そして河内に逃れることにする。

「俺が抑えている大和の兵。それに畠山家の軍勢が加われば細川家に対抗できるはずだ。弥九朗か在氏か。どちらかに管領の座でも約束すれば味方にできるだろう」

 この時の長政はそう考えていた。まだ畠山家は自分の手の内にあると考えていたのである。だが事態は長政の想定以上に悪化していく。


 長政が逆賊になったことは親興と国村の耳にも入った。

「これはもはや考えるまでもない」

「然り。とっとと晴元様と和睦してしまおう」

 二人はすぐに晴元に使者を出して和睦を持ち掛けた。晴元はこれに快く応じる。

「ここで許してやれば摂津の者どもに恩を着せられよう。それにこれで木沢が兵をあげた理由もなくなる。あいつは今や暴走しているだけだ」

 晴元はこの際一気に長政を滅ぼしてしまおうと考えていた。これまでの長政の行動への不信や怒りが主な理由であるが、両畠山家を事実上従えて大和にも強い影響力を持つ長政の存在をこれ以上放置できないというのもある。

「木沢は私の座をいずれは奪うつもりだったのだろう。だがそうはさせんぞ」

 必勝を期す晴元は岩倉にとどまったまま各勢力に自身への協力を呼び掛けた。無論義晴にも協力させている。義晴としても長政をこのままにしておけば無用な混乱が増えるだろうと判断していた。

 晴元は伊賀(現三重県)守護の仁木家に長政の笠置城の攻撃を要請した。無論将軍である義晴からの要請というか価値であるから仁木家もすぐに行動に移る。

「木沢の城を落して手柄にすれば仁木家の格も上がるだろう」

 仁木家は旗下の忍者の部隊を動員して城を焼き討ちにしようとする。しかし河内に帰還するつもりだった長政が攻撃の情報を聞き騎乗してきた。そして城に入るとあっという間に仁木家の忍者部隊を追い払う。しかし長政は城が攻撃された事実に衝撃を受けた。

「もうすでに幕府の手が回っているという事か。これではここから動けんぞ」

 下手に兵を連れて城を出ればどこかで捕捉され身動きが取れなくなるかもしれない。しかし笠置城に残れば京に睨みも聞くしうまくやれば晴元か義晴のどちらかは補足できるかも知れなかった。長政はその可能性に賭けることにする。

「弥九朗も在氏も俺を裏切らないはずだ。周りは俺の身内で固めているから大丈夫なはずだ。遊佐も大人しくしているし妙なことはしないだろう」

 自分が破滅すれば両畠山家の上層部で好きにふるまっている者たちも破滅する。それは避けるだろうから畠山家は何があろうと自分の味方だ。長政はそう考えていたのである。

 一方動かない長政を尻目に晴元は各勢力との交渉を進めた。その中で晴元は本願寺にこう要請する。

「どうか動かないでほしい。我らに力を貸す必要はないが木沢の味方になるようなことだけはしないでくれ」

 晴元もさすがに以前の一揆の件で本願寺を利用しようなどとは考えなくなっていた。本願寺も積極的に武家の騒乱に関わりたいとも思っていなかったからあっさりと了承する。そして晴元は長教に自分に味方するように伝える。これは秀忠の進言があったからだ。

「晴元様。畠山家の遊佐殿は木沢に不信を抱いているようです」

「らしいな…… ならばこちらの味方に付くか」

 長教はすでに長慶から長政の動きに関しての連絡を受けていた。そしてそれから間を置かずに晴元からの使者が来たので確信する。

「好機が来たか。これで木沢を始末できる」

 待っていいましたとばかりに笑う長教は部下にこう命じた。

「あの方にこう伝えろ。準備が整った、と」

 それを聞いて部下はすぐに駆け出していくのであった。

 こうして長政の包囲網は着実に完成していった。そして長政の最期の時も着々と近づいてきたのである。

 いよいよ長政の転落が始まりました。長政の活躍の期間を考えるとここからの展開の密度たるやすさまじいものがあります。それらはすべてこれまでの長政の人生がたどって来たものの帰結といえるものでしょう。一体長政がどのような結末を迎えるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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