5.進軍
魔術師抜きでアーヴ家との戦闘を迎えることに不安を感じ、一旦ライデンに戻って対策を練ることを進言すると、ベアトリクスは渋々だがこれを受け入れた。ラムドールでの混乱で肝が冷えたのだろう。
軍の一部を率い、ラムドールから出ようとしていたベアトリクスから呼ばれる。
「お前も一緒に来い」
これからの作戦について、落ち着ける場所で話し合う必要があった。ラムドールにいた敵魔術師は二人排除できたものの、他にいないとも限らないし、魔術師ではなくとも情報収集要員の間者がいないとも限らない。
「そうだな。少し待っててくれ」
宿に預けていた馬を引き取り、手綱を引いて再びベアトリクスが待つ門へ戻る途中、見覚えのある人物が待っていた。
派手なドレスを着たその女は、ライデンの酒場で会った諜報員だった。
「旦那ぁ~、随分ご無沙汰じゃない。お仕事忙しいの?」
やや舌足らずな喋り方。何か含んでいるのか。
「ああ。ちょうど仕事が一段落したから戻るところさ」
相手に調子を合わせる。わざわざここに出向いているということは、何か進展があったのか。
「もう。忙しいのは知ってるけどぉ、たまにはあたしのとこに顔出してよね」
そう言って、俺に顔を近づけてきた。
何をするのかと思っていたら、いきなり唇を奪われた。
「!?」
両手で俺の頭を抱え、激しく唇を押し付けてくる。端から見たら熱烈なキスに見えただろう。
舌とともに、何かを口のなかに捻じ込まれた。
「……」
何もこのやり方でなくてもいいだろうに、と思ったが口には出さない。
「これはこの前のお詫びとお礼と、サービスの前払いだからね。ちゃんとお店に来てよ。待ってるわ」
女はウィンクして立ち去った。
口の中の物を気にしつつも、外から判らないように注意しながら門まで戻る。
「またせたな──」
馬上のベアトリクスを見上げたところで思わず固まる。レオン殺害犯と勘違いされたときのような冷たい表情。
今の諜報員とのやりとりを見ていた様子。何か思うところでもあるのだろうか。
「……いくぞ」
ちょっと気まずい雰囲気のまま、ベアトリクスに並んで街を出た。
どうしたものかと思案していると。
少し街から離れたところでベアトリクスがようやく口を開いた。
「朝からお盛んなことだな」
「げほげほっ」
思わず咳き込む。
「おいおい、何を言ってやがる。あれはお前んとこの諜報員だろうが」
「へっ?」
ベアトリクスは間の抜けた声を出した。
頃合かと口の中の物を取り出す。
「ライデンからの連絡だ。お前んとこの当主殿がよこしたのだろう」
「……」
ベアトリクスは赤面して俯いた。初心かよ。
「紛らわしい」
ベアトリクスは怒ったように顔を背けた。
とりあえず無視して渡された物──小さな容器だった──を開ける。中には丸められた紙。それを広げると短い文章が書かれていた。
「クルセイド家当主との話しがついたらしい」
「!」
「アーヴ家の進軍計画は当主殿が全て聞いているとのことだ。お前はこのままライデンに戻って、どこで迎撃するか当主殿と作戦を練ってくれ。俺は向こうの軍と連携を図るために一旦アレスに向かう」
アレスにあるワーレンの商館に再び足を運ぶ。
酒場に入り、バーテンダーに「仕事だ」と伝えると、奥の部屋に案内された。中では三人の男が待っていた。一人は養父の部下、一人はアレックス、もう一人は見たことが無い騎士らしい人物だった。
「ブラームス家の説得、ありがとうございました」
アレックスが頭を下げる。
「そちらの方は?」
騎士らしい人物の方を見る。
「こちらは、我らがクルセイド家が誇る魔法騎士、レーネウス殿です」
「レーネウスです。よろしく」
右手が差し出される。
「こちらこそよろしく」
しっかりと握手を交わす。
「アーヴ家の連中ですが、相当焦れている様子です。というのも、当主はクレア様の命と引き換えで動く範囲について、当初から限定的な取引を結んでおります。アーヴ軍と連携してブラームス軍と戦うことはするが、それ以上についてはクレア様の命がどうなろうと行わない、と。アーヴ家の連中は、当初はそれでどうにかなると踏んでいたようですが、今頃になって圧力を加えてきています。そのことから、連中はクレア様の脱出について我々が何か知っているかを危惧する様子が無いどころか、連中すら気付いていないのではないかと思えます。ケイオスの守備兵どもが、保身の為にそのことを知らせていない可能性がありますね」
なるほど。あのアーヴ家のこと、そういうミスについてどういう報いがあるか知れている。ケイオスの連中はなんとか自分らの力でクレアを取り戻そうと当て所なく捜索しているのか。ひょっとしたら、クレアが閉じ込められていた部屋を検めておらず、未だに脱出に気付いていない可能性すらある。
何れにせよ、クルセイド軍がアーヴ家に従って動く振りをするのは問題無さそうだ。
レーネウスが地図を広げる。
「アーヴ家の連中は、ブラームス家の主力がラムドールで足止めされている間にラムドール周辺の砦を陥落しようと考えているようです」
地図上、ラムドールから伸びるいくつかの街道の先にそれぞれ砦のマークがある。他の都市との間で関所になっている様だ。
地勢的に、ラムドールはその周辺地域を含めて天然の城砦のようになっていた。元々盆地状の土地に、四方の山を崩して道を通した土地らしい。
現在西側の山はブラームス領ではなかったため防備の手は加えられていなかったが、北と東と南には砦を設け、塞いでいた。
それらの砦を奪えばラムドールは孤立する。包囲して主力を疲弊させるか、封じて他を攻める算段なのだろう。
「ラムドールで何か起きているのでしょうか?」
「ああ。魔術師が工作員として潜入していて、色々とやらかしていたよ。工作員を二人始末した後、ベアトリクスは軍の一部を率いてライデンに戻ったから、まだアーヴ家がどう動くか判らんな」
地図を睨みながら思案する。
「こうなると、未だにラムドールは混乱していた方が得策だったかと思える──工作員を二人始末して混乱は治まってきたのたが、まだ他にもいるかもしれないと疑心暗鬼に陥っている振りでもさせようか。元々調査は続けるように言い含めてはきたことだし」
「なるほど。ではこちらもその心算で動く計画を立てましょう」
その後は、思いのほかスムーズにことが運んだ。敵対した相手との地力の差を今更自覚して焦っているのか、計略を仕掛けることはあっても仕掛けられたことなどなかったのか。
元々格上のクルセイド家を脅迫で巻き込んで、更に格上のブラームス家に挑んだのだ。少しでも躓けばこうなることは素人目でも明らかだろうに。クレアの誘拐に成功して、目が眩んだのか。それともディラム家を陥れた頃に比べ、アーヴ家自身が大きくなりすぎて、そのような感覚が麻痺してしまったのか。最早クルセイド家を疑う余裕すらなかったのかもしれない。
ベアトリクスは魔術師団を引き連れてラムドールに戻り、混乱の演出をしつつもラムドールの対魔術設備の拡充を急いだ。
ラムドール周辺の砦にも伝令を出し、襲撃に備えると共に、防衛のみに注力して討って出ないように厳命した。砦の兵力を増強する案も出されたが、それをアーヴ家に気取られては全て水泡に帰すため却下された。
クルセイド家はアーヴ家の軍に随伴し、合図があるまでアーヴ家の指示に従う振りを続けさせた。既に三箇所ある砦に向けてそれぞれ軍を分けて行軍している。
俺はレーネウスと共にクルセイド家の別働隊として参加し、増援という形でラムドール付近に向けて進軍した。




