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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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木沢長政 悪人 第三章

 晴元の行動に揺れる細川家。それに巻き込まれる総州家。そしてその混乱の中で暗躍する木沢長政。この状況は長政に利するのか害するのか。なんにせよここから畿内はさらなる混乱に陥ることになる。

 晴元の方針転換によって起きた亀裂は抜き差しならないものになって来た。ここで義尭の耳にある情報が入る。

「木沢は義尭様から河内守護の座を奪い取るおつもりのようです」

 これを聞いた義尭は首を傾げた。確かに木沢長政という男ならそう言う真似もできるかもしれない。だがここまで直接的な手段を討つようなわかりやすい男ではなかった。

「誰ぞの流した噂か。だが使える」

 義尭はこの噂を事実として細川家中に流した。そしてそれと同時にこう宣言する。

「木沢は主家に逆らう逆賊である。これより兵を出し木沢を討つ」

 ここで義尭は長政が畠山家の家臣であるとした。実際のところ長政は晴元の家臣である。とは言えほとんど独自の行動を取り、守護代の職も抱えていたので畠山家にも干渉していたので無理やりではあるが一応通る理屈ではあった。

 義尭がこんな宣言をしたのは畠山家中の問題であるという事にしたかったからだ。晴元との関係もあるしあくまで身内のことであるとしたかったのである。そうすれば晴元の干渉も抑えられるはずであった。

「事実はどうあれ木沢を討ち取ってしまえばどうとでもなる。今はあやつの排除を最優先にしなければ」

 ことは迅速に済まさなければならない。義尭は長政の居城の飯盛山城に向けて出陣するのであった。


 享禄四年(一五三一)畠山義尭は木沢長政の居城の飯盛山城に進軍する。この動きを事前から感知していた長政は籠城を選択し迎撃態勢を整えた。

「来るなら来てみろ。容易くは落ちん。手こずればお前の負けだぞ」

 現状長政は晴元にも使えている状況である。時間がかかれば晴元も何らかの動きを見せるだろう。そうした目算が長政にはあった。むしろこれを利用し義尭の立場を悪化させ排除しようとまで考えている。

 一方こうした長政の思惑は義尭に見透かされていた。そこで義尭は元長に援軍を要請する。晴元は今回の義尭の行動に対して現状では静観の構えであった。今は義晴との和睦に注力しているため厄介ごとには関わりたくないという考えである。そして動いてもらうのはあくまで三好家であり細川家ではない。

「一気呵成にケリをつけてしまえばあとはどうとでもなる」

 乱暴な考えではあるがある意味正しい。結局は生き残った者が勝利者である。

 さて義尭の援軍要請を元長は受け入れた。

「手早く、晴元様が何か成される前に木沢を討たねばならん」

 元長は家臣で同族でもある三好一秀を援軍に派遣した。そして義尭は一秀と共に飯盛山上に攻め込む。これに驚いたのは長政であった。

「元長め。まさか援軍を出すとは」

 長政は元長が表立った動きをすることは無いと考えていた。元長は細川家臣である。無論晴元の意向は無視できない対場であるから、こうしたはっきりとした動きはないだろうと考えていたのだ。しかし実際は援軍を派遣するという明確な行動を見せている。

「有無を言わさず俺を討ってしまえばあとはどうにでもなるという事か。だがそれならこちらにも考えはあるぞ」

 長政は攻撃をしのぎながら三好政長と連絡を取った。そして晴元にこう頼み込む。

「今私は畠山家からいわれのない攻めを受けています。どうか援軍を出してください。それができなくとも三好一秀を引かせていただくだけでも構いません」

 このうち後半部分が長政の望みである。晴元もまだ元長に一定の信頼を置いているので、直接敵対するようなことはまだありえないだろうと長政は考えていた。だが一秀を撤退させる命令くらいなら出せる。それができれば義尭の攻撃も鈍るだろうしうまくいけば引き下がらせることも可能だと考えたのだ。

 この長政の思惑は成功した。厄介ごとを抱えたくないと考えていた晴元は元長に撤退要請を出す。元長も晴元に弓引くつもりはないので渋々受け入れる。そして一秀が撤退すると

「こうなってはいかん。退くしかあるまいな」

と義尭も撤退を決意した。こうしてひとまず長政は危機を脱したのである。


 一応危機は脱した長政だが安心などできない。

「義尭はまた攻め寄せてくる。元長も今度は本腰を入れてくるだろう。それに今回使った手はもう使えまい」

 義尭はともかく元長の本気度に長政は驚いた。長政が晴元とそこまで悪い関係ではなく、義晴との関係において一定の役割を担っている。そうした存在を積極的に排除することは元長の細川家内での地位にも差し障ると長政は考えていた。しかし現実はそうしたことを振り切ってまで元長は長政の排除に動いたのである。

「元長は戦上手。奴が直々に動けばだいぶ面倒であるな。しかし今回のことは勇み足でもあるぞ」

 長政は考えた末に今回の元長の行動をむしろ利用しようと思った。今回の元長の行動を独断専行とし、政長ともども晴元に訴えたのである。

「晴元様。元長はいよいよ好き勝手にふるまい始めました」

「恐らく私を討ったのちは晴元様も害するかも知れません」

 こうした讒言を晴元は信じた。ちょうど義晴との和睦について何度も止められていたこともある。すでに主従関係に亀裂が入っていたのだ。

「よし。次に元長が何かしでかしたら私も動こう」

 これで晴元は長政の味方に付いたのである。


 享禄五年(一五三二)体制を立て直した義尭は再び飯盛山城に攻め込んだ。元長も再び一秀を援軍として派遣しておりさらなる増援も派遣する姿勢を見せている。

 これに対して長政は晴元に援軍を要請した。これを晴元はあっさりと受け入れる。

「もはや奴らのやっていることには我慢ならん。ここで私の力を見せつけてやろう」

 これを知って長政は喜んだ。

「いよいよ晴元様は俺の味方についた。勝った後が楽しみだ」

 晴元直々の援軍が来れば義尭たちも打ち払える。そう考える長政。ところが義尭たちは頑強に抵抗し晴元の派遣した援軍を撃退してしまった。これには当然長政も一転焦る。

「これはいかん。まさかこんな簡単に援軍がやられるとは」

 この緊急事態に長政は防備を固めつつ次の手を講じた。一方長政以上に焦っているのが晴元である。晴元はここで義尭や一秀を打ち破ることで自分の権威を高めようと考えていた。しかしこれではむしろ晴元の手腕への疑念が強まる。

「これはいかん。何が何でも長政を救援しなければ私の名が地に堕ちる」

 このままでは義尭が長政を打ち倒し元長とも強いつながりを持つことになる。そうなれば細川家への影響力も強まり畿内での畠山総州家の影響力も強くなるだろう。総州家は管領に任じられる家でもあるから最悪管領の座も奪われるかもしれない。

「それだけは防がなければ」

 そう考えた晴元は思い切った手を打つ。それは畿内を始め多くの地域に門徒を持つ一向宗に援軍を依頼するというものであった。一向宗の門徒には侍も多い。また多くの門徒は百姓であったがこの時代彼らもそれなりの武装をしている。そうした多くの人々が武装して立ち上がれば巨大な戦闘力を持つ軍勢になった。事実一向宗の蜂起に敗れた武将も数多くいるのである。

 だがこの時代の一向宗には『諸国の武士を敵とせず』という掟があった。これは一向宗が蜂起して武士の勢力の戦いに加担することを戒めた掟である。この掟は当代の法主の証如祖父の実如が定めた掟である。偉大な祖父の定めた掟とあって証如も始めは晴元の要請にためらった。しかし晴元はこう証如に持ち掛ける。

「敵方の将の三好一秀の主は三好元長です。そう一向宗に刃向かった仏敵の元長です。此度の戦はこの仏敵の元長を討つことにもつながりましょう」

 三好元長は法華宗の熱心な宗徒であった。そのため一向宗と法華宗が対立したとき、法華宗に加担し一向宗を弾圧したことがある。これを勿論証如は覚えていた。証如はまだ一七歳の少年である。仏門に入っていたとはいえまだまだ血の気も多かった。

「此度のことは仏敵三好元長を滅ぼすためのもの。お爺様の定めた掟には反しない」

 証如はそう言う理屈で自分や周囲の門徒を納得させた。門徒たちも元長には強い怒りを抱いており戦にもかなり乗り気である。

 最終的に証如は畿内の全門徒にこう集結を呼び掛けた。

「これは一向宗と法華宗の決戦である」

 この激に多くの門徒が大坂の寺院に集結したのである。その数はなんと二十万。想像を絶する数である。

 この状況に晴元は狂喜した。

「これなら義尭を打ち倒すことなど容易い。我ながら何と見事な策か」

 自賛をする晴元であった。しかしこれを程の規模の門徒が集結した意味をまだ晴元は知らない。


 晴元の要請に応じて蜂起した一向宗の一揆は飯盛山城に向かって進撃した。これには義尭も一秀も何が何だかわからない。

「一体何が起きているのだ」

「分かりませぬ。我らの味方とは思えませんが」

 一方で長政も困惑していた。

「晴元様は一向宗の一揆を援軍によこすと言っていたが、あれがそうなのか」

 やがて一揆は飯盛山城を包囲している義尭と一秀の軍勢に襲い掛かった。当然抵抗するが背後から襲われた上に数が違いすぎる。圧倒に間に押しつぶされ軍勢は壊滅状態に陥った。この事態に一秀は決断する。

「ここは私が何とかしのぎます。義尭様はお逃げなされよ」

「済まぬ一秀。しかし長政め。このようなことをしでかすとはどうなっても知らんぞ」

 軍勢とも暴徒ともいえるような一揆の姿に戦慄するばかりの義尭であった。とてもではないが制御されているようには見えない。

「今は生き延びることだけを考えなければ」

 義尭はわずかな生き残りを率いてその場を脱した。一秀はここまでと覚悟を決め一揆に突撃する。

「わずかでも、義尭様が逃げ延びる時を作るのだ」

 そんな決意をしていたが、無慈悲にも一揆の大軍勢は一秀たちを押しつぶすように打ち倒した。この状況で一秀が生き残れるわけもなく無残な最期を遂げてしまう。そして一秀を討ち取った一揆は義尭の追撃に移った。長政は飯盛山城から離れていく一揆を見て一安心する。

「あれが援軍であったわけか。しかし晴元様もとんでもないことをする。ともかくこれで危機も邪魔者の無くなったわけか」

 そう喜ぶ長政であった。無論この後に待受ける事態など想像もしない。


 一向一揆は長政の救援という役割を果たした。しかしその軍事行動はまだ終わっていない。ある意味当然で彼らからしてみれば法華宗の庇護者である三好元長の打倒が目的である。実際のところ長政の救援はそのついでともいえた。

 そんなことを知る由もない義尭は必死で逃げた。しかし一揆の勢いがすさまじく追いつかれてしまう。そしてもはやこれまでと悟った義尭は自害を決意した。

「武門の争いではなく仏門の一揆に敗れるとは。累代の当主の方々に申し訳がつかぬ。だが攻めて討ち取られるよりも自ら命を絶つ方がまだ面目は立つだろう」

 大きな無念を抱え自害する義尭。だが最後にこれだけは言っておきたかった。

「木沢もいずれはくたばるはずだ。奴のようなものが長くい切れるはずはない。冥土で出会ったらその首を斬り落としてくれる」

 こう言って義尭は自害した。こうして一人の家臣に運命を翻弄された戦国大名が命を落としたのである。

 さて一揆勢の進撃はまだ終わらない。だがその目的地ははっきりしていた。三好元長のいる堺である。

 元長はこの状況に愕然としていた。

「晴元様が一向宗を動かしたのか。なんと愚かな。彼のものたちはそんな聞き分けの良い者たちではないというのに」

 堺で元長と共にある兵はわずかしかいない。しかし一揆勢はすさまじい勢いで迫ってきている。もはやできることはほとんどない。

「せめて義維様は逃さなければ。狙いは拙者だ。一揆も義維様は狙わぬはず」

 元長は義維に堺からの脱出を奨めた。しかし義維はこれを拒否する。

「今の私には元長しかおらん。元長が討たれるのならば私も生きてはいられんだろう」

「いえ、おそらく晴元様は義維様の命を奪うようなことはされません。それをすれば今まで築き上げてきた者が消え去るという事は理解しているはず」

「そうだといいが…… 」

 義維はしばらく考え込んでから脱出を決意した。それを見送った元長は最後の仕事に取り掛かる。元長は妻と嫡男の千熊丸を呼び出した。

「お前たちは阿波に逃れるのだ。あそこまで逃げれば生き延びられるはず」

「ならば旦那様も一緒に」

 妻は縋ったが元長は拒絶した。敵の狙いは元長である。ここで逃げてもどこまでも追いかけてくるだろう。ならば妻と跡継ぎを逃したいというのが元長の願いであった。

「千熊丸。お前は立派な侍になるのだぞ」

「はい父上。弟たちと共に必ず」

 これが最期の親子の会話になった。

 家臣に伴われ千熊丸達が脱出した後、元長は自害した。

「この首、一揆のものなどにやらぬ」

 元長は自分の腹を切っただけでなく臓物を取り出して天井に投げつけたという。それだけ晴元や長政への怒りが強かったのである。

「因果応報。悪行にはそれ相応の報いがくる。その時を待っておけ」

 元長はそう言い残して命を落とした。

 それから少しあと、義維は晴元に捕らえられた。しかし晴元からしてみればもうどうでもいい存在である。

「何処とでも行かれるといい」

 失意の義維は阿波に落ち延びていった。これで晴元と義晴の和睦の障害は無くなった。晴元としては思い通りで笑いが止まらない。

「万事うまくいくものだ」

 一方長政も笑いが止まらない。

「邪魔者が全て消えてくれた。ありがたいことだな」

 こちらも笑いが止まらない。しかしもうすでに笑いえない事態が始まっていた。だがこの時の長政はまだそれに気づいていない。


 細川高国が敗れてすぐに今回の話の出来事が起きました。要は晴元が義維を無視して義晴との和睦を始めたのが混乱の下といえるわけですが、そこに長政と義尭の因縁も絡んで益々の混乱となります。そして止めとばかりに一向宗と法華宗の争いも加わるわけですが、この二つの宗派の対立はさらにとんでもない事態を引き起こします。それは次の話に譲ります。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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