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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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石川家成 従兄弟 第四章

 思いもよらぬきっかけで家康は三河に帰還した。これには家成をはじめとする家臣たちの気勢も上がる。松平家は戦国大名として大きな一歩を踏み出したが、いきなり難題に直面する。そして家成はある選択を迫られる。

 織田家との同盟も無事に成立し、家康の長男と信長の長女との婚約もなされた。これで背後を気にすることなく思う存分今川家と戦えるようになったわけである。まず当面の目的は三河一国の掌握である。現在三河の東側が今川家の勢力圏であった。これをどうにかせねば先行きも危ういだろう。しかし家成とてそれは承知のことだ。

「これよりは松平の皆で一丸となってあたっていくだけだ。親父殿も心配せずに見守ってくれ」

 家成は訪ねてきた父親の清兼にそう言った。清兼は先年家成に家督を譲っている。三男である家成が新たな当主に選ばれたのは家康との距離の近さにあった。実際家成は家康の為に粉骨砕身働いているのを周りの皆も見てきたため異議は殆どは出ていない。

 この清兼が訪ねてきたのはその点についての心配だと家成は考えていた。しかし清兼が気にしているのは別の問題らしい。

「この前本證寺の空誓様が来られてな。殿に今後も寺の特権を認めてもらいたいとおっしゃっておった」

「そりゃあ…… またどうして」

 本證寺というのは一向宗の寺であり空誓はそこの住職である。石川家は一族で一向宗を信仰しており家成や清兼も同様であった。そんな一向宗の僧侶からの思いもよらぬ頼まれごとである。家成としては困惑するしかない。そんな家成に清兼は言った。

「どうも殿は寺の特権を認めないつもりらしいというのを聞いたそうだ。それを儂やお前にどうにかしてほしいとのことだ」

「うーん。しかしなあ親父。別に寺を潰すとかそう言う話じゃないんだろう」

「まあそうだがな」

「だったらまあ食うに困らない程度のものはあるんだ。気にすることは無いって伝えといてくれ」

 気楽に言う家成。しかしこれが三河と松平家を揺るがす大騒動になっていくのである。


 永禄六年(一五六三)この年の家康は西三河の敵対勢力の掃討に力を入れていた。もちろんこれに家成も加わっている。軍事行動は順調で、近いうちには西三河は家康の手に入りそうであった。

「三河半国がもうすぐ家康様のものになるという事か。住職の言っていた件はその時にでも聞けばいいか。そもそも事の仔細もわからんのだ」

 家成としては本證寺の住職が不安に駆られているだけであろうという認識である。しかし実際はそうではなかった。

 家康は今川家からの独立にあたり自分の領地の掌握に迫られた。その中には今まで認めていた各種の特権なども見直す必要がある。それは戦国大名というものが自身の国の総力を総動員して戦いに挑まなければならないという立場があった。そう言うわけで家康は各寺院の持つ特権も含めて改めて自分の支配下に収めようと考えていたのである。だがしかし戦国時代の寺院、得に一向宗というのは各地に根を張り独自の影響力を持っていた。それは時に戦国大名とも相対することのできるほどの勢力である。従ってもし自分たちの権益を侵すものがいれば武力をもって立ちはだかった。

 それは三河でも同じである。そして彼らは行動を起こした。

「なんてことだ…… 」

 家成の屋敷に本證寺から書状が届いた。それは家康に対し武力で対応するという檄文である。こうして三河を揺るがす三河一向一揆が始まった。


 家康の集権化政策に反発する形で発生した三河一向一揆。むろん家康は望むところである。

「これを機に三河の主が誰か知らしめて見せよう。おそらく私に反発する者も勢いづくだろうが問題ない。手を組むほど頭の回らぬ奴ら。各個なら返り討ちにできる」

 むしろ家康は自信満々であった。これを機に敵を排除してしまおうという魂胆である。ところが家臣たちはそうではなかった。というのも松平家の家臣には一向宗に宗徒が多く一族郎党で入信しているという家もある。石川家もその一つであった。

「さてどうしたものか」

 家成は頭を悩ませた。ついでに事の相談に来た父親は死人のような顔色をしている。

「ああ…… 我らがあの時空誓様の願いを家康様に伝えておれば」

「仕方あるまいさ。おそらく俺や親父がどう言おうと家康様はやり方を変えん」

 家康が一度決めたら退かないたちなのは家成も承知している。そして祖父の代からの悲願といえる三河統一を何が何でも成し遂げようとしているという事も。

「(そのためなら領内のすべての力を松平の下に集めなければならない。先々には今川家だけでなくほかの家とも争うことになるだろう。そのために力を蓄えなければならんのだ)」

 家成は家康の考えていることを理解していた。そしてそれが必要なことだという事も理解している。しかし一向宗は一族皆が信仰しているし空誓の教えも受けたこともあった。

 状況的に石川家は板挟みである。清兼もだからこそ心労で青い顔をしているのだ。家成は頭を抱えている父を眺めながら改めて自分がどう思っているかを考える。

「(家康様のなさりたいことは主君としても家の主としても当然のこと。何よりあのお方は三河を統一しよく治めるに違いない。ならば寺の者共もそれに力を貸すべきではないか)」

 家成の考えはあっさりと固まった。そしてそれを清兼に告げる。

「親父殿。本来僧というものは国の鎮護を祈り天下泰平を臨むべく修練するもの。そして死者を弔い安息を与える。故に皆から慕われ檀家も増えるというものです」

「ああ。それはそうだ」

「ならば自分の寺が与えられていた特権がどうのとか言うのはおかしいではないでしょうか。僧の務めを果たしていればそんな事言わなくとも武家、農家問わず慕われてらも成り立つはず。それを怠っているからこそ妙な不平が出るのです」

 この家成の物言いに清兼は少し呆れたような顔をした。

「それは…… 屁理屈ではないのか? 」

 この清兼の物言いに家成は笑った。清兼は驚く。そんな清兼に家成は言った。

「父上の言う通り。これは屁理屈です。しかし迷っている家の者どもを納得させるくらいのことは出来るでしょう」

「それは…… 家康様に従うという事か」

「ああ、そうだ。考えてみれば迷っていたのは寺に同情していたからで、家康様のなされたことは仕方のないことだとも思っていました。そう思ってみると家康様に従うのが俺の道なんだろうと」

 快活に言う家成。そんな家成の姿を見て清兼の顔色もよくなった。そして今まで狼狽えていた表情も引き締まり威厳のあるものになる。それを見て家成は嬉しくなった。

「親父も覚悟を決めたか」

「ああ。そもそも私は清康様がお亡くなりになられたときは広忠様を。広忠様が亡くなられたときは家康様をお支えする決意を固めていたのだ。ならば迷う必要もなかろう」

 清兼は決意に籠った表情で言った。家成もそれを見て喜ぶ。

「ならば我ら親子は家康様のお力に」

「ああ。他の家のものは儂がうまくいっておく。お前は殿のため先陣を切って暴れるのだ」

「勿論だ。親父」

 こうして清兼と家成の親子は信仰していた一向宗との戦いに挑むのであった。


 家成親子は家康に従い一向一揆と戦うことを決意した。それに伴い改宗までしている。これも家康に従う事の表明の一環だ。また酒井忠次や本多忠勝も同じく家康に従うことを表明している。

「我らは家康様と共にあるのだ。当然だろう」

 そんな風に考える家成。ところが蓋を開けてみると松平家の家臣のうちおよそ半数が一向一揆に味方することを表明した。これに家成としてはあきれるばかりである。

「主家より寺を取るとは。信じられんものが多いのだな」

 憎々しげにつぶやく家成。そんな家成の下におぼつかない足取りの数正がやって来た。顔色が妙に悪く少し前の清兼のような雰囲気である。流石に家成も心配になった。

「おい。どうしたんだ数正」

 数正は家成と共に改宗して家康に従う旨を表明している。ここからもう迷いなく戦うだけだとも言っていた。それがこのような姿になっているのは心配である。

「何があったんだ」

「お、叔父上。父上が…… 」

「兄貴がどうしたんだ」

「父上は一向宗の側につくと…… 」

 これには家成も絶句した。実際家成や清兼、数正など石川家の主だった面々は家康に従うつもりでいる。そんな中で親兄弟や息子と袂を分かち主君に反逆する立場になるなど信じがたい話であった。

 絶句している家成に数正はこう続ける。

「父上は空誓様を見捨てることなどできぬ、と。かくなる上は殿と戦をしてでも寺や宗徒は守ってみせると申して従う家臣らと共に出ていってしまいました」

「何を考えているんだ兄貴は。もし勝ったとしても家康様に背いたことは同じではないか。だとすればもはや家康様を廃する道しか残されていまい。そこまで考えて背いたのか」

「恐らくそこまで考えていたとは思えませぬ。父上は短慮なところがある故」

 父親に対して酷い物言いだが確かに数正の父の康正は短慮なところがあった。そして頑固なところもありそれゆえ視野も狭い。清兼もそうした点を懸念に思い家督を家成に継がせたのであった。

「(まさか家を継いだ俺への不満や当てつけではなかろうな)」

 正直この判断はそうした懸念を抱かせてしまうほど浅慮なものであった。兎も角敵方についた以上はやるべきことは一つである。

「(こうなれば俺が討ち取って家康様へのお詫びとしよう)」

 戦国の世である以上親兄弟で戦うこともある。今回もそうしたことなだけだと家成は納得した。

「数正。こうなればお前が父親を討つか俺が兄を討つかという話になるぞ」

 気の毒そうな表情で言う家成。正直こうは言っても親殺しなどさせたくない。兄の不始末は自分でつけるつもりである。ところが数正はあっけらかんと言った。

「それについては何も問題ありませぬ。ただ私は父が容易く家康様を裏切るような男だと知って情けないのです。家康様に合わせる顔がない」

 こう言われて家成はまたも絶句した。そしてやっと気づく。

「(こいつ。顔を青くしていたのは父と戦わなければいけないからではなく、父が家康様を裏切ったことで自分の立場がなくなることを気にしているのか)」

 分からなくもないが正直呆れる話である。そんな呆れている家成に数正はこう言った。

「父上は私が討ち取り家康様へのお詫びとします。ですのでそこは私にお任せいただきたい」

「ああ…… いいんじゃないか…… 」

 すっきりとした表情で言う数正。一方の家成はなんとも言えない表情をするしかなかった。


 三河一向一揆と松平家の戦いは当初一進一退の攻防を見せた。松平家としては一部主要な家臣も敵対していたため軍事力に打撃を受けたままでいる。一方の一向一揆も思うようにまとまった戦力を投入できず、さらに三河の反松平の勢力との連携もうまくはいかなかった。

 こうして一進一退のまま年が明けて永禄七年(一五六四)馬頭原にて松平家と一向一揆の戦いが起きた。家康はもちろん家成ら家臣たちもこれを好機ととらえる。

「ここで完勝すれば敵の士気も落ちよう。相手はしょせん坊主の宗。不利と分かれば和議に傾くはず」

 家成をはじめ松平家の家臣団はみな奮戦した。この結果松平家は大勝し一向一揆は劣勢に追い込まれる。さらに一向一揆に加担していた一部の家臣たちが帰参を願い始めた。数正はこれに怒る。

「裏切っておいて。何を言い出すのか」

 一方家成は一定の理解を示した。

「確かに都合のいい物言いだが親父のように悩みぬいたものもいるのだろう。一揆の侍の手勢にはどうもやる気のなさそうなものもいた。そう言うやつらは一度敵対したがその後も悩んでいたのさ」

「どちらにせよ不忠には変わりありません」

「まあな。だがすべては家康様が決めることだ。俺たちの出る幕じゃない」

 家成は怒る数正をそうなだめた。

 それからしばらくして一向一揆から和議の申し込みがあった。家康はこれを受け入れる。もちろん松平家有利の条件であった。一向一揆は解体され松平家臣団を二分させた一揆は収束する。また家康は領内の反松平の勢力を各個鎮圧していきこれにより西三河は家康に掌握された。

 一揆の終息後、一気に参加していた松平家臣たちの多くは帰参を申し出た。その中には家成の兄の康正も含まれる。

 家成は忠次に尋ねた。

「家康様はどうするつもりなんでしょうか」

「殿は帰参を申し出るものは皆許すと申しておられる。此度のことは不問とすると言っていた」

「そりゃあ…… 寛大なご処置で。逆らったことも不問にするとは」

 家成は素直に驚いた。帰参を許すまでならわかるが罪を許すとまで言うとは。驚く家成に忠次はこう言った。

「殿はあえて罪を不問にすることでその寛大さを皆に知らしめるつもりなのだろう。さすれば我らに敵対していた者たちも我らに下るはず」

「ああ、そういう事ですかい。まあその方が先々いろいろと得か」

「…… まあそういう事だ」

 この家康の方針により一向一揆に加担していた多くの家臣が松平家に復帰した。一部の家臣は出奔したが家康はそれを咎めるようなことはしない。これが家康の評判をあげる結果となった。

 一方で家康は一向宗に対しては強硬な処置に臨んだ。家康は各寺院に改宗を迫り、それを拒んだ寺院は容赦なく取り潰したのである。この結果三河は一向宗が入ることのできない土地になった。

「雉も鳴かずば撃たれまい。一揆をおこしてもここまでのことになるとは思わなかったのだろう」

 本證寺はそのままになっていた。というのも住職の空誓が一揆の解体後逃亡してしまったからである。無人の寺を睨んだ家成は、溜息を一つくと去っていった。

 


 今回は徳川家康の三大危機の一つ三河一向一揆にまつわる話です。実際家臣の半数近くが上着ったとも言われているのですから確かに危機といえるでしょう。しかし家成をはじめ味方する家臣も当然いました。また戦いの後帰参する者も多く後々活躍する人々もいます。有力なものを味方に残らせ敵であったものも迎え入れる。徳川家の家臣団は忠誠心が高いと言われていますがこうした家康のやり方に理由があるのかも知れませんね。

 さて次からはいよいよ今川家との戦い、そして領土の発展となります。その動きの中で家成の立場にも変化が訪れます。一体どうなるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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