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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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氏家卜全 美濃三人衆 前編

 美濃(現岐阜県)の武将氏家卜全の話。

 美濃には大小さまざまな領主がいる。その中で特に大きな三つの家の主を美濃三人衆といった。その一人が氏家卜全である。

 美濃(現在の岐阜県)を治めるのは守護の土岐家である。この土岐家には美濃で先祖代々居住している領主たちが家臣として仕えていた。この中でのちの世に美濃三人衆と呼ばれる者たちがいる。

 一人は安藤守就。機知に富み明るい性格をしている。しかしどこか野心が見え隠れしていて、軽薄な人柄でもあった。

 一人は稲葉良通。豪胆にして剛直。まじめな人柄である。だがどこか保守的で、頑固が過ぎるところもあった。

 最後の一人は氏家直元。温厚篤実で誠実。しかし柔軟な面もありともかく穏やかな人柄である。正直大人しくて地味すぎる人物であった。ちなみに領地は三人の中で一番大きい。

 この三人衆は美濃の領主の中で特に大きな勢力であった。しかし主君の土岐頼芸には従順でともかく美濃の安定を第一と考えている。そして美濃の安定の為に協力して事態に対処しようと取り決めていた。

 そう言う関係の三人だから時折寄り集まって今後のことを話し合う。この時一番に弁がたつ守就が取り仕切るというのが基本であった。

「此度はこのところ台頭してきた利政殿のことについて話し合いたい」

 この利政殿、というのは近年頼芸に重用されている斎藤利政のことである。

「利政殿は頼芸様の寵愛を背に国主のようにふるまっている。そして戦ばかりを仕掛け我らに大きな負担がかかっている。これを二人はどう思うか」

 守就は不満顔で言った。これに対して直元は穏やかに答える。

「種々の戦は隣国の織田信秀が仕掛けているものもある。利政殿は戦上手だから前に出るのは仕方なかろう。ただもう少し我らの苦境もわかってもらいたいものだ」

「なるほど。確かにそうだ」

 うなずく守就。そして良通にも尋ねる。

「良通殿はどう思うか」

 これに対し良通は答えなかった。その様子を見て守就はからかうように言った。

「流石に妹君の夫を悪くは言えんか」

「妹は関係ない。我らは主君に従うのみだ」

 いらだった様子で良通は言う。実は利政の側室は良通の妹であった。しかももともと頼芸の愛人でもある。良通はこの点についてからかわれるのを嫌っていた。尤も守就もそれをわかってうえでからかっているのだが。

 二人の間に剣呑な空気が流れる。するとそれを察した直元がこう言った。

「そう言えば最近京より流れてきたよい酒がある。飲むか? 」

「ああそうだな。しゃべりすぎて喉が渇いた」

「いただこう」

 こののんきな発言に剣呑な空気が霧散した。守就がからかい良通は怒り直元が和ませる。この三人はこういう関係でうまく生きてきたのである。


 天文十年(一五四一)衝撃的な美濃で衝撃的な事件が起きる。当主の土岐頼芸の弟の頼満が急死したのだ。しかも毒殺である。

 この事件の犯人は斎藤利政であるという見方が大半であった。頼満は利政に宴に誘われた翌日に急死している。

 この一件で頼芸と利政の間に亀裂が走った。弟を殺されたのだから当然ともいえる。しかし頼芸は軍事的な部分を利政に依存しており、利政を排除するようなことはおちおちできなかった。

「何やら恐ろしいことになった。兎も角、守就殿と良通殿と今後について話し合わなければ」

 この事態に直元は守就と良通とこの事態に関しての協議を行なおうと考えた。しかしその準備をしているうちに頼芸と利政の関係は破綻。抗争が開始された。

 この抗争で良通は利政側についた。これについては個人的な関係性が強いので仕方ないだろう。一方で守就は様子見をしているようだった。これには直元も納得した。

「妹君の婿殿なのだから仕方あるまい。守就殿は勝ち馬に乗るつもりなのだろう。これについては私も同じように動くべきか」

 実際のところ直元含む美濃の領主たちが求めるのは美濃と自分たちの家を守れる主君である。その点について頼芸はいささか頼りない面があり、利政のみを重用するなどしたせいか一部の家臣たちの反発も抱いていた。そして利政は戦上手でありうかつに戦って損害を出すのは馬鹿らしいという風に考える人もいるわけである。

「恐らく利政殿は勝つ算段を整えているはず。機を見て良通殿を通じ利政殿に付くべきか」

 頼芸と利政の戦いは初め頼芸が有利であった。しかし徐々に利政が盛り返していく形となる。やがて頼芸は追い詰められ最後の城を落された。そして尾張に追放されてしまう。

 この抗争は一年ほどで終わった。直元はもう少し長引くかと思っていたが利政有利に傾いた時点で決着はついていたといえる。

 直元は守就と共に利政に従うことを決意した。利政としても美濃で大きな勢力を持つ領主の二人が黙って従うのだから文句はない。こうして美濃三人衆は斎藤利政の家臣となった。

 後日三人は再び顔を合わせる。そして守就は良通の顔を見るなりこう言った。

「これで殿の御親類。いや、三人で一人出世成された」

 これに対して良通は何も答えなかった。しかし苛立っている様子はわかる。すると直元がこう言った。

「ともかく三人再び顔を揃えられてよろしいではないか」

 これに対して守就もうなずいた。

「全くだ。まあ、これに関しては良通殿に感謝だな」

 こればかりは心からの言葉のようだった。これに対して良通はこう答える。

「気にするな。それに黙っていたのは悪かったと思っている」

 素直に謝る良通。それを見て驚く直元と守就。

「いや、頑固な貴殿がこれほどに素直とは」

「気にすることは無い。良通殿」

 律義に頭を下げる良通に二人なりに声をかける。兎も角美濃の主は土岐家から斎藤家に移った。しかしまだまだ動乱は続くのである。

 

 美濃三人衆はそろって斎藤利政に仕えることになった。しかしこの利政という人物は主君にしてみるといささか問題がある。

 確かに戦上手で戦略眼もある。権謀術数にも長けており知恵者でもあった。ところが目的達成の為の費用は糸目をつけぬ姿勢を見せている。どういうことかというと合戦のために家臣や領民たちに重税を課した。

「戦には金がかかる。それは仕方ないのも承知だ。しかしこれでは我らがつぶれてしまう」

 そうした声が家臣達の中からも上がった。むろん道三も内政を軽視しているわけではないがそれ以上に戦に費用をかけているのである。

 これには三人衆も頭を抱える。

「戦に勝つのに費えをかけるのは仕様がない。しかしそれでも限度がある」

「利政様は戦で成り上がったお方だ。それが自分の力を見せるものだということ分かっていてこうしているのだ。しかしそれは大名の為さることではないな」

 守就はいつもの軽口が出ず直元もいつになく深刻そうな顔をしていた。そしてそれ以上に深刻そうな顔をしているが良通である。良通は利政の当主就任に協力していた立場だけにこの事態に責任を感じていた。守就もそれをわかっていたのでさすがに茶化したりはしていない。

 直元もそこを気にして良通にこう言った。

「貴殿が気にすることではない。どのみち頼芸様で国が守れるかと言おうとそれは分からないからな」

 良通に慰めの言葉をかける直元。しかしこの時良通はあることを考えていた。そしてそれを口に出す。

「拙者は利政様を隠居させようと思う」

 突如出たとんでもない提案に直元も守就も驚く。

「本気で言っているのか」

 守就の問いに良通は無言でうなずいた。そしてこう続ける。

「義龍様は近年の美濃のありさまに心を痛めておられる。そしてどうにか利政様の考えを改めさせたいと言っていた」

「しかし利政様は義龍様を疎んじておられる。義龍様を擁しても素直に頷かないのではないか? 」

「そうだろう。ゆえに貴殿らの力を借りたい」

 良通はそう言って二人を見た。それはつまり美濃三人衆の力をもって道三を強引に隠居させるというものである。直元はゆっくりとうなずく。

「承知した。おそらくそれしか道は無かろう」

 直元は強い口調で言う。守就もうなずいた。

「全く。こう何度も何度も主君を挿げ替えることになるとは」

「仕方あるまい。主君は天地人を知るものではなければいけないのだから」

「義龍様はそこにかなう方であることを祈ろうか」

 こうして三人の意思は一致した。しばらくして美濃三人衆は義龍と共に利政と面会する。この時点で美濃の大半の領主の支持は得ていた。利政も不利を悟り剃髪して隠居し道三と名乗る。

 しかし弘治二年(一五五六)道三は義龍の弟を当主にしようと画策した。これに対して義龍は弟を暗殺。道三と義龍の戦になった。

 この時も美濃の大半の領主は義龍に付いた。義龍は道三の方針を転換し美濃の統治の安定化を目指したので領主からの受けもよかったのである。

「此度も良通殿に助けられたか」

 道三との戦の中でそんなことを直元はつぶやいた。兎も角親子対決は義龍の勝利で終わり斎藤家は義龍の下に統一されたのである。


 義龍を当主として再出発をした斎藤家。経緯としては美濃三人衆をはじめとする家臣たちの強力な後押しがある。

 この状況に対し義龍は家臣と当主の関係性を改めて規定することから始めた。道三の時代はいわば道三が強かったから従っていたという関係である。しかし義龍は斎藤家の家臣たちの領地は、あくまで義龍が保証しているという体制を取った。これにより美濃三人衆をはじめとする領主たちは義龍の家臣と規定されたのである。

 こうした動きを多くの斎藤家の家臣たちが受け入れた。戦国乱世は大小さまざまな領主がいる。そうした人々にとって上位の権力から自分の立場を認められるというのは色々と便利なものであった。

「義龍様は政に熱心なようだ。これなら問題ないだろう」

 直元は義龍を当主として認め忠誠を誓った。それはほかの美濃三人衆も同様なようで義龍の時代の斎藤家は、隣国の織田信長などの攻撃を受けながらも安定した体制を維持している。

 ところが永禄四年(一五六一)義龍が三五歳の若さでこの世を去った。そして一四歳の嫡男の斎藤龍興が跡を継ぐ。

「こうなれば龍興様を盛り立てていこう。直元殿も良通殿もそれでよいか」

「構いませんよ。しかし義龍様はさぞかし無念でしたでしょう」

「同感だ。これからだというのに」

 美濃三人衆は義龍の死を悼み息子の龍興を盛り立てる方向で協力していくことになった。しかし義龍の死を好機と見た織田信長が美濃に侵攻してくる。これを斎藤家臣たちは迎撃するが多数の被害を出してしまった。美濃三人衆に死者こそ出なかったが同格の家臣が数人死んでいる。

「織田信長殿とは気を見るに敏な方なのだろう。道三様が見込んでいたというのもうなずける」

 織田信長は道三の娘を娶っていた。そして義龍やほかの子たち以上に評価しておりそれが義龍との不和にもつながっている。道三の死後は美濃奪還に力を注いでいた。

「これよりはどうなるか」

 不安を覚える直元。だが事態は予想外の方向に転がっていく。


 義龍の跡を継いだ龍興だがいささか不器量であった。まだ若いというのもあるがお気に入りの家臣にすべて任せて無気力に過ごしているらしい。

 これには直元も頭を抱える。

「織田家の侵攻は激しくなりましょう。なのに当主の龍興様があれでは」

「全くだ。義龍様が命を賭して手に入れた美濃の領主の座をなんと心得ているのか」

 良通は怒り心頭な様子であった。そんな二人に対して守就は気楽そうである。

「心配はいらんよお二方」

「いったい貴様は何の根拠がってそんなことを言っているのだ」

 守就の発言に苛立つ良通。そんな良通に守就は言った。

「実は儂の娘が竹中家に嫁いだのだが、この婿殿が相当の知恵者でな」

 嬉しそうに言う守就。それを見て良通はため息をつく。

「お前の婿が利発なのが我らの家にどう関係するのだ」

「いや、それが本当に大したものなのだ。儂など足元にも及ばぬ。おそらくいずれ斎藤家を支える存在となろう」

 さっきまでの表情はどこえやら、いつになく真剣そうな様子で言う守就に二人は驚いた。

「貴殿がそこまで言うのだから相当な知恵者なのでしょうね」

「ああ。義龍様と道三様の戦の折には道三様に付いた。そして数で勝る相手に城を攻められたが見事打ち払ったそうだ。しかもその時はまだ元服もしておらん」

「本当なのか? 」

「ああ。こればかりは軽口ではない。真実だ」

 実際この守就の婿、竹中重治は稀代の知恵者であった。永禄六年(一五六三)に織田家は美濃に侵攻してきた際にも、見事な策を用いて織田家を撃破している。

「なるほど。守就殿の言う通りだ。何と大した若者か」

 直元も感心するほどの采配であった。これは良通も同様であったようである。しかし龍興はそうでなかった。そればかりか龍興は重治を侮辱までしたらしい。さらに最近は酒色におぼれ始めている。

 そして事件は起こった。永禄七年(一五六四)重治は舅の守就と共に策を用いて、斎藤家の居城である稲葉山城を攻め落としたのである。これは白昼のことであった。

「龍興様は城から逃げるので精一杯だったそうだ」

 呆れ返った顔で言う良通。一方で直元は守就と重治が心配であった。

「我らは斎藤家に仕える身。城を取り返せと言われればそうするしかあるまい」

「まあ、そうだな」

 二人はため息をつくばかりであった。

 後日二人を含む斎藤家の家臣たちは稲葉山城を包囲する。そして龍興から城を攻め落とせと命令が下るが誰も攻めかからない。この時点で龍興は見限られつつある。

「まあ。当然でしょう」

 直元は城に使者を送り守就と重治に開城するよう伝えた。二人はあっさりと了承し城を出る。守就は斎藤家臣たちの要望により許されたが重治は隠棲してしまった。

 そして龍興は再び酒色におぼれる生活に戻る。

「もはや斎藤家は終わりかもしれない」

 そんな絶望的な気分になる直元。実際それは現実になるのだが、それは直元の人生を一変させることにもなった。


 今回の主役は氏家卜全、なのですが、内容はタイトル通り美濃三人衆の話となっています。ちなみに領地は卜全が最大だったらしいですが序列のようなものは無いそうです。

 さて今回は美濃三人衆から見た美濃の激動といった感じですが本当にいろいろ起きています。下剋上。父子相克。城を追い出される主君など事件が目白押しですが、それらが起きる土地に住んでいる人間、特に領主層にとってはたまったものではなかったでしょう。後に織田信長が美濃を制圧するまでの顛末を考えると、こうした動乱を鎮める存在を待ち望んでいた結果なのではとも思いますね。尤もそれは次の話ですが。それもお楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を


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