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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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畠山義英 義英の一生 後編

 それでは後編の始まりです。激動の時代の中で義英はどう生きるのか。そしてどう変わっていくのかを楽しんでいただけると幸いです。

 その報告を聞いたとき義英は我が耳を疑った。それはともにいる家臣たちも同じようである。

「それは、本当なのか」

「は、はい。間違いありません」

 震えながら絞り出すように問いかける義英。尋ねられた家臣も震えている。

「間違いなく、細川政元様が討たれたそうです……」

 細川政元が死んだ。それはあまりにも唐突で信じがたい報告であった。

 政元は京都で家臣に殺された。政元が行水をしている時を狙っての暗殺である。時の最高権力者の死にざまとしてはあまりにも呆気ないものだった。

 政元の死にざまが呆気なくても、それにより起こる混乱は大変なものだった。

 まず細川家の有力な武将であり義英からしてみれば恩人とも仇敵ともいえる赤沢宗益が死んだ。宗益は政元の命で丹後の一色氏と戦っていたが、政元横死の報を聞き京都に引き返そうとする。しかし敵方の追撃に会いあえなく討ち死にした。幾多の武功をあげてきた猛将もこの緊急事態には対処しきれなかったようである。

 さらに細川家も当主の政元を失い分裂しはじめる。これは修験道に凝るあまり妻帯しなかった政元にも責任があった。

 政元には養子が三人いた。これは諸勢力や細川家臣団に配慮した結果であるがこれが細川家の命運を決めることになる。養子は摂関家出身の澄之、そして細川一族の澄元と高国の三人であった。このうち澄之は政元の暗殺に関わったとされている。そうしたこともあって、澄之は政元死後の京都を一度制圧した。だが、すぐに高国に京都に攻め込んだのであっけなく敗死してしまう。

 ここまでの経緯を義英は黙って聞いていた。一見落ち着いているように見えるが内心はまだ動揺している。義英は話の続きを家臣に促した。

「それでそのあとはどうなったのだ」

「はい。その後は澄元殿が京に入り政元殿の跡を継いだようです」

「澄元殿が? 」

「どうやら政元殿は澄元殿に跡を継がせるおつもりだったようです」

 それを聞いて義英は大きくうなずいた。

「なるほどな」

「はい? 」

「澄之殿は自分が後継者に選ばれないことを知り、先手を打ったと言ことか」

「おそらくは…… 」

「しかし…… それならば…… 」

 すると義英はうつむき一人思案しはじめた。その様子を家臣一同、緊張した面持ちで眺めている。

 しばらくして義英はいきなり顔を上げた。その顔には決意の表情が浮かんでいる。

「もしやこれは好機ではないのか」

 いきなり義英はそう言った。思いもがけぬ発言に家臣一同は驚く。

「殿、それは」

「政元殿が死に今や細川家の影響力は弱まっている」

「それはそうですが」

「この機を逃せば我らが再起することはできないのではないか」

 義英はそう言い切った。家臣一同息をのむ。

「我らに選べる手は多くない。たとえどんな手でも再起し、畠山総州家をよみがえらせるのだ! 」

 義英は立ち上がり叫んだ。それを見る家臣たちの目は涙ぐんでいる。

 しばらくして家臣の一人が立ち上がった。

「殿! 我ら皆殿に付いていく所存でございます」

 それに続き次々と家臣たちは立ち上がった。

「落城した折の無念。今こそ晴らしましょうぞ! 」

「河内は我らの土地。細川の者どもの好きにはさせませぬ」

「今こそ立ち上がりましょう! 」

 口々に声を上げる家臣たち。義英は満足そうにうなずいた。そして家臣たちを見回して叫ぶ。

「今こそ再起の時! 皆の者、行くぞ! 」

「「おお! 」」

 息をあげる畠山家臣たち。こうして義英たちは挙兵した。

 その後、義英たちが見通していたように河内における細川家の影響力は弱まっていた。そしてその隙をつき本拠地である高屋城に入城する。こうして目論見通り義英の挙兵は成功した。

 だがその喜びもつかの間のものであった。義英が高屋城に入城してからすぐに事態は急変する。


 細川家は澄元を政元の後継者とした。だが澄之打倒で功績を上げた高国が次第に台頭してくる。もともとは後継者候補であった高国だけに細川家家臣にも支持するものが多かった。尤もこの段階では対立は表面化していない。だが澄元は自身の権力固めに動き出し、高国は独自の動きを始めていた。

 畿内に大きな影響力を持つ細川家の動向は様々な場所に影響力を及ぼす。ここで情勢を見誤れば一気に不利な状況にもなりかねない。そうしたことを考えるあまり義英ははっきりとした指針を示せずにいた。

「せっかく取り返せた河内の地を失うわけにはいかん。そのためにも慎重に方針を決めねば」

 だが下手な考え休むに似たりという言葉もある。こうして義英が考えあぐねている間に情勢は悪化してしまった。その理由は先年講和した畠山尚順である。

 尚順も義英と同様に政元横死の混乱に乗じて活動を始めた。だがそれは義英と協力してという雰囲気ではなく独自のものである。そうして迅速に行動した尚順は河内を手中に収めていった。

 そして、永正四年(一五〇七)案の定というべきか尚順は講和を破り義英と敵対した。こうして元のごとく両畠山家の抗争は再開する。このことに義英は呆れも怒りもした。

「いったい何のための講和だったのだ」

 もともとこれ以上の争いは畠山家のためにならないと講和したのである。その結果政元を怒らせ没落してしまった。その上結局講和も破られるのであればいよいよ意味がない。さすがにこの事態には義英も頭を抱えた。

「ああ、もう何もかも嫌だ…… 」

 義英はこの頃そんなことばかりつぶやいていた。正直もう何もかも投げ出して逃げ出したくなっている。

 こうして義英が嘆いているうちに河内は尚順の手に落ちる。尚順はうまく両派に取り入っての行動であった。結局義英はあっという間に再び没落してしまう。

「いかに志を持とうとも無駄なのか…… 」

 いかに気を入れて行動しようとも結局は失敗する。その理由は情勢の変化であったり自身の不甲斐なさであったりするのだがやる気をそがれることには違いない。義英の心にはわずかに情熱は残っているをあきらめが侵そうとしていた。


 またも城を失い没落した義英だが再起をあきらめたわけではなかった。だが気苦労の連続でめっきり老け込んでしまっている。それに今まで付き従っていた家臣たちもだいぶ減っていた。死ぬもの逃げるもの理由はそれぞれであるが、往時の勢いはすでにない。

「殿、大丈夫ですか」

「大丈夫だ」

 本当はあまり大丈夫ではないが一応そう答えた。とは言え疲れ切った表情は隠せない。家臣も心配そうに義英の顔を見上げた。

「それで、急の知らせとはなんだ」

「はい。先年澄元殿が高国殿に京を追われましたが」

「ああ、そうだったな」

 澄元は義英が没落するのと同じ頃に京を追い出された。もちろんこれは高国の手によるものである。さらに周防に逃げていた足利義稙を迎え入れ、将軍だった足利義澄を追い出した。この義稙入洛には尚順も大きな役割を果たしたという。義稙はこの功績をもって尚順を河内守護に任じた。

 それを聞いたとき義英は気が狂わんばかりに怒ったがどうしようもない。尚順が正式に河内守護に任じられるのを黙って眺めているしかなかった。

「(よくも私を裏切ってくれたな。尚順め…… )」

 その時のことを思い出して義英の表情が険しくなる。それを見た家臣は怯えてしまった。それに気づいた義英はすぐに表情を戻す。

「続きを聞こう」

「は、はい。京を追い出された澄元殿ですが、どうやら反撃の機会をうかがっているようです」

「…… 我らと同じだな」

「は、はあ。それと近江に潜んでいる義澄様も同様のようで、近いうちに何か大きな動きがあるかもしれません」

「そうか。ご苦労だった。さがれ」

「はっ」

 そう言って家臣は去っていった。その場には義英が一人残される。義英は暗い部屋の天井をぼんやりと見上げた。

「(時が来れば我々も打って出るべきなのだろうな)」

 なぜだか義英はそのことを他人ごとのように感じていた。

 もし澄元が高国を打ち破れば高国と連携している尚順も打撃を受けるだろう。その時を狙えば河内を降り戻せるかもしれない。そのためには澄元との連携が必要不可欠である。

 決断と行動は早い方がいいということは前の一件で痛感している。このころ澄元は本拠地である阿波にいるらしい。河内とは海を隔てた場所ではあるが連絡を取るのも無理ではないだろう。手早く協力を取り付ければ澄元が勝利した際にいろいろ恩恵を受けられはずだ。

 しかしながら不思議と義英は乗り気ではなかった。別に再興の望みを捨てたわけではない。だが何とも言えない虚無感を最近感じていた。

「(なんなのだ…… この感じは)」

 かつてはあった情熱が今はまるでない。そして最近不思議と一度だけ見た尚順の顔を思い出す。

「(今の私は同じような顔をしているのだろうな)」

 虚無感にさいなまれる心の内で、不思議とそれだけは確かに感じられた。


 義英に報告があってからしばらく経った永正八年(一五一一)。義英の姿はまたも高屋城にあった。

 義英が高屋城に入れたのは細川澄元との連携のおかげである。本拠地の阿波にいた澄元は高国のいる京に向けて進軍を始めた。

 澄元の進軍は近江に潜伏している足利義稙と連携したものである。そこに義英も参戦したしたというわけであった。

「あっさりしたものだな」

 澄元の攻勢はすさまじくあっという間に京を窺うまでになった。その結果、河内の尚順は孤立して義英に敗れることになる。だが勝利はしたものの肝心の尚順を捕らえることはできなかった。そのことを家臣一同悔やんでいる。

「全く逃げ足の速い」

「その通りだな」

 一方で義英はあまり悔やんでいる様子はない。また悲願の河内復帰をできたのにどこか冷めた様子であった。それを家臣たちは不思議そうに思っている。

「殿。どうなされましたか」

「いや、なんでもない」

 義英自身今の自分が不思議でしょうがなかった。悲願を成し遂げ嬉しいはずである。父の仇を逃がして悔しいはずである。だがなぜかそう言った感情が沸き上がらなかった。

「(思えば澄元殿の誘いを受けた時もそうだったな)」

 義英は澄元の誘いを受けて挙兵した。もちろん澄元はいろいろ見返りを用意していたし、義英の立場からすれば悪くない話である。そして誘いを受け入れたわけだが、そこで何か大きな心の動きがあった訳ではなく惰性と僅かにあった使命感のようなものであった。

「いつからこうなったのだ…… 」

「殿? どうかしましたか」

 義英のつぶやきを聞いた家臣が不思議そうに尋ねる。

「いや、なんでもない」

 家臣に対して義英は笑って答えた。どこか悲しげな表情である。

「ならばよいのですが」

 義英の表情が気になる家臣だったがそれ以上は追及しなかった。

 家臣たちは今後の行動を話し合い始めた。しかし義英はそれに加わらず眺めているだけである。

「(今度はどれくらいこの城にいられるのだろうな。まあ澄元殿次第か)」

 義英はぼんやりとそんなことを考えていた。もう義英の心の内には自分の力で何かしようという気概はない。ただ、それでも総州畠山家を再興しようという使命感だけはまだ残っている。

 熱心に話し合う家臣たちを義英はぼんやりと眺めていた。


 義英が高屋城に入城してからしばらく経った。澄元の軍勢は高国を追って京を占領する。しかし追い出された高国たちは京の北西の丹波で態勢を整え反撃してきた。澄元はこれを迎撃する。しかし兵力差が影響して大敗した。

 不幸中の幸いか澄元は生き残ったが、阿波に命からがら逃げかえった。義英もこの影響を受け、息を吹き返した尚順の攻撃を受ける。

 今度は義英が孤立し命からがら逃げることになった。政元の攻撃を受け落ちのびた時と同じように全員ボロボロである。一つ違うのは義英が敗北を気にしているような雰囲気が無いことぐらいであった。

 とぼとぼと歩く義英たち。家臣たちはかつての義英のように時々名残惜しそうに城を見る。一方の義英は振り返りもしなかった。

「殿。悔しゅうございますなぁ」

「ああ」

「またいつの日か戻りましょうぞ」

「ああ」

 涙ぐみながら言う家臣に対し義英の返答はそっけないものだった。さすがに家臣たちも困惑する。だが義英は一瞥もせずに進んでいく。

 黙々と進む義英。その視線の先は暗く何も見えない。それは今の義英の状況を表しているようだった。義英はそのことに何の感情も抱かない。

 自分がどう動こうとも何も成し遂げられない。ただ周りの大きな流れに従い成功し、失敗する。それが自分なんだと義英は感じていた。

「私は流される小石だな…… 」

 義英はつぶやいた。誰にも聞こえないような小さなつぶやきは夜の闇に消えていった。

「(私はどこに流れ着くのだろうな)」

 義英はもはや何も期待していなかった。もし運が良ければ総州家は再興するだろう。ダメならば仕方ない。それだけである。自分の行く先は多少気になるがそれは自分が何かしてどうにかなるというものではない。畠山義英の人生はそんなものなのだと理解していた

 いろいろあきらめたことで義英の不思議と心中は楽になった。思わず微笑んでしまうほどに。それを見て家臣たちはいぶかしげな顔をするがそれも気にならない。

 かつて落ちのびた道を、かつてとは違い楽な気持ちでかつ後ろ向きに義英は歩いていった。


 河内を落ちのびた義英は大和の吉野に逼塞した。

「大和なら河内に近いし尚順殿の目も届かぬだろうよ」

 義英は家臣にそう言った。不思議そうだった家臣たちもそれに納得する。本当は義英が吉野を選んだのに大きな理由は無い。ただ隠れやすそうだったからというだけで、家臣たちに言ったのもその場で考えた思い付きである。

 吉野に籠った義英は空虚に時を過ごす。それを見た家臣たちは去るものもいたが何人かは残った。

義英としては自分から困難に立ち向かおうという気はなかった。もし自分に有利な状況がやってきたら動こうかと思っている程度である。

 実際に澄元が再び高国に戦いを挑んだ時には義英も協力した。この時は尚順の息子の植長と戦い勝利している。しかしまた澄元は敗れ、義英も一緒に没落した。

 没落した義英は吉野に戻った。義英には生還できたことに何の感情もない。生きるのも死ぬのも自分で選べるものではないのだから。

 義英が吉野に帰還した翌年、驚くべき客がやってくる。

「久しいなぁ。義英殿」

「ああ、久しいな。尚順殿」

 やってきたのは尚順であった。この時尚順も家臣に背かれて没落している。

 四十を半分過ぎたぐらいの尚順は六十過ぎに見えるほど老け込んでいる。一方の義英も三十過ぎぐらいだが年齢以上に老け込んでいた。そして二人ともどこか枯れきれてないが枯れた感じが似通っている。

「(尚順殿も私と同じ、いや私が尚順殿に似たのだな)」

 義英はそう思った。父の仇に似るなどかつての義英が憤慨しそうなことだが今はまるで気にならない。

「それで何か用かな」

「何、大した用事ではないさ」

「そのようだな」

 乾いた笑いを浮かべ話す二人。そこには退廃的な空気が流れている。

 ひとしきり笑って尚順は話し出した。

「実は堺に義稙さまが逃れている。高国殿と仲たがいしたらしい」

「なるほど。それを助けると」

「そんなところだ。まあ勝ち目はないだろうが。もし成功すればまあ少しはいい目が見られるだろう」

 こともなげに言う尚順。それにたいして義英は笑った。

「まだ成功したいと思っているのか」

「一応は。だがまあ惰性みたいなものだ」

 そんなふうに言う尚順。義英は尚順の考えていることがわかる気がした。

 お互い世の流れに逆らうことも乗ることもできず。ただただ流されるままに生きてきた。それがいい人生だとは思わないが、ここまで来たらそう生きるほかはない。そういう事なのだ。

「大したこともできんだろうが引き受けた」

「それはありがたい。では儂は帰る」

「ああ。達者でな」

 そう言って尚順は帰っていった。残された義英はぼんやりと天井を見上げる。

「(何の意味もないかもしれんが、そんなものなのだろう。何も残せず消えていく。それが私の人生なのだろう)」

 義英はそんなことを考えていた。それを悲しいとも悔しいとも思わない。それが自分の人生なのだと納得している。

 この後義英は尚順と共に堺の義稙を擁立した。もっとも義稙は周囲の支持を得られず尚順ともども敗走する。義英は結局は高国派の稙長に敗北した。

 その後の義英がどうなったのかはわからない。

 最後が尻切れトンボみたいになっていますが、本当にわからないんです。義英の最期は。しかも義英の息子の代で総州家自体が途絶えてしまいます。そこら辺の事情もあって資料が残っていないのではないかと。こうなると義英の人生は本当に何だったのかと思ってしまいます。

 さて、次に取り上げる武将はそこまでマイナーじゃないかなと思います。とは言え一般的には知っている人はいないんじゃないかなというレベルです。ただその人物が仕えていたのは有名人ですが。

 最後に誤字脱字があれば連絡よろしくお願いします。では。


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