表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

掌編小説 自選集

掌編「雨上がりの珊瑚」

作者: 蓮井 遼


お読みいただき有難うございます。


 あれは雨上がりのよく晴れた日のことだった。その日、私はいつもと変わらずに樹の上で子供にしがみつき方を教えていた。雨上がりでもあるから、樹冠から水が滴るのと枝に付いている水滴に足を滑らないように注意しながら、いつもの位置に着いて子供に教えていた。なぜ、安全になった状態でやらないのかと聞かれるかもしれないから答えておくが、色んな場面を想定して子供には経験してほしいから、私もそういつまで身体が動かせるかわからないし、フラジオラスとの喧嘩で傷を負うかもしれない。子供が足を滑らせて落下してしまうことも考えたけど、私が命を張ってでも子供を救うことができないのなら、やりきれないからもう挑戦に任せることにした。途中で私は冷静に考えることを止めたといわれてもその通りだろう。激しい大雨や落雷や人々の伐採のタイミングなどいつ予想できることだろう。子供は私を憎むかもしれない。子供生んだのも私であるから、こんな過酷な場だとわかっていながら、なんで僕を存在させたのと利口な子供は尋ねるかもしれない。だが、皆同じ道に歩いているのだろう。私はただこう言うだけだ。

「私はそこにいるだけで来る日も来る日も自分だけで悲しかったの。なんで悲しかったか説明できないのだけど、そうさせるようにできているのでしょうね。貴方がいることがどれほど私を慰めてくれるのか貴方にはわからないでしょう」と。

 肝心の私はどうだったかというと、そんな溺愛されてこの森にいるわけじゃない。私は別のフラジオラスから無理にできてしまったと母から聞いたことある。私の母はそのフラジオラスが嫌いだったから、私にもアンニュイな感情を持ったのじゃなかろうか。もう母には他に子供がいたから、私は余計者だった。だから、私はより子供を可愛がりたくなったのかはよくわからない。だってこうやって悪い条件の中で、子供に教えているのだから。実際には可愛がっている所以の厳しさだってのを誰かにわかってもらいたいというように思っている。けど、誰がいることだろう。子供にはせめて私の居なくなった後でいいから、私の教えが生き続ける上で必要なことだったというのを気づいてもらえれば、私は役目を果たせたのだと思っている。

 子供は慣れない感触でしがみ続けるのが大変だったから、時々姿勢を崩した。その体勢を私が支えようとした時、丁度私達の視界が同じ範囲になって、なにか頭上に奇妙なものを目撃した。それは昔、やつれたときに餌を探し続けて辿り着いた海のところどころに見えた変な色に似ていた。私達が見続けると段々その色が近づいてきて、近くなるにつれて私達は人の身体だとわかった。そうわかったのも昔、人々の泊まっているところで食べ物を貰おうと近づいたことがあったから、その時とは違ったけど、やっぱり裸じゃなくて変なものを着けていたから、私は人だってわかったわけだ。でも、子供はわからなかったようで私の胸を叩いて叫んでいた。

 海に浮かぶあの色はふわっとしていて、人よりも何倍も大きかった。この樹のところに着いた時、あまりにも樹の音は静かで私はおかしかった。だって鳥が墜落する時でさえ、がさがさと葉が音を立てるのに、今回は葉が黙っているのだから。あの奇妙な色に仕掛けがあるんだと思った。私がにやけていても、子供はなんでにやけているかわからなかったから、珍しいことだからと話した。なんて生きていると奇妙なことが起こることだろうと私は常々思っていた。

 人は樹の枝に絡まっていながら、目を覚ましていて私と目が合った。私はこの人が身動き取れなそうだったから、蜘蛛の巣よりもはっきりしている色の長いものがこの人を動かなくさせているとわかったから、それを掴んでほどいてみた。手触りは確かにあって、この人には悪く思ってしまうかもしれないが、それを解くのはとても楽しかった。子供も珍しくて危険を省みずに手伝っていた。きっと楽しかったんだと思う。でも、私は子供を支えることはできても、その人を支えることは初めてだから慣れていなかった。また、私を見ているフラジオラスでもアンフラジオラスでもいれば違ったのだけど、その人はずるると下にさがって、とうとう樹から落ちた。

 何か言ったようにも聞こえたけど、私達は人の言葉わからないから、何て言っているのかはよくわからなかった。兎に角、命はまだ動いていたから安心して私達はその人に話したけど、その人も私達の言葉はわからなかった。でも、私達のお陰で自分が動けるようになったのはわかっていたようで、怒っていいのか喜んでいいのかどうしていいかわからないように見えた。手を挙げて何か言ったのはよく聞き取れなかったけど、その後の話は一部聞き取れた。

「おら・・・」「おら・・・」って。

 きっと私達のことを人は「オラ」って呼んでいたのかもしれない。どうしてそう呼ぶのか、そもそも本当に私達を指しているのかわからなかったけど、繰り返すから多分そうだと思っている。それから、その人は行ってしまった。どうしてここに着いたのか、どこから来たのかはよくわからない。あのふわっとしているのは、ちょっと子供の雨よけに役に立つから使っている。子供も奇妙なものがあることを今は喜んでいる。すぐに飽きてしまうかもしれないけど。あの時、その人がどこに行くのか気になったけど、追いかけることはしなかった。これまでに知っている人とは違っていたから、人も色んなのがいると思った。今後、その人が来たところに行ってみたいという気持ちもあるけど、特別なことがない限りはしないと思う。雨はまたすぐやってくるだろうし、どのみち私達も自分達の生活を続ける必要もあるし、この樹が気に入っているから。どこか遠くまで行くことはないと思っている。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ