煙草
枯れ葉の舞う寂れた公園の片隅、イチョウの木の下のベンチが僕たちの集合場所だった。
彼女はいつものように遅れてくると悪びれた様子もなくベンチに腰掛けタバコに火をつけた。
「マナー違反ですよ。」
意味のないことだと知りながら僕は言った。
彼女はゆっくりタバコを吹かすと煩わしいものを相手にするように
「いいじゃない。誰もいないのだから。」
吐かれた煙はオレンジ色の空に消えていった。
いつからだろう。彼女と過ごすようになったのは。
そうだ。
初めて会った日も彼女はこのベンチに腰掛けていた。
元々、散歩が好きだった僕は気分転換にと鈴虫の声に誘われるままに歩みを進めた。
十円おまけしてくれる駄菓子屋。朝方香ばしい香りを立てるパン屋。そして、今にも潰れてしまいそうな床屋の先で彼女を見かけた。
背は低くなく、細身で、茶がかった髪だが染めた様子はない。
顔も整っているが、目に力がない。
まるで捨て猫のような目つきは、さながら薄幸の美女を連想させた。
彼女は一息つくとポケットからタバコを取り出した。
「なにか、ご用?」
しまった。思っていたより長く見つめてしまったようだ。
僕は取り作るようにマナー違反を注意すると
「いいじゃない。誰もいないのだから。」
僕は反論しようとしたが、消えゆく煙を見つめる彼女の目があまりにも寂しげで口をつぐんだ。
それからだろう。彼女をどこか気にかけてしまうのは。
僕は何度も公園に足を運んだ。
すると彼女も当たり前のようにベンチに腰掛けタバコを吸っていた。
僕たちはたわいもない話をたくさんした。いつしかイチョウの下のベンチは暗黙の集合場所となっていた。
その頃には彼女のことで頭がいっぱいだった。
「ねぇ、明日も会える?」
彼女が唐突に言った。
僕は黙って頷くと彼女は満足そうに火をつけた。
「君も吸う?」
僕は彼女を知りたくて彼女と同じ匂いのタバコに火をつけた。
むせて吐き出した煙は二人を囲い、イチョウの葉と共に流れていった。