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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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浦上宗景 因果 第四話

 直家の謀反を鎮圧したことと赤松政秀の討伐で宗景の権威は絶頂を極めた。しかし事態は暗転する。ある一つの出来事が宗景の運命を大きく変えるのであった。

 天正元年(一五七三)。この年は戦国時代において画期となる年である。というのも織田信長が足利義昭を追放したからだ。

 信長と義昭の関係は蜜月といっていいものであった。しかし将軍として振舞いたい義昭と実権を握りたい信長とで関係は急激に悪化。そして義昭の追放という結末に至った。

 こうした情勢の変化は周囲の地域にも影響を与える。それは備前を含む中国地方でも同様だ。義昭の追放は浦上と毛利の和睦の名目上の根拠がなくなるということでもある。つまりは浦上家と毛利家との戦が再発する可能性があった。

 尤も両家とも直接的な対決はなかった。このころの宗景は毛利家に対抗する勢力の支援に力を入れている。毛利家の封じ込めの策だ。。

「毛利との戦いも再び始まるか」

 宗景としては望むところである。今回は勝つ自信があった。

「信長殿も我らを後押ししてくれるようだしな」

 先年から浦上家と織田家は良好な関係を築いていた。織田家はいよいよ強大になっていたので敵対するのは損しかない。一方の織田家も毛利家との関係が悪化しつつあるので毛利家と敵対している浦上家と友好関係を結ぶのはいろいろと便利ではあった。

 そういうわけで浦上家と織田家は密接な関係を築いた。そして宗景は敵対していた別所家との和睦を信長に仲介してもらう形で成立させる。もちろん宗景に有利な形でだ。

「これよりは織田家に従う形で浦上家を生き永らえさせることになるだろう」

 ここにきて宗景は織田家への臣従を強く誓う。これまでの野心的な姿勢からは考えられないことであった。宗景も情勢を見極めて生き残りに走り始めたということである。

 こうした宗景の従順な姿勢は信長にも評価されたようである。信長は宗景に対してこんな書状を出した。

「播磨・備前・美作の三国を与える」

 織田家は宗景を三国の主として認めたのである。これには宗景も歓喜した。

「なんとありがたいことだ。私の苦労がついに実ったのだな。本当にめでたい。しかし播磨まで与えられるとは」

 確かに備前と美作は浦上家の影響力が強い土地である。しかし播磨に関しては浦上家の主家であった赤松家の本領だ。そこまで領地として認めるというのは異例の厚遇である。

「あとは毛利を追い払えば浦上家の権勢は確固たるものになるな」

 勇躍する宗景。だが宗景は気付いていない。今回の織田家の決定が播磨の諸将の反感を買ったことを。そしてそれが自信を破滅に導くことになると。

 宗景を破滅に導く最初の一報はこれだった。

「宇喜多直家殿謀反! 」

「なんだと!? 毛利家の差し金か! 」

 こうして宗景と直家に結ばれた因果が最終章を迎えるのである。

 

 天正二年(一五七四)の三月に宇喜多直家の二度目の謀反を起こした。これに宗景は驚きつつも納得もする。

「やはり二心ありか。直家め祖父の代からの恩を忘れおって」

 そう吐き捨てる宗景であった。

 一方の直家はそもそも宗景に恩義など感じていない。

「祖父を切り捨てて父上や私を放っておいた。そのことを忘れるものか。宗景殿に下ったのも家を再興するため。そして祖父を見捨てた浦上を滅ぼすためだ。それを今果たすとき」

 こう強く決意する直家。だがそれだけではない。

「己の野心に生き備前の衆をいいように使う宗景殿は国主の器ではない。ここで代々続く浦上の支配を終わらせ真に我らの時代を作るのだ」

 直家は浦上家との因縁を終わらせ備前の侍の代表として立とうとも考えていた。ここに至るまで宗景はいささか備前の侍たちを働かせすぎている。直家はそうした者たちの期待も背負っていたのである。そして毛利家とひそかに同盟を結び挙兵をしたのであった。

 今回の直家の挙兵を宗景は楽観視していた。

「以前も直家が謀反を起こしたときは迅速に制圧している。それに今回は信長殿も後援してくれよう。なにも恐れずことはない」

 実はこの時点で信長からある連絡が入っていた。なんでも備中の三村元親へ調略を行っているらしい。現在三村家は毛利家に従っている。一方で直家は元親の父家親の仇でもあった。毛利家と宇喜多家が同盟を結べば三村家は宇喜多家と戦うことは出来なくなる。何より父の仇と肩を並べて戦わなければならなかった。それに納得できる元親ではない。

「(もし三村家が毛利家から離反すれば我らの側につくだろう。そうなれば直家を挟み撃ちにできる。そうなれば直家も終わりだ)」

 現在元親は毛利家から離反していない。毛利家と領地を隣接しているので慎重な判断をしなければならない立場であった。宗景もそこは理解しているから黙って見守るつもりである。

 ともかくこうした現状の下で直家は離反した。宗景はこれを悠々と鎮圧するつもりだったがすぐにそう言っていられなくなる。

 天正二年の四月。備前の鯛山で浦上宇喜多の両軍が激突した。結果は宇喜多家の勝利に終わる。

 この時はまだ宗景に余裕はあった。

「たかが一敗だ。すぐに挽回できる」

 ところが同年六月に起きた戦いでも浦上家は敗北。さらに直家は美作の浦上方の勢力を調略し味方につけていった。これにより美作の浦上方の勢力と備前の宗景たちの連絡路が途絶えてしまう。これには宗景もやっと危機感を覚えた。

「うかうかしていられん。こちらも動くぞ」

 宗景は味方勢力の引き留めの工作を進めつつ居城の天神山城とその周辺の連携を強化した。これにより十月中に備前と美作で起きた戦いでは浦上家が勝利を収めている。

「これが浦上家の力だ。しかしやはり直家は手ごわい」

 ここに来てやっと認識を改めた宗景。一方の直家も宗景の反撃を受けて積極的な進軍を一時取りやめる。

 こうして浦上対宇喜多の戦いは一時の膠着を迎えるのであった。


 一時膠着状態になった浦上家と宇喜多家の戦い。このとき宗景の心配事は備中の三村家であった。

「三村家は我々の方につくのか」

 三村家は依然立場を明確にしていない。それが宗景をいらだたせる。

「まさか父の仇を見過ごすつもりか? 臆病者め」

 最も三村家親が死んだのは浦上家と三村家が対立したからである。そういう意味では宗景も当事者なのだがそれを忘れた物言いであった。

 それはともかく三村家が岐路に立たされているのは事実である。三村家の内部も動揺した。しかし織田家だけでなく大友家も毛利家への対抗の為に三村家へ調略の手を伸ばす。そして三村元親はついに決断した。

「我らはこれより毛利家と袂を分かつ」

 三村家は毛利家と敵対する道を選んだ。これを知った宗景は大いに喜ぶ。

「これで直家は三方を敵に囲まれた。もはや勝利は目前だ」

 しかしこの喜びもぬか喜びに終わる。三村家が離反したと知るや否や毛利家は迅速に備中へ向けて出陣した。毛利家ははじめから三村家が敵対することを見越して準備を進めていたのである。

毛利家としては三村家を滅ぼせば備中を完全に支配下における。また大友家も積極的に攻勢に出るわけでもない。尼子家の再興運動は目障りだが脅威ではなかった。ならばここで三村家を滅ぼして勢力を拡大した方が今後の為になると考えていたのである。ある意味非情な考え方であった。しかしこれが戦国の世である。

 三村家は備中に攻め込んできた毛利家への対応に手いっぱいであった。これでは宇喜多家を攻撃することなどできない。宗景はただ落胆するばかりであった。

「三村家があてにならんとは。こうなれば我らの力だけでどうにかするだけよ」

 そう決意する宗景。そんなときに妙な報告が入る。

「小寺家に預けられていた久松丸殿が行方不明になったそうです」

「何? 久松丸が消えた? 」

 久松丸というのは宗景の兄の政宗の孫である。久松丸は父の誠宗が宗景に暗殺されてから小寺家に保護されていた。

 宗景としてはとりあえず目障りであった誠宗は暗殺した。しかしまだ幼かった久松丸の命まで取ろうとは考えず小寺家に預けたわけである。もちろん監視は付け小寺家から周辺情報は手に入れていた。

 ゆえに今回のいきなり消えたというのは不可解である。

「一体どういうことだ。小寺殿は何と言っている」

「こちらの不手際故に申し訳ない、と申されています」

 よそよそしい言い方である。そしてこの言い方に宗景は名状しがたい不安を感じた。

「小寺殿が我らを裏切るとは思えんが」

 先の赤松政秀との戦いでは共に戦った中である。そうした信頼もあり小寺家に預けていた。よもや敵対するとはつゆにも思わない宗景である。

 しかし悲しいかな宗景は気付いていなかった。先年信長からもらった三国の支配権を認める朱印状の存在は播磨の諸将の反感を招いていることを。そしてそこには小寺家も含まれるということも。宗景は思いもよらなかった。

 やがて宗景は最悪の形で久松丸の行方を知る。

「直家が久松丸を擁立しただと!? 」

 そして宗景の終わりもいよいよ近づいてきたのであった。


 天正三年(一五七五)の四月、宇喜多直家は久松丸を擁立した。これには大きな意味がある。直家は備前の内外にこう知らしめた。

「浦上家の正統は久松丸様である。浦上宗景は卑怯にも久松丸様のお父上を暗殺し、浦上の家を乗っ取った大罪人だ。この宇喜多直家は浦上家の臣として久松丸様をお助けする所存である」

 もちろんこれは対宗景の方便である。しかしこれで大義名分が立った。

 対する宗景は自分が備前を支配する正統性を揺らがされることになる。これでは備前の武将たちを動員する名目も薄れた。

「ここまでやるか。あの不忠者が」

 そう愚痴る宗景。尤も久松丸の父親を暗殺したのは事実である。更にさかのぼれば忠義をつくした直家の祖父を見捨てた浦上家の業でもあった。これらの因果が最大の脅威になって宗景の前に立ちふさがったのである。

 しかし宗景はくじけない。

「むしろここで久松丸に勝ち宇喜多を再び滅ぼせば私の権力は盤石なものになる」

 宗景は勢いごんで宇喜多家との戦いに臨む。幸い同月中に侵攻してきた宇喜多家の軍勢を撃退することには成功した。

「よしよし」

 喜ぶ宗景だが翌月には二つ城を落とされてしまった。更に備中の三村家が毛利家の攻撃にさらされ滅亡寸前だという情報が入る。

「これはいかん。どうにか大友家や三好家に動いてもらわなければ」

 この危機に同盟者へと助けを求める宗景。しかし両家共に問題を抱えていて援軍を出せる状況ではなかった。

 そうこうしているうちに六月に三村家は滅んでしまった。こうなるといよいよ毛利家も宇喜多家への支援に力を入れる。

 さらに状況は厳しくなった。しかし宗景はあきらめない。

「まずは宇喜多に味方したものを討ち我らの力を見せよう」

 そう考えたが直家の激しい攻撃にさらされ続けたことでかなり消耗している。結局この試みは失敗し返り討ちに遭ってしまった。

 このことでいよいよ備前の武将たちは浦上家と宗景を見放し始めた。宗景はどんどん追い詰められて味方の城をほとんど失う。最後は天神山城に籠城する以外に手段のないところまで追い詰められた。

 だが驚くべきことに宗景はあきらめてはいなかった。

「この天神山城は天下の堅城。攻め落とせるなら攻め落として見せろ」

 宗景はわずかに残った味方と共に籠城を続ける。ここで耐えていればいずれは織田家の援軍も来るだろうと考えていた。

「信長殿の軍勢が来れば情勢は変わる。それまでだ、それまでだ」

 しかしこの時信長の眼は西国に向いていない。信長は自分の所領の周辺地域の制圧や強敵の武田家との決戦などに追われていて、とてもではないが備前まで援軍を送れるという状況ではなかった。

 宗景は信長の援軍を信じたが家臣や味方する武将たちはそう考えない。

「もはや宇喜多殿に降伏するほかあるまい」

 ついに重臣の明石景親が離反し天神山城の一部を占拠してしまった。これには宗景も驚嘆する。

「景親が裏切っただと?! これではもはや戦うことなどできないではないか…… 」

 いくら天下の堅城でも城内に裏切りが出てはどうしようもない。宗景は決意した。

「天神山城を捨てるぞ」

 宗景は天神山城を出ると宇喜多の包囲をかいくぐり逃亡した。そして播磨に逃げ込みここで再起をうかがう。

「必ずや返り咲いて見せる。見ていろ」

 宗景はまだあきらめていない。何がそこまでさせるのかはわからないが。


 播磨に逃げ込んだ宗景は幸い信長の支援を受けることができた。そして信長に従っていた荒木村重の手を借りて城を一つ手に入れる。何の因果か宇喜多端城という城であった。

 宗景はこれを喜んだ。

「憎き名が入った城を手に入れるとは。幸先のいいことだ」

 もう一つ幸いなことに備前にはまだ宗景に従うものがまだいた。宗景は彼らと連絡を取り再起を狙う。

「待っていろ。直家め。今度はお前が没落する番だ」

 だがこの後がいけない。宗景は何度も信長に支援を求めた。しかし色よい返事は得られない。そして苛立った宗景はついに行動を起こす。

「こうなれば己の力で成し遂げてみせる。そもそも兄上から独立したときもそうであったではないか」

 この宗景の熱意が通じたのかなんと天神山城を奪還することに成功した。しかしそれもすぐに奪還され再び播磨に出戻る。さらに備前の宗景派の勢力も一掃されてしまった。とどめに宇喜多端城も失ってしまう。

「ああ。これらどうすればいいのか」

 さすがの宗景もここで絶望した。そしてこれ以降の浦上宗景の人生はよくわからない。直家の擁立した久松丸も謎の死を遂げた。直家が暗殺したとも言われている。ともかくこれで浦上家は滅亡した。

 かつて家中で起きた勢力争い。結局その因果が家そのものを滅ぼした。因果とは本当に恐ろしいものである。


 織田家と結んで安心だと思ってからのここまでの転落。いきなり橋が途切れたかのように宗景は破滅しました。しかもこののち直家は織田家に臣従します。織田家から見れば浦上でも宇喜多でもどちらでもよかったのでしょう。そういうものなのでしょうが益々宗景の人生がむなしくなりますね。

 さて次からは新しい人物が主人公です。近江(現滋賀県)の人なのですがなんともつかみどころのない人生を歩んでいる人です。どんな話になるかお楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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