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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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井戸良弘 めでたし、めでたし 第六章

筒井家は織田家に服属することとなった。一方松永家も織田家に仕えることになる。これで両家は矛を収めざる負えなくなったが、火種はまだまだくすぶっている。そしてその火はあっさりと燃え上がることになる。

元亀三年(一五七二)松永久秀は織田家に従う交野城を攻撃する。言うまでもなく織田家への背信行為であり信長は交野城に援軍を送った。これに喜んだのは順慶である。

「松永が信長様を裏切った。これで信長様の後援で松永を攻めることができる」

 順慶としては信長の後ろ盾を得たまま松永家と交戦できるようになったわけである。現在畿内と東海で一番の勢力は織田家であった。その後援があれば松永家も容易く討ち破れるだろうと考えたのである。

 一方で良弘はこの久秀の行動が気になった。

「こんなことをすれば信長様はお怒りになる。久秀殿もそんなことは分かっているはず。一体なぜ」

 疑問を感じる良弘。また良弘にはこの疑問を考える上で気になる情報があった。

「最近信長様と義昭様の折り合いが悪いらしい。以前もそういう噂はあったがそれがどうも真実のようだ」

 良弘が気になったのは信長と義昭の不仲であった。現在畿内は両者の良好な関係の下で一定の安定をしている。しかしそれが破綻すれば畿内はまた混乱するしその影響を強く受けるのが大和であり筒井家であった。

「何事もなければいいのだが」

 不安を覚える良弘。だがこれは現実のものとなる。元亀三年の年の瀬に武田信玄が西上作戦を開始し織田家の同盟者である松平家の領地に侵攻したのだ。武田家はその名を天下にとどろかせる大大名である。織田家の警戒し同盟を結んでいたのだが、武田家は織田家の勢力伸長を危険視し同盟を破棄。織田家との合戦も見越したうえで松平家の領地に侵攻したのである。

 久秀の行動は武田家とのつなぎをつけたうえでのことだった。

「武田家が動けば信長様に敵対するものも動く。もしや義昭様も」

 この良弘の懸念は当たった。元亀四年(一五七三)足利義昭は織田家との決別を宣言し挙兵、松永家とも和睦した。こうして大和は簡単に戦乱に戻ってしまったのである。


 義昭が信長と決別したことに順慶は動揺した。

「これでは周囲はみな敵になる。信長様も我らの救援などできないではないか」

 織田家は東に武田信玄、西には浅井家や、義昭など複数の敵を抱えている。この状態では自らの身を守るのに精一杯であろう。

 順慶は珍しくうろたえていた。一方良弘の腹は決まっている。

「こうなった以上織田方として戦い続けるしかありますまい。周りが敵といっても大和に攻めかかるのは松永殿ぐらいでしょう。他の方々はみな信長様を攻めるはず。それならば今までとそれほど変わりません」

 良弘はそう言い切った。この態度に順慶も落ち着く。

「確かにそうだな。我らのできることは今までとそう変わらん」

「あとは信長様の勝利を信じるだけですかね」

 順慶や筒井家に味方する領主や勢力は腹を決めた。そして一丸となって松永家との戦いに挑む。しかし周りができだらけでは苦戦は免れなかった。織田家も相変わらず苦戦しているらしい。

「何か吉報を聞きたいものだ」

 良弘は縋るような思いでこう言った。するとそれが届いたのか松平家に攻め込んでいた武田家が突如として反転したとの情報が届く。理由は不明であるがのちに当主の信玄が病死したためだと判明した。この武田家の撤退を気に形勢は織田方に傾く。

 信長はまず京に進軍し義昭を攻撃しようとした。これに対し義昭は京を出て南下し槙島城に立てこもる。

「いくら何でも本気で攻めかかるわけはあるまい。時を稼ぎ武田家が上洛してくるのを待つのだ」

 この時点で義昭は信長を侮り武田家の撤退を知らなかった。一方情報を得ていた良弘は順慶に進言する。

「恐らく信長様は義昭様を許さぬでしょう。義昭様がいなくなれば天下は信長様が差配されまする。そうなれば我らの勝ちです」

「そうかならば今からでも攻勢に出るか」

 良弘は順慶と共に打って出て松永家に打撃を与える。敵の城は奪えなかったがこれで劣勢を挽回できた。

 一方信長は槙島城を躊躇なく攻め落とし義昭を捕らえて追放した。これで室町幕府は滅亡する。元号も元亀から天正に変えられた。

 信長はその後朝倉、浅井家を攻め滅ぼす。形勢は完全に織田方の勝利に近づいていた。

「我らの勝利も近いな」

 戦いの中で順慶は勝利が近付いてきていることを感じていた。一方で良弘にはある懸念がある。

「松永殿のことだから信長様に下ってもおかしくはないな」

 松永久秀とは兎も角しぶとい男である。そして有能でありいろんなところに人脈を持っていた。それを駆使すれば信長に降伏し、許されるかもしれない。

「順慶様。可能ならば我らだけで松永殿を打ち倒しましょう」

「そうしたいが…… 今の戦力は互角だ。勢いがこちらにあっても城を攻め落とすのは難しかろう」

「そうなれば松永殿を討つ機を逃すかも知れません」

「そうだな…… 」

 順慶も久秀と長く戦ってきた。ゆえにしぶとさを承知している。

 やがて信長は三好義継を攻撃し敗死させた。そのままの勢いで久秀の籠る多聞山城を包囲する。これにもちろん順慶たちも参戦したが主導権は当然織田家にある。しばらくして久秀は降伏し信長はこれを受け入れた。久秀は城を差し出しはしたものの生き残ったのである。

「やはりしぶとい…… 」

 良弘は松永久秀のしぶとさに感嘆するしかなかった。


 天正三年(一五七五)織田家臣の原田直政は大和の守護に任じられた。要するに順慶たちの上司に任じられたわけである。一方で同年には順慶が信長の妹を娶っていた。織田家の組織として筒井家は織田家臣の下に入ったわけであるが、筒井家は大和支配の要として重く用いられたといえる。

「信長様も順慶様を信頼なされているのだろう。何より松永殿とは格別に違う扱いだ」

 この時の久秀は信貴山城の城主ではあるが順慶よりは一段下の立場である。これまでの行いを思えば相当の扱いであるが。

 さてこの当時の織田家は敵を多く抱えていた。これらとの戦いでも筒井家や良弘は直政の旗下として出陣し奮闘する。今の筒井家に織田家に不満を持とうなどという考えはない。そんなことを考えれば筒井家がどうなるかわかったものではないからだ。

 そうして織田家は各地で戦い勝利を重ねていった。そして天正四年(一五七六)に敵対する本願寺の本拠地である石山本願寺の周囲に砦を築き包囲する。この戦いに直政は順慶や良弘たち大和の衆を総動員して出陣した。

 やがて本願寺の宗徒と合戦が始まるが敵方の兵力が思いのほか多い。さらに本願寺に加担している紀伊の雑賀衆には精強な鉄砲隊がおり、彼らの銃撃はすさまじかった。

「これではいかん。退くも進むもできん」

 何時しか良弘たちは包囲され絶体絶命の危機に陥る。さらに

「原田直政様討ち死に! 」

「何だと! 」

何と直政が戦死してしまった。だが死ぬ間際まで奮戦した直政たちのおかげで何とか大和の衆は砦に帰還することに成功する。

「原田殿のおかげだ。見事な戦いだった」

 その後砦も本願寺の兵に包囲されるが明智光秀をはじめとした人々の奮戦により耐えきり、やがて信長自身が救援にやってきて窮地をしのぐことができた。

 それから信長は本願寺周囲の敵を追い払いさらに砦を増やして本願寺の包囲を厳しくした。そして佐久間信盛と松永久秀を残して良弘たちは帰還する。

 その後、直政の死で空席となった大和守護には順慶が任じられた。これに順慶は大喜びする。

「大和の支配を信長様が認めてくださった。何と素晴らしいことか」

 一方で良弘は浮かない気分であった。

「(原田殿の一族郎党は危機の責を問われて追われたという。あの奮戦になんという仕打ちを成されるのだ)」

 良弘は信長の非情さに戦慄するのであった。


 順慶の大和守護への就任。これで再び筒井家は悲願の大和統一に近づいたともいえた。そんな中で良弘は信じがたい報せを聞く。

「松永殿が陣を払っただと? 」

 それは石山本願寺の包囲に参加していた久秀が勝手に撤退したという情報であった。これはとてもではないが信じられない話である。何故ならこの行為は信長への背信であり謀反ともとられてもおかしくない行動であった。

 久秀は信貴山城に帰ると城の補強工事に着手し戦いの準備を進める。誰の目にも謀反するつまりなのは明らかであった。しかし良弘にはまだ信じられない。

「今までとは違い周囲に信長様の敵は少ない。せいぜい本願寺ぐらいだ。そんな状況で勝ち目があると思っているのだろうか」

 現状信長と敵対しているのは越後(現新潟県)の上杉謙信、甲斐の武田勝頼、中国地方の毛利家などである。畿内では本願寺ぐらいであろう。大和は順慶が守護となり強い影響力を持っている。織田家の後援も十分に受けれそうではあるので筒井家で何とか対処できそうではある。

 実はこの時上杉謙信は北陸に侵攻し織田家との合戦に突入しつつあった。流石に良弘はそこまで詳しいことは知らないが、久秀の動きはこれと連動した者と思われる。

 ともかくこの久秀の行動に対して信長はまず説得に動いた。久秀は以前にも裏切ったことがあるのに驚くべき寛容さである。直政の遺族への仕打ちを知る良弘からしてみれば驚くほかなかった。

「信長様はそれほどまでに松永殿を評価しておられたのか。しかしそんな信長様を裏切るとは」

 この時の久秀の心情がどのようなものだったかはわからない。久秀は信長の説得を拒絶し抗戦の姿勢を示した。当然これに信長は怒り狂う。

「ならば望みどおりにひねりつぶしてくれよう」

 信長は明智光秀を中心に細川藤孝らを旗下に編成して討伐軍を差し向けた。当然筒井家もこれに加わっている。順慶の意気は上々であった。

「ついに松永を滅ぼし大和を統一する日が来たのだ。此度の戦では何が何でも松永を討ち取るぞ」

 この順慶の意気を感じ取ったのか、光秀は筒井家に先鋒を命じた。順慶も快く引き受け出陣する。

 良弘ももちろん出陣する。その心にあるのはなんとも言えない侘しさである。

「(松永殿もこれで終わりだろう。信長様もそうなれば順慶様に大和を任せられる。そうなれば筒井家の悲願も成し遂げられるというわけだ。だがその後私はどうするのか)」

 この時井戸家の家督は息子の覚弘に譲っていた。良弘は織田家の家臣であると同時に筒井家の旗下の存在である。何とも宙ぶらりんにも思える状態であった。

「(これよりは信長様のため、という事なのだろう。しかしそれでいいのだろうか)」

 良弘は直政の遺族への仕打ちを思い出し何とも言えない侘しさを覚えるのであった。

 

松永久秀討伐の為に出陣した順慶たちはまず信貴山城の支城である片岡城を攻め落とす。この戦いで先鋒を務めたのは筒井家の軍勢であり被害も大きかった。しかし筒井家の意気は高い。

「宿願の大和統一。そして宿敵の松永を葬るまたとない好機。これを逃してなるものか」

 順慶を始めとした筒井家の将兵は鬼のようなあばれぶりで攻めかかったのである。これに片岡城の将兵も耐えられるはずもない。片岡城の将兵は筒井家以上の損害を出し撤退していった。

 当然順慶たちはこれを追撃する。明智光秀たちもそれに続いた。さらに上杉謙信が北陸から撤退を始めたのでこれに対応していた織田家の将兵が援軍にやってくることになっている。いよいよ松永久秀最後の時が近づいて来た。

「上杉は退き本願寺の動きも鈍い。松永殿は許されんだろう。ここまで生きに抜いて来た言うのにこのような末路を迎えるとは。世の流れとは恐ろしいものだ」

 良弘は信貴山城を包囲する軍勢の中でそんなことを考えていた。他の筒井家の人々とは全く違う感情である。それがなぜなのかは良弘にもわからない。

「乱世の生まれなのだから仕様がない。しかし私は出来るだけ穏やかな末期を迎えたいものだ」

 そこはかとなく厭世的な気分でつぶやく良弘。尤もこの願いも生き残らなければどうしようない。

 やがて信貴山城への攻撃が始まると順慶は先鋒を願い出た。ここで功績をあげ大和一国を任せてもらいたいという願いと、何が何でも久秀へのとどめは筒井家で刺すという執念である。筒井家は被害も気にせず信貴山城に攻めかかる。しかし堅城で知られる信貴山城の防備は固く、松永家の人々も必死で抵抗したためなかなかうまくいかなかった。

 さすがの順慶も一度攻撃の手を止めて思索する。

「何かいい手はないか」

 悩む順慶だが喜ばしい知らせが届く。それは森好久という松永家の将が陣中に駆け込んできたと言う。好久はかつて筒井家に仕えていた人物であった。だが筒井城落城の後に浪人となり松永家に仕えていたという。

 好久が駆け込んできたのは言うまでもなく内通のためである。

「恥を忍んで生きてきた意味があったというものです。これよりは順慶様の、筒井家の悲願の為に戦います」

「そうかよく言った。ならばお前にすべてを託そう」

 順慶は好久に兵を預け信貴山城に戻す。兵は本願寺からもらった援軍という事にした。

 そしてこの翌日信貴山城への総攻撃が始まる。松永家は奮戦し筒井家の軍勢は何度も押し返された。しかし信貴山城の内部から火の手が上がる。好久が反乱を起こしたのである。これで勝負は決まった。追い詰められた久秀は切腹し炎上する信貴山城の天主と運命を共にした。

「これで筒井家の悲願は成されたといってもいい。皆よくやってくれた」

 歓喜に振るえる順慶。それはほかの筒井家の将兵も同じようである。良弘だけは少し違った。良弘は久秀の最期に思いをはせている。

「結局松永殿は筒井家の執念に潰された。いや、足をつかまれ引きずり倒されたと言った方がいいかもしれん」

 良弘は宿敵の無残な最期になんとも言えない感慨を抱くのであった。


 松永久秀の最期といえば爆死したというのが有名です。しかし実際はそんなことないそうで、様々な情報が変化したり誤って伝わったりして爆死という事になったらしいです。実際一番有力なのは本編で記した通り自害し信貴山城の天主と共に燃え尽きたとという説らしいです。まあふたを開けてみればそんなもんだという事はよくあるのでこれもそういう事なのでしょう。

 さて宿敵松永久秀が死に良弘もしばらくは安穏に過ごせます。しかしあの有名な大事件が起きて良弘もいろいろなことが起こります。そしてどうなるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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