表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
129/399

上杉定実 傀儡 第二話

養父を打ち倒し越後の守護となった上杉定実。しかしそれはすべて長尾為景の力によるものであった。その事実を自分の都合のいいように解釈する定実に巨大な危機が訪れる。

 定実は長尾為景の力で越後上杉当主および越後守護に就任した。

「これよりは私が越後の主だ」

 しかし上杉房能が為景を討とうとしていたという証拠はなかった。つまり実際のところ謀反を起こした家臣に担がれての就任である。これを喜ばないものも大勢いた。定実の就任の直後はそうした人々が蜂起したが為景はこれらを悉く打ち破っている。それでも定実や為景に反発するものは多くいた。定実の実父の房実もその一人である。

「定実は何という事を。これでは兄上に申し訳がない」

 房実からしてみれば自分の息子が兄の忘れ形見を殺したことになる。房実と兄の房定は仲のいい兄弟であった。ゆえに衝撃も悲しみも大きい。

「私は定実を上杉家の当主として認めん。絶対にだ」

 こうした実父の発言を定実は気にもしなかった。

「今の世は強き者が必要なのだ。房能殿より私の方が優れていた。ゆえに私は当主となったのだ。それを実父とはいえどうこう言われる筋合いはない」

 定実はこういうが実際は為景の力で手に入れた座に過ぎない。尤も定実は自分の器量がいいから為景が従っているのだと考えている。それは大きな勘違いなのだが。

 それはともかくこの事件は房実に与えた精神的な影響は大きい。ゆえにか房実は定実の越後守護就任と同年に亡くなってしまった。

しかし定実は葬儀に顔も出さなかった。

「私は上杉家の当主として色々と忙しいのだ。それにこの家に入った時点で私は上条家の人間ではない」

 そういう理屈である。一応名代は送ったがこれで上条家としては不満であった。

「分家の当主、しかも実の父親が死んだというのになんという扱いだ! 許せん! 」

 上条家を継いだのは定実の弟の定憲である。定憲は兄の行動に怒りくるった。この結果越後上杉家と上条家との間に大きな溝ができてしまう。

 

 自分の傲慢な行動で定実は弟を怒らせてしまった。しかしこの頃もっと怒っている男がいる。定実に敗死させられた房能の兄の山内顕定だ。

 顕定は山内家の養子に入り関東管領に就任していた。そして房能敗死の報を聞くと怒り狂う。

「家臣にそそのかされて養父を殺すとは何事だ。こうなれば上杉家の嫡流として、何より房能の兄として定実と為景を討ってくれようぞ! 」

 怒りに燃える顕定は関東で争っていた同族の扇谷家を下すと、越後に侵攻する準備を始めた。この頃の関東は混乱の度を深めており顕定もすぐに敵討ちに動けなかったのである。しかしその混迷も一応の終結を迎えつつあった。これで顕定は思う存分弟の敵討ちに臨める。

「定実と為景の首を房能の墓に備えて見せようぞ」

 顕定は扇谷家と同盟を結び万全の状況で出陣した。こうして越後と関東の上杉家同士での戦いが始まったのである。


 永正六年(一五〇九)顕定は軍勢を上野(現群馬県)に集結させ北上した。そして山を越えて越後に侵攻する。その大軍はすさまじいものであった。

「やはり来たか。こうなれば返り討ちにして関東管領の座も手に入れてやろう」

 そう意気込む定実。しかし当主になったばかりの、しかも為景に頼りきりであった定実にそんな求心力はない。一部の国人は抵抗したものの多くの国人は降伏してしまった。

 これに定実は怒り狂う。

「なんという事だ。自分たちの主をなんと心得る」

 そんな定実に為景は言った。

「仕方ありませぬ。国人たちはいざとなれば自分たちの領地を一番に考えるもの。わざわざ危険を冒してまで大軍に立ち向かうものはそうそういないでしょう」

「何を言うか為景。越後上杉家の窮地なのだぞ! 」

「それは重々承知しております」

 そういう為景の表情にも焦りが浮かんでいた。為景としては顕定が報復の軍勢を送り込んでくるのは予想通りの展開である。しかし思った以上に兵力が多い。

「(伊勢殿や景春殿が思った以上に苦戦しているということか)」

 為景は顕定への対策として相模(現神奈川県)の伊勢宗瑞、上野の長尾景春と密かに同盟を結んでいた。そして両者に関東で活動してもらうことで顕定の動きをけん制しようと考えていたのである。しかし顕定率いる山内家の軍勢はそんなこと気にせず侵攻してきた。これは為景にとって大きな誤算である。

「ともかく我らに従う者たちを集めて対抗するのだ。為景よ。急ぎ準備しろ。私も自ら出陣する。上条家にも兵を出させろ」

 定実はここで戦力を結集させて決戦を挑もうと考えていた。その中には上条家も含めている。尤もその上条家は今回の侵攻に際し消極的な動きに徹していた。

「(無理もあるまい)」

 その理由を為景はよくわかっている。山内顕定は前越後守護の上杉房能の兄である。そして二人の父は定実や上条家の当主の上場定憲の父の房実と兄弟である。要するに親戚同士であった。というかそもそも皆上杉一族である。

「(越後上杉家や上条家は山内家を支えてきた。定憲殿もそれに従っているに過ぎない。おそらくは山内家ともつながっているのだろう。第一あの方々が俺につくはずがないではないか)」

 為景は冷静に分析した。彼らから見ればすべての原因は為景である。そしてそんな人物を打ち倒すまたとない機会であった。そう考えると現状越後国内に定実と為景の味方は限られる。そんな状況では決戦などしても大敗するだけだ。

「(だがこれで終わる俺ではない。越後を手中に収める為ならどんな無様な姿もさらすさ)」

 そのために定実をおだてて味方につけたのだ。為景はそんなことを考えていた。

 一方の定実はそんなことを知りもしない。ただ為景が急に黙り込んだので不安になった。

「ど、どうしたのだ? 為景」

 実際のところ定実にはろくな戦の経験はない。房能を打ち倒したときも戦いもほとんど為景が指揮していた。ゆえにああは言ったが為景の策がなければ何もできない男である。

 為景は暫く黙っていたが驚くべきことを言いだした。

「定実様。上条家は房能様を追い落としたときのことを根に持っています。そんな者共はあてにできません。それに彼らが味方に付かないとなれば越後の国人たちは皆離れるでしょう。それでは兵を集めることもままなりません」

「なんだと!? ならばどうしたらいいのだ」

「私に考えがあります。ここは急ぎ城を出て越中に逃れましょう」

 それを聞いて定実は怒った。

「尻尾を巻いて逃げろと言うのか。そんな情けない真似ができるか」

「ほかに勝機はありませぬ。尤もどうしても定実様が残るというのならば止めませぬ。拙者は越中に向かいますが」

「わ、私を見捨てるつもりか」

 震える声で定実は言った。そんな定実に為景は穏やかな声で言う。

「すべては定実様のためです。あくまでも一時の恥。すぐに越後は取り戻せます」

「そ、そうか。お前がそういうのならば…… 仕方あるまいな」

 結局定実は為景の案を飲んだ。こうして定実と為景は一時越中に逃れることになる。


 ひとまず越中に逃げ込んだ定実は為景と共に機会をうかがう。

「少しばかり時間はかかるでしょうが必ず越後は奪還します」

そう為景は定実に言った。定実も為景が言うのならと納得する。

 それから定実たちが越中に潜伏してから一年がたった。

「いったいいつになったら兵をあげるのだ」

 この頃になると定実は苛立ち始めている。確かに時間はかかると言われたが年が変わるとは思っていなかったからだ。

 定実は為景を問い詰める。

「為景よ。お前は本当に越後に帰るつもりはあるのか」

「勿論です」

「ならばとっとと兵を出すのだ! 」

 怒鳴る定実だが為景は気にしていないようである。為景に焦りはない。この一年の間に周到に準備を進めてきた。また越後をはじめとしたさまざまな地域から情報を入手して好奇の到来を持っていたのである。

「(そろそろ頃合いだな)」

 定実に言われるまでもなく為景は好機をとらえていた。実は顕定は越後を制圧することは出来たが国人たちの強い反発を受けている。国人たちは定実や為景のやり方に反発はしていた者の本心から顕定の味方していたものは少なかった。またこれまでの越後でのやり方を変えられるかもしれないという不安も芽生え始めている。

「これを待っていたのだ」

 為景はずっとこの機をうかがっていたのである。為景を含め越後の侍たちは自己主張が強い。ゆえに顕定に反発しだすだろうと読んでいたのである。

 一方の定実はそんなことを知る由もない。定実として何もできずただ越中にとどまっていただけと感じていた。

「(こうなれば為景だけでも差し出して顕定殿に取り入るべきか)」

 こんなことを考える有様であった。

 ともかく定実は知らないが好機は到来しようとしていた。為景はその機を逃さずに動く。

「定実様。これより我らは佐渡に向かいます出立の御準備を」

 これを聞いて定実は仰天した。

「何を言うのだ! まさか今度は佐渡に逃れるというのか?! 」

「そうではありません。ともかく急がなければ気を逃します。ご準備を」

 為景は定実に急いで準備させた。定実は戸惑いながらも準備を進める。

「一体なんだというのだ…… 為景め。私に何の相談もなく何を始めるつもりなのだ」

 そう愚痴る定実。しかし為景がいなければ勝てないことも熟知している。定実は渋りながらも準備を進めるのであった。


 こうして準備を整えた定実と為景は越中から佐渡に向かう。佐渡の勢力とはあらかじめ為景が話をつけておいた。今後の動きなども話してある。

 しかし定実だけが何も知らない。

「それで佐渡に向かってどうするつもりだ」

 佐渡に向かう途上で定実は為景を問い詰めた。定実の問いに為景はあっさりと答える。

「越後を奪還します」

「馬鹿を言うな。まだ顕定殿の兵がいるのだぞ。佐渡の者どもを加えた程度でどうにかなるものか」

「問題ありませぬ。越後の者どもにも定実様に与するというものもいます」

 それを聞いて定実は不機嫌になった。

「一度は裏切っておいて…… 信じられるか」

「彼らにも事情があるというもの。それを許すのが大器というもの」

「むう、そうか」

 そう言われては定実は受け入れるしかない。この時点でも定実は自分が疑っていない。

 こうして定実と為景の軍勢は佐渡に到着した。ここで為景は佐渡の国人に向かって叫ぶ。

「今ここに越後の国主の定実様が参られた。皆は定実様を越後にお返しする為によく戦ってほしい」

 この為景の言葉に定実は頷く。そしてここで一言いうべきかと考えたがそれを遮るように為景は言った。

「この戦いに勝利すれば恩賞は思いのまま。定実様もそうおっしゃられた」

 これを聞いて定実は驚いた。そんな話は聞いていないし何も言っていない。定実はすぐに抗議しようとするがもはや士気は上がりきっていてどうしようもない。

 定実は黙って為景の言うままにするしかなかった。

「(為景め。私は知らんぞ)」

 こうして定実以外の全員が高い士気を保ったまま海を渡ることに成功する。そしてそのままの勢いで顕定の軍勢に攻撃を仕掛けた。更に越後の国人たちこれに連動し顕定に反旗を翻す。

 この状況に顕定は素早い判断を下す。

「これはいかん。一時上野に退こう」

 そう考えて動き出すが時すでに遅く為景の軍勢に捕捉されてしまう。するとたちまちに敗れてしまい越後の府中から追い出された。こうして定実は越後に復帰する。しかし実感は薄い。

「私は何もやっていないぞ」

 定実は府中に据え置かれ、為景はそのまま顕定を追撃した。

「この機を逃さん。後の禍根は必ず立つ」

 為景は叔父で信濃(現長野県)の高梨政盛に援軍を要請し顕定を追撃した。

 さらにここで上条家も追撃に加わる。為景が秘密裏に接触していたからだがむろん定実は知らない。

「私の知らないうちに勝手なことを…… 為景は主君を何だと思っているのだ」

 実際のところ為景は主君を敬おうということは思っていない。為景の心にあるのは自分が越後を手に入れるという野心である。そして定実は都合のいい駒でしかなかった。定実はそれに微塵も気付かずここまで付いてきたのである。

「顕定殿を上野に追い出したら覚えておけ。和睦の為に差し出してくれる」

 定実は再び顕定が越後に侵攻してくるだろうと考えていた。撤退はしているものの関東の山内家の領地は健在である。そして温存している兵力もあった。顕定は撤退し態勢を立て直すつもりなのだろうというのは定実でも誰でもわかる。

「その時は…… 覚悟しておくがいい」

 助けてもらっておいてこんなことを考える定実。その罰が当たったのかとんでもないことが起きた。

「山内顕定様。討ち死に! 」

「な、なんと」

 山内顕定は上野へ逃れる途中為景の軍勢に捕捉されてしまった。そして抵抗もむなしく討ち死にしてしまったというのだ。

「た、為景め。何という事を」

 自分の勢力の勝利なのに打ちひしがれる定実。ともかく越後上杉の危機は去った。しかし定実の心に為景への不信も芽生えるのであった。


 今回の上杉顕定の越後侵攻は結果として関東に大混乱を巻き起こします。それらについては以前の話で書いていますので置いておきます。

 それはそれとして長尾為景は越後守護と関東管領を討つというすさまじい実績を残しています。まさに下剋上の体現者といえるでしょう。定実はほとんど何もしていませんがこれからいろいろ蠢動しますのでお楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ