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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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田原親虎 逃げ出した男 前編

 豊後の武将、田原親虎の物語。京の公家の家に生まれた親虎。彼はいかにして豊後に向かい、暮らすようになったのか。そしてどんな暮らしが待ち受けているのか。

 永禄三年(一五六〇)の京で田原親虎は生まれた。尤も生家は柳原家で生まれた時から親虎と名乗っていたわけではない。しかし幼名もほかの名前もわからないので親虎で統一する。

 さて、親虎が生まれた頃の京はひどい状況だった。およそ百年近く前に起きた応仁・文明の乱で京は荒廃し、その後も権力闘争の余波の戦火に何度もさらされている。そんなわけで荒廃した京では身分の上下に関わらず困窮にあえいでいた。

困窮にあえぐのは公卿である柳原家でも変わらない。しかも柳原家は子だくさんで親虎にも兄が何人かいた。そういう環境における男子というものは大概厄介者に思われるものである。幼い親虎でも自分を厄介者に見る視線を感じていた。

 幼いころからそんな視線にさらされれば影響を受けるのは当たり前である。親虎は人の目を気にする臆病な少年に育った。いつも怯えているような親虎を兄弟も親も快く思うはずもない。

「何故、こうも臆病なのですか。母は恥ずかしい」

「全く家名にふさわしいふるまいは出来ないのか。父を辱めおって」

「早くどこかに養子に行ってしまえ。兄がいつまでも面倒を見ると思うな」

家族も周りの人も口々にそんなことを言った。そしてそれらは親虎の耳にも入る。

「私の居場所はないんだ」

 親虎は物心つくころからそんなことを考えていた。また

「いっそどこかに逃げてしまいたい。私を受け入れてくれる場所はどこかにあるはずだ」

とも考えていた。

 そしてその願いは思わぬ形で叶うことになる。


 永禄十年(一五六七)親虎は七歳になった。だからと言って親虎の性根は変わらない。相変わらず周りの目を気にして生きている。

 だが、親虎はこのところ周りの目の変化を感じていた。尤も変わったのは視線だけではない。両親も兄弟たちも親虎に優しく接する。最初は変化に戸惑う親虎だったが最近は素直に喜ぶようになった。

 そんなある日、親虎は父親に呼び出された。このところの扱いの良さからウキウキしながら親虎は父親の部屋に赴く。そこでこう言われた。

「お前を養子に出す」

 簡潔に用件を伝えられた。しかし幼い親虎には簡単には理解できない。父親の言葉を呑み込めず困惑する親虎。しかし父親は親虎の困惑を無視して話を進める。

「お前は行くのは豊後の大友殿の家臣、田原殿の許だ。来月に田原殿が迎えに来る。準備をしておけ。以上だ」

 父親はそう言って話を切り上げた。だが親虎は納得していない。あんなに可愛がってくれるようになったのになぜ豊後という遠いところにいかなくてはならないのか。それが理解できない。

 実はこの時柳原家は親虎を養子に出す見返りとして金銭を受け取っていた。相手は豊後どころか九州で名だたる大友家の重臣である。見返りも相当のものであったのであろう。要するに親虎は売られたのである。尤も幼い親虎がそんな話を想像できるわけもないし知る訳もない。

 親虎は父親にすがって泣いた。親虎の鳴き声を聞いてやってきた母親や兄弟にも縋り付く。そして行きたくないと叫んだ。しかし金に目がくらんだ親兄弟にはそんな言葉は届かない。

 父親は泣き叫ぶ親虎にこう吐き捨てた。

「これよりお前は柳原家の人間ではない」

 親虎は小者たちに引きずられ納屋に閉じ込められた。そして豊後から迎えが来るまでそこに居させられた。

 こうして親虎は田原家に養子に出された。さすがにこの仕打ちには腹が立ったのか柳原家を出る親虎はひきつった笑い顔をしていた。

「これであの家から逃げられる」

 豊後への道中でそうつぶやいた親虎の目には涙が浮かんでいた。


 長い旅路の果てに親虎は大友家の本拠地である臼杵に入る。もともと大友家の本拠地は豊後の府内であったがいろいろな事情があり臼杵に移動した。その事情の一つがこの臼杵の街並みにある。

「うわぁ…… 」

 臼杵の城下町に入った親虎の目の前には見たことも無い景色が広がっていた。見たことも無い建物や品。さらに鼻の高い人々。それらが異国の物や人であることを親虎は知らない。しかし今まで見たことも無い景色に親虎の心は踊った。

「凄いや! 」

 今までにないくらい浮かれて親虎は走り回った。内心では養子に出した実父に感謝するほどである。しかしそんな親虎を臼杵まで連れてきた田原家の家臣たちは冷ややかに見ている。

 そんなことを露知らず親虎は田原家臣たちにかけよった。

「あの建物は何ですか? あの鼻の高い人たちは何なんですか? あの壺は…… 」

 矢継ぎ早に問いかける親虎。しかし家臣たちは答えない。

 無言で親虎を見下ろす家臣たち。その無言の威圧に臆した親虎は動きを止める。そして恐る恐る家臣たちを見上げた。

「あ、あの」

「殿がお待ちです」

「えっと」

「参りましょう」

「…… はい」

 親虎が頷くのを確認すると家臣たちは歩き出す。親虎はあわてて家臣たちの跡についていった。


 臼杵城下、城からほど近い場所に田原親賢の屋敷はある。その屋敷の大きさは大友家の重臣にふさわしい威容をしている。また外観は城下町とは打って変わって純和風であった。

 親虎が通された一室も純和風でよく手入れされた庭をのぞける。この広い部屋で親虎は新しい父親を待っていた。

 広い部屋に取り残されたように親虎は座っている。不安のせいか落ち着きがなくあたりをきょろきょろと見回していた。

「(どんな人なんだろう)」

 するとそんな親虎の耳に足音が聞こえてきた。床を踏み鳴らすように勢いの良い足音である。不安な親虎にとってはその足音は恐怖を倍増させた。

「(怖い人じゃ無いと良いな…… )」

 親虎がそんなことを考えていると襖が勢いよく開く。親虎が驚いて襖の方を見るとこの屋敷の主、田原親賢が小姓を引き連れて入ってくるところだった。

 小姓を引き連れる親賢は体格がよく貫録を感じさせる。またその顔立ちは厳つく目つきは鋭い。

 親賢は上座に座り親虎を見た。しかしその風貌からか、見るといってもなんだか睨みつけるようになってしまっている。その威圧感は思わず親虎が委縮してしまうほどだった。

 委縮して平伏する親虎を親賢は見下ろしていた。その目線はどこか冷たい。

「(所詮は京の公家か)」

 実際親賢は冷ややかに親虎を見下ろしていた。公家の出ということでそんなに期待はしていなかったが、ここまで怯えた様子を見せられるとさらに失望してしまう。

「面を上げよ」

「は、はい」

 親虎は顔を上げた。しかし親賢と目を合わせることができない。その様子に親賢は苛立ち扇子を強く握りしめた。

「これよりはそなたは田原の子。その名に恥じぬよう励め」

「はい…… 」

 怯える親虎は消え入りそうな返事しかできなかった。ますます親賢は苛立つ。

 一方で怯える親虎も親賢の苛立ちを感じとっていた。

「(な、何か言わないと)」

 幼いながらもこのままでは今後の関係に差し障るかもしれない。そう思った親虎は何か話題が無いかと考えた。そこで思いついたのが臼杵の街並みだった。

「あ、あの」

「なんだ」

 親賢は威圧感のある声で答える。怯える親虎だが勇気を振り絞って声を出した。

「先ほど臼杵の町を見たのですが」

「ほう」

 親賢の目つきが鋭くなる。しかし顔を見られない親虎はそれに気づかない。

「京では見たことも無いようなものがたくさんありました」

「ほう、それで? 」

「え、えっと。養子には入れてよかったです」

 愛想笑いを浮かべて親虎は言った。だが、その瞬間親賢は扇子をへし折った。それをみてさらに怯える親虎。そんな親虎に親賢は立ち上がると怒りを込めて言った。

「お前はこれより田原の子になるのだ! あんな異国の怪しげな物に心を奪われるようでは生きていけんぞ! 」

「は、はい。申し訳ありません」

 親虎は平伏し必死に謝った。だがそれでも怒りの収まらなかった親賢はそのまま部屋を出て行ってしまう。

 残された親虎はしばらくの間震えながら一人平伏していた。

 親賢が仕える大友家当主、大友宗麟は異国の文化や物に高い関心を示していた。特にキリスト教に強い興味を持ち積極的に保護する。その結果がこの臼杵の町である。しかしそんなキリスト教をはじめとする異国の文化に拒否感を抱くものも多い。田原親賢もその一人であった。つまり親虎は親賢の地雷を予期せず踏んでしまったのである。

 こうして親虎は初日からしくじってしまう。しかし親虎の前にはさらにつらい現実が待ち受けていた。


 親虎が養子に入った田原家は多くの所領を持ち、非常に裕福であった。だがそこでの生活が楽しいものだったかというとそうではない。

 当主の親賢は親虎を厳しく教育した。これは親虎を立派な跡継ぎにしようという考えからであったが、これが親虎の意志とかそういうものを無視したものだった。

 親虎は公卿の家の出である。そういうわけでここに至るまで武芸に触れたことなどなかった。そんな親虎に親賢は武芸を習得させようとする。例えば

「今日は家臣の子と手合わせして見せろ」

とか

「遠乗りに行ってこい」

などという。しかし親虎にそんなことができるわけがない。手合わせすれば一方的に負け、馬には乗ることすらできない。今までやったことがないのだから当たり前である。しかし親賢はそれを許さない。

「田原家の跡を継ぐ者がその様ではなんとする! 」

 こんなふうに毎回親虎を怒鳴りつけた。そのたびに親虎は怯えただ謝るのであった。

 こうして親虎の生活は親賢の言うところの「立派な田原家当主」になるための教育に費やされた。失敗すれば怒鳴られ、成功しても当たり前としかとらえられない。そんな苦しい生活を親虎は送っていた。だが、苦しいのは父親の熱心な教育だけではなかった。

 

 さて親虎の養父、田原親賢は大友家の重臣である。しかも妹は主君の正室であった。そういうわけで、親賢は大友家で非常に大きい権力を持っている。

 大きい権力を持っている人間というのは、よっぽど人間ができていないと傲慢になるものである。そういうわけで、人間がよくできているわけではない親賢は権威を誇る傲慢な男であった。

 もっとも主君の宗麟には真面目に仕え大友家のために働いていた。そのため宗麟の覚えもめでたい。だが傲慢でしかも主君に可愛がられている存在は嫌われるものである。実際親賢を憎む者も多かった。

 親虎は教えてもらえなかったが、親賢の実子の新七郎は城中のいさかいで殺されている。しかもその理由は父の権威を笠に着ていじめをしていたからだった。この事件は親賢への反発をさらに強めた。

もちろんそんな人間ばかりではなかったが、そういう人々は少数である。

 親賢を憎む者は厳しい視線を親賢に向ける。そしてそういう視線は親虎にも向けられた。

 城中で親虎を見ると

「売られてきたくせに偉そうに」

「所詮は公家の子。なんでも馬にも乗れんそうだ」

などと陰口を言った。だが親虎にとってこれはまだましな方である。

 大人たちは陰口を言うだけである。しかもあくまで親賢のおまけで言っているだけだった。しかし常日頃接することになる親賢の家臣や同輩の子供たちはわかりやすいくらい親虎をいじめてきた。当然陰口などではなく直接的な暴力が多い。

「やい、臆病者」

「少しはかかってきたらどうなんだ」

 そんなことを言いながら集団で親虎をいじめる。さらに

「公家の子、公家の子」

「売られてきたんだろ」

と、親が言っていたことを意味も分からずそのまま行ってきたりもした。悲しいかな親虎には意味が分かるそれゆえ傷つく。だが臆病な親虎は反抗する術など知らない。ただうずくまって耐えるしかなかい。そうなるとさらにいじめっ子たちは調子づくといった悪循環が続いた。

 この現状を親賢の家臣たちは見て見ぬふりをした。本来なら主君の息子に無礼を働いているのだから止めるものである。しかし家臣たちも親虎の生い立ちから蔑んでいた。さらに養父の親賢は親虎の様子を見て怒った。

「もっとしっかりせんか! 儂の顔に泥を塗るつもりか! 」

 怒っているのは結局自分のためで、いじめられている親虎は養父にも叱られるという散々な有様であった。正直親虎にとっては元々の家の方がまだましである。

「どこか遠くへ逃げたいな…… 」

 親虎は常日頃からそう思っていた。しかしそれで何か変わる訳でもない。そして状況を変えようと何かすることも無くただ周りが変わるのを祈るだけであった。いかに周りが悪くとも自分で変わろうとしない人間は何も手にすることはできない。そのことに親虎は気付かず自分は悪くないのだと思い込み続けるのであった。


 非常に苦しい生活を送る親虎。そんな親虎だが唯一とも言える友がいた。それは主君宗麟の次男で名を親家という。また親家の母親は親賢の妹で宗麟の性質の奈多夫人であった。つまり二人はいとこでもある。

 親家は臆病で大人しい親虎とは全く違う性格であった。どういうことかというと気性が荒くて落ち着きがなく、さらに粗暴でもあった。

 一見仲良くなれそうにない二人ではあったが、不思議と仲良くなった。それは年齢が近いという事やいとこ同士ということもあったが、それだけではない。

 ある日、親家はこう親虎に言った。

「俺は父上に疎まれている」

 深刻そうな顔で総話しかける親家。普段は弱音を見せない親家がそんなことを言い出したことに親虎はびっくりした。

「どうしたんですか」

「父上も母上も俺を寺に入れるつもりらしい」

「何故ですか」

「俺が気に食わんからだ」

 親家はそう吐き捨てた。その姿に親虎は悲しそうな顔をする。しかし一方でそれもわかる気がした。

「(親家様は激しいお方だから…… )」

 ともかく親家は激しい気性をしている。家臣の子供と些細なことから喧嘩して相手に怪我をさせてしまうこともざらではあった。そしてそんな親家を見る宗麟の視線は厳しいものだった。

「いつもいつも父上も母上も小言ばかり。そのうえで寺には入れだと? ふざけるな! 」

「分かります。私も父上からいつもお叱りを…… 」

「しかも母上も家臣の者共も兄上ばかり可愛がって。私のことをないがしろにする」

「分かります。とても分かります」

「そのくああしろこうしろとうるさいのだ! 少しは私の好きにさせろ! 」

「はい…… その通りです」

 親家の叫びに親虎は心の底から頷く。この二人はよくこういう事で共感した。尤も二人とも自分の悪癖を認識せず喚き散らしているだけなのだが。

 ともかく二人はこうして仲良くなっていった。

「親虎よ」

「はい」

「俺たちが大人になったら好きなことをしよう。誰にも邪魔はさせん」

「はい。そうですね」

 親虎にはその親家の言葉が魅力的に聞こえた。実際そうするのは大変なのだがまだまだ子供の二人にはそれがわからない。だが、二人にとって今の環境はとても不自由であるということは共通していた。ゆえに固いきずなで結ばれる。

「(親家様がいてくれれば私は大丈夫だ)」

 親虎はそんなふうに思っていた。だが結局親家は寺に入れられてしまう。親虎は失意に沈んだ。

「ああ…… どこか遠くに逃げ出したい…… 自由になりたい…… 」

 ますますそんなことを考える親虎。だが、逃げ出せるはずもなく時は流れていく。だがこの後親虎を待ち受けるある出会いが彼の人生を大きく左右させることなる。


 というわけで逃げ出した男前編でした。基本このシリーズの主人公は情報が少ない人物(例外もいますが)が多いのですが、この田原親虎は今まで一番情報が少ない人物でした。しかしなかなかに波乱万丈な生き方をしていたのでそういう意味では話の作りやすい人物ではありました。親虎が後編でどうなるのか、そしてどのような結末を迎えるのかを楽しみにしていてください。

 さて、今回投稿が遅れてしまいましたがこれは単純に筆者の勘違いとミスが原因です。読者の方々にはご迷惑をかけしました。申し訳ありません。今後このようなことが無いよう精進いたします。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡ください。では


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