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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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井戸良弘 めでたし、めでたし 第三章

 良弘の主君の筒井順慶は再び城から追われた。しかしまだ気持ちは萎えておらず奪還の準備を着々と進める。良弘も主君の筒井城奪還為に尽力することになる。

 布施城にて筒井城の奪還を目指す筒井順慶。そのための一手として自らの手勢を増援として井戸城に送り込んだ。これに良弘は文句などない。だが送られてきた増援には将として中坊秀祐がつけられていた。これが良弘にとっては不満である。

「兵だけを送り指揮は私に任せていただければいいものを。しかも中坊殿とは」

 中坊家は井戸家同様筒井家に仕える領主の家である。秀祐は今の中坊家の当主の息子であった。そしてあまりよくない噂を聞く人物である。

「順慶様に気に入られて傲慢な振る舞いをしているらしい」

 そんな噂を良弘は耳にしていた。事実増援の兵を率いてやって来た秀祐は我が物顔で井戸城を歩き回る。そして良弘にも高圧的に接した。

「私は順慶様の命を受けてやってきたのだ。井戸家の者どもは皆私に従うように。そうでなければ松永家には勝てんぞ」

 そう言う秀祐であるが、中坊家には松永家と通じているのではないかという疑惑もあった。そうした疑念を退けてまで派遣されているのだから順慶の信頼は厚いといえる。しかし将兵たちの疑念を解くような振る舞いができる男ではなかったので、井戸城内では秀祐への不満が増していった。そしてそんな秀祐を派遣した順慶への疑念も芽生えてくる。

「このような状態で松永家に勝てるのか」

 不安を覚える良弘であった。


 筒井家は井戸城を拠点に筒井城奪還の準備を進める。一方松永家も筒井城を重要視し筒井家の攻撃に備え将兵や兵糧を送り込んだ。永禄九年(一五六六)には久秀自らが出陣するほどの重要視していたのである。

 こうした動きは筒井家も危機感を感じた。そこで良弘は一つ作戦を考える。

「敵方は近いうちにまた兵糧を搬入するつもりのようです。そこで我らも打って出てこれを防ぐべきかと」

 良弘は確かな情報を入手していた。それだけにこの作戦には自信がある。しかし秀祐は反対した。

「我らはまだ兵力も整ってはいないのだ。そんな状況で出陣しても返り討ちに会うだけだ」

 強硬に反対する秀祐。しかしその点も良弘は考えていた。

「別に大軍でなくてもいいのです。むしろ小勢で痛手を与え、敵の動揺を誘うことがこの策の大事な部分です」

 良弘はそう説明したが秀祐は納得いっていないようだった。そこで良弘はこの策を直接順慶に伝える。すると順慶はあっさりと了承した。

「ここで少し動いておかなければ大和の領主たちの心も離れよう。別に大勝でなくていいのだ。我らが松永に負けていないという事を見せつければいいのだから」

 こうして順慶の許可を得た良弘は自身の将兵と筒井家の将兵を連れて出陣した。数は少ないが精鋭を揃えてある。

「これだけ居れば十分よ」

 良弘は静かに速やかに進軍し松永家の補給ルートに先回りした。そして待っていると久通率いる松永家の補給隊が姿を現す。護衛の軍勢はいるようだが少なかった。十分勝てる戦力である。

「皆、敵に痛手を与えたらすぐに逃げるぞ。あくまで痛手を与えることが目的なのだ」

 この良弘の言葉に皆頷いた。そして

「行くぞ!」

と、良弘の掛け声とともに一気に攻めかかる。敵は思いもがけぬ攻撃に驚き狼狽えた。

 良弘率いる部隊は輸送隊の護衛部隊を中心に攻撃する。思いのほか手ごわかったがある程度の損害は与えられた。それはほかの部隊も同じようである。

「(これならば良し、か)」

 見渡せば敵も体勢を整え始めていた。ここが引き際だろう。

「皆! 退くぞ! 」

 良弘の号令と共に筒井家の軍勢は撤退していった。敵の補給物資にも打撃を与えられたし成果は上条である。

「よくやったぞ! 良弘」

 順慶は良弘を褒めたたえるのであった。

 それから少し後再び松永家の補給隊が出陣したとの情報が入る。今度は護衛の数も多いらしい。これを知った秀祐は良弘にこう言った。

「派手にやりすぎて敵を強くしてしまったのではないか」

 これに対して良弘はこう答える。

「松永殿の軍勢をこちらに向けさせることができれば、ほかのところの兵が薄くなります。そうなればほかの御味方が有利。ちゃんと意味があるのです」

 反論を食らった秀祐はそのまま何も言わず引き返していった。良弘はそんな秀祐の姿に溜息をもらすのであった。

 

 その後、三好三人衆からの援軍が到着した。筒井家の兵力と合わせれば十分松永家に対抗できるだけの兵力である。

 一方松永久秀は動きを封じられていた。そもそも三好三人衆は当主である三好義継を擁している。今までは久秀の威光もあって様子見しているもの多かったが、三好家の本国の阿波に残っていた人々が三人衆への支持を明確にすると一気に情勢が変化した。三好家に仕えていた者たちのほとんどが三人衆方に付き久秀は三好家で完全に孤立してしまったのである。これは三人衆が当主の義継を擁立していたことも要因であるが、前当主の長慶の抜擢を受け権威を高めていた久秀への嫉妬もあったのだろう。

 これらの情報を知った良弘は少しばかり久秀に同情した。

「二心無く主君に仕え尽くしてきたと言うのに。この処遇とは。義継殿も無体なことを成される」

 筒井城を奪還し大和を筒井家の手に戻すためには松永久秀を打ち倒さなければならない。しかし今の久秀の境遇はあまりにも悲惨であった。

 さて周りを敵に囲まれた形の久秀は様々な方面に兵力を割かねばならなくなった。当然大和に注力できる兵力も随分と減る。これは筒井家にとって好機であった。

 順慶はこう考えた。

「この機に筒井城を奪還しようと思う。どうか」

 これに対して秀祐はこう答えた。

「筒井城にはまだ松永方の兵が多く残っています。敵も筒井城を守り抜くために死力を尽くすでしょう。そうすればこちらの被害も甚大になります。そうなれば城を取り返したとしてもその後が維持できませぬ」

 この意見に良弘も賛成した。そのうえでこう答える。

「一度援軍と共に奈良の方に打って出てあえてこちらの兵力を見せましょう。そうすれば敵は筒井城の守りを固めます。その代わり周りの城には手が届かなくなりましょう。そこを攻め落として我らの優位を示し大和の者たちの寝返りを待つべきかと」

「なるほど。それは良い案だ。それで行こう」

 順慶はすぐに準備を整えると三好家の援軍と共に出陣した。そして奈良のあたりで松永家の軍勢と遭遇する。しかし小競り合いをすると撤退した。その後良弘は松永家が筒井城の守りを固めたことを知る。相当の防備らしく攻撃すれば被害もおおきそうだった。だがむしろこれは狙い通りである。

「松永家が大和で展開できる兵力は限られる。筒井城に兵を集中させているのならほかの城は手薄。大和の領主たちが攻撃されても援軍は出せまい」

 奈良から引き返した良弘は順慶たちと共にすぐに出陣する。そして久秀の城である多聞山城の周辺地域などを攻撃し松永家の軍勢が出陣する前に撤退した。これを数度行い大和における松永家の兵力不足を見せつける。すると一部の領主たちが筒井家に降伏してきた。

「まずは狙い通りか」

 ひとまず安心する良弘。だが筒井城の防備は固い。まだまだ予断を許さぬ状況であった。


 大和の情勢は少しずつ筒井家、三好三人衆方に有利に転じていた。これに松永久秀は危機感を募らせる。

「このままではいかん。何か状況を打開する一手を打たなければ」

 そう考えた久秀は思い切った策に出た。久秀は居城である多聞山城から出陣すると畠山高政と合流する。そして三好三人衆が畿内で本拠地としている堺を包囲したのだ。当時の堺は商人たちの自治都市として成立しており、三好三人衆とも協力関係にあった。これは軍事的な後ろ盾を三好三人衆から受ける一方で、堺は三好三人衆に経済的、人的支援を行ってきたのである。

 この久秀の出陣の情報は良弘の下にも届いた。

「松永殿も焦ったか。だがこれは下策だろう」

 確かに堺を陥落させれば三好三人衆は大きな痛手を被る。だが良弘の手元にその情報が届くくらいなら三好三人衆の耳にも情報は届く。そうなれば迅速な行動に出るはずだ。

「そうなれば松永家は大きな痛手を受ける。つまりこれは好機だ」

 良弘はすぐにこの情報を順慶に伝えた。更にこう進言する。

「松永殿はこの一戦に全力をかけるでしょう。ですがそれゆえに大和の兵は薄くなります。筒井城を取り戻す好機にございます」

「確かにそうだ。ならば出陣の準備を進めるか」

 乗り気になる順慶だがこれを秀祐が止める。

「堺を攻撃されれば三好家の軍勢はそちらに向かわなければならぬ。とすると大和に来ている援軍も引き上げるはず。つまり筒井城は我らだけで攻撃しなければならん。そうなれば我らに大きな痛手を被ることになりまする。順慶様。ここはいったん様子見を」

 秀祐はそう進言した。この進言を受けて順慶は悩む。

「今が好機なのは事実。しかし秀祐の言うとおり我らだけで筒井城は落とせるのか」

 良弘は悩む順慶に言った。

「ひとまず出陣の準備だけは整えておくべきかと。新たな堺の情勢が分かり次第行動に移せばよいのでは」

「そうだな。それがよい」

 順慶は良弘の進言を聞き入れた。そしてそれからしばらくして新たな情報が入る。

「堺を攻めていた松永殿の軍勢は逆に三好方の軍勢に包囲されたようです。多勢に無勢だったようで松永殿は和議を申し入れたとのこと」

 良弘はこの情報をいち早く順慶に伝えた。そして現在は和議を結んでいる最中であり松永家もうかつに軍勢を動かせない状況にあることも。順慶は決断した。

「筒井城を攻め落とすぞ」

 すでに出陣の準備は整っていたのですぐに順慶たちは出陣した。そして筒井城に迫ると一気に攻めかかる。

「我らの城を取り戻すのだ! 」

 やっと来た好機にすべてをかける順慶。それはほかの筒井家臣たちも同じで皆全力をかけた。一方の筒井城の松永軍は堺攻撃失敗の情報により士気が低いうえ、久秀や久通からの指示もなくまとまった抵抗が取れないでいた。

「こうなれば致し方ない。城は捨てよう」

 筒井城の城将は抵抗をあきらめ城から出ていった。このため筒井家の軍勢は大きな損害も出さずに勝利する。こうして筒井家は筒井城を取り戻したのであった。

「ここまでくれば松永を大和から追い出すのも時間の問題だな」

 自信満々に言う順慶。良弘もそれに関しては否定しなかった。しかし

「(松永殿はこれで終わる御仁ではないからな)」

と、少しばかり不安になるのであった。


 ひとまず筒井城を取り戻した順慶たち。松永家は堺のから撤退したものの久秀が姿をくらましてしまった。しかし多聞山城では息子の久通がまだ頑強に抵抗を続けている。

「しばらくは様子見か」

 良弘の得た情報によると近江に潜伏している足利義昭は各国の大名に支援を呼び掛けているらしい。実際近江の六角家はそれに応え義昭を近江に保護している。畠山高政も義昭への支援を表明しているようであった。三好三人衆はこちらへの対応に注力しており筒井家への援護もいったん休止している。そうなれば筒井家としても迂闊には動けなかった。

さて義昭が支援を要請している大名で、尾張(現愛知県)の織田信長も義昭の要請に応じる姿勢を見せているという。

「この織田信長とは一体どういう人物なのか」

 現状良弘の手元にある情報では永禄三年(一五六〇)に大大名である今川義元を打ち破った人物である、ということぐらいしか無い。現在は美濃(現岐阜県)の斎藤家と争っているという。そのため義昭の要請になかなか応えられないでいる。

「どれほどの人物かはわからないがゆくゆくは京に上ってくるかもしれないな」

 別に確証があるわけではないが良弘はそんな予感を覚えた。だがこの時の信長は斎藤家に阻まれて上洛できないでいる。そう言うわけで当時の義昭は積極的に動いてはいるものの芳しい状態ではなかった。さらに三好三人衆に潜伏先を攻撃される。これはからくも防いだが今度は六角家が裏切り三好三人衆に味方してしまった。これは三人衆の熱心な調略によるもので、いまだ畿内に強大な勢力を誇る三好家を敵に回したくなかったのだろう。こうなると義昭としては近江にとどまり続けてはいられない。

「今すぐでなければまた襲撃されてしまう」

 義昭はわずかな供を連れて若狭(現福井県)に逃げ込む。そしてここの若狭武田家に支援を要請するが、武田家も弱体化していたので答えられなかった。そのため義昭は北上して越前(現福井県)に入り、朝倉家の庇護を受けることにする。京からはだいぶ遠ざかった。

 これらの情報を知った良弘は安堵した。

「周囲も三好家に味方するものばかり。この上は共に義栄さまをたてて松永殿を大和から追い払おう」

 順慶もそのつもりのようで

「情勢が落ち着いたら三好三人衆と共に松永を打ち倒す」

と、言っていた。しかしこの少しあとに情勢は激変してしまう。そして良弘と筒井家に大きな災難が降りかかるのである。


 筒井順慶は一年ほどで筒井城を奪還しました。これができた背景には周囲の情勢の変化、特に三好三人衆の方が優勢になったことが大きくかかわっています。尤も後々のことを考えればこれも砂上の楼閣ともいえる状況でともかく畿内は不安定でした。実際この一年後にはまた情勢が激変し、良弘や順慶の思いもよらぬ形で収束に向かいます。一体どうなるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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