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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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斯波義統 些末 後編

 織田達勝は死に守護代家と織田信秀は決裂した。義統はそれを止めることもできず傍観するしかない。変転し続ける尾張の情勢は義統にどんな結末をもたらすのか。

 信秀と斎藤家、および信友ら清州織田家との講和。この結果信秀の勢力は美濃から後退した。更にそれだけでなく三河では今川家が攻勢をかけ始める。斎藤家との戦いの傷も癒えぬ上に清州織田家が敵対している状況にあっては如何に織田信秀でも敗北せざるをえなかった。

 この状況に信友は喜んだ。

「無謀な戦の報いだ。先代守護の義達様も無茶な戦をして無残な結果に終わったではないか。よくよく歴史を知らぬやつよ」

 得意げに言う信友だが義達と信秀では器も状況も違う。第一劣勢に陥ったのは信友が支援をやめて敵対し始めたのが大きな要因である。だいぶ見当はずれの考えであった。

 尤も信友にそれを指摘する者もいない。守護代家の家臣たちは信友をおだて褒めやかして思い通りにしている。また信秀はこの所は病がちであった。

 この頃の義統は清州城ではなく同地にある守護邸に滞在していた。事実上城を追い出された形になっている。尤もそれを気にする義統ではない。

「信秀が病であると聞くが大丈夫なのか」

 義統は家臣の丹羽祐植に尋ねる。祐植は心苦しそうに答えた。

「どうも思わしくないようです。これまでの疲れがたたったのかと」

「そうか…… 弾正家の家中の様子はどうだ」

「ご世継ぎの信長様や家臣な方々が諸事を代行しているようです。万事滞りなく進んでいますが、信秀様がご病気のうちは三河をあきらめるしかないと皆言っているそうです」

 弾正家の家臣には祐植の同族もいる。そう言うわけで弾正家の情報は色々と入っていた。義統もそれは知っている。だからこんな質問をした。

「世継ぎの信長とはどのような人物か」

 義統がこんな質問をしたのは理由がある。というのも信長にはあまりいい噂がない。

「(大層なうつけと聞くが本当なのか…… だとしたらこの先どうなるのか? )」

 義統としては信秀の功績を高く評価している。しかし跡継ぎが失敗してすべて失うようであれば目も当てられない。ゆえに尋ねたのだ。

 そんな不安を抱える義統。しかし祐植の答えは意外なものであった。

「私の親戚の者が申すには大層の丈夫とか。世上のうわさはあてにはならないようです」

「ならいいが…… 」

 祐植は気楽な感じで言うが義統の不安はぬぐえなかった。この所の義統はそんな事ばかり考えている。

「(いよいよ真に傀儡となりやることがない。家中の皆のためにはこうするしかないがむなしいものだ)」

 義統は暗澹とした気持ちになる。そして天文二一(一五五二)に織田信秀は死んだ。晩年がその人生で手に入れた多くのものを失う不遇の最期といえる。

 信秀の死を聞いて義統は全てをあきらめた。

「もはや信友の手の上で死ぬしかあるまい」

 唯一の生きる希望を失った義統。しかしそんな義統の心をよみがえらせることが起きる。


 信秀は死に跡を継いだのは嫡男の信長である。だが前述のとおりに信長には悪評が付きまとっていた。義統にとってもそれが不安である。

「ともかくまずは顔を合わせてからだ」

 この日信長は代替わりということで義統に目通りする予定であった。これが義統と信長の初対面となる。義統としては信長に期待したい。しかし祐植以外からの信長の評判は悪かった。

「(果たして実際はどうなのか。信秀の後を継ぐに足りる男なのか。それと評判通りのうつけか。私だってそれぐらいは見抜ける)」

 そんな思いを胸に秘め義統は信長と対面する。信長は静かに、ゆっくりと義統の前に現れた。信秀によく似た柔和な面立ちをしている。しかし目つきは鋭く凛とした印象を与えた。またその所作は驚くほど丁寧でちゃんとしている。とてもではないがうつけには見えない。

 信長は義統の前に平伏した。へりくだった様子もなく卑屈さはない。ここも信秀に似ていた。

「織田信長にございます」

 よく通る凛とした声であった。そして威厳も感じさせる。どことなく信秀をほうふつとさせた。義統も気分がやや高揚するがそれを抑えて声をかける。

「面を上げよ」

 信長は無言でゆっくりと顔を上げた。そして義統を見つめる。義統はその信長の眼に驚いた。

「(なんという目だ)」

 横顔では鋭いという印象しかなかった。しかしこうして目を合わせると驚かされる。

「(まるで信秀…… いやそれ以上か)」

 信長の眼は強い意志と強い野心を感じさせた。それは信秀も同じであったが、それを上回るものである。

 義統は尋ねた。

「そなたはどこを目指す」

 口から出たのは何ともおかしな質問である。相手は陪臣の身なのだから守護代家や守護家に尽くすものだと答えるに決まっているのだから。しかし義統は目の前の男がそう答えないということを理解していた。そして信長は義統の思った以上のことを言う。

「我が天下を作り出したく思います」

「天下、とな」

「天下。それ以上でもそれ以下でもありません」

 信長の言っていることは尾張どころかそれ以上のことも言っているようだった。

 はっきり言って荒唐無稽な話である。信長は尾張の一部を治める守護代の家臣なのだから。しかしながら信長の声は自身に満ち溢れていて不思議な説得力があった。

 義達は笑った。そして嬉しそうに言う。

「そなたには尾張は狭すぎる。早く私を越えてしまうといい」

 この言葉に信長は何も答えなかった。そして無言のまま一礼するとそのまま立ち去る。

 両者の初顔合わせが終わると祐植と森政武が入ってきた。政武は義統が嬉しそうにしているのでいいことがあったのかと尋ねた。

「どうされましたか? 殿」

 それに義統はこう答えた。

「私の身など路傍の石だ。真の傑物にとっては些細な存在にすぎん」

 これを聞いて祐植は義統をたしなめた。

「そんなことを申されるものではありませぬ」

「そうだな。すまん」

 義統は素直に謝った。その表情はどこかすがすがしいものである。


 義統は信長に信秀を越えるものを見出した。

「今の私は信長の行く末を見守るしか救いはない」

 しかしそんな義統のささやかな救いも危うい状況にある。というのも織田弾正家の家督は信長が継いだが、その立場は盤石とはいえないのである。信長の評判の悪さは弾正家内でもあった。それゆえに信長に疑問を持った一部の家臣が信長の弟の信勝を擁立しようとしていたからだ。

この状況を見た信友は分かりやすく動いた。

「ちょうどいい。信長をここで打ち破ってやろう」

 この信友の動きに義統はあきれた。

「分かりやすい奴め。達勝なら考えて動くぞ。それに信長はただ物ではない。かえって痛い目を見るだろう」

 はたして義統のにらんだ通りになった。家中に不和のあった弾正家だが相手が和睦を破って攻めてきたのならば話は別である。一丸となって信友の攻撃に対処した。この時信長は見事な用兵を見せ清州織田家を返り討ちにしたのである。

「それ見たことか。大方、坂井に達にはやし立てられて出ていったのであろうがそれが間違いだ」

 さんざんに敗れた信友たちを義統はそうはやし立てた。しかし信長も後方に今川家という敵を抱えている。また相手が主家であるという立場では大義名分も得られないからか清州家を滅ぼすには至らなかった。

 この状況を見て義統は考える。

「達勝は出来た男だった。信秀と協力し私を担ぎ上げることで自分の家も守った。それができるくらい思慮深い男だったのだ。しかし信友はあまりに短慮だ。それに家臣の坂井たちは弾正家を廃することばかり考えている。そんな者たちのもとにいれば斯波家も危ういのではないか」

 ここにきて義統は自分の家のことを心配し始めた。達勝の頃は手元に置かれることが斯波家を守ることにつながる。ゆえに達勝の傀儡に甘んじていたのだ。達勝はそう言う計算のできる男である。しかし信友はどうか。内内の争いに血道をあげてばかりいる。そんな男のところにいては斯波家も危ういのではないだろうか。そう義統は考え始めた。そしてある結論に至る。

「こうなれば信長に保護してもらう方法を探すべきか…… しかしどうするか」

 義統は信長の下に逃れることを考え始めた。しかしなかなかに難しい話である。まず清州から脱出しなければならないが流石の信友もそれは許さないであろう。また現状守護屋敷の周辺は坂井大膳の手のものに監視されている。信友にとって守護である義統を手元に置いてあるのは大きなアドバンテージであった。唯一信長に対抗できる手段といえる。

 そんな状況下で義統は驚くべきことを知った。何と信友が信長の暗殺を計画しているという話である。

「其れは真か? 」

「はい。清州城に赴いた際に偶然耳にしました。あれは坂井殿声です」

 そう言うのは森政武である。政武は所用で清州城に赴いた際にこれを知ったそうだ。

「これはさすがに看過できんな」

 義統は腹を決めた。信長にこの計画を伝えて自身も保護してもらおうと考えたのである。

「しかし短慮であると思っていたがここまでとは」

 信長は信友を警戒しているだろうから暗殺は困難を極めるだろう。しかし政武の話では本気のようである。義統としてはそんな人々のところにいては大いに不安であった。

「政武よ。うまく信長の下に使者を出してくれ」

「承知しました」

 幸いにも義統からの使者は無事信長の下にたどり着き暗殺計画と義統の保護のことを伝えた。信長からは両方とも承知したという返事である。

「あとは清州を出るだけか」

 そう考える義統だがこの所監視の目が強くなった。今回の行動が気付かれたわけではないようだから妙な話である。

「あやつは何を考えているのだ」

 不安を覚えた義統は警戒を続けるとともに、息子の岩竜丸に屈強な家臣の護衛をつけるようにした。最悪の事態に備えるためである。

「岩竜丸が生きれば斯波家が絶えることは無い。私の命よりも重要だ」

 はたしてこの懸念は的中することになる。それは想定していた最悪の事態になるという事でもあった。


 天文二三年(一五五四)。この日義統の息子の岩竜丸とその弟は斯波家の中でも武辺物の家臣たちを連れて川遊びに出かけた。この時義統のそばの家臣は高齢の者たちばかりであったという。

 義統は不穏な気配に気づいた。そして森政武と丹羽祐植を呼ぶ。

「妙な気配がする。兵や皆に警戒するよう伝えてくれ」

 いつになく緊張感のある顔で言う義統。政武と祐植も異常な気配を感じ取ったのか、すぐさまほかの家臣や兵たちに臨戦態勢を取るよう伝えた。

 義統の予感は当たった。警戒を整えてすぐに坂井大膳率いる清州織田家の軍勢が屋敷を囲んだのである。

「信友め。何と馬鹿なことを」

 清州織田家の軍勢は屋敷の門を打ち破り突入してきた。しかし待ち構えていた政武率いる斯波家の軍勢が逆に襲い掛かる。

「謀反者を打ち取るのだ! 」

 思わぬ反撃にあった清州織田家の軍勢や坂井大膳は動揺した。その隙をついて政武をはじめとする斯波家の家臣や兵たちは暴れまわる。しかしここで坂井大膳は踏みとどまった。

「何をしている! 数はこちらが上だ! 押しつぶしてしまえ」

 その号令を受けて清州織田家の軍勢も反撃を始めた。こうなると数の差が歴然となる。それでも政武は何とか踏みとどまり戦った。

「なんとしてでも義統様を守るのだ! 」

 そう叫ぶ政武。しかし清州織田家の軍勢は兵を分け壁にはしごをかける。そして屋敷に侵入しようとした。しかし屋敷の各所に分散させた兵たちが迎撃しようとするがやはり数が違う。徐々に侵入を許し始めてしまった。

 義統は奥の部屋でじっと待機していた。自分が出て言ってもどうしようもないのは分かっている。すると祐植が駆け込んできた。

「殿。政武が討たれたようです」

 沈痛な面持ちで言う祐植。それを聞いた義統は静かに口を開いた。

「岩竜丸に伝令は出したな」

「はい。坂井殿がやってくる前に清州から出られたようです」

「そうか。ならばもうここまでとしよう。祐植。屋敷に火をつけろ」

「承知しました」

 義統は攻め込まれた時点で防ぎきれないということを分かっていた。ならば息子にこの危機を伝えて逃がすのが斯波家にとって最善である。幸い家臣たちも多く付き従っている。襲われる心配はないだろう。

「私にも一応の意地はある。首などやらんよ」

 やがて火の手が回り始めたようだった。屋敷に残っていた祐植をはじめとする家臣たちは義統のもとに集まる。

 義統は家臣全員に言った。

「こんなことになってすまん」

「何を言いますか。ここまで殿に従ってきたことに悔いはありません」

 祐植がそう言うと他の皆もうなずいた。それだけで義統の心は救われる。

「一寸の虫にも五分の魂。これが私に最後に残った意地だ」

 そう言って義統は腹を切った。それを見届けた家臣たちは順に腹を切る。屋敷には完全に火が回り巨大な炎となる。清州織田家の軍勢も外に出ていた。

 やがて炎は燃え上がり屋敷もろとも義統達に遺体を焼き尽くす。炎が消えるころにはもはや消し炭しか残っていない。坂井大膳は屋敷が燃え尽きるのを見届けると清州城に帰って行った。

 こうして尾張守護斯波義統は死んだ。享年四二歳であった。


 織田信友は坂井大膳の報告を聞いて小躍りした。

「これで邪魔者は消えたということか」

「左様にございます。これで信友さまが尾張の主です」

 大膳もにやにやしながら言う。この二人は自分たちのやったことに意味を全く理解していない。彼らのやったことはただの主殺しである。それはいかに戦国乱世のことと云えども許されるものではない。

 また二人は大きな失敗を犯していた。それは義統の息子を野放しにしたことである。守護である義統が死ねばその座は当然息子が継ぐ。その息子の岩竜丸は父からの伝令と合流すると、家臣たちに守られ一目散に逃げた。そして駆け込んだのは那古野の信長の下である。

 岩竜丸を保護した信長はすぐさま行動を開始した。

「守護代信友は主君である義統様を討った逆賊である。我らは岩竜丸様を助け義統様の仇を討つ」

 信長は岩竜丸を保護したことで大義名分を得た。逆に主殺しの信友は孤立する。そして信友は義統を討ったその年に信長に討たれた。清州城は信長に制圧され守護代家の清州織田家は滅亡する。

 こうして尾張の半国は信長の手に収まるのであった。これをきっかけに信長は歴史の表舞台に飛躍していく。


 この後信長は数々の戦いに臨み勢力を広げていく。その道筋は歴史の大きなうねりとなり多くの人々を巻き込んだ。そして歴史に巨大な名を遺す。

 一方斯波義統の名を知る者は多くない。その命が信長の飛躍を多く助けることになったにもかかわらず。結果義統の人生は些末にすぎないものであった。多くの人の生とは些末に過ぎないのかも知れない。

 だがそれでも人の生は確かに存在する。

 


 斯波義統の死は「家臣に殺された」というもので哀れではありますが、戦国時代ではほかにもみられる話です。一方でこの出来事がきっかけで織田信長は上司である信友を討つ大義名分を得ることができました。信長にとっての第一歩というべき出来事でもあります。そう考えると義統の死は大きく歴史を動かすきっかけになったのかも知れませんね。歴史の因果というものは本当に不思議です。

 さて次の話の主人公は今の長崎県のあたりの人物です。この人物にはあのあたりの地域独自の環境が絡んできますのでそこもお楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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