表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
16/400

田原親虎 逃げ出した男 後編

 京の公家の家から養子に出された田原親虎。養子に入った家ではひどい扱いを受ける日々を送る。そんな状況に抵抗する訳でもなくただなすがままの親虎。そんな親虎に大きな転機が訪れる。

 月日が流れ親虎も元服した。実際のところはここで親虎と名乗った訳である。このころになると宗麟と奈多夫人の間に出来た娘との縁談も調った。これでますます親賢の権力も盤石と言える。

 この点だけを見れば親虎は順調に生きてきたように見えるが実際のところは違う。このころになると、いよいよ親虎の精神も擦り切れていた。今の親虎は養父の言うままに諸事をこなす生人形の有様である。

 そんな親虎に思いもよらぬ転機がやってきた。それは親友の親家の帰還だった。

 親家は寺に入れられていたが、それに納得していなかったのは前に記したとおりである。そういう状況でおとなしく僧になる親家ではなかった。親家は両親に黙って還俗(僧を止め侍に戻ること)をしてしまった。これには皆驚いたが親家はさらに周囲を驚かせる。

 還俗して臼杵に戻った親家はキリスト教に傾倒しだした。そして天正三年(一五七五)には洗礼を受けキリシタンとなった。(洗礼名はドン・セバスチャン)

 このことに親家の両親の反応は割れた。キリスト教を保護していた父宗麟は喜んだ。一方の母親はこの息子の行動に烈火のごとく怒った。その結果もともとうまくいっていなかった夫婦関係はさらに悪化していくことになる。

 宗麟夫妻の夫婦仲は置いといて親家がキリスト教に入信したことで、キリスト教は大友家中にも広がっていく。尤もキリスト教嫌いの養父を持つ親虎には無縁の話である、はずだった。


 親家が臼杵に帰還してからしばらくのち、親虎と親家は数年ぶりに再会した。その時親家は気力充実といった感じであったが親虎はまるで死人のような顔をしていた。

 これには親家も驚き、親虎を心配する。

「大丈夫…… ではないな」

 親虎は無言でうなずいた。その動きにもなんだか生気がない。親家は親虎は元気にしていると聞いていたのでこれには驚いた。

 親虎は生気のない顔で尋ねる。

「何か御用ですか」

「あ、ああ。実はお前に紹介したい者がいてな」

「そうですか」

 親虎は何の感情も籠っていない返答をする。それに愕然としていた親家だが親虎の腕をつかむといった。

「とにかくついて来い」

 そう言って親家は親虎を引っ張っていく。親虎は別にそれに逆らわず引きずられていった。


 親虎が連れてこられたのは臼杵の城のある一室であった。

「入れ」

 親家にそう促され親虎は部屋に入る。すると部屋の中には先客がいた。その先客は親虎の姿を見ると微笑んだ。

「ハジメマシテ。ワタシハ、フランシスコ・カブラルトイイマス」

 部屋にいたのは宣教師のフランシスコ・カブラルであった。フランシスコはにこやかに話しかける。しかし今まで外国人を見たことがあっても話したことがなかった親虎は固まってしまう。

 硬直する親虎をフランシスコは不思議そうに眺める。親虎はフランシスコに何を言ったらいいのかわからないでいた。この状況にらちが明かないと思った親家は親虎の肩に手を置いた。

「親虎。何も恐れる必要はない」

「で、ですが」

「この者は宣教師のカブラルだ」

「は、はあ」

 そう言われても親虎には何が何だかわからない。だがそんな親虎の様子を気にせず親家は話を続ける。

「俺はこのカブラルよりキリスト教を学んだ。それにより救われたのだ」

「救われた? 」

 自信満々に言う親家。だが親虎はそんな親家を不安な目で見る。

「荒れ果てていた俺の心を落ち着かせてくれたのだ。しかも父上との仲もうまくいくようになった」

「そうですか…… 」

「そこでお前にもキリスト教のすばらしさを教えてやろうと思ってな。こうしてカブラルと引き合わせたわけだ」

 親家は胸を張って言った。しかし親虎の不安はぬぐえない。

「親家様、私は…… 」

「そういうわけだからカブラル。親虎に話を聞かせてやってくれ」

「ワカリマシタ」

 親虎は親家の提案を辞退しようとした。しかし親家とカブラルは話を勝手に始めてしまう。親虎は困惑した。

「(とりあえず話だけは聞こうか)」

 とりあえず親虎はそう考えることにした。そして話が終わった後で断ればいい。そう考えた。しかしカブラルの話を聞いているうちに親虎の心境は変わってきた。そして

「(なんてすばらしい考え方なんだ)」

と、感心しはじめた。

 最初は話を一方的に聞いていた親虎だが次第に親虎も発言しはじめる。また、親家も盛んにキリスト教を褒めた。

 やがて話が終わるころには親虎はすっかり心を奪われていた。

 いつの間にやら時は経ち夕暮れになっていた。親虎は屋敷に帰ることにする。

「素晴らしい時間でした」

 帰りしなにそういう親虎の顔には生気がみなぎっていた。屋敷に来る前とはもはや別人である。

「そう言ってくれるとありがたい」

「またカブラル殿のお話を聞かせてもらえますかな」

「ああ。もちろんだ」

「ありがとうございます。では」

 親虎と親家の二人は満面の笑みを交わすと別れた。屋敷に帰る親虎の心はいつになく高なっている。

「(本当に心が洗われた。ありがたいことだ)」

 屋敷への帰り道にそんなことを考えながら親虎は歩いていた。

「この上は親家様に相談し、私もキリシタンにしていただこう」

 そんなことをつぶやきながら上機嫌で屋敷に帰る。屋敷の者たちは今まで見たことのないような上機嫌の親虎を気味悪がったが親虎には関係ない。

「(殿もキリスト教を保護しているそうだ。ならば私がキリシタンになっても文句はあるまい)」

 親虎はそう気楽に考えていた。養父の親賢はキリスト教嫌いであったが殿様が認めていることなのだから認めざる負えないだろう。そう考えている。

 しかし、この安易な決断が親虎の運命をさらに過酷な方へと変えることになる。


 あくる日、親虎は思い切って親賢に言った。

「父上」

「なんだ。私は忙しいんだ」

 親賢はつれない反応をした。尤もこのところ大友家は諸事への対応に追われているので忙しいのは事実である。それに親賢のこうした対応はいつものことであった。

 いつも通りの対応をされる親虎だがひるまない。それに何だかんだいままで自分のわがままは実現しているのも事実であるということを親虎は知っていた。それでも弱っていたのはそれ以上に厳しすぎる環境だったからである。

「実は、その。父上にお許しをいただきたいことが」

「なんでもいいから早く言え」

 親賢は親虎を睨みつけた。そのまなざしには愛情とかそういうものは微塵もない。

 睨みつけられて怯む親虎だが、大きく息を吸い思い切って言った。

「き、キリスト教に、その、にゅ、入信したいのですが」

 たどたどしくも親虎は言い切った。それを聞いた親賢の表情は変わっていない。

 無言で親虎を睨みつけたままでいる親賢。親虎は恐ろしくて震えている。だが、このままではいけないと思ったのか口を開いた。

「あ、あの」

 すると親賢も口を開いた。

「…… それは何の冗談だ」

「い、いえ。冗談ではなく」

「本気だと」

 親賢はさらに親虎を睨みつける。親虎は一層震え、親賢の問いに無言でうなずいた。

 親虎が頷いたのを見た瞬間、親賢の顔が一気に真っ赤になった。そして

「この大馬鹿者!!!!!!!!!!!! 」

 親賢の怒鳴り声が屋敷中に響いた。怒声を真正面から受けた親虎は反射的に平伏する。

 怒鳴っただけでは気のすまない親賢は、平伏する親虎にまくしたてる。

「あのような南蛮の異教に心を奪われるとは何事だ! それでも田原の跡継ぎか! 全く情けない! 情けないぞ! 」

「し、しかし…… 」

「言い訳などするな! 心の迷いを理由にわしの顔に泥を塗るような行為をしようとは…… 恥を知れ! 」

 憎々しげに言う親賢。そんな親賢に怯えながら親虎は訴える。

「で、ですが。殿もキリスト教を保護なされていますし、親家様も入信されています。ですから…… 」

 その物言いを聞いた親賢の顔がさらに赤くなった。

「その件についてわしがどれほど諫言しているか…… 殿も若君も嘆かわしい! 全く、あんなものに心奪われていればお家は滅びるぞ! 」

 親虎は平伏したままで聞いていた。いつもならこう怒らせてしまった場合は親賢の怒りが収まるのを待つのが定石である。だが

「全く! わしが目をかけて立派な跡継ぎになるよう育ててきたものを…… これでは今までの何もかもが無駄であった! 」

と、親賢は言った。これを聞いた瞬間親虎の中の何かが弾ける。そして親虎は立ち上がると親賢を睨みつけた。その表情はまるで鬼のようであった。

「な、なんだ」

 初めて見る親虎の鬼気迫る表情に親賢は怯んだ。一方の親虎は鼻息荒く親賢を睨みつける。

「(無駄だと? 私が今まで味わってきた地獄が全て無駄だと? この男はそう言ったのか)」

 親虎は今までの自分の人生を否定されたと感じていた。だが、親虎はその怒りを言葉にできるほど語彙はなかった。

 歯が砕けんばかりに歯を噛みしめながら親賢を睨みつけていた親虎。だがいきなり親賢に背を向けるとその場を去ろうとした。呆気にとられる親賢だがすぐに正気に戻り怒鳴った。

「まだ話は終わってないぞ! 」

 すると親虎は足を止めた。そして振り向いて親賢を睨みつける。その表情は相変わらず鬼の形相だった。

「…… もう行きます」

 親虎はそう短く言うとその場を去った。残された親賢はその場から動けずにいた。


 後日、親虎は臼杵の教会で受洗した。天正五年(一五七七)四月のことである。

 霊名はドン=シマンとされこれにより親虎はキリシタンとなった。これに親賢はもちろん激怒し、何度も棄教するように忠告する。

「我が家だけではなく家中にもキリシタンを嫌うものはおる。これ以上キリシタンを増やしては家中にいさかいを生むぞ! 」

 そう親賢は言った。だが親虎は微塵も耳を貸さなかった。親賢の言っていることはそこまで間違っていることではない。しかし双方ろくなコミュニケ―ションを取っていなかったこの親子に、話をするという選択肢は無かった。

 親虎が受洗してから数日後、田原屋敷に奈多夫人がやってきた。そして親虎を見つけると説教を始める。

「何を考えているのですか! あなたはあのような怪しげな教えに心を奪われそんなことで田原家当主としてやっていけると思っているのですか。何より家中の和がさらに乱れてしまいます」

 奈多夫人はそう訴えた。しかし、すでに受洗している親虎は聞く耳を持たない。

「もし考えを改めないのであれば娘との縁談はなかったことにします! 」

 そう脅かすが親虎にはびくともしない。親虎は内心ほくそ笑んでいた。

「(なんとでもいうがいい。殿はキリスト教を認めているのだ。この国で正しいことをしているのは私だ)」

 親虎はそう思い込んでいた。実際親家は棄教せずに今もキリシタンでいる。だったら自分も棄教する理由は無い。そう考えていた。

 もっともそれは心得違いで、親家が許されているのは当主の子であるという理由がある。しかし親虎は養子でその立場はあくまで養父の親賢が保証しているものだった。だがそれに親虎は気付いていない。今の親虎は初めて養父に逆らい我を通した高揚感に支配されていた。

 結局親虎は奈多夫人の警告も無視した。あくまで自分の正しさを信じている。だがそれは親虎の独りよがりな考えであった。

 親虎は周りを顧みず我を通した。それは自分の意志を通すというある意味で格好いいことなのかもしれない。しかしその結果親虎はつけを払うことになる。

 奈多夫人の来訪から数日後、親賢はあっさりと言った。

「親虎。お前を廃嫡する」

 その短い言葉の意味を親虎はなかなか理解できなかった。だが少しずつ理解していくごとに顔色が蒼くなっていく。たまらず親虎は言った。

「父上、それは」

 だが聞く耳を持つ親賢ではない。

「貴様とはもう親子ではない。出て行け! 」

 親賢がそう言うと親虎はわずかな荷物と共に追い出された。屋敷の玄関から放り出された親虎はしばらく呆然とするしかなかった。


 田原家を追い出された親虎は豊後府内の教会に匿われた。他に行く当てもなくさまよった末のことである。

 幸い教会の人々は親虎を好意的に受け入れてくれた。親虎はほとぼりが冷めるまでここに居ようと考えている。

「(私は何もおかしいことはしていない。おかしいのは周りの皆だ)」

 親虎はあくまで自分に非はないと考えている。しかし親虎の行動はあまりに自分本位で身勝手でもあった。有無を言わさず追い出されたならともかく親賢も奈多夫人も一応警告している。親虎に非がないとはいいがたい。

「神よ。何故私ばかり困難が降りかかるのですか。なんでもいいから私をお助けください」

 親虎は毎日そう祈っていた。尤もただただ自分は悪くないのだと訴えているようなものである。そして自分は何もせず誰かが助けてくれるのを待つというだけであった。

 そんなふうにどうしようもない祈りを続ける親虎。しかし何か行動を移すわけではない。ただ祈るだけである。

 そんなふうに過ごしていて一年がたった。親虎は相変わらず祈っている。しかし状況に変化はない。

「ああ、神よ…… 」

 神にすがることしかできない親虎。さすがに教会の人々も親虎にあきれ始める。だが、親虎は自分で何かをしようとは考えないし、何も思いつかない。ただ周りが変わるのを祈り自分に運が向いてくるのを待つだけであった。

 そう、ずっとそうしてきた。

 さらに数か月たったころ、親虎のもとに親賢から使者がやってきた。その使者はこう言った。

「殿からの言伝です。赦すので帰って来いと」

「わかりました」

 親虎は有無を言わさず頷いた。そして何事もなかったかのように田原の家に帰る。そしてそこでこう言われた。

「近いうちに戦がある。そこをお前の初陣とする」

 親虎はその場で倒れ込んだ。


 天正六年(一五七八)大友宗麟は三万とも四万ともいわれる大軍を出陣させた。向かうは薩摩の雄、島津家が制圧する日向国。宗麟はここにキリスト教の王国を作ろうとしていたといわれている。

 この軍勢には親賢も主力の一人として兵を率いている。そしてそこには親虎の姿もあった。慣れない様子で馬に乗る親虎の顔は真っ青である。兵も家臣たちも隠れて笑っていたが親虎にそんなことを気にしている余裕はなかった。

「(ああ、どうしてこんなことに)」

 親虎はいつも通り逃げ出したい心境に駆られていた。それでも逃げ出さないのは使命感ゆえとか覚悟か決まっているから、とかではなく逃げ出す度胸がないだけである。

 そんなふうに不安いっぱいな親虎を含む大友軍は順調に進んでいった。やがて日向に入った大友軍は縣城一帯を制圧。そしてこの近辺の寺社仏閣を焼き払う。

 この光景に親虎は戦慄した。

「こ、これはさすがに」

 親虎はキリシタンである。だが仏教や神道に恨みがあるわけでもない。臆病な親虎にとっては目の前で行われる光景が本当に恐ろしかった。もっとも親虎にとって恐ろしかったのはこれだけではない。ここまでの戦いで敵も味方も死に多くの血が流れるのをまざまざと見せつけられている。その光景を見るたびにさらに青ざめ震えるのであった。

「ここは地獄だ…… 」

 人知れず親虎はつぶやく。だが、この後にこれ以上の地獄が現れるとは思いもよらない親虎であった。


 大友軍は順調に日向北部を制圧していった。そして次に目指すは島津家の拠点、高城である。この高城攻撃において軍勢を指揮することになったのは田原親賢であった。

 親賢は数万の兵で高城を包囲する。しかし島津家の四男、島津家久が籠る高城はなかなか落ちなかった。

「みごとだ。だがそろそろ諦めたらどうだ」

 親賢は憎々しげに高城を睨む。その表情には苛立ちを隠せていない。そんな親賢を親虎はすぐそばで見ている。

「(だいぶ頭にきているなぁ…… )」

親虎は苛立ちの理由が敵にあるわけではないことを知っていた。この攻城戦でなかなか戦果を上げられない親賢を皆嘲笑っている。それは普段の傲慢さゆえなのだが、そこを顧みれる親賢ではない。もっともそんな事情は親虎の知ったことではなかった。

「(ともかく怒られないように隠れていよう)」

 とにかく親虎が考えているのは自分のことである。

 さて戦況の方だがついに薩摩から島津本隊が到着した。とは言え戦力的には双方互角である。まだ状況はどうなるかわからない。

 この状況の中で先に仕掛けたのは島津軍だった。島津軍は大友軍の一部を誘き出して殲滅する。これに動揺した親賢は及び腰になった。

「状況によっては講和も考えるべきではないか」

 親賢は軍議の場でこんな弱音を吐くようになってしまった。だが、ほかの諸将は反発する。

「まだ兵力は互角。ここは決戦に臨むべきではないか」

「いや、ここは戦線を維持し援軍を待つべきだ。ともかくまだ講和の時期ではない」

「その通りだ。ここで臆病風に吹かれれば勝機を見失うぞ」

 皆、口々に意見を言う。その結果会議はまるでまとまらない。

「もういい。勝手にしろ」

 結局親賢は軍議を終わらせる。親虎は何も言わずただ早く帰りたいとしか思っていなかった。

 翌日、大友軍の将の一人が手勢を率いて島津軍に突撃した。親賢の言った通り勝手にしたのである。大友軍はこれを放置することができず全軍で耳川を渡って突撃した。

 大友軍は島津軍の前衛を撃破した。これで勢いづいた大友軍は一気に突撃していく。この軍の中に当親虎もいた。

「ど、どうなってるんだ」

 親虎は周りの勢いに流されるまま突撃していた。近くの親賢も勢いよく突撃していく。しかしこの突撃はここで終わった。

 がむしゃらに突撃する大友軍は縦に伸び切っていた。そこを島津軍の伏兵に攻撃される。さらに高城に籠る島津軍も攻撃し参加した。この結果大友軍は包囲されてしまう。

 完全に包囲された大友軍が勝てる道理もない。大友軍は潰走する。

「父上や皆はどこに行ったのだ」

 親虎は親賢や田原家臣たちとはぐれてしまう。とにかく混乱する戦場から必死で逃げることだけを考えた。

「早く逃げねば…… 」

 ともかく必死で走る親虎。やがて耳川に差し掛かる。そしてそこで起きている光景を目にしたとき親虎は逃げるのも忘れて固まった。

「え? え? …… 」

 親虎の目の前にあるのはまさしく地獄であった。このときの耳川には親虎同様戦場から逃げ出す兵であふれかえっている。だが耳川は急流で溺れたものも多数いた。溺れなかったものは浮かんだ水死体をかき分けながら川を渡るが、島津軍の矢や鉄砲に討たれて命を落とす。川を渡り切ったところで待ち構える島津軍に打ち取られた。

 親虎は目の前の光景が信じられなかった。だが大友兵の血で赤く染まり始める耳川の景色は現実である。そしてついに現実を受け入れた時親虎の何かが弾けた。

「あ、あ、ああああああああああああああ! 」

 親虎は絶叫しながら走り始めた。刀を振り回し狂乱の体で走り続ける。恐怖にかられ狂乱しながら逃げ出す親虎を誰も気に留めなかった。敵も味方も自分のことで精一杯であった。

 この後、親虎は何処かへと消える。


 のちに耳川の戦いと言われるこの戦いの後大友家は衰退していった。親賢は辛くも生き残ったがその権威も衰退する。また消えた親虎の代わりには宗麟の子供で自身の甥を養子に迎えた。

 その後の親虎の行方は分からない。島津軍に討たれたとも遠く堺や伊予まで逃げ延びたともいわれている。

 親虎がどうなったのかは誰も知らない。


 というわけで田原親虎の話でした。彼はこれまでの主人公たちに比べると何か大きな事件を起こしたり主体的に行動するということがあまりありませんでした。キリシタンになってみたものの勘当されたりとろくな人生ではありません。最後は最後で行方不明、ほかにも戦死したという説もあります。

 筆者は親虎の人生がなんというかひどく寂しい人生に感じてしまいます。

 さて次は一番最初の話の主人公、畠山義英と同じ時代の人物が主人公です。義英の話と同じ登場人物も何人かいるので読み返してみるといいかもしれません。

 最後に誤字脱字などがありましたらご連絡ください。では

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 田原親虎を取り上げるとは、意欲的ですね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ