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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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木沢長政 悪人 第一章

 河内(現大阪府)の武将、木沢長政の物語。戦国時代の畿内は終わることのない戦乱に巻き込まれ続けていた。それは様々な立場の人間が己の欲得の為のみに動いたからである。そしてこの話はある欲深い男の話である。

 室町時代の終わりに起きた応仁・文明の乱ははっきりとした決着のつかないまま終わった。そのおかげがあちこちに爪痕を残している。幕府の臣にとっての最高位といえる管領を預かる三家。その一つの河内(現大阪府東部)畠山家の中で起きた争いも決着がつかず、いまだ総州家と尾州家に分かれて争っていた。その総州家に仕えるのが木沢長政である。

「畠山家は二つに割れて争っている。おかげで家の力は弱まるばかりだ。これでは俺の身の先行きも怪しいものだ」

 木沢家は南北朝の頃から畠山家に仕える家である。代々主家を支えてきた。しかし長政にはそんな殊勝な心がけはない。長政の頭にあるのは己の立身と栄達のみである。

「畠山家に居てはどうしようもあるまい。とっとと出ていってうまく別の家にでも入り込めないか」

 そんなことを考える長政。そんな風だから当然総州家での評判も悪い。すると家臣の一人が主君の畠山義尭にこう訴えた。

「木沢は何をしでかすかわかりません。今のうちに排除しておくべきかと」

 これを知った長政はこの家臣をだまし討ちにした。そして巧妙に証拠を消して総州家を出奔する。皆が長政の仕業だと確信したが証拠もないのでどうしようもなかった。

「馬鹿どもが。俺の尻尾をつかめるかよ。だがこれで自由だな」

 総州家を出奔した長政。ここから長政の波乱に満ちた人生が始まる。


 総州家を出奔した長政が頼ったのは細川高国であった。高国は当時の管領で将軍として足利義晴を擁立している。しかし同族の細川晴元が管領の座を狙い足利義維を擁立して敵対していた。そしてこの晴元と共に義維を擁立していたのが畠山義尭である。

 長政は自分が総州家に居たことを利用して高国に取り入った。

「私は総州家に居ました。あちらの情報も持っています。私が居れば河内での戦いで優位に立ち回れますよ」

 この売り込みに高国は応じた。そして長政を取り立てると早速河内に派遣する。実際長政は河内での戦いで活躍し武名をあげた。尤も長政の軍事的能力が高かったからというよりも総州家の内情を知っていることが幸いしたのだが。

「これで高国様は俺を信頼する。とは言えその高国様が負けてしまってはどうしようもないな」

 この時高国と晴元の戦いは晴元の有利に転じ始めていた。高国は将軍の義晴ともども京を追い出されてしまっている。いまだ正式に義維が将軍に就任したわけではないがこのままいけば戦いは晴元の勝利で終わりそうであった。

「ここが潮時か。ちょうどいい。河内を手土産にすれば晴元さまも俺を受け入れるだろう」

 ここにきて長政は高国から離反し晴元に味方する。この時晴元は家臣同士のいざかいで軍事力に不安がある状況にあった。そのため長政の離反は渡りに船ともいえる。尤も義尭は反対した。

「木沢は必ずや災いをもたらします」

 しかし晴元はこれを聞き入れなかった。結局長政は晴元の家臣となる。

「義尭は怒っているようだな。しかしまあうまくいくものだ」

 こうも事がうまくいくとは。長政は一人ほくそ笑むのであった。


 晴元の家臣となった長政はさっそく京の防衛を任されることになった。晴元と義維は堺を拠点にしている。これは細川家の本領がある四国と近畿との間にあってちょうどいい位置であったからだ。しかしこの段階でまだ細川家内部の不和は解消されておらず本領の兵もなかなか動員できない状況にある。これにはさすがの長政も不安に感じた。

「高国は方々をさまよって兵を集めているらしい。ほとんどの場所で断られたみたいだが、播磨(現兵庫県西部)の赤松家が義晴様を庇護している。そこに高国も逃げ込んだというらしいが」

 この時、晴元は播磨に入り備前(現岡山県東部)守護代の浦上村宗の助力を得ることに成功した。村宗は赤松家の家臣であるが主家をしのぐ権力を得ようとしており、逃げ込んできた高国に恩を売ることで自身の権力の強化につなげようという魂胆である。そして高国は村宗と共に兵を率いて京に侵攻してきた。これに長政は慌てる。

「これはいかん。俺の手勢じゃあ敵わないな」

 慌てたといっても一時のことである。長政は自分の命にかかわるような戦いをするつもりはなかった。

「晴元様は動けない。ならば戦っても無駄に被害を出すだけだ。だったら逃げるが勝ちよ」

 そう言って長政は京を捨てて脱出してしまった。高国たちはもぬけの殻となった京に悠々と入る。一方この事態に慌てたのは晴元たちであった。

「これはいかん。内輪もめをしている場合ではない」

 京を奪われるという事態に細川家は団結した。そして四国から兵を呼び寄せて高国の軍勢との決戦を挑む。この時総大将となったのは晴元の家臣で随一の将である三好元長である。

「あのようなものに京を任せるからこうなるのだ。晴元様もそこをわかってほしいものだ」

 元長は細川全軍を率いて高国、村宗連合軍と相対する。この時元長はある手を打っていた。

「赤松殿はお父上を浦上に討たれている。ならば我らに力を貸してくれるはず」

 村宗の主君の赤松政佑は父を村宗に討たれていた。しかし主君とは言え強大な権力を誇る村宗をどうすることもできずそのままにしていたのである。だがそれゆえに村宗は政佑を侮っていた。自分を討てるはずもない、と。元長はそこを突いた。

「政佑殿は援軍として参戦し、戦が始まったら我らに味方して浦上を討ってくだされ」

 この誘いを政佑は受けた。そして始まった元長と高国たちの決戦。政佑は約束通り元長に味方し高国と村宗の軍勢を背後から攻める。そこに元長たちが一気に攻め入った。これでは勝負にならない。高国と村宗の軍勢は総崩れとなり村宗は戦死。高国もいったんは逃げるが捕縛され処刑された。こうして細川晴元と細川高国の管領をめぐる戦いは終わる。

 

 戦いが終わって晴元陣営はみな喜んだ。唯一喜んでいないのは長政である。

「なんてことだ。こんなに早くケリがつくとは」

 長政はもう少し戦いが長引くかと思っていた。それでも本領の兵がいる分、晴元が有利と思っていたので適当なタイミングで参戦し、自分を売り込もうと考えていたのである。しかし元長の手で戦いが早く終わってしまったのでどうしようかと困っていたのだ。何せ今の長政は重要な地である京を放って逃げたという大きな失点がある。このまま帰参してもろくな待遇は得られまい。最悪殺される。

「何か手土産が必要だな。晴元様に気に入られるようなものが」

 そう考えた長政が目を付けたのは細川尹賢である。尹賢は高国の従弟で当初は高国に従っていた。しかし高国が劣勢になると晴元に従った。この辺りは長政と似たような経緯である。しかし最近は晴元と不和になり微妙な立場になっていた。

「ちょうどいいな」

 長政はさっそく家臣を尹賢の下に送った。

「ともに晴元様の下に参り詫びましょう。身一つで行けば晴元様もお許しになるかもしれません」

 そう言う口上を家臣に言わせた。もし普段の尹賢であったら木沢長政という信頼できない人物からのこんな誘いに乗らなかっただろう。しかし不安定な立場と情勢が判断を誤らせた。そしてこんなことも考えている。

「うまく木沢に悪名をかぶせられれば私の身も安全か」

 そう考えた尹賢は兵を隠して長政の下に向かった。

「うまく網にかかってくれたよ。さあ俺の役に立ってもらおうか」

 そう言ってほくそ笑む長政。長政は尹賢が兵を隠して連れてきていることなどお見通しである。元より尹賢を捕らえ殺してしまおうというのが長政の考えであった。尹賢が兵を連れて来た時の備えなどとうにしてある。そもそも長政が面会場所に指定したのは長政の勢力圏であった。不信を抱きながらもそれを受け入れた尹賢はいささか不用心に過ぎたという事である。

「木沢も青い顔をしているのだろう。あんな不忠者などいなくなった方が世のためだ」

 尹賢は自分が怯えているのだから長政も、そう考えている。尤も長政は怯えるどころか自分が生き残るための新しい手を打っているのだから見当違いもいいところであった。

 こうして尹賢は自ら罠に進んでいった。長政は先手を打ってこちらに向かってくる尹賢に襲い掛かる。まさかこうなると思っていなかった尹賢たちは慌てふためき、兵たちは次々と討たれていった。そして尹賢は捕らえられる。

「この卑怯者め! 武士の作法も知らんのか」

「負け犬が吠えるものよ。さてさて。さっそく腹でも切ってもらおうか」

 せせら笑いながら長政は尹賢に切腹を促した。尹賢ももはやこれまでと理解し腹を切る。そして最後にこう言った。

「貴様のようなものはろくな死に方をせん。地獄で待っているぞ」

 尹賢はそう言って憎々しげな表情のまま腹を切った。だが長政はそんな尹賢を見てまたもせせら笑うのであった。


 尹賢の首を手土産に長政は帰参を望んだ。これに対して晴元陣営は紛糾する。晴元は意外にも帰参を許すつもりであった。

「京を放棄したのは確かに失策だ。しかしあのとき我らも動けなかったのも事実」

 一見自分の不徳を反省しているようにも見える。しかしこの言葉は言下に動けなかった原因、家臣である元長たちを攻めるような意図もあった。

 これに対して黙り込む細川家臣たちもいれば納得したようにうなずくものもいる。これは細川家の内情に問題がある。というのも細川家は本領の阿波(現徳島県)、讃岐(現香川県)等の四国の家臣に加え、畿内の領主たちも家臣にしていた。だが四国勢と畿内勢はあまり仲が良くなく時折敵対をしているのである。これが晴元の頭痛の種の一つであった。晴元としては家臣たちがもう少し一丸となって動いてくれれば高国にも容易く勝てた、そう考えている。

 そうした事情もあって様々な反応を見せる家臣達にたいして晴元はこう言った。

「木沢は河内の事情にも通じている。才もあり優秀な奴だ。此度も零落の身で尹賢を討ちとっているではないか。これは紛れもなく手柄であり帰参を許すには十分だ」

 一応納得できる理屈である。家臣一同も致し方なしと思って黙った。しかし一人黙らない男がいる。三好元長だ。

「拙者は木沢の帰参には賛同しかねます。あの者は晴元様の命を果たせませんでした。これが戦って負けたのならばそれは武門の常道ゆえに致し方なしともなります。しかしやつは戦わずして逃げました。そのようなものを許すべきではありませぬ」

 これもまた納得できる理由である。実際問題長政がやったことは職務放棄の敵前逃亡。許しがたい罪といえた。何よりそんなものを迎え入れては示しがつかないというのが元長の考えである。

 元長の言い分も筋が通っている。故に晴元も黙る。それを見て元長はこう続けた。

「木沢はもともと義尭様の家臣。しかし罪を犯して家を追われました。そして一度は高国様の家臣にもなっています。それが晴元様に仕えたと思ったら先ほど述べた有様。このようなものを家においては災いの基となりましょう」

「それは心配いらん。儂の器量なら問題ない」

 晴元は苛立ちながら反論した。一方の元長は冷静にこう返す。

「どのみち木沢を家臣に加えては義尭様に申し訳が立ちませぬ。ならば先だっての罪は許し、義尭様の下に送るのが良いかと」

 元長としては義尭との関係も考慮していた。義尭はともに将軍候補である義維を擁立する立場である。長政の帰参を認めるのはその関係をこじらせかねないものであった。実際義尭は長政が総州家に帰ってくることを望んでいる。無論処罰、いや処刑するためだ。

 こうした元長の物言いに細川家臣たちは納得した者もいる。しかし元長を積極的に支持する声もない。元長も完全にほかの家臣たちの支持を得ているとは言えない立場であった。

 この後も話し合いは続いたが答えは出ない。晴元と元長の主張は平行線のままに終わる。


 細川家で長政の扱いが紛糾している間、長政はとどめ置かれていた。

「いい加減にしてほしいものだ。これでは首も腐るぞ」

 苛立つ長政。正直ここまで自分の扱いについて紛糾するのは予想外であった。

「俺を目障りに思う者もいるだろう。義尭のこともある。しかし俺の利用価値と手土産を考えれば晴元様も一応受け入れはするはずだと思ったが」

 名長政はもちろん細川家内部での対立について把握している。また、晴元と義尭の関係も表面上はともかくそこまで深いものではないとみていた。そう考えると四国の家臣や義尭への牽制としての自分の価値はあると踏んでいたのである。

「誰ぞ強硬に反対している者がいるという事か。目障りな奴だ。まあいい。帰参できればいずれは潰せる」

 やがて長政の下に細川家からの使者がやって来た。そして帰参を許す旨を伝えられる。長政は使者を丁重にもてなし感謝の意を伝えた。

「このようなものに大変なお心遣い。今後は晴元様のお役に立てるよう精進いたします」

 使者は上機嫌で帰って行った。それを見送った長政はひとり呟く。

「晴元様も腰が重い。冷や冷やさせおって」

 そうつぶやく長政は笑っている。ここからが本番だ。そう言っているようである。

 実際その通りに畿内の混乱はここからさらに強くなる。そしてその中心になるのがほかでもない木沢長政なのである。

 知名度に反してやったことは大きいという人物は数多くいます。木沢長政もその一人でしょう。そしてそのやったことは褒められたものではありません。今回の話を見れば明らかですが、長政はこの先どんどんとんでもないことをしでかします。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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