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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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石川家成 従兄弟 第三章

 元康の元服と初陣を経て再始動を始める松平家。家成も元康を支える一人として奮闘する。そして桶狭間の戦いが起きたとき、松平家は時代の荒波に挑んでいく。

 大高城で休息していた元康ら松平家の人々は信じがたい報告を聞いた。

「今川義元様、討ち死に! 」

 この報告に元康だけでなく忠次や家成らの家臣含め絶句する。だが元康はすぐに兵を走らせ情報を収集した。その結果尾張に侵攻していた今川家の軍勢が大混乱に陥っていることがわかる。

「こりゃあ本当に義元様は死んだのか」

 聞けばほかの今川家の将たちも撤退を始めているらしい。ここで元康も決断する。

「急ぎ大高城を出る。そして三河に向かうのだ」

 これを聞いた家成は元康に言った。

「三河に帰るんですね」

「ああ。今我らがやるべきは三河に戻ることだ」

「承知しました! ならば急いで準備しましょう」

 家成はほかの家臣たちと共に準備を始めようとする。しかしそれを元康が止めた。

「家成よ。三河の清兼に手紙を書いてくれ」

「承知しました。義元様のことも書いてよろしいですかい」

「ああ。そこが一番重要だ」

家成は三河にいる父に急いで手紙をしたためた。そこには義元討ち死にの情報と元康が自分たちを引き連れて三河に帰還する旨が書いてある。

「親父も喜ぶだろう」

 手紙を家臣に持たせて先発させると家成は準備に戻った。そして元康の号令で大高城を出発する。

「我らはこれより三河に帰還する! 」

 この号令に家臣一同気勢を上げた。もちろん家成も。


 大高城を脱出した元康たちは三河の大樹寺に入った。ここは松平家の菩提寺である。元康はここに一時とどまり状況を見極めるつもりらしい。

 忠勝は家成に尋ねた。

「家成様。殿はなぜ岡崎城に向かわないのでしょうか」

「岡崎城には今川家の入れた城代がいる。兵を率いて向かったら奪い取ろうとしていると思われん。そうなれば面倒ごとが増えるだけだ」

「なるほど。その通りです」

「とりあえず親父や兄上はこっちに来るはずだ。その時城がどうなっているかわかるはず。それまでは休んでおけ。この先、何が起こるかわからんからな」

「承知しました。しかし私は休まずとも問題ありません」

 実際忠勝は元気そうであった。これには家成も感心しつつ呆れる。

「(初陣であれだけ暴れたのにこの元気か。全く、末恐ろしいな)」

 忠勝の姿にある種の期待を覚える家成であった。

 それから少し時がたち、家成の父の清兼をはじめ松平家の家臣たちが続々と集まる。そして一同を代表して清兼が口を開いた。

「この度は元康様が御無事で何より。この清兼をはじめ皆一同心より喜んでおります」

「そうか。しかし皆よく集まってくれた。義元様が亡くなったことで三河は大きく乱れるであろう。しかしそれは我らにとっての好機となりえる。まずは岡崎城がどうなっているかだ」

「それについては…… 実は驚くべきことなのですが、城代殿は城を出てお逃げになられました」

 これを聞いて一同ざわめく。しかし元康は動じない。

「ならば今岡崎城は空城という事か」

「左様にございます。今川家の方々は皆出ていってしまいました」

 清兼は困ったような呆れたような感じで言った。しかし元康はこれを好機ととらえる。

「城を捨てていったのなら仕方あるまい。捨てられた城に誰が入ろうとも文句は無かろう…… ならばこれより我らは岡崎城に向かう! 」

 元康は高らかに言った。その場にいた家臣一同全員喝采をあげる。

「いよいよ岡崎に戻れるのか」

「ああ。長く長く待った。これで元通りだ」

 もちろん家成も喜んでいる。

「やっとこさ戻れるか」

 そう短くつぶやく家成の顔は喜びを抑えられないでいた。


 岡崎城に入った元康たち。しかしこれで立場が盤石といえるわけではない。

「今川家は俺らのことをどう思うか」

 元康たちは岡崎城に入るにあたって今川家の家臣を力づくで追い出したわけではない。彼らは勝手に出ていったのだから。とは言え元康は今川家から岡崎城の所有を正式に認められていたわけではなかった。そもそもそうしたことを認める義元が討ち死にしているし、跡を継いだ氏真は家の混乱を収めるのに精いっぱいである。三河、特に岡崎城がある西三河は現状今川家から放置されている状態にあった。

「だからといって敵が攻めてこないはずもないしなぁ」

 現状今川家と織田家の戦いは続いている。そしてその最前線にあたるのが西三河であった。今川家に属する立場である以上元康は織田家との戦闘を覚悟しなければならない。だが今川家の支援は期待できない状態にある

 そう考えるとなかなかに悩ましく難しい状態であった。家成は家成なりに一人で今後のことを考える。するとそこに近寄ってくるものがいた。

「下手な考え休むに似たり、ですよ叔父上」

「数正か…… 」

 家成に声をかけたのは甥(家成の兄の康正の子)の石川数正である。

「今後のことは殿がすでに考えております。我ら家臣たちはそれに従い知恵を出せばいいだけの話です」

 慇懃にしかし些か無礼な雰囲気で言う数正。家成はこの甥が苦手であった。

「(この性格がなぁ。頭が切れるのは知っているが、だからかどこか偉そうなんだよな)」

 数正は家成同様に駿府に同行した家臣の一人である。その中ではどちらかというと知性派であり、その頭脳を元康も頼りにしているようだった。それは家成も理解しているがどうも節々に出る頭の良さを鼻にかけているような言行が家成には苦手である。そして何よりこの甥が自分より一歳年長であるという事が苦手意識に拍車をかけていた。

 数正はそんな家成の気持ちを知っているのか知らないのか話を続ける。

「現状今川家はあてになりませぬ。何より松平の家を独り立ちさせるのが殿の悲願。ならば如何様にするのかは明白」

「まあ。それもそうだな。しかし織田家とも敵対している現状では難しかろう」

「無論殿はそこについても考えがあるのでしょう」

「だろうな。まあだから忠次様が呼ばれたんだろうが」

 なんとなしに家成は言った。一方で数正は不服そうである。

「知恵ならば忠次様には負けませぬ」

 数正かこう言った。彼にはこう言った嫉妬深いところもある。家成が苦手と感じているところの一つだ。

「(皆でうまく力を合わせていければいいだろうに)」

 勝手に話しかけておいて立ち去る数正の背中を見送りながら家成はそう思った。


 当座松平家は織田家への対応を第一とすることにした。しかし今川家からの後援は期待できない。三河の東半分は今川家の勢力下に収まっているがこっちも義元死後の混乱を収めるので精一杯らしい。

 さしあたって松平家が対処することとなる相手は水野信元である。家成の母親の兄であり、元康の母親の兄でもあった。

「まずは伯父上が敵か」

 伯父だからといってどういうことは無い。敵対するのならば打倒して自分たちの目的を果たすのみである。

 しかし水野家の攻略はなかなか進まなかった。というのも双方にやる気が見られないからである。

 松平家としてはこの不安定な情勢で水野家の打倒に全精力を注げるはずもなかった。現状今川家に明確に敵対したわけではないが、独自の動きをし始めている松平家に疑念を持つ今川家の人々もいるらしい。万が一の事態に備えておかなければならない。

 一方の水野家はもっと消極的であった。信元はどちらかというと領土的野心ではなく保身で行動する人物である。信元は今川家を裏切って織田家についたがそれも水野家を安定させるための行動であった。従って積極的に松平家に攻め込もうとはしていない。そもそも織田家自体が西の斎藤家との戦いに注力しているので、こっちもこっちで後援は期待できないという状況にある。

 そう言う状況下で小競り合いとにらみ合いが数度起った。こうなってくるともはや戦う意味を見出せなくなってくる。

 家成は忠次に言った。

「もう水野家と和睦した方がいいんじゃないんですか」

 これに対して忠次はこう答えた。

「殿もそのおつもりらしい。だがどうもそれ以上のことも考えているようだ。何でも数正が色々と知恵を出したようだぞ」

「数正が。まあそれならいい知恵があるんでしょうねぇ」

 家成は数正を苦手にしているがその能力、特に頭脳は認めている。そんな数正が何か考えを出したのなら松平家の役に立つ考えなのだろう。ならばそれを止める理由はない。むしろ家成が気になるのはその先のことである。

「水野家と和睦、となると氏真様は怒りますかね? 」

「さあな。だがお前の思っている通りだろう」

「やれやれ。じゃあ数正が言い出したこともなんとなくわかります」

「そうだな。そう言う事だろう。どちらにせよ我々は次の戦に備えるだけだ」

「今度は長くなりそうですからねぇ」

 忠次は家成の言葉にうなずいた。そして二人は東の方角を睨みつける。その先には遠江、そして駿河がある。

 

 永禄四年(一五六一)松平家は織田家と和睦した。これには水野信元の仲介もあったが、ことのほか簡単に和睦が成立したことに家成は驚いている。

「信元殿とは兎も角織田家との和睦がこうもうまくいくとは」

 しかも松平家と織田家は同盟を結ぶという話になった。両家としてみればお互い後方を気にせず戦いを挑めるわけであるから利の面で見れば納得のいく話である。だが松平家と織田家は長く戦い続けてきた。そのため松平家の家臣の中には

「織田家と結ぶとは。旧来の怨敵ではないか」

「これまで戦い続けていたのに今更手を結べとは」

などという人もいる。

 家成はそこまでのことは考えていない。この同盟が松平家にとって大きな意味を持つことが理解できたからだ。しかしここまであっさりとうまくいったことには驚きを隠せない。

「ここまでうまくいくとは。数正が相当うまくやったという事ですかね」

 家成はそう忠次に尋ねた。これに対して忠次はこう答える。

「どうも織田家の主である信長様と殿は親しい仲だったらしい。殿が織田家に居た際に仲良くなられたそうだ」

「そりゃあ奇特な話ですね。そのころの織田家は先代だったから、そのご嫡男がかどわかしてきた人質と仲良くなるなんて」

「信長様は変わったお方だという噂は聞いている」

「ああ。うつけだなんて言われていましたからね」

 そんなことを言う家成。すると忠次は家成を睨みつけた。

「お前も一端の武士なのだ。物言いには気をつけろ」

「ああ、はい。申し訳ない。しかし噂はあてにならんという事ですか」

「そうだな。何より義元様を討っているのだからな」

「殿も大変な方とお知り合いであったという事か。よくよく天運に恵まれた方だ。ありがたい」

 変わらず軽口を言う家成。そんな家成に忠次はため息をつくのであった。


 こうして松平家は織田家と同盟を結んだ。しかしそれは今川家との敵対を意味する。今川家の現当主の氏真にとって織田家は父の仇である。その織田家と同盟を結ぶという事は明確な敵対行為であった。

 むろんそれは元康も承知の上である。元康は今川家との断交にあたり名前を家康と変えた。今川義元からもらった「元」の字を返上することで明確に敵対することを示したのである。

 こうした流れは家成も承知していた。だがそのうえで気になることがある。

「殿は駿河の奥方やお子等をどうするおつもりなのだ」

 実はこの時家康の妻は駿河に残っている。さらに男女一人ずつ子もいた。この二人をどうするつもりなのか家成は知らない。

 この時実際家康がいかなる気持ちでいたのかはわからない。だが結果的に妻も子も戻ってくるのだが、ここで活躍したのが石川数正であった。

 数正は織田家との同盟の際にも重要な役割を果たした。そうしたこともあり家康からの信任も厚い。そんな数正が家康にこう言ったのだ。

「拙者が駿河に向かい奥方様たちを取り返して見せましょう」

 家康は自信満々に言う数正を信頼したのか万事を任せた。そして任された数正はすぐに準備を整え駿河に向かう。この姿に忠次は若干の不安を覚えた。

「自信満々だが大丈夫なのか」

 これに対して家成はこう答える。

「勝算なしに動くような奴じゃないですから。まあ何か取り戻せる算段があるのでしょう」

 実はこの時家成ら松平家の軍勢はある城を攻撃していた。この城は今川家の一門でもある鵜殿家の城である。家康はこの城をいち早く落とすように厳命していた。そのため縁のある甲賀の忍者衆も動員して城攻めを行なっているのである。

 この時家成はあることを数正から頼まれていた。

「城将の鵜殿長照殿かその子息のどちらかだけでも生け捕りしてもらいたい」

「ああ。わかった」

 家成はあっさりと了承していた。それはなぜ生け捕りを求められたかわかったからである。だが数正は本当に分かっていたのかと疑っていたが。

 それはともかく家成はほかの家臣と共に城に攻め込んだ。その際うまく手勢と共に城内に進入し、長照の子息であろう兄弟を捕縛した。長照はすでに討ち取られてしまっていたようである。兎も角数正からの頼まれごとはこれで果たせた。

 忠次は捕縛された鵜殿兄弟を見て気付いたようだった。

「あれと引き換えに、という事か」

「まあそういう事でしょうな」

 実際その通りで数正は鵜殿兄弟の身柄と引き換えに家康の妻と子等を取り戻した。

 帰還した数正は自信満々にこう言った。

「これが私の力量です」

「ああ。大したものだ」

 家成はうんざりとした様子で応えるのであった。

 こうして家康は禍根を取り除き、無事に松平家を独立させることに成功した。しかし思いもよらぬ事態が起き窮地に陥るのである。そして家成もある選択を迫られることになる。


 今回は松平家の独立が主な部分です。実はここら辺の動きはいまだ研究中の部分も多い様ではっきりとしていないところも有ります。実際桶狭間の戦いが1560年で今回の話にあった松平家と織田家の同盟(清州同盟)が締結されたのが1562年です。(実際松平家と織田家との和睦はその前年)。この間の松平家についてまだ独立せず今川家の傘下にいたという説や織田家と今川家の両方と戦っていたという説もあります。どちらにせよなかなか面白い状態であったのは違いありませんね。

 さて今川家と縁を切り独自の道を歩み始めた松平家。しかしあるとんでもない事件に直面します。そして家成はその事件の中で大きな決断を迫られます。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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