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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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村井貞勝 都の総督 第二章

 貞勝の主君の信長は美濃を制圧した。尾張の一領主から飛躍を遂げた信長の姿に、貞勝は自分の選んだ道の正しさを確信する。だが信長の歩みはまだ止まらない。そして貞勝も新たな役割が与えられることになる。

 永禄十一年(一五六八)信長は稲葉山城を岐阜城と改めた。また主な家臣を岐阜城下に集め新たな体制をスタートさせる。貞勝や秀満ももちろん岐阜に住むことになった。

 岐阜城に移っても貞勝の仕事は大して変わらない。変わったのは仕事の量ぐらいである。人手も多少は増えたがそれ以上に仕事が増えていた。

「我らの仕事の多さは家が安寧の証という事ですかな。島田様」

「そうとも言い切れんだろう。戦があっても我らの仕事は多い」

「つまりは我らが休まる日はないという事ですな」

 そんなやり取りをつづけながら仕事を進めていたある日、貞勝と秀満は信長に呼び出された。そしてこんな命令が下される。

「越前(現福井県)に向かえ。そこで将軍弟の足利義昭を迎え入れてこい」

 簡潔かつ分かりやすい命令であった。だが命令の内容はともかく、命令が意味するものを考えるとさすがの二人にも緊張が走る。

 貞勝は信長に尋ねた。

「それは…… 義昭様を奉じて上洛なされると」

「そういう事だ」

 足利義昭は室町幕府十三代将軍足利義輝の弟である。義輝は家臣である三好家の謀反にあい討ち死にしてしまった。だが弟の義昭は難を逃れ各地の大名に応援を要請していたのである。だがなかなか応じる大名が現れず芳しい状態ではなかった。

 信長の命令は義昭の要請を受けることを意味している。つまりは上洛し、三好家を始め義昭に敵対する勢力と対決するという事であった。

「(美濃を手に入れたばかりというのに信長様の野心はすさまじいな)」

 貞勝は内心驚嘆していた。信長が尋常ではない人物だとは理解しているつもりであったがどうやら想像以上のようである。だがそれで恐れを抱くような貞勝ではない。

「かしこまりました。すぐに越前に向かいます」

「ああ。任せる」

 もはや信長について行くだけだと腹は決めてある貞勝であった。


 貞勝と秀満は越前の義昭のところに参上した。そして信長が上洛の準備を進めていることを伝えると義昭は大喜びする。

「まだ天下に幕府への忠義を持つ士が居たのか。信長殿は何と素晴らしい方か。光秀の言っていた通りだな」

 ここで出た光秀というのは義昭に仕えている明智光秀のことである。光秀は信長に義昭の受け入れを要請した人物であった。貞勝も顔を合わせているがなかなかの切れ者といった人物のように見えたがその通りだったらしい。

 貞勝は義昭に言った。

「明智殿も岐阜でお待ちしております。準備ができ次第我らとともに参りましょう」

「ああそうだな。急いで準備するとしよう」

 そう言うや義昭はすぐに出立の準備を進めだした。もともと大したものも持たず逃げ回っていたのだから荷物は少ない。それはこれまでの義昭の苦境を容易く連想させるのであった。

 貞勝と秀満は義昭が準備を進めている間、越前の朝倉家の下に挨拶に言った。これまで義昭を庇護していたのは朝倉家であったのだから何も言わず出ていくわけにはいかない。貞勝は朝倉家の当主の朝倉義景に拝謁した。

「これより義昭様を伴い美濃に向かいます。これまでの朝倉様のご忠義は義昭様も大いに感じ取っておいでかと思われます」

「ああ、そうだといいのだがな。まあともかく信長殿にも良しなに」

 義景はどちらかというと厄介ごとが無くなったといった風な雰囲気であった。なんとなく朝倉家における義昭の扱いが分かるようである。

 暫くして義昭の準備が整ったようだった。義昭は義景にこう言い残した。

「これまで大義であった。しかしできるならばお主に伴われ上洛したかったものだ」

 これに義景は何も言い返さなかった。ただ安堵の表情をしている。おそらく庇護したのはいいが上洛するつもりなどなかったのだろう。

「(まあ幕府への忠義より自分の家を守ることが大事だ。それが大名の仕事だ)」

 この時の室町幕府は没落しきっていた。そこに力をかけるより自分の家を守りたい。そう考えるのは何も不思議なことではない。だがそこに関して信長は違う。

「(信長様は幕府再興しようとしているのか。それはわからない。だが上洛し何か大きなことを成し遂げようとしているのだろう)」

 美濃への帰りの道中、貞勝は信長のこの先に思いをはせるのであった。


 永禄十一年九月信長は義昭を奉じ、軍勢を率いて上洛した。珍しく貞勝も同行している。

「戦働きを期待しているわけでもあるまい。何故私も? 」

 疑問に思う貞勝であったが道中何らかの仕事があるのだろうと納得して従軍した。

さて信長の上洛軍は道中近江南部の六角家が抵抗したがこれを容易く討ち破り、さらに義昭とは違う将軍を支持していた三好三人衆も打ち破る。信長の上洛戦はおよそ一月で成功し義昭は室町幕府十五代将軍に就任した。

 この結果に義昭は大喜びであった。

「すべては信長殿のおかげだ。この後は管領にでもなって幕府を支えてほしい」

 管領というのは幕府において将軍に次ぐ立場である。実務という意味では最高位であった。しかし信長はこれを拒否している。義昭は信長には欲がないと思ったが、貞勝はそう捕えなかった。

「信長様からしてみれば崩れかけの室町幕府の役などいらんという事なのだろう」

 今回の上洛で信長が手に入れたかったのは義昭の擁立した実力者であるという事実である。これがあれば何かの役に就かなくても幕府に影響力を及ぼせる一方で幕府からもある程度自由な立場であった。そうした思惑は多くの人の理解するところでもある。

 その後信長は京周辺の平定を終えると岐阜に帰還することにした。その際に家臣たち数名に京への残留を命じている。主に羽柴秀吉や丹羽長秀、そして貞勝も含まれた。

「私を連れてきたのはそういう事か」

 秀吉も長秀も武将であるが政務には長ける。尤も本格的な文官もという事で貞勝が選ばれたのだろう。自分の仕事を理解した貞勝は文句も言わず京に残るのであった。


 今日に残留した貞勝は京での様々な仕事に追われた。主な仕事は京市街の行政と朝廷、公家との折衝である。こうした仕事を貞勝はそつなくこなした。

「まあやることの本質は変わらぬ。少しばかり相手が違うくらいだ」

 結局のところ種々のもめ事を処理し平穏を保つというのが貞勝の変わらぬ仕事であった。尤も公家との交渉に関しては、彼らが求めるのは大したことではなく生活の安定ぐらいである。特に無理難題を言われることもないので楽なくらいであった。

 また仕事が思いのほか楽な理由はほかにもあった。それは明智光秀の存在である。光秀も幕府の家臣として京での行政に携わる立場であった。光秀は万事に物事に詳しく手腕も確かなので貞勝も大いに助けられている。

「明智殿が居てくれれば私の仕事もだいぶに楽になりますな」

「拙者はそれほどではございませぬ。むしろ貞勝殿のお働きは素晴らしいものです」

 光秀は切れ者ではあったが折り目正しく真面目な人柄である。そのうえで心胆は太くなかなかの人物であった。

「(信長様が自分の手元に置きたがるわけだ)」

 信長は光秀を自分の家臣に加えようとしていた。しかし光秀は幕臣であることを理由にやんわりと拒否している。貞勝からしてみればあの強引な信長の誘いをやんわりと断れるのは大したものであると感じていた。

 現在の幕府は生き残っていた幕臣を中心に立て直している最中である。いまだ政治機構としては機能しておらず軍事力も危うい。一応信長が京周辺の敵は追い払ったが不安定な状態であった。それは貞勝ら織田家臣たちも光秀も理解している。そのため万が一の備えは必要であった。

「敵が攻めかかって来た時の備えをしておきましょうか」

 貞勝は秀吉らと協議し万が一の備えを進めることにした。主に武器や兵糧の準備である。貞勝たちは出来るだけ準備して義昭が宿所にしている本圀寺に運び込んだ。これに義昭は困惑する。

「まさかここで戦でも起きるのか」

 これに対して光秀が答える。

「義昭様の御身を守るための準備でございます」

 この答えに義昭は満足したようだった。そしてこの備えは結局役に立つことになる。

 

 永禄十二年(一五六九)一月、三好三人衆は信長不在の隙をついて京に攻め込んだ。この時の京には織田家の軍勢はほとんどおらず居たのは義昭の手勢ぐらいである。数はおよそ二千。三好三人種の軍勢は一万の大軍であった。

「これはいかんな。しかし私の出る幕はない」

 貞勝も京にいたが兵も居なければ自身も何もできない。とは言え逃げるわけにもいかないので義明たちと合流することにした。そして本圀寺に入ると大層な混乱である。貞勝は光秀を見つけるとこう言った。

「周辺の御味方に駆けつけてもらうことは出来ないか」

「それについてはすでに使者を出しています」

「ならばここで籠城するほかありませんな」

「いかにも。幸い貞勝殿の助力で武器と兵糧はあります」

 本圀寺は一応の防御機構があり籠城は何とか出来る。また周辺には幕臣の細川藤孝や、三好三人衆と敵対している三好家当主の三好義継などがいた。彼らが駆け付ければ何とか事態は打破できる。

 しかし義昭は不安げである。

「村井よ。信長殿は来られんのか」

「一応三好家が兵をあげた旨は知らせてあります。しかし何分岐阜は遠いので期待は出来ません。ここは我らだけで防ぐしかありませぬ」

「防ぐといっても城ではないのだぞ」

「私に兵法は分かりませんが明智殿はよくご存じ。その明智殿がここで籠城を選んでいるのですから何も不安に思うことはありません」

「そ、そうだな。光秀が言うのだから大丈夫だ」

 そう言う義昭であるがまだまだ不安げである。そんな義昭に貞勝はこう言った。

「ここで逆賊を打ち払う姿を見せれば天下の諸将も将軍の威光を目にすることにもなりましょう。足利将軍家の武門の誇りを見せつけるときですぞ」

「な、なるほど。確かにそうだな。」

 ここにきて義昭の表情も明るくなった。それを見て本圀寺の将兵も安心したようである。

 光秀は貞勝に礼を言った。

「助かりました。義昭様が狼狽えては士気に悪い」

「なんの私も死にたくありませんので」

 やがて三好三人衆の軍勢が攻めかかって来た。本圀寺の将兵はこれをよく防ぎ何とか一日持ちこたえる。すると前もって要請しておいた援軍が駆け付けて逆に三好三人衆を包囲し攻撃した。三好三人衆は不利を悟り撤退を始める。ここで光秀が号令をかけた。

「今こそ打って出て幕府再興の証を見せようぞ」

 打って出た本圀寺の軍勢は撤退する三好三人衆の軍勢を散々に打ち破った。こうして本圀寺の合戦は義昭達幕府軍の勝利に終わったのである。

「全く見事でございます。全ては明智殿のお手柄でしょう」

「なんの。村井殿が色々と準備して頂いたからですよ」

 お互いを褒めたたえる貞勝と光秀。ここから二人の長い付き合いが始まるのである。


 本圀寺の合戦から数日後、信長が京にやって来た。信長は急いで来たらしく兵はいない。だが信長が急いで駆け付けたという事に義昭は大喜びであった。

「信長殿の心遣い。痛み入る」

 信長も義昭の無事を確認すると安堵したようである。そしてこう言った。

「本圀寺は見事な堅個さであった。しかし将軍の身を守るにふさわしい城が必要だ」

 信長は貞勝を呼び出すとこう言った。

「京に将軍の城を作る。このような事態が起きても揺るがぬ堅個な城だ」

「確かに。此度は無事に行きましたが城は必要ですな」

「そう言うわけだ。その旨お前に任せるぞ」

 あっさり言う信長。だが貞勝は固まった。

「それは…… 城の普請の奉行を私にやれと」

「お前だけでは忙しかろう。島田にも奉行をやらせる。お前たち二人で迅速に城を作り上げるのだ。金と人に気を遣うな」

 こう言われて拒否できるわけもない。貞勝はすぐに準備に取り掛かった。

「信長様はああおっしゃられた。こうなれば畿内近国に動員をかけるしかない」

 貞勝は畿内周辺の勢力圏に動員をかけて人手を集めた。さらに金に糸目をつけず資材を調達する。しばらくして島田秀満も合流し作業が始まった。

「信長様は相変わらず無茶を言う」

「まあ村井殿ならできるから言っておられるのだ」

「島田様も巻き込まれているのですぞ」

 久々に再開し軽口をたたき合いながら二人は作業を進めた。この城の造営には信長も陣頭指揮を執り急ピッチで進めていく。なお本圀寺も多くが移築され、本圀寺の僧侶が嘆き移築の中止を嘆願することもあったという。もっとも信長は取り合わなかったが。

 猛スピードで作業が進められ、およそ七〇日で京の町に巨大な城が出来上がった。名を二条城という。石垣が積み上げられた堅個な城である。

 信長は二条城の出来に満足であった。

「村井、島田。よくやった」

 貞勝も秀満も信長に褒められた。しかし二人は仕事の疲れで返事すらままならないようである。兎も角将軍に相応しい立派な城が出来上がったのであった。それは信長と義昭の蜜月の象徴でもある。この時はそうだった。

 村井貞勝の人生を記すうえで京という町は切っても切れない場所です。というか人生の大半をこの町に費やして居ると言えます。そんな京での初期の仕事というわけですが、初めからかなり大変な目にあっています。本圀寺の変の際に貞勝がどこで何をしていたかは判然としません。今回の下りは想像をもとに書いていますのでご容赦を。

 さて今回の話から明智光秀が登場しました。彼もまた貞勝とかかわりの深い人物です。貞勝が京と光秀にどうかかわっていくのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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