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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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三浦義同 文武二道ノ良将 第三話

 祖父の領地で静かに暮らす道寸。もはや関東の戦乱とは縁遠い存在になりつつあった。しかし時代は再び道寸を表舞台に引き戻す。

 時は流れて延徳三年(一四九一)になった。道寸は穏やかな日々を送り続けている。この年に伊豆であることが起きた。

この頃の伊豆には堀越公方と呼ばれる人物がいた。その人物の名は足利政知という。名字から分かる通り足利家の出である。

 そもそも政知は鎌倉公方と上杉家が争っている際に、新たな鎌倉公方として幕府より送り込まれた人物である。ところがなかなか鎌倉に入れず伊豆にとどまることになった。そして鎌倉公方が古河に移り古河公方と名乗り始める、それに対応して拠点である堀越の名を取り堀越公方と呼ばれるようになる。

 さてここからの堀越公方の扱いだが不遇というほかなかった。上杉家と古河公方の争いはなかなか決着がつかずいつまでたっても鎌倉に入れない。そうこうしているうちに上杉家と古河公方が和睦してしまい関東の乱は収まった。結局政知はそのまま堀越にとどめ置かれたのである。そして延徳三年に政知は失意のままこの世を去った。

 道寸は別に堀越公方と縁があったわけではない。それどころか伊豆は山内家が支配していた地で堀越公方は山内家と縁が深かった。どちらかといえば敵よりの人物である。

 しかし道寸は政知の死を知ると一人その冥福を祈った。

「周りの都合に振り回され失意のまま死ぬ。なんとも哀れな」

 道寸は政知にある種の共感を抱く。程度の差はあるし道寸は選択肢も選べた。しかし周りの都合や不運で動けなくなる。そして不遇をかこった。そう考えると道寸は共感を抱かずにはいられない。

「私もこのまま死ぬのだろうな」

 このところはそんな悲観的な考えも浮かぶ有様であった。

 それはそれとして政知の死から二年たった明応二年(一四九三)に驚くべき事件が起こる。何と政知の後を継いだ足利茶々丸が伊豆を追われたというのだ。そもそも茶々丸は本来の後継者である潤童子を討ち堀越公方に就任している。そういうわけだから伊豆での評判は悪い。そこに伊豆の勢力を味方につけた武将が乱入し茶々丸を伊豆から追い出したというわけであった。

 道寸はこれらの詳しい経緯を氏頼から聞いていた。どうやらこの伊豆への討ち入りには扇谷家も一枚かんでいるらしい。

「定正さまは堀越公方さまが目障りだったようだな」

「でしょうね。もし山内方として動けば扇谷家は後方を脅かされます」

「そうだな。しかしそれでも鮮やかな手腕だ。今川家は大した将を抱えているらしい」

「今川家の方なのですか? 」

「うむ。伊勢宗瑞という御仁らしい。何でももともとは京で幕府に仕えていたらしいが今は今川家の世話になっているそうだ。何でも今の御当主の血縁らしい」

「伊勢宗瑞殿、ですか」

 道寸はその名をつぶやく。なんだか引っかかるものを感じたからだ。実際に道寸はこののちに宗瑞と熾烈な戦いを繰り広げることになる。


 伊勢宗瑞の伊豆制圧は関東の情勢に変化を与えようとしていた。そんな状況でも道寸は穏やかな日々を過ごしている。相変わらず三浦家から人は来るが無理に再起を促そうということは無かった。それでも期待は変わっていないようであるが。

 ところがこの日は違った。三浦家から来た男は道寸にこう言う。

「このところ時高様はすっかり衰えられて。かつての英明さは失われております」

「そうか…… だが高教殿がいるだろう」

「それなのですが…… 高教様はいささか短慮で後先のことを考えません。戦にばかり熱中し領民たちは疲弊しています」

 実は道寸はこの噂を聞いていた。高教の評判は扇谷家の中でもよくないようである。そうした話を聞くと心苦しくなる道寸であったが、どうすることもできないと考えていた。

 そんな道寸に男は言った。

「三浦家に戻ってはもらえないでしょうか」

 これに道寸は答えなかった。ただ苦しげな顔でうつむいていたという。


 道寸は内心では三浦家に帰還したい思いがあった。しかし思い切った行動に出られないのは祖父である大森氏頼への遠慮がある。

 ところが明応三年(一四九四)の八月。扇谷家の重臣である大森氏頼は死去した。

 氏頼はなくなる前に道寸を呼び出した。

「儂はもう長くはないだろう」

「何を申されます。氏頼様が亡くなれば扇谷家に大きな痛手となります」

「もはや道灌が死んだときに十分すぎる痛手は受けた。もう立ち直れんだろう。大森の家は倅に任せれば大丈夫だろうが扇谷はいずれ滅ぶ」

 道寸は絶句した。まさか扇谷家の重臣である氏頼の口からそんなことが出るとは思っていなかったからだ。

 氏頼は絶句する道寸に言った。

「しかしお前が三浦家を継げば扇谷家も盛り返せるかもしれん」

「氏頼様、それは」

「倅のことや大森家のことは心配いらん。あれはなかなかよくできている。お前の助けになるだろう」

「私は…… 」

「お前はお前の好きにすればいい。これまでずっと我慢してきたのだからな」

 そう言って氏頼は笑った。それが道寸の見た氏頼の最期の姿であった。

 この数日後大森氏頼は死んだ。葬儀はしめやかに行われ扇谷家に尽くした男を静かに見送る。

 葬儀が終わった数日後、大森家の新当主の藤頼が道寸を訪ねた。

「私としては道寸殿に三浦家を継いでもらいたい」

「いきなり何を」

「貴方ほどの武将をこのままにしておくのはもったいない、という話です」

 そう言って藤頼は笑顔を見せる。氏頼が最期に見せたものと全く変わらない笑顔であった。それを見て道寸は決意する。

「これが私の道なのだろうな」

「いかにも。何より多くの人が望んだ道です」

「ありがとうございます。藤頼殿」

「なんの。ともかく私は道寸殿が三浦家と継げるように助力はしますよ。いろいろと」

 藤頼は含みのある言い方をした。その意味はもちろん道寸も理解できる。

「私に悪名がつくのでしょうね」

「いやいや。付くのは勇名です」

 そう言われて道寸は笑った。藤頼も笑う。この短い間で二人の間には確かな絆が生まれるのであった。

 こうして道寸は三浦家を継ぐべく大森家の領地を出るのであった。


 大森家の領地を出た道寸はひそかに三浦家の領地に入った。そして三浦家内で自分に味方する者たちと接触する。

 道寸は自分の味方たちに言った。

「ずいぶんと遅くなったがこれより私は三浦家の家督を手に入れる。皆、力を貸してくれ」

「「おお! 」」

 集った味方たちは威勢のいい声を上げる。これを聞いて道寸は心底驚いた。

「(これほど父上…… 時高殿から心が離れているということか。それに高教殿への反発も強いということなのだろう)」

 そのうえで改めて自分の味方を見回す。

「(おそらく三浦家重臣の半分ほどがここにいる。文字通り三浦家は半分に割れているということか。味方と敵はほぼ同数。ならば勝つために必要なのは…… )」

 道寸は少し思案した後に大森家に使者を送った。挙兵した際に援軍を頼むためだ。 

 この道寸の要請を藤頼はあっさりと承諾した。

「戦うのならば速やかに済むのが最良。我らの兵をその手助けにしてくだされ」

 こうして大森家からの援軍を得た道寸はさっそく挙兵する。これに時高も高教も驚いた。

「義同め…… いつの間に戻ってきたのだ」

「そのうえ兵をあげて家督を奪い取ろうとはそうはいかんぞ」

 二人は怒り狂った。そしてさっそく道寸を討つべく兵を出す。

「さっそく来たか。ここが一番重要だ」

 道寸はここで勝利すれば戦況はこちらに傾く。そう考えていた。ここで自分の力を示せれば時高と高教に味方している三浦家家臣の動揺を誘うことができる。そうなれば一気に勝利にこぎつけることも可能であった。

「この一戦にすべてをかけるぞ! 」

 そう意気込む道寸に対し時高、高教親子の意気は低かった。

「長らくこの地を離れていたのだ。もはや慕うものも少ないだろう」

 実際のところそういう面はある。今回道寸に付き従った者の中には時高、高教親子への不信が理由の者もいたからだ。そうした面々には道寸自体への期待は少ない。

 尤もそれは道寸もわかっているからこその初戦必勝の構えであった。果たして道寸の意気ごみ通り所詮は道寸方の圧勝で終わる。しかも大森家の援軍抜きでの勝利である。

 これを機に三浦家内で道寸に味方するものが一気に増えた。更に大森家の援軍も加わり道寸は勝利を重ねていく。そしてついに三浦家の本拠地の新井城に時高、高教親子を追い詰めた。ここまでおよそ一か月ほどである。

 道寸は降伏の使者を送らなかった。ここで厳しい態度で臨むことで今後の反乱の眼をつぶしておこうと考えていたのである。尤も降伏してきたのならばそれは受け入れるつもりでいたが。

「時高殿はどちらを選ぶか」

 結局時高と高教は抗戦を選んだ。代々続く三浦家の血統の意地がそうさせたのかも知れない

「ここで無様に降伏などせぬ。最期まで戦い抜いて見せよう」

 往年の気概を取り戻し叫ぶ時高。高教も同じく戦い抜くつもりであった。

 こうして新井城攻めが行われた。この結果時高と高教は戦死し道寸は新井城を手に入れる。この際に時高の次男が僅かな供と脱出したが道寸は放っておいた。

「大方安房(現千葉県南部)にでも行くのだろう。今の我らに追う余力はない。あちらには我らに縁の深いものもいる。そのものに見張らせれば済むことだ」

 圧勝であったが流石に海を渡るほどの無理はできない。大森家からの援軍も帰っていったのでこれ以上の戦いは不要と道寸は考えた。第一それ以上にやらなければいけないことがある。

「私の名で家臣たちの領地の安堵を。それに民たちの不安を私の名で取り除かなければ」

 道寸はまず三浦家当主としての務めを果たした。これにより道寸が三浦家を継いだことを周知させるのである。これはうまくいき、道寸は三浦家の当主として認められるのであった。


 無事実力で三浦家の当主になった道寸。尤もこれを快く思わない者もいる。

「一度出た家を奪うとは。何たる不届き」

 こう怒っているのは扇谷家当主の扇谷定正である。定正としては忠実な家臣であった時高がこんな形で当主の座を退いたことに怒った。更にそれを行ったのが仲の悪い兄の息子だというのだから腹が立つ。

「今はそれどころではないが落ち着いたら目にもの見せてくれる」

 この時の定正は山内家との戦に向かう途中であった。この戦いが終わればすぐにでも道寸を処罰するつもりでいる。

 ところがこの戦いで定正は死んでしまった。しかも戦死でなく川を渡る途中で落馬したことが原因であるらしい。人々はこれを道灌の祟りだと噂した。

 これを聞いた道寸は素直に悲しんだ。

「扇谷家の当主とあろう方が何という死にざまを。しかし同じ武士としてこの死にざまは気の毒だ」

 定正には男子がいなった。そこで弟の朝昌の子の朝良を養子にしている。この朝良が新たな当主になり、朝昌が後見することになった。

 しかし定正の死でますます扇谷家の状況は悪くなった。定正は道灌の粛清などで粗忽な面があったが戦上手の面もある。それゆえここまで扇谷家は戦えたのだ。

 定正の死を受けてこれまで扇谷家を支援していた古河公方は山内家に肩入れし始める。そもそも古河公方の足利成氏は定正と不和であった。定正の死をきっかけにそうした行動に移ったらしい。

 扇谷家の状況は悪くなる一方であった。ここで道寸は朝良にある提案をする。

「朝良様。ここは父上と資康殿を赦免することは出来ませんか」

「叔父上と資康をか? しかし二人とも扇谷家を恨んでいるだろう」

「いえ。あくまで二人が恨んでいるのは定正様。扇谷家を恨んでいるわけではありませぬ」

「そうか…… 父上はどう思われます」

「そうだな。高救兄上と太田家が戻れば戦力もいくらかましになるだろう。道寸よ。二人に話は通せるか」

「お任せください」

 朝良と朝昌の許しを得た道寸はさっそく高救と資康の説得を行う。

「もはや二人に扇谷家への遺恨はありますまい。ここは扇谷家に戻って朝良様を支えてはくれませんか」

 これに対して資康はすぐに返事を返した。

「そもそも我らは定正様に刃向かっていただけ。その定正様が亡くなられたのならば扇谷に刃向かう理由はありませぬ」

 そう言って扇谷家への帰参を決めた。一方で高救は答えを渋る。

「今の扇谷家に私の居場所はあるのか」

 高救の中にはそういう不安があった。道寸はそんな父親をたしなめる。

「何を情けないことを言うのです。今は扇谷家の危機。それを助けるためにやらなければいけないことはたくさんあります。居場所など父上の才覚ならいくらでも作れましょう」

「そうか…… そうだな。そうだった」

 道寸の説得を受けて高救も扇谷家への帰参を決めた。

 こうして新たな体制で戦っていくことになった扇谷家。しかし新たな時代の流れは道寸にすぐに襲い掛かってくるのであった。


 ようやく道寸が三浦家を継ぎました。ちなみにこの話では時高と高教を討って三浦家を継いだという流れになっています。ですが実際のところはよくわからないようで、時高が死んだ後の混乱に乗じて道寸が三浦家を継いだという説もあります。これらについては今後の研究が期待される部分でもありますね。ちなみに道寸の手を逃れた時高の次男というのは前の話の主人公の正木通綱のことです。

 さていよいよ三浦家を継いだ道寸ですがここからが真の苦難の始まりです。道寸はいかに立ち向かっていくのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では


 

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