3.ブラームス家
クルセイド家当主への連絡はアレックスに任せ、俺とクレアはワーレンへ移動した。
クレアを匿えるようなあては、俺にはここしか無かったし、アレックスの土産もここにあったからだ。
ワーレンの自宅に馬車のまま乗り入れた。自宅といっても、育ての親である評議員の家だったが。
喧嘩して飛び出してしまっていたので戻り辛くはあったが、クレアのことがあるのでそうも言ってはいられない。
クレアを連れ立って、養父の執務室に入る。
養父は俺を見るなり、
「もう逃げ戻ってきたのか」
などと言いやがった。まぁ、嫌味の一つもいいたくはなるだろうさ。
「まぁそう言わないでくれ。いくつか話をしたい案件がある」
養父はクレアを見て、
「なるほどな」
ニヤリと笑った。
「え?」
クレアは、養父が何か勘違いでもしたのだろうかと、頬を赤らめて俺を見た。
「大丈夫、親父はワーレンの裏を牛耳っていて、世情にも詳しい。大凡の見当は付いてるんだろう」
養父はワーレン評議会の諜報担当で、ワーレンのみならず他所の勢力についてもかなり通じていた。
「察するに、クルセイド家のクレアさんかな?」
養父の言葉に、クレアは目を丸くする。
「基本的に、ワーレンは表向きにはどの勢力にも与しません。が、売れる恩は存分に売る主義でね。これまではクルセイド家に恩を売る機会があまり無かったが、これはいい巡りあわせだ。存分に頼っていただいて結構ですよ」
持って回った言い回しだが、要は「クレアを匿うことに同意する」と言っているだけだ。
クレアもそれに気づいた様子。
「あ、ありがとうございます」
クレアはお辞儀をし、養父は軽く手を振ってそれに応えた。
「それで。他の用件は?」
俺が『いくつか』と言ったことを指しているのだろう。そういった言葉の機微を逃さない人だ。
「ブラームス家のレオンって人も匿っているんだろう?」
アレックスの言っていた土産話の正体は、このレオンという人のことだった。
クルセイド家がブラームス家を裏切るにあたって、アーヴ家から最初に指示をされたのがこのレオンを討つことだったらしい。
レオンがブラームス家の軍を率いてアーヴ家と対峙したとき、クルセイド家もアレックスが軍を率いて同行していたのだ。
ブラームス家は当主が高齢だったため、歳がかなり離れた弟のレオンが名代として軍を率いていたのだった。
レオンと旧知だったアレックスは、アーヴ家の指示でレオンを騙し討つことを直前になってレオンに伝えたのだ。クルセイド家が置かれた事情と、これからの動向についても。そして、討たれた振りをしてくれと依頼したのだった。
レオンは渋々ではあったが、受け入れてくれたらしい。そのせいで、アーヴ家の目論見は大きく外れ、ブラームス家にあまり損害を与えられなかった。レオンとアレックスは、レオンが逃走し、アレックスが追跡するという形でクルセイド領の山奥まで入り、相打ちの形で崖から落ちた振りをしてアーヴ家の目を逃れたのだった。
アーヴ家に詮索されないために、レオンには暫く隠れてもらう必要があったため、アレックスは中立のワーレンを頼ったのだ。どうやらうちの養父とも旧知らしい。
養父によれば、現在ブラームス家は当主の娘が率いているのだが、この娘はレオンが討たれたことに相当ご立腹らしい。そのことが、アレックスが危惧していたところでもあり、土産話でもあるのだろう。
この後レオンとも会い、無事を伝える手段を思案したところ、レオンは一通の手紙を書いた。レオンによれば、この手紙だけで自分の無事は伝わるらしい。何か当人たちだけが判る暗号のようなものがあるのかもしれない。
クレアを養父に預け、レオンの手紙だけを持ってブラームス家の当主が住む都市ライデンに向かった。
ライデンには何度もワーレンの諜報員として赴いたことがあり、実は当主に言伝を頼めそうな伝もあった。
ライデンのとある酒場に入る。
表向きは普通の酒場兼盛り場だったが、ここはブラームス家の諜報員との連絡場所でもあった。
「あら、お久しぶりね」
俺の姿を見て、高級娼婦のふりをしている諜報員が近づいてきた。
「ああ。このところ忙しくてなかなか来れなかったが、お前さんが恋しくてね。空いてるのかい?」
その娼婦を買うふり。これがここでの符丁の一つだった。
「大丈夫よ。上の部屋に行きましょう」
腕を組んで、部屋まで案内される。
部屋に入ってドアを閉じた途端、首筋に短剣を当てられ、壁に押し付けられた。
「この非常時にワーレンの者が何の用?」
アーヴ家との抗争で諜報員が割りを食っているのか、気が立っている様子。まぁ、色々と後手に回っているのは確かなので、風当たりが強くなるのも当然だろう。
「つれないな。いい話を持ってきたんだが」
俺の言葉に、女は鼻を鳴らす。
「言ってみな」
「クルセイド家のことと、レオン氏のことと、アーヴ家のことを話しに来た。当主に取り次いで貰えるかな」
俺の言葉に、女の表情が険しくなる。
「とりあえず、レオン氏の無事はこれを当主に見てもらえば判る」
女に手紙を渡す。
女は手紙を開いて目を通すが、真偽までは判らない様子。だが、書面による証明については心当たりがあるのだろう、それを当主に見せることは請け負ってくれた。
部屋で暫く待っていると、やがて女が戻ってきた。
「当主様から面会の許可が下りた」
それだけ言って、付いてくるように促された。
大人しく付いていくと、別の階段を降りて隠し通路に案内される。地下を通じて、城まで直接入れるらしい。
そのまま付いて行き、とある部屋で待つよう指示された。
部屋で待つ間、チリチリと肌に妙な感触を感じた。おそらく、魔力による精査だろう。俺を調べているのだ。
ブラームス家は、長年に渡って魔術師に苦しめられた過去を持っており、魔術師を忌み嫌っていた。魔術に対する備えもかなり保有しているらしく、この部屋もその一部なのだろう。
やがて反応も治まり、また女が迎えに来た。
ブラームス家の当主に会ったのは寝室だった。高齢であり、体調もあまりよくはなさそうだった。
侍女に支えられて体を起こしてはいるが、それも辛そうにしていた。
「レオンの手紙、確認させて貰った。あれは元気にしているのだね?」
「はい。アーヴ家の目を欺くために崖から落ちる芝居をされたときに怪我を負われてはいましたが、無事です」
「おお。神よ、感謝します」
当主は目を閉じて祈る。
「して、クルセイド家の話と、アーヴ家の話をしてくださるのかな」
当主に促され、これまでの経緯と見知った事情、そしてこれからの方策案について話した。
クルセイド家がブラームス家を裏切った事情、そしてクレアの救出により状況が一転したこと。
アーヴ家に悟られずに連携を取り、アーヴ家を討つ算段。
案の定、当主はこれに乗ってきた。
「わしに依存は無い。ただ、わしがこの状態なので、今は娘のベアトリクスが名代として全軍を率いておる。ブラームス家としての動向は娘に一存しているので、アレに指示を仰いでもらいたい」
当主もレオンと同様、この話を証明するための手紙をしたためた。
「ただ、アレも頑固者でのう。この度の件で、クルセイド家に対して非常に怒っておる。どうかアレをうまく説得して欲しい」
そう都合よくはいかないか。だが、この程度は織り込み済みだ。
「娘は今、ラムドールの街でアーヴ家の罠に嵌って立ち往生しているみたいでな。ついでに助けてやって欲しい」
……ついでに仕事が増えてしまったらしい。




