8.顛末
目が覚めると、意匠を凝らした天井が目に入った。
「うっ……」
あわてて体を起こそうとして、激痛が走る。首だけを廻らし周囲を確認すると、豪勢なベッドに寝かしつけられているようだった。部屋も広く、装飾も随所に見られる。誰かの邸宅にいるのか。
「意識が戻ったようだな」
声がする方に顔を向けると、ベアトリクスの顔が見えた。
こちらに近づいてくるにつれ、いつもと印象が違うことに気がついた。ベアトリクスのドレス姿を見たのは初めてだった。
「よかった……」
ベアトリクスの隣に、クレアが立っていた。うっすらと涙を浮かべている。
「天使たちがいるということは、俺は天に召されたのかな?」
一瞬の間の後、ベアトリクスの手が俺の頬を抓む。
「いひゃいいひゃい」
「目は覚めたか?」
ドレス姿でも、ベアトリクスはベアトリクスか。
体の強張りと衰弱具合からして、結構長く寝込んでいたようだ。クレアに手伝ってもらい、ゆっくりと体を起こす。
「ところで、ここはどこだい? あの後どうなった?」
二人の様子からして、悪い状況にはなってはいないと予想できたが、顛末が気になった。
「アーヴ家と、それに与していた連中は全て滅ぼした。クルセイド家とは正式に和解を行い、再び同盟関係に戻った。もっとも、それを快く思っていない連中もうちの者にいくらか残っているが。特に、地理的に近い場所にいた者たちからは死者も多く出したからな」
戦争を行ったのだから、それは仕方が無い話だ。当人にしてみれば、仕方ないでは済まない話だが。
「そこで、だ。今回の戦争で接収した領地について、ブラームス家とクルセイド家で分け合ったのだが、両家の境界について、無用なトラブルを引き起こさぬよう共用の領地を設定したのだ。それが、ここだ」
ベアトリクスがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。嫌な予感がする。
「領地の整備と運営については、私どもでサポートいたしますわ」
クレアも笑みを堪えている。発言から抜けている主語が非常に気になるのだが。
目つきが険しくなる俺を見て、ベアトリクスは笑いが堪えきれなくなって咽を鳴らし始めた。
「ここの領主はお前だ」
やはり、面倒なことになっていたか。
「俺にはそんな資質は無いし、そんな栄誉に与るようなことは……」
やれやれ、と肩を竦めて見せた。
ベアトリクスはそんな俺を睨みつける。
「お前は、クレアや私の命を救った。それが無価値だと言うのか?」
「うっ……」
そう言われると、何も言い返せなくなる。
言葉に詰まる俺を見て、またベアトリクスがニヤリと笑う。してやったり、と思っているのか。
「それだけではありません」
クレアはベッドの縁に座り、懇願するように俺の手を取る。
「あなたは、我々両家を救ったのです。あなたが居なければ、もっと多くの者が命を失い、両家の関係は修復できないものになっていたでしょう」
「それどころか、最小の損害で最大の利益をもたらしたのだ。元々アーヴ家から仕掛けてきた戦争だ。我々の領土獲得については周辺の勢力も文句は言えんからな」
「そんなことを言われても、俺はアーヴ家を滅ぼしたかっただけで、そのために両家を利用しただけに過ぎん。君たちを救えたのは幸いだったが」
言いながらも、逃れられそうに無いと感じていた。
「結果が全てだ。資質については、やったことが無いなら何とも言えないだろう? 少なくとも独自に運営が出来るようになるまでは私たちが面倒を見る」
ベアトリクスは任せておけと言わんばかりに胸を叩いてみせる。ドレスでやる仕草じゃなかろうに。
「だが、クレアはともかく、ベアトリクスは当主だろう?」
そう。自分の家を放置してまで俺の面倒は見せられん。
「あれは、病床で動けない父に代わって指揮を取る必要があったのと、当主代行の叔父上が行方不明になったから成り行きで私が指揮していただけだ。戦争は終わったので父が当主に戻ったし、叔父上も無事帰還したからな。だから今はクレアと同じただの世継ぎ候補に過ぎん」
ただの、とか言うレベルでも無いと思うのだが。
「それとも何か? 私では不服とでも言うのか?」
もう何を言っても敵わない気がしてきた。
「それも、俺が生きながらえられてこそ、の話だと思うが」
最後の抵抗を試みる。
ベアトリクスとクレアは顔を見合わせる。
「私たちがお前を死なせると思うか?」
「私たちがあなたを死なせると思いますか?」
いかがでしたでしょうか?




