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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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井戸良弘 めでたし、めでたし 第一章 

 大和(現奈良県)の戦国武将、井戸良弘の話。戦国時代の大和は一時筒井家に統一された。だがその支配が崩れたとき大和は混迷に向かう。筒井家臣の井戸良弘にも様々な困難が降りかかった。混迷に進む大和で良弘はどのように生きていくのか。

大和(現奈良県)は守護職を興福寺が務めるという特殊な土地である。そして大和の領主たちは興福寺の宗徒として支配体制に組み込まれていた。ところが戦国時代に入ってくると興福寺の力は衰え宗徒の領主たちは独自に行動し始める。その領主同士の争いを制し大和を統一したのが筒井家であった。

 筒井家の当代の領主は筒井順昭。父の跡を継ぎ大和を統一した英傑である。若くして聡明であった。

「今はまだ私の力で大和を制している。ゆくゆくは筒井の家が大和を代々支配できるように整えなければ。そのためには領主たちを家臣として遇さねばならん」

 そう考えた順昭は娘を井戸家に嫁がせた。井戸家は大和の領主であったが早くから筒井家の家臣となっており重きをなしている。当代は井戸常弘であった。順昭の娘が嫁いだのはその息子の良弘である。

 この厚遇を常弘は喜んだし良弘も喜んだ。

「これで井戸家は筒井家の一族。縁も深まりゆくゆくも安泰だ」

「そうですね父上。この上は井戸家一丸となって筒井家につくしていきましょう」

「そうだともそうだとも」

 喜ぶ浮かれる井戸親子。しかし天文十八年(一五四九)突如として順昭が比叡山に隠居してしまう。理由は重い病にかかってしまったことらしい。

「それでも隠居されては困る。何とかお戻りになってもらわなければ」

 常弘は順昭の説得に向かおうとした。ところが翌天文十九年(一五五〇)順昭は死んでしまった。まだ二八歳の若さである。

「一体これからどうなるのだ」

 突然の父の死に悲しむ妻の横で良弘は呆然とするばかりであった。


 筒井順昭の早すぎる死。さらに跡継ぎの順慶はまだなんと二歳である。これでは何もできない。そこで順昭の弟の筒井順政が後見人になった。これで一応筒井家は運営できる。

「順政様なら筒井家をうまく導いてくれるだろう」

 ひとまず安心する良弘。実際暫くはうまくいっていた。ところがある別の要因で事態は急変する。その要因というのは当時畿内で最も広い領地を治める三好家の存在であった。筒井家は三好家と同盟を結んでおり、同じく三好家と親しい河内(現大阪府)畠山家とも友好を深めている。そのため三好家に援軍を送ったり弘治三年(一五五七)には畠山家と祝言をあげたりしていた。

 しかしこれらの行動に疑問を持つ筒井家臣や大和の領主たちも存在した。そのため筒井家は二つの大きな派閥ができる。一つは順政の周囲との関係を重視する派閥。もう一つは大和国内、特に寺院との関係性を重視する派閥に分かれた。

 むろんはっきりと二つの派閥に分かれたわけではない。常弘もそうした立場である。良弘も同じくであった。

「父上。今は順慶様の為に一丸となるべき時なのでは」

「ああそうだ。だが順政様のやり方では我らに負担が多いのも事実」

 常弘はどちらかというと板挟みの立場にあった。良弘もそんな父の難しい立場を理解している。ところが事態は急変した。弘治三年大和国内の関係性を重視する派閥がなんと順慶と順政を追放してしまったのである。追放された順慶と順政は畠山家臣の安見宗房の城に逃げ込んだ。これには常弘も怒る。

「こんな無礼なことが許されるか」

 常弘は順慶の支援を決断した。そして翌年には宗房の支援を受けた順慶は大和に復帰する。大和国内の関係性を重視する派閥も委縮し実権は順政の手に戻った。だがこれは大和混迷の序章に過ぎなかったのである。


 順慶の復帰により筒井家はこれで安泰。誰もがそう思った。しかし順慶が復帰した同年に同盟者であった畠山家で内紛が起こる。その内容は順慶を支援していた安見宗房が主君の畠山高政を追放してしまったのだ。

 後にこれを知った良弘は心底呆れた。

「何処に家でも似たようなことを。順慶様を助けてもらったことはありがたいが主君を追い出すような真似をする御仁とは」

 そもそも高政と宗房は少し前から不和であったという。それがここにきて表面化し高政の追放という事態に発展したのである。この事態は筒井家、特に順政を困らせた。というのも筒井家とは畠山家、つまり高政と婚姻関係にある。だが宗房は順慶を当主に復帰させた恩人であった。要するに筒井家は両者の板挟みになったのである。

「こうなればしようがない。うまく様子を見て高政殿と宗房殿を和解させるのが我らの取るべき道ではないか」

「それでよいと思います」

 順政と常弘ら筒井家臣はそう結論付けた。だがこの様子見が大きな災いをもたらしてしまう。それは高政の行動がきっかけであった。家臣に追放され怒りに燃える高政は三好家に庇護を求めたのである。これを三好家は快諾した。そして高政を元に戻すため宗房を攻撃し始めたのである。そしてさらに三好家は大和に侵攻してきた。これには順政も驚く。

「なんの理由があって我らを攻撃したのだ」

 三好家としては高政が追放された時点で動かなかった筒井家を宗房方と認識した。また将軍を後見し畿内に覇を唱えようとしている三好家としては、大和も確保しておきたかったのだろう。そう言う事情もあって三好家は筒井家を攻撃したのである。

「こうなれば戦うほかあるまい。筒井家の結束を見せつけてやろう」

 順政は抗戦を決意した。しかし攻め込んできた三好家の軍勢を率いるのは重臣の松永久秀である。久秀は三好家の多くの戦いに参戦し戦果を挙げてきた有能な将であった。その噂は良弘ら井戸家の人間にも届いている。

「松永殿とは大変な人物であるらしい。一方我らは順慶様が戻って来たばかりで家中の統制もうまく取れません。大丈夫でしょうか」

 良弘は父にそう尋ねた。常弘は苦い顔をしてこう言う。

「お前の言う通りではある。だがそこをどうにかせんといかんのだ」

 常弘も不利は承知であるといった感じであった。良弘もそれに納得して戦いの準備を整える。しかし久秀は迅速に侵攻してきた。これでは筒井家もまとまった反抗は出来ない。順政は筒井家に従う各領主たちにこう命じた。

「各々で城に籠り耐え忍ぶこと。そして敵が弱れば我らが打って出て後詰をする」

 要するに各々で対応しろという事であった。これには良弘も困る。

「いくら何でも無体なやり方ではないか。敵が数に任せて襲い掛かってきたらどうするのだ。それに一度に複数の城を攻められたらどうするのだ」

 三好家は大規模な軍事行動が可能なくらいの兵力を持っている。それだけに順政の命はあまりに無責任なものであった。

 嘆く良弘。そんな息子に常弘はこう言った。

「ともかく我らは自分の城を守るしかあるまい」

「そうですが。万が一の時は城を捨てましょう」

「それだけは避けたいな」

 そんな悲壮感あふれる気分で二人は井戸城を守った。だが久秀は井戸城に攻め入らず筒井家の居城である筒井城の周囲の領主たちを攻撃したのである。筒井城には牽制を仕掛ける程度で本格的な攻撃を行わなかった。良弘は久秀の狙いを理解する。

「筒井城の周りを奪い城の自落を待つつもりか」

 実際その通りで久秀は一番損害の少ない方法を選びかつそれが効果的であったのである。結果筒井城は持ちこたえられなくなり順政は順慶を連れて城から脱出した。

「またもこんなことになるとは」

 良弘は城から逃げ延びる主君に何もできなかった。これが二度目である。


 良弘ら井戸家は松永久秀の攻撃を何とかしのいでいたが大和は徐々に制圧されていった。そもそも筒井家中は連携も取れない状況の上に、主君と後見人が居城から落ち延びる有様である。しかし良弘は逆転の機会をうかがいなんとか粘った。

「三好家の敵は我らだけではなさそうだ。畠山高政殿は宗房殿を打ち破り当主に復帰したようだが、今度は三好家と争っているらしい」

 畠山高政は三好家の後援で安見宗房に勝利した。しかし三好家と不和になり、宗房と和睦して三好家に抵抗し始めたのである。そして三好家は畿内の各地に敵を抱えていた。三好家はこれらにも対応しなければならなかったのである。

 また良弘は別の情報も入手した。そしてそれを父に報告する。

「父上。三好家は公方様と不和らしい。それゆえに周りに敵を多く抱えているようです」

 三好家はそもそも室町将軍を支える管領の細川家の家臣である。現在は細川家をしのぐ勢力を誇り室町幕府に奉公していた。だが将軍の足利義輝は軍事力を盾に幕府の実権を握ろうとする三好家を快く思っていない。一方で三好家は義輝とうまくやりたいと思っているが、幕府の運営に関しては自分たちが主導したいと考えていた。こう言うわけで両者は微妙な関係の下で対峙していたのである。

 良弘はこうした情勢まで把握していた。これには常弘も驚く。

「お前は大したことを知っているな。信じられん。我が息子とも思えんよ」

「これからの時代は世の流れをよく知り其れにうまく乗ることこそ肝要です。それができなければ御家も滅びましょう」

「そうか…… ならばその知りえたもので筒井家の窮地を救ってくれ」

 頭を下げる常弘。しかし良弘は答えられない。

「(父上のおっしゃる通りにしたい。だが今の筒井家ではどうしようもできない。第一大和は殆ど松永殿に抑えられてしまっているではないかとにかく順慶様と順政様に筒井城に戻ってもらわなければ)」

 良弘は色々と情報を仕入れようとしている。しかしそれだけでは松永久秀には対抗できない。まずは順慶か順政が筒井家に戻り一丸となって対抗できる体制を整えなければどうしようもないがそれも難しいという有様であった。

「(なんとかしなけれなならないがもはや祈ることしかできん)」

 そんな悲壮な考えを抱く良弘。だがこの祈りが通じたのか久秀の攻撃が弱まった隙に順慶と順政は筒井城に復帰する。これでようやく反撃の体制が整ったかに思えた。ところが今度は畠山高政が三好家に敗れ紀伊(現和歌山県)に撤退してしまう。これにより久秀の攻撃は再び激化した。これに対して筒井家は組織立った抵抗ができないでいる。相変わらず各個の城で対応という事になった。

 常弘は奮起した。

「ここで我らが戦うことで筒井家を助けることになる。皆奮起してくれ」

 だが良弘は筒井家に懐疑的な視線を向け始めた。

「このまま筒井家に従っていて大丈夫なのだろうか」

 そんな疑問を胸の内に抱いたまま良弘は戦い続けるのであった。


 幼君の元、統制が取れていない筒井家。一方で周囲に敵を抱えたままの三好家。両者の戦いか決定打のないまま泥沼化していくかに見えた。

 そんな中永禄五年(一五六二)三月、大和の十市遠勝が畠山高政と共に三好家と戦い大勝をした。この報告に良弘ら井戸家の人々も沸き立つ。

「これで高政殿は河内に復帰するだろう。遠勝殿は見事なことを成し遂げられたものだ」

 十市家は筒井家の配下ではないが同盟関係にある。三好家の大和侵攻に際しては協力して対応していた。特に筒井家が組織立った動きが取れない中で見事に戦い抜いている。

 さてこのまたとない好機を順政は見逃さなかった。

「この好機を逃してはならぬ。筒井家の総力を挙げて畠山家と共に三好家にさらなる痛手を与えようではないか」

 順政は動ける家臣たちに号令をかけ軍勢を集結させた。

「これより我らは高政殿と共に三好家に攻めかかる。そして一気に情勢を好転させるのだ」

 この時参陣した武将の中に良弘もいた。井戸家はあまり攻撃を受けていなかったので比較的兵を出せる状況にあったのである。

 良弘は出陣に際して家督を父から譲られた。

「これよりはお前が井戸の当主。思う存分戦い筒井家を助けてくるのだ」

 出陣に際して常弘は良弘にそんな言葉を送った。一方良弘は複雑な心境である。

「確かに今は好機。何とか攻めかかるべき。だが前の戦いは敵も十分な兵力がいなかったらしい。十市殿の奮戦もあって圧勝だったが今度は本気でかかってくる。正直博打ではあるな」

 そうした不安もあったが好機には違いない。また動きも早くはあった。わずかな時間で軍勢は集結し三好家の本拠地である飯盛山城に進軍したのである。

「これなら勝てるかもしれない」

 そう考える良弘だがいざ飯盛山城を攻撃し始めると時間がかかった。三好家の本拠地なのだから当たり前であるが、二度の総攻撃を前にしても落城しないのである。さらにここで悪い報せも届いた。

「六角殿が動かないだと」

 近江(現滋賀県)の六角家は三好家と対立していた。そのため以前の戦いのときは高政と共に攻勢に出て三好家に二正面作戦を敷いている。これが大勝につながったわけだが、今回はそれが期待できない状態になってしまった。

「早く城を攻め落とさないと…… 三好家の全軍などと戦えない」

 焦る良弘。これは順政や高政も同じ考えである。しかし飯盛山城は落城しなかった。そして三好家の大軍が援軍にやってくる。こうなれば戦うしかない。

「思う存分暴れるしかあるまい。父上が言っていたのはこういう事ではないのだろうが」

 筒井家の軍勢を含む畠山軍は三好家の軍勢に決戦を挑む。そして大敗した。筒井家は甚大な被害を出し何とか大和に逃げ延びる。高政はせっかく取り返した高屋城を失いまた紀伊に逃げ延びていった。さらに三好家は余勢をかり大和に進軍し、十市遠勝を撃破して配下に従えた。

 こうして瞬く間に大和の情勢は悪化したのである。

「我らも十市殿のように松永殿の傘下に収まる日も近いか」

 良弘はそんな悲嘆にくれながら井戸家の立て直しを行うのであった。


 話の中にもありましたが大和は興福寺が守護を務める特殊な土地でした。しかし幕府の力が弱まり各国人たちが独自に動き始めると混迷を極めるようになっていきます。また周囲が三好家の影響力を受ける地域であったがゆえにそれらに関する騒乱の影響もうけていくことになります。筒井家は苦労の時代を長く味わうことになるのですが、順昭が長生きしていればこれらにももう少しうまく対応できたかもしれませんね。

 さて大敗を喫しいよいよ窮地に陥る良弘と筒井家。そこに思いもよらぬ大事件が起き、大和はますます混迷に陥ります。一体どうなるのか。お楽しみに

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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