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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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蘆名盛隆 急転直下 前編

 陸奥の武将。蘆名盛隆の話。

 盛隆の生まれは二階堂家である。しかし幼いころに蘆名家に人質に取られた。このことが盛隆の人生を大きく変える。だが盛隆はその果てにあるものを知らない。

 戦国時代は各地で戦国武将たちが絶えず戦いを繰り返している。その中でも奥羽(現在の東北地方)は戦国武将同士で行った婚姻が多く複雑な様相を呈していた。そのうえで戦をしているのだからいろいろとややこしい。

 そんな戦国武将の一人に二階堂盛義という男がいる。盛義の妻は伊達家の阿南おなみ姫で盛義は妻の生家の後ろ盾を得ていた。盛義はどちらかというと大人しく阿南姫は激しい気性をしている。しかし夫婦仲はよく仲睦まじかった。そして二人には平四郎という息子がいた。

「平四郎は私と阿南のどちらに似るのか」

「どちらに似るにせよ二階堂家を背負って立つ男になればそれで構いません」

 二階堂夫婦はそんなことを話しながら平四郎の成長を見守った。

さて盛義は会津の蘆名家と戦いを繰り広げている。この時の蘆名家の当主は盛氏といい蘆名家歴代の中でも傑物といわれた男であった。とてもではないが盛義の勝てる相手ではない。二階堂家は蘆名家に敗れ降伏した。そして人質として平四郎を送ることになる。

 盛義は嘆いた。

「まさか嫡男を人質に出さなければならんとは」

 阿南姫は怒った。

「いくら敗れたとはいえ嫡男を差し出せとは」

 しかし嘆いてもどうしようもないことを二人とも理解している。泣く泣く平四郎を人質に出すのであった。永禄八年(一五六五)に平四郎は蘆名家に人質として送られるのであった。平四郎、四歳の頃のことである。

 

 人質として送られた平四郎だが盛氏は平四郎を丁重に扱った。

 盛氏の妻は伊達家の出身である。そして阿南姫の叔母にあたる人物であった。

「儂から見ても平四郎は縁戚である。ゆくゆくは二階堂家に戻し蘆名の一翼を担わそう」

 そういうわけで平四郎は盛氏に可愛がられた。もちろん将来的な戦略の一環であるが幼い平四郎にはそこまでわからない。そういうわけで素直に盛氏を信頼した。

「もりうじさまはいいひとだ」

 そんな素直な感想を抱くほどである。

 一方こういう扱いを喜ばない者もいる。蘆名家臣は人質に過ぎない平四郎に陰につらく当たった。

「所詮人質の身。あまりいい気になるな」

とか

「ゆくゆくは我々に使われる身になるのだ。今のうちにそれを理解しておけ」

とか言った。

 こういう扱いに対しての反応は二つある。黙っているか反発するかだ。平四郎が父に似ていれば前者であったのだろうが、どうやら平四郎は母親似らしい。なかなかに猛々しい少年で盛氏に可愛がられているのもあってかひどい扱いには強く反発した。時には暴れまわるほどである。そしてそんな平四郎を盛氏はかわいがる。

「これはよい。ゆくゆくは相当の勇将に成ろう」

 これを聞いて平四郎は益々血気盛んになる。そして盛氏をさらに慕うようになった。

「俺にとって盛氏様はもう一人の父。二階堂の父と同じくらい尊敬している。いずれは盛氏様のような武将になりたい」

 そうよくこぼしていた。

 よくよく考えてみれば平四郎はよく手なずけられているということである。要するに盛氏の思っている通りに動いてくれているということであった。

「平四郎が二階堂家を継げば手足のごとく動くだろう」

 蘆名盛氏という男はこういう老獪さも持っている。ゆえに蘆名家の勢力を大きくできなのであった。しかし盛氏も予想外の事態が起きる。そして平四郎の運命が大きく変わることになるのであった。


 天正二年(一五七四)。蘆名家を揺るがす大事件が起きる。盛氏の嫡男である蘆名盛興が急死してしまったのだ。これには盛氏も絶句したという。

 ともかく嫡男の急死で蘆名家は動揺した。盛氏には盛興以外に男子はおらず盛興にも男子はいない。つまり後継者がいないのだ。

「盛氏様は一体どうするつもりなのだ」

 平四郎もさすがに慌てた。何せ蘆名家存続の危機である。二階堂家にも無縁ではない。

「親父殿やお袋殿は大丈夫だろうか」

 そこはやはり自分の親の身の安全が気になる平四郎であった。そんな平四郎だが盛隆の葬儀が終わったころに盛氏に呼び出される。

「いったい何の話なのだ」

 平四郎は疑問を抱きつつも盛氏のもとに向かう。最近は蘆名家家臣とのもめごとも少なくなったので呼び出される理由が思い浮かばなかった。

 ともかく盛氏と対面する平四郎。そこで盛氏は驚くべきことを言った。

「平四郎。お前は今日より儂の息子となって蘆名家を継げ」

「俺が蘆名家を!? 一体どういうことですか? 」

 平四郎は思わず叫んでしまった。それほど驚くべき発言である。

 一方の盛氏は平然としている。耄碌しているとか息子を失って錯乱したということもなさそうであった。

 盛氏は慌てた様子の平四郎に言った。

「儂の跡継ぎのことだが一族にこれという者がいればいい。しかし生憎と儂に兄弟はいないし血のつながりの濃い一族もおらん」

 実際のところ盛氏の兄弟は腹違いの兄がいただけである。その兄も謀反を起こして粛清されていた。この時代の蘆名家には本家を任せられるような一族がいなかった、のだが。

「平四郎よ。お前の母の祖父は蘆名盛高。儂の祖父にあたる人物だ。そういう意味ではお前も蘆名の一族である」

 確かに平四郎の母阿南姫は蘆名盛高の娘の子である。しかしながら平四郎から見れば盛高は曾祖父にあたった。

 しかしいくら何でも血のつながりは薄い。それに平四郎自身自分は二階堂家の人間だと思っている。盛氏の理屈は正しくはあるが家を継がせるとなると無理がある。平四郎もなんとなくそれは感じていた。ゆえにどうしたらいいかわからないでいる。

 ところが次の盛氏の発言は平四郎の心を大きく動かした。

「お前は人質としてわが家に来た。だが儂はお前をわが子のように思っている」

「そ、それは本当ですか」

「当然本当だ。こんな嘘などつくものか」

 盛氏を慕う平四郎にとってあまりにもうれしい言葉であった。それが盛氏の本心であったかは誰にもわからない。しかし平四郎が信じたのだからそれはどうでもいいことである。こうなれば平四郎の答えは一つであった。

「わかりました。恩義ある盛氏様のためこの平四郎お引き受けします」

「そうか! よく言ってくれた。ならばこれよりお主は蘆名家の人間。名も盛隆と変えるがいい」

「承知しました! 」

「それと盛興の妻を娶るとよい。あれもまだ若い。このままでは気の毒だろう」

「ひ、彦姫様をですか…… 」

 この彦姫というのは盛興の妻である。彼女もまた伊達家の出身であったが、なんと平四郎改め盛隆から見れば叔母にあたる人物だった。しかも盛隆より十歳くらい年長である。盛隆が人質に来た後も親しくしてくれたが流石に叔母ではいろいろ抵抗もあった。

 盛氏もそれを察したようである。しかしこの時代の婚姻は外交にもかかわってくる。伊達家との縁を残しておきたい盛氏としてはこの処置は当然のことであった。

「不服か? 」

 盛隆を盛氏はにらんだ。視線だけで人が殺せそうである。盛隆はうなずくしかなかった。

「よ、喜んで」

 何はともあれ二階堂平四郎は蘆名家の跡を継ぎ蘆名盛隆となった。これが蘆名家の命運を決めてしまったといっても過言ではない。しかしそのことをまだ誰も知らない。


 盛隆が蘆名家を継いだことを実父の盛義や実母の阿南姫は喜んだ。

「平四郎。いや盛隆が蘆名家を継ぐとは。いやはや何が起こるかわからないな」

「平四郎の勇猛さを盛氏殿も認めたということでしょう。ともかくこれで二階堂家は安泰でしょうね」

「ああ。そうだな。きっとそうだ」

 一方蘆名家中ではやはり不満があった。

「まさか人質を跡継ぎにするとは。血のつながりがあるとはいえどうなのだ」

「そのつながりも大層遠いものではないか。いったい盛氏様は何を考えているのだ」

 こうした不満は出ていたが蘆名家の実権はまだ盛氏の手にあった。第一まだ盛隆は幼い。当然のことである。これは盛隆も受け入れていた。

 さて盛隆が蘆名家を継いだころ、蘆名家の最大の敵は常陸(現茨城県)佐竹家である。佐竹家は勢力の拡大を目めざし関東の北条家と戦いを繰り広げていた。一方で陸奥南部にも侵攻しその手始めとして白河家の領地に侵攻する。

 この佐竹家の攻勢を盛氏は許さなかった。

「これ以上佐竹家をのさばらせれば南陸奥の我々の影響力にも差し障る」

 ちなみにこの時の佐竹家の当主は佐竹義重である。義重の妻も伊達晴宗の娘であるから盛隆の叔父であり義兄でもあった。これには盛隆も戸惑う。

「親戚同士で戦をするのですか」

 盛隆はそんな疑問を盛氏にぶつける。すると盛氏はにべもなく言った。

「そういうものだ」

「そういうものですか」

 盛隆の疑問はともかく蘆名家と佐竹家は激しい戦いを繰り広げた。この戦いで盛氏の老獪さが光る。

 前にも記した通り佐竹家は北条家とも戦いを繰り広げていた。また周囲は佐竹家の勢力伸長を快く思わないものも多くいる。盛氏はこれらの勢力と同盟を結び佐竹家を挟撃した。

「戦というのはこうして頭を使うものだ」

 盛氏は盛隆にそう言って聞かせた。盛隆も盛氏の言うことをよく聞き学んでいく。

 やがて戦いは蘆名家の有利で進んでいく。やがて天正五年(一五七七)に盛氏と盛隆が白河家の援軍に出陣し佐竹家を打ち破った。これにより佐竹家は白河家から奪い取った領土のほとんどを失う。蘆名家の大勝であった。

 この勝利に盛隆は気を良くした。

「父上。これを機に佐竹の領土も奪ってやりましょう」

 しかし盛氏はこれを否定する。

「戦には引き際も肝心だ。今の我々の目的は佐竹家の出鼻をくじくこと。それ以上望めばむしろ多くのものを失うことにもなる。良いな? 」

「そういうものか…… 」

 盛隆は素直に感心した。実際主に戦っていたのは白河家で蘆名家は支援していただけである。これでもし佐竹家との戦いが泥沼化すれば大損をするのは必定といえた。盛氏にはそれがわかっている。そして佐竹家もこれ以上の戦いは損をするだけだと判断した。

 こうして佐竹家と白河家、蘆名家との間で和睦が結ばれるのであった。この和睦以後は蘆名家と佐竹家は歩調を合わせて行動していくのである。


 こうして盛隆は順調に蘆名家当主としての道を歩んでいく。もっともそれは盛氏の後見を受けての事であり、蘆名家中の反発も最小限に抑えられていた。

 盛氏はともかく蘆名家の拡大に力を入れた。佐竹家との戦いをはじめ周辺地域の戦乱への介入をよく行った。

「こうして漁夫の利を得れば蘆名の未来も安泰よ」

 こういう盛氏の姿勢を盛隆はよく学んでいく。混乱に介入し時には戦に出る。そこで勝って蘆名家の勢力を強める。それが盛氏の方針であり盛隆の理想にもなった。

そしてこの盛氏の姿勢は家臣たちからも支持され蘆名家の基盤となる。また盛氏が生きている間は盛隆への反発も抑えられていた。

 しかし天正八年(一五八〇)、その盛氏が亡くなった。享年六〇歳である。当時としては普通の年齢であった。しかし盛隆はまだ若い。そして重臣たちはまだ盛隆に反発心を抱いている。

 最も盛隆自身家臣たちの反発をしっかりと自覚していた。

「この上は俺の実力を示し主君として認めさせるほかない」

 そう決意を新たにする盛隆であった。

 だがこの時すでに蘆名家には衰退の兆しが見えていた。蘆名家は佐竹家との戦いで大きな損害は受けていない。しかし財政に負担をかけたのも事実である。実のところ盛氏はギリギリのところで戦いをやめたわけであった。ゆえにこれ以上の戦いは蘆名家の財政に大きな負担をかけることになる。

 また蘆名家臣の中に職務を私物化するものも出てきた。盛氏が築いた蘆名家の最盛期は同時に家臣たちに気のゆるみももたらしている。また盛氏の死の直後から盛隆への反発も目立ち始めた。

 こうした中で盛隆はある決意をする。

「父上が築いた蘆名家をより大きくすること。それが俺の役目だ。それを成せば家臣たちも自然と従うだろう」

 盛隆は家中の掌握と発展のために領地の拡大を進めることを決めた。以外にも多くの家臣たちはこれに従う。彼らも蘆名家が衰退し始めたことに気づかない。そして盛隆も気付いていなかった。

「俺の時代で蘆名家を誰にも負けない大大名にしてみせる。いや必ずなる」

 盛氏の墓前のそう決意を述べる盛隆であった。

 こうして蘆名家は終焉に向かい始める。しかしそれに誰も気付こうとしないし気付かない。当主の盛隆さえも同じであった。

 だが戦国の世はそんなに簡単な世界ではない。やがて盛隆は自分の思いもよらぬような結末を迎えることになる。それが蘆名家の終焉を決定づけるのであった。


 あけましておめでとうございます。本年も戦国塵芥武将伝をよろしくお願いします。

 さて新年最初の主人公は蘆名盛隆です。彼はかなり数奇な運命をたどっています。今回の話では人質から跡継ぎになるというそうそうない体験をしました。一応義父の盛氏とは縁戚関係があるのでおかしい話ではないのですがそれでも珍しい体験です。まさしく数奇な運命といえるでしょうね。家督を継いだ盛隆には信じられないような結末が待っているのですがそれは次の話のお楽しみということで。

 余談ですが盛隆の実父の二階堂盛義はある理由で一部の界隈で有名です。気になる方は調べてみるといいでしょう。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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