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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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高山友照 ある親子の話 第四話

 重友が重傷を負ったものの高槻城を手に入れた友照。何とか重友も生き残りこれで安心かと友照は思った。だが高山親子にはまだ試練が訪れる。

 友照は高槻城主になると城下で積極的に布教した。これにより高槻城下には教会が並びキリスト教の文化が花開く。

「いずれはこの高槻を日本一のキリシタンの街にしたい」

 そういう理想の元での行動であった。

 さて高槻城奪取の一件で重傷を負った重友だが無事一命をとりとめる。傷も無事癒えた重友を友照は呼び出した。

 生き延びた重友はしみじみという。

「これもデウスの教えを信じていたおかげでしょう。今回は死ぬかと思いました」

 そんな息子に重友は笑って言った。

「今後は無茶を控えて冷静になることだ。お前は血気に逸りすぎてしまうところがある」

「肝に銘じておきます。高山家の為にももう二度と無茶はしません」

「その言葉本当か? 」

 友照は真剣な表情で重友に尋ねる。重友はいきなり父の雰囲気が変わったのでびっくりした。

「父上? 」

「実はお前に大事な話がある。今日呼んだはそのためだ」

「大事な話、ですか」

 重友は真剣な表情になった。そんな息子に友照は言った。

「もう私も年だ。そこで隠居し、家督をお前に譲ろうと思う」

「なんですって…… 」

 突然の父の発言に重友は驚愕した。まさかこんな時に家督を譲られるとは思いもよらなかった。

「何を急に」

「いや。実は少し前から考えていたのだ。惟政殿は思いもよらぬ形で死んだ。この乱世、私にも何が起こるかわからない」

「それはそうですが。しかしそれは誰にも言えることでしょう」

「そうだな。この前のこともある。人はどこで死ぬかはわからない」

 友照にそう言われて重友は苦い顔をした。少し前に死にかけたのは重友の方である。そんな重友に友照は笑いかけた。

「お前はこの間危うく死ぬところだった。だが一方で生き残ることもできた」

「はい。これもデウスの教えのおかげでしょう」

「その通りだ。ともかく死の淵から帰ってきた。それゆえにお前は死の恐怖や思いもよらぬ危機を体感することができたということでもある。それは誰にも得難い体験だ。その体験があればお前も無茶はしないだろう。そうなればもはや私よりも当主の座に相応しい」

 一気に言い切る友照。重友は感動して固まっているようだった。

 友照は最後にこう言った。

「あとのことはお前に任せる。お前なら高山の家を守り抜くこともできよう」

「父上…… わかりました。この重友、身命を賭して高山の家を守って見せます」

「うむ。頼んだぞ」

 重友の言葉に満足げにうなずく友照であった。

 こうして高山家の家督は重友に譲られた。友照は一線を引き重友の補佐に努める。重友は当主として見事に振る舞い高山家の将来は盤石かに思えた。

 しかし高山家に再び苦難が訪れる。この苦難が友照の人生に大きな影響を及ぼすのであった。


 天正六年(一五七八)荒木村重が信長に反旗を翻した。

「まさか本当に裏切るとは」

 実は少し前から村重が信長に反旗を翻すのではないかという噂があった。それを知った重友は噂の真偽の確認と村重の説得に向かう。

「まさかとは思います。ですが本当ならば何としてでも思いとどめなければなりません」

 重友は強い意志で言った。これには友照も重友の決意を大いに支持する。しかし次に重友が言ったことは友照にとってはいささか承服できないものだった。

「村重殿を安心させるため妹と息子を質に送ろうと思います」

「なんと…… それはどうなのだ」

 友照は苦い顔をした。重友の考えは分かるが娘と孫を人質に出すというのには抵抗がある。それは依然重友が死にかけたことがまだつらい記憶として残っているからだった。

 苦い顔をする友照に重友は言う。

「父上。すべては乱世の習い。皆わかっているはずです」

「それはそうだが…… いや、いい。家のことはお前に任せたのだから何も言うまい」

 友照はそう言って無理やり自分を納得させるのだった。

 こうして重友は妹と息子を人質に送り村重を説得する。しかし村重の決意は固いようだった。友照の元には重友からの手紙が送られてくる。内容は村重の説得に苦戦している旨が書かれていた。

「それほどまでの決意か。しかしなぜだ」

 友照は益々苦い顔になる。村重は信長に冷遇されているわけではない。それだというのに謀反を起こすと言っている。それが友照にはわからない。

「しかし村重殿が謀反を起こせば我々も従うしかないな」

 現在高山家は荒木家の旗下に入っている。そして高槻城を含む摂津一帯は村重の管理下にあった。この状態で村重が謀反を起こせば選択の余地なく高山家も巻き込まれる。

 しかし友照の気にしているのは別の事だった。

「娘と孫は無事なのだろうか」

 友照が気にするのはわが子と孫の事であった。高山家のことは重友に任せたのだからそこは任せる。しかし二人のことは別である。

「重友の説得がうまくいくことを願うしかあるまい」

 友照は神に祈る。しかしその祈りは通じなかった。

 荒木村重は信長に反旗を翻す。織田家と敵対する毛利家の援助を受けての事あった。重友の説得は失敗し、高山家も村重に従って行動することになる。

「申し訳ありません。父上」

「気にするな。だがこうなれば戦うほかあるまい」

 謝る重友を友照はねぎらうのであった。

 こうして荒木村重の謀反に巻き込まれた友照と重友。しかしこれが高山親子の運命を大きく狂わせる。


 こうして織田家と敵対することになった高山親子。これに対し信長は二人の説得に動いた。

高槻城は要地にあって確保しておきたい。また高山親子、特に重友の器量を評価していたものと思われる。信長は二人が城ごと投降してくれれば言うことは無いというので使者をよこした。しかし二人はこの降伏の誘いを拒絶する。特に友照は強固に反対した。

「ここで信長様に下れば人質たちの命はない」

 ここにきて友照にとって心配なのは人質たちの命であった。

 高山親子が従わないのを知った信長は一計を案じた。信長は二人が敬虔なキリシタンであることを知っている。ゆえに宣教師たちに説得させようと考えたのだ。

 派遣されたのは宣教師のオルガンティノであった。オルガンティノは信長から提示された条件を友照と重友に伝える。

「信長様は自分のところにいる荒木家の人質と村重殿のところにいる高山家の人質を交換しようと言っています。それともしお二人が下るのならば布教を助けるとも言っています」

 この好条件に友照と重友の心は動いた。そして友照と重友は条件を受け入れることにする。

「その条件なら飲みましょう。ただ荒木殿の説得もさせてください」

友照の言葉をオルガンティノは受け入れる。その後重友と友照は村重を説き伏せて村重のもともと持っていた領地の保証という条件での降伏を受け入れさせた。

 これには友照も喜んだ。

「これで万事良し。あとは人質の交換だけか」

 しかし重友は浮かない顔だった。

「果たして信長様は村重様を許すのか」

 この懸念は当たった。信長は村重の提示した条件を拒否したのである。さらに友照たちへの人質としてロレンソや宣教師たちを捕らえた。さらに信長は「降伏するのならばいいが敵対するのならばキリシタンを迫害する」とまで言い出す。

 これに友照は怒った。

「何たる蛮行。許しがたい所業だ」

 友照は信長への反抗を強く決意し、高山家の一部の家臣たちもそれに従った。しかし重友はそれに異を唱える。

「お待ちください父上。信長様は苛烈なお方。降伏しなければキリシタンへの迫害も実際に行うでしょうし、敵対し続ければ高山家も滅ぼされましょう。ここは降伏し人質の交換だけでも行ってもらうべきです」

「馬鹿を言うな。そんなことをすれば荒木家の質は殺されてしまう。それにもう信長様はキリシタンを見限ったに違いない」

「馬鹿を言っているのは父上です! 高山家のため、キリシタンのため降伏するのが道理! 」

「子を見捨てて何が人の道理だ! 」

 お互い怒り心頭になった高山親子は激しく言い合った。この二人がこんなに激しく言い争うことは今までにないことである。また家臣たちも抗戦派と降伏派の二派にわかれてしまった。

 やがて友照は議論を打ち切るように言った。

「ともかく私は最後まで戦う」

 そういって友照はその場を去った。そんな友照に重友は言った。

「父上…… 残念です…… 」

 さっきの雰囲気とは打って変わっての悲しい声であった。友照は重友の言葉を振り切るように足早に去る。

 この翌日、友照も予想しなかった事態が起きる。


 友照と重友が物別れした翌日の朝。高槻城は恐ろしく静かであった。不審に思った友照が城内をつぶさに回ると各所は閉鎖されていて城の将兵ともに姿が見えない。

「なにが起きたのだ」

 あまりに異常な事態に驚く友照。ともかくまずは重友を見つけようとしたが姿が見えない。ここで友照はおぼろげに事態を理解した。

「これは重友の仕業か」

 とにかく重友と会わなければどうしようもないと城中を探す友照。しかし重友の気配は城のどこにもない。代わりに友照宛ての重友の書状を発見した。

 友照は書状を読む。そこにはこう書かれていた。

「この度の儀、誠に申し訳ありませぬ。しかし私は信仰のため高山家のためどうしたらいいかと考えた結果、私一人が信長様に下りそれを以ってキリシタンの方々を助けていただこうという考えに至りました。宣教師の方々は私と共にあり無事です。高山家の後のことはこの書状を届けた家臣と父上で評議し決めてください。しかしながら一つ申し上げれば信長様に逆らえばキリシタンも高山家もただではすみませぬ。その点だけはもう一度強く申し上げた位置思います。この度の勝手な振る舞い。誠にも申し訳ありません」

 そこに書かれていたのは重友の決意と考えであった。この書状を読んだ友照は膝から崩れる。そして自分の身に起きた事態を理解した。

「(おそらくこの書状を持ち帰ったものはほかの者と話し合い私を締め出すことにしたのだろう。家中のほとんどの者が内心信長様に逆らうことに不安を抱いていたということか。そして何より重友の決意を受けての事だろう。全く重友もこれほど慕われるものになったということか。ならば私のするべきことは)」

 耳を澄ませると自分同様何も知らされていない家臣たちの声が聞こえた。皆強硬に抗戦を唱えていた者たちである。友照は決意すると抗戦派の家臣たちを集める。そして城内の多くの人々に聞こえるよう言った。

「私はこれから有岡城に赴く。そこで戦うつもりだ。ついてきたいものはついてこい。信長様はあくまで私を許さないだけだ。降参すれば命は救われるだろう」

 言い切ると友照は急ぎ支度を整える。そして友照に従う家臣たちと共に高槻城を飛び出していった。付いてきたのはわずかな数のである。

「哀れなものだな」

 自重して笑う友照。しかしどこかすがすがしい思いもある。

「重友は私を上回った。高山家も安泰だな」

 有岡城に向かう道すがら友照はそうつぶやくのであった。

 この後高槻城は信長に降伏する。城兵たちの命は奪われることなかった。重友は本気で隠居するつもりだった、高槻城を降伏させた功という名目で城主に復帰した。

「これでよかったのだろうか」

 複雑な思いを抱く重友であった。


 有岡城は荒木村重の居城である。城に入った友照は村重に言った。

「私の至らなさにより城を奪われました。しかしまだ心が折れたわけではありませぬ。この上はともに城に籠り最後まで戦う所存です」

 もはや友照にできることは人質の命を守ることのみである。そしてそれを成すためにも息子と戦う覚悟はできていた。しかし村重は意外なことを言い出す。

「高山殿の決意よくわかりました。私も質を殺そうなどとは思っていません。高山家は私を裏切っていない」

 優しい声色で言う村重。友照にはそれが逆に不気味であった。

「それはもったいないお言葉」

 恭しく礼を言う友照だが村重への疑念は消えない。そして村重から出た言葉でその疑念を確信した。

「高山殿もお疲れでしょう。何これ以上戦う必要はありませぬ。奥でゆっくりとお休みください」

 村重がそういうや否や友照と家臣は屈強な男たち囲まれた。

「(なるほど。そういうことか)」

 友照は村重の意図を察した。村重は重友が信長に下った以上は友照のことをかけらも信頼していない。またわずかな家臣しか連れてきていない友照に戦力としての期待もできないと判断したのだろう。

「(私も人質に入れてしまえということか)」

 友照は自嘲気味に笑う。そしてとくに抵抗もせず荒木家の家臣に連れていかれるのであった。

「私も随分と耄碌したものだ。重友に家督を譲って正解だったな」

 こうして友照は有岡城に監禁されてしまった。しかしそれからほどなくして有岡城は落城する。村重からの離反者が続出したことと村重が有岡城から姿を消してしまったからだ。

「命惜しさか。それとも援軍の催促か。どちらにせよ明るみに出てしまってはどうしようもない」

 有岡城は落城したが村重は抗戦を続けた。この結果信長のもとにいた荒木家の人質や有岡城にいた村重の家族たちが処刑される。

「信長様は苛烈なお方。荒木殿の行為を許されるはずもなかろう。そして私もきっと許されん」

 友照は覚悟を決めていた。腹を切れと言われれば腹を切る。別の処罰かも知れないが命は助かるまい。すべては自分の行動の産物である。

「家のことは重友がいれば大丈夫だ」

 幸い高山家の人質は重友のもとに返された。友照に心残りはない。信長の下に移送される友照の心境は、むしろすがすがしいものだった。


 こうして死を覚悟した友照だがその命が奪われることは無かった。重友が嘆願したからである。

「全く。余計なことをおかげで死に場所を失ったわ」

 そういう友照だが内心では重友に感謝している。

 その後友照は越前の柴田勝家のもとに預けられた。追放という体だが勝家からは客将として迎えられ不自由なく暮したという。

「これもデウスの教えのおかげか」

 しかし友照は隠居暮らしを選んだ。やがて信長が死ぬと重友の元で暮らすようになる。この頃の友照はすっかり覇気もなく穏やかな雰囲気になっていた。

「あとは信仰に命をささげるだけだ」

「それは私も同じです。父上」

 実際その通りになった。天正十五年(一五八七)天下統一を目前に控えた豊臣秀吉がバテレン追放令を出す。キリシタン大名たちは棄教を迫られた。

 多くのキリシタン大名が棄教を選択する中で重友は信仰を選んだ。その結果領地と地位を失う。

 友照は重友に尋ねた。

「なぜ棄教しなかった」

「人に言われて信じる道を捨てるなど、人の道理に反します」

「その通りだ。よく選んだな、重友」

 この重友の行動は多くの人に驚きを以って知られたという。

 重友はその後前田家に迎えられ客将として迎えられる。一方友照は京に住み信仰を守り続けた。

 そして文禄四年(一五九五)にひっそりと死んだ。晩年はいささか困窮していたようである。だが満足げな死にざまだったという。

 重友はその後も生きた。そして慶長十九年(一六一四)に出されたキリシタン国外追放令を受けて日本を退去。翌年マニラで死んだ。最期まで信仰を捨てなかったという。

 戦国の荒波に翻弄された親子は最後まで自分の信じたものを捨てなかった。それが幸せであったかどうかは分からない。


 友照と重友の親子は本当に周りの人々に振り回された人生を送りました。そんな人生でキリスト教は二人にとって大きな救いだったのでしょう。だからこそがどこまでも信仰を貫いたのでしょうね。そこについては感心するばかりです。二人の晩年は不幸だったとも幸福だったとも取れると思います。本当がどちらなのかは本人たちにしかわかりませんが。

 さて次は去年も投稿した特別編を掲載する予定です。それを以って本年最後の投稿とさせていただきます。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

 

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