7.決着
捕り逃した連中は、少数の兵が立てこもっていると思しき古い砦に逃げ込んでいた。
そこはかなり古くからある砦で、まだ十分に使用に耐えうるものの、地勢的な理由で長らく捨て置かれたものだった。アーヴ家が今回の戦に向けて接収、改修していたらしい。
攻撃を試みたものの、外壁には魔術や飛来物を跳ね返す結界が張られていた。もともとあった設備なのだろうが、それを使い物になるレベルにまで修復できたのは驚嘆に値する。今ではここまでの防御結界を設置できる魔術師は居なくなって久しいのだ。
どう攻めるか思案していると、反対側からベアトリクスたちが合流してきた。討ち漏らした敵を追ってきたらしい。
ラムドール周辺に展開していたクルセイド軍もぼちぼち集まってきている。
「アーヴ五候が一人、グレイグは討ち取った。もう一人いたが、この砦に逃げ込まれてしまった。そっちの首尾は?」
俺の問いに、ベアトリクスは麻袋を俺の前に投げてよこす。地面に落ちると、ごち、と鈍い音を立てて殆ど転がらずに止まった。討ち取った敵の首が入っているのだろう。
「こちらは一人を討ち取り一人は捕らえたが、もう一人にここに逃げ込まれてしまった」
少し後ろにある、荷車に縛り付けられた男を指差す。捕らえた五候なのだろう。
ベアトリクスは砦を一瞥すると、俺に向き直って頷く。
「レト、魔術に関わる事はお前に任す。どう攻めるか指示をくれ」
ここに追い詰めたときに突破を試みて、砦の防備が普通で無いことに気付いたのだろう。
結界の性質と技術的な問題を暫し思案する。
「外壁を突破するのは結構骨が折れそうだ。恐らくだが、あの砦は古代の魔術的仕掛けが生きている」
俺の言葉に、魔術に詳しいクルセイド側の将兵がざわつく。
「まさか。活動中の遺跡については、我々も良く知っておりますし、不活性化した遺跡も一応把握しております。あの砦は不活性化された遺跡でしたぞ」
魔法騎士レーネウスが割って入る。
「おそらく、そうだったのだろう。だが、アーヴの連中はそれを活性化させたようだ。先ほど攻撃してみたでしょう。あの防壁は、現存する魔術よりかなり強力なものだ」
俺も、魔術については古代のものも含め可能な限り勉強している。仕組みはわからないが、どういう性質かは把握しているつもりだ。
レーネウスは納得はしていないようだったが、防壁の性質については疑念もあった様子。
「他にどんな仕掛けが活性化されているかは不明だが、とりあえず突破口はある。人を配置していた門付近は、新しい物のように見える。ということは、通常の魔術結界以上のものは無い可能性が高い。守り易い構造だが、兵は多くいない様子。こちらは人数が多い。四箇所ある門を同時に攻めれば突破は可能だろう」
一旦言葉を切り、取り囲む将兵たちを見る。
「では、それぞれ二箇所づつ攻めればいいのだな?」
ベアトリクスが急く。
「いや。外壁ほどではないとはいえ、門についても物理的・魔術的防御力はそれなりに高いと思う。なので、各門それぞれについて、ブラームス家の物理攻撃力とクルセイド家の魔術が必要だ」
ベアトリクスとレーネウスらがお互いを見合わせる。
「あんたらなら、雑作も無いことだろう?」
ニヤリと笑ってみせる。
「いや、しかし……」
ブラームス家側の騎士から躊躇の言葉が出る。
「もはや争う理由は無いだろう? そして共通の敵が目の前にいる。協力しない理由はあるまい?」
レーネウスの腕を掴み、ベアトリクスの前に差し出させる。
ベアトリクスは暫く俺を睨みつけ、そしてレーネウスの手を取り不敵な笑みを見せた。
「細かい話は後でいいでしょう。この男に乗せられるのは癪ですが、四の五の言っている場合ではありませんね」
「かたじけない。全てが片付きましたら、なんなりと……」
レーネウスは片膝をつき、臣下の礼を示した。それに併せて、その場にいたクルセイド家の将兵も全員片膝を地につけ、頭を垂れた。これにはブラームス家の将兵も当惑したようだった。
「お立ちください。我々の関係は、主従ではありませんでしょう。これまでも、そしてこれからも」
ベアトリクスは穏やかな笑みを湛えている。
「不幸な出来事はありましたが、その怒りをぶつける相手は、それを仕組んだ、あそこに逃げ込んだアーヴ家。不幸にして命を落としたものたちのためにも、しっかりと仇を討つことにしましょう」
ブラームス家の者がファランクスを組み、その中からクルセイド家の者が魔術結界を展開することで、敵守備兵からの遠隔攻撃は完全に防がれた。時折、巨大な投石もあったが、それらは個別に魔術で逸らすことで回避できた。
破城槌に魔力を乗せ、城門を穿つことに成功すると、全軍で怒涛のように雪崩れ込んだ。
内部は入り組んだ迷路状になっており、罠の類も多数存在したが、少々の損害では我々の軍が止まることは無かった。
それでも、袋小路も多い迷路のような通路に侵攻はなかなか進まなかった。これでもし内部の魔術設備まで整っていたらと思うとぞっとする。
「いたぞー!」
すぐ近くから歓声が上がった。
隣の門から突入してきた、ベアトリクスが率いている軍からの声だった。
そちらの方向かうと、五候が一人と思しき派手な甲冑姿の男がベアトリクスと対峙していた。
甲冑男は天井が抜け落ちた部屋のようなところに逃げ込んだ。ベアトリクスが後を追う。
「まて!」
甲冑男の行き先から魔力を感じ、慌てて止めるが間に合わない。
ベアトリクスがその部屋に入ったとたん、なにかの魔術が発動するのを感知した。
駆けつけたときには、その部屋には二人の姿は無かった。
「くそっ、転移方陣か」
悪態を吐き、空を見上げる。
「目標確認、全力飛行」
空中に勢いよく投げ出される。
慣性で上昇から降下に移行する間に砦全体を確認する。
「いた!」
中央付近の一角に、ベアトリクスらしき姿が見えた。
「目標確認、全力飛行!」
こんなに間を置かずに連続しての魔術行使はやったことも無かったが、是非も無い。
急激な横方向の移動に体勢を崩す。実際には斜め下方向に急速降下しているのだが。
空中で姿勢を正し、進行方向に足を向ける。剣を下に突き立てるように向け、ベアトリクスの前にいる甲冑男と、その後ろにいる小柄な男に向かって一直線で突撃した。
甲冑男に着地するように足蹴にしつつ、後ろにいた小男に剣を突き立てた。
「ぎゃっ!?」
小男は短く悲鳴を上げて絶命した。
俺は甲冑男を蹴り飛ばした反動で勢いを殺し、どうにか転ばずに着地できた。
甲冑男は勢いよく転がって、ガラガラと音を立てた。その勢いで男の兜が外れ、転がり落ちる。その先にはベアトリクスが──敵の大槍を腹に突き立てられ、壁に縫い付けられていた。
甲冑男が起き上がりこちらに振り向く。
「貴様──」
男が俺に向けた憤怒の顔には見覚えがあった。幼い俺を切り伏せた、あの男だ。
お互いに剣を向け合い対峙するも、決着はあっさり付いた。
壁に縫い付けられていたベアトリクスが、その状態のまま背後から甲冑男の首を刎ねたのだった。
その勢いで、ベアトリクスの腹は裂け、ベアトリクスも崩れ落ちた。
倒れこむベアトリクスに駆け寄る。
「大丈夫か!?」
おびただしい出血を見た上での台詞としては、いささか場違いな気もしたが、他に言葉が浮かばなかった。
膝をつき、ベアトリクスの上体を抱えて起こす。出血の下に臓器が見える程に左わき腹が大きく裂けている。大槍で壁に縫い付けられている状態で無理やり剣を振り回したのだから無理も無い。
「……駄目、だろうな」
息も絶え絶え。まだ喋れるだけでも大したものだった。
「もういい、喋るな」
床に仰向けに寝かせ、鎧の腹部を剥ぎ取る。
両手を傷口へ翳し、精神を集中させる。
「──!? やめろ! ブラームス家の者に……魔術を使うな!」
ベアトリクスは俺の意図を直ぐに察知して、抵抗する。何世代にも渡って魔術により被害を受け、恐れるあまり嫌悪の対象になっているのだろう。柔軟な考え方を見せたベアトリクスにしても例外では無かったようだ。
「断る」
俺は無視を決め込み、治癒の呪文を唱える。
「やめ……ろ……、殺す…ぞ……」
朦朧となるほどの生命の危機に瀕してもなお嫌悪感の方が強いのか。さすがに大貴族の長子だけあってプライドが高い、などといらぬ感心をしてしまう。
「俺を殺すのは助かってからにしろ」
手から傷口に向けて淡い光が放たれる。
「くっ……」
言い返す言葉が見つからないのか、もうその元気が無いのか、顔を背けてしまった。
治癒呪文の効果により、目に見えて出血が減ってきた。
「どうだ?」
返事を貰えるとは思わなかったが、言葉が口に出た。
「……痛みと、出血が減った。そのせいか呼吸も楽になった」
不機嫌そうに目を閉じつつも、律儀に返事をする様子は普段のベアトリクスらしくもあり、同時に可愛らしくもあった。大怪我により気弱になっているのだろう。
「どうして、殺すとまで言われても私を助けようとする?」
「……俺が、あんたを死なせたくないだけだ」
アーヴ家の連中に、こいつを殺されるのは癪だった。
「何だそれは……? 遠まわしなプロポーズか?」
「ぶっ」
唐突な言葉に思わず噴出す。
「そんな軽口が叩けるのなら、もう大丈夫そうだな──」
「気休めはよせ」
凛とした声で遮る。ベアトリクスは、語調の割りに穏やかな表情を浮かべている。
治癒呪文の効果はまだ続いている。開いたわき腹が塞がったわけではないが、出血はあらかた止まっている。しかし──。
「表面上の損傷は直せても、飛散した臓物まで元に戻せるわけではあるまい?」
気付かれていたか。そう、俺が知る限り、現存している治癒系呪文では、肉体の欠損までは修復できなかった。
「ブラームス家の私でも、理屈は判らずとも何ができて何ができないかくらいの知識は仕入れているさ。おまえのせいで、今日明日死ぬことは無いかもしれないが、長くはあるまい」
そう。俺が学べた範囲では、無理。だが、手立てが無いわけでもなかった。
止血が済んだのを確認し、治癒呪文を止めた。そして、自分の鎧を脱ぐ。
「どうした。私が死ぬ前に辱める気にでもなったか?」
たちの悪い冗談だ。
首元から下着の中に左手を入れ、胸の魔具を掴む。
「ある意味、そうかもな」
ニヤリと笑って見せ、呪文を唱えた。
体の中で、ぷつぷつと何かが爆ぜる感触。それらが治まるまで待ち、魔具を引き剥がす。ずるっ、という感触とともに、魔具に生える短い根の様なものが体から抜けた。先からは俺の血が滴っている。
「そ、それは何だ?」
見慣れぬ物体に、ベアトリクスの表情が引きつる。
「失われた魔術の時代に作られた魔具と呼ばれるものだ。大抵は何がしかの機能が一つ付与されている。攻撃呪文を発動したり、結界を張ったり、という具合にね。こいつは、治療用に造られたものだ」
ベアトリクスの腹部から衣類を剥ぎ取る。
「よ、よせ!」
治癒呪文ですら嫌なのだから、得体の知れない魔術品など受け入れられないのは判る。が、止めるつもりなど毛頭無い。
傷が無い臍の上あたりに魔具をあてがう。呪文を唱えると、魔具が腹に張り付き、根のようなものが体に浸入を開始した。
「ひいっ!?」
体内を虫が這い回るような不快感に、気丈なベアトリクスも悲鳴を上げた。
「我慢してくれ。そいつが、君の体を正常な状態にしてくれるんだ。まずそれが肉体の欠損を補い、それが終わったら君の治癒能力が有り得ないほどに高められ、肉体の再生が始まる。欠損部位までも、ね」
見る間に、魔具の根のようなものがわき腹に到達し、傷口を塞ぎ始めた。腹の中では、同様に内臓も元の状態に戻そうとしているはずだ。
「んっ……」
不快感を、ベアトリクスは顔をしかめて我慢している。その表情を見て可愛いと思うのは、我ながら自重しろと思った。
ベアトリクスは暫く悶絶していたが、やがてため息をついた。根のようなものによる欠損の補填が終わったのだろう。わき腹はまだ皮膚までは再生されておらず、根のようなものがむき出しになっている。
「第一段階は終わったようだな」
ベアトリクスは上体を起こし、わき腹の状態を確認すると、俺を睨みつけた。もう動けるのか。
「この、悪魔め! こんなものをつけて……、私はもう家には帰れないではないか!」
魔術品そのものを禁忌としている家訓ではなかったと思うのだが。
「治癒が完了したら、自動的に取れるようになっている。何年かかるかは俺にも判らんが、それまで療養するんだな」
「……」
文句が返ってくると思ったが、ベアトリクスは顔をしかめて、黙って俺を睨む。
「まぁ、傷の範囲が大きいから、それなりの時間はかかるとは思うがな」
とりあえず、やれることは全てやったので、帰り道を探そうと立ち上がって後ろを向いた。もう少ししたら、ベアトリクスも歩けるようになりそうだ。──俺の方が動けなくなる前に去ろう。
「……待て」
ベアトリクスはよろよろと立ち上がった。
「治療が完了したら、自動的に取れる、と言ったな?」
ベアトリクスが俺の肩を掴む。無理やり正面を向かされた。
「それなら、何故お前はこれを身に帯びていたのだ?」
真っ直ぐ俺の目を覗き込んで来る。
「先ほどの様子では、お前もこの魔具による治療中だったのだろう?」
気付かれたか。
「ああ、中古品で悪かったな。貴重な代物なので、新品は持ち合わせが無いんだ」
思わず目を逸らす。
「茶化すな、馬鹿者。私の目を見ろ。これを私に渡して……お前はどうなるのか説明しろ!!」
ベアトリクスは泣きそうな顔になっている。
「先ほどの魔具の説明は、俺に治療を施した人からの受け売りなんだが、実際のところよく判っていない。そして、俺の体がどの程度直っているのかも、治療が終わる前に外したらどうなるのかも、な」
ベアトリクスの手の爪が俺の肩に食い込む。
「そんなことになってまで、この私が生きたいと、生きていけると思うか? お前には生きる目的も望みも無いのか!?」
「目的も望みも果たされたよ。俺の生きる目的はアーヴ家への復讐。望みは先ほど君が首をはねた、そこに転がっている男を殺すことだった……」
急に、眩暈と共に体の力が抜け、膝から崩れる。肩を掴んでいるベアトリクスも、まだ俺を支えられるほどには回復しておらず、一緒に膝を着いた。
「だからといって、私を助けてお前が死ぬ理由にはなるまい? それとも、お前の獲物を奪ったから、私にこんな仕打ちをするのか?」
思いがけない意見に、思わず笑みを浮かべてしまう。
腹が裂けても涙すら浮かべなかったベアトリクスだったが、今は涙目で俺を睨んでいる。
「俺の親父も……仕えていた相手も幼馴染も……全部アーヴ家の連中に殺された……アーヴ家を倒した君を……アーヴ家に殺させたく無い……守りたいと思っただけさ……」
急速に視力を失い、もう目の前のベアトリクスも見えなくなった。
「もうアーヴ家のせいで……誰も……」
俺は意識を失った。




