2.クルセイド家
太陽が昇りきる前に、農業都市アレスへ辿り着いた。脱出してきたアーヴ家のケイオスと中立都市ワーレンの中間にある、中規模の都市だ。
ここはメディア家の領有地だったが、メディア家はこの都市を広く開放していた。それがあまり友好的ではない相手でも。
戦争を行う場合、生産業の多くは停止し、かつ資源はいつもより多く必要になる。蓄えだけで賄うにも、食料は最初に底を付く物資の一つ。そこに目を付けたメディア家は、自分らと戦争する場合を除いて、どの相手とでも食料取引を行うと公言。しかも、各勢力からの直接取引に関して、そのレートを自分らとの友好度に応じて割り引く、と。この政策によりメディア家には敵が居なくなった。少なくとも、表立っては。
この町には取引する各勢力の商館があり、ワーレンも商業ギルドが商館を保有していた。アーヴ家の物もクルセイド家の物もあった。が、アーヴ家からの影響度合いが判らない為クルセイド家の商館へはまだ接触しないほうがいいだろう。
「商用で」
町の入り口で、荷馬車に乗ったまま門番にワーレンの商業ギルド章を渡す。
「積荷は何だい?」
門番はギルド章を返しながら商品を問う。ここでは一般の兵士も商取引を行う。めぼしい物が無いかを確認するのは門番の役得だった。
「ワインと塩だね。残念ならが、珍しい物は仕入れられなかったよ」
ギルド章を懐にしまい、肩を竦めて見せた。
「そうか。宝石類で何かいい品を仕入れたら声を掛けてくれ」
手を振って、町の中に入る。
懐の、ケイオスでくすねて来た宝石類のことが頭を過ぎったが、今これをアーヴ家の者に見咎められたら不味い。
そのままワーレンの商館まで乗り付ける。
ここでもギルド章を見せ、荷馬車ごと倉庫の中に入れてもらう。馬丁に料金を渡し、奥へと案内される。倉庫の中は間仕切りされており、馬車と馬を置いておく場所がレンタルされている。所定の場所まで荷馬車を進めると、間仕切りが閉ざされた。中に何があるのか、他からは見えないように配慮されているのだ。中は、更に馬を休ませるための場所が柵で囲われている。
荷馬車から馬を外し、柵の中へ放つ。途中休憩を入れながらの行程だったとはいえ、結構無理をさせたため今日はもう休ませる必要があった。まぁ、それ以前に自分も限界に近かったが。
「ここは……?」
クレアは荷台から顔をのぞかせる。さっきまで寝ていた様子。荷馬車の中は快適とは言い難かったが、囚われの身ではゆっくり休めてなどいなかったのだろう。
「ここはアレスにあるワーレンの商館の中。まず、君の服を調達してくるから、暫くここで待っていてくれ」
商館の宿で休もうと思ったが、クレアの格好を先にどうにかする必要があった。ぼろぼろのドレス姿では人前に出す訳にはいかないし、身元が知れるのも困る。
クレアを荷馬車に残し、商館の酒場に顔を出す。
「いらっしゃい」
俺の姿を見とめ、バーテンダーが声を掛けて来る。他の勢力の商館がどうかは知らないが、ワーレンの商館の場合、職員の大半はワーレンの評議員から派遣された諜報員か、それらの仕事を委託された者だった。
俺もワーレンで働いていたときは評議員から仕事を請けて諜報活動を行っていた。商業ギルドに登録しているのはそのときに役立つ身分として必要だったからで、諜報活動を辞めた今でも商業ギルドはその身分を使わせてくれていた。
酒場には他に客が三人。二人は同じテーブルで酒を飲んでおり、残り一人は別のテーブルで食事をしている。
「なにか飲むかい?」
「とりあえず、水を一杯くれ。今着いたばかりでな。後でもう一人連れて来るから、そのときに食事も頼む」
カウンターの椅子に腰を預ける。
出された水を飲み干し、
「衣料品を扱ってるやつはいないか?」
客たちに声をかけた。
昔の俺のように真っ当な商人ではないかもしれないが、ここに居る限り商業活動も行っているはずなので商人として扱って差し支えない。
奥のテーブルで食事をしていた一人が手を上げた。声を出さなかったが、口に入れたものを飲み下すまで喋れなかったようだ。立ち上がり、こちらに近寄ってきた。まだ離れているのにゴクリと飲み込む音が聞こえそうなくらい大げさに嚥下した。
「──ふぅ。私はオークス。縫製前の布も若干扱ってはいるが、主な商品は古着なんだ。主に金持ちから下取って、我々のご同業者に売っている」
気さくな風に、手を差し出してくる。
「俺はアクリシウス。今は塩とワインを主に扱っている」
差し出された手を取り、軽く握る。
「実は、姪っ子が行商について来たんだが、馬の扱いに馴れてなくてね。何をやったのかは知らないが、馬に引きずられて一張羅を台無しにしやがったのさ」
適当に話を作る。今の姿を見せるつもりは無いが、万一見られてもそれなりに話が通るようにしておいた方が安全だろう。
「そいつは災難だったな。で、どれ位のサイズなんだい?」
古着であるため、サイズがまず重要になる。
「背は俺の胸くらいで、華奢な感じだ。男物でも構わん」
話ながら、男装させた方がいいかも知れないと思いつく。
「そうだな、そのサイズだと」
オークスは腰に吊るした台帳の中から目当ての目録を開いた。
「あまり数は無い。女物は、ドレスが3着、ブラウスが2枚、スカートが1着。男物は、上下繋いだ作業着が2着あるな。丈や幅に余裕があり過ぎるかも知れない。見てみるか?」
「面倒だ。ある程度丈が合いさえすればいいから全部売ってくれ。この先、また何をしでかすか判らん」
肩を竦めて見せる。
「はは! 気前のいいおじ上にその姪っ子も感謝しないとな。直ぐ欲しいんだろ?」
言いながら、一緒に酒場を後にした。
古着を抱えて自分の荷馬車に戻ると、クレアはおとなしく中で座って待っていた。
「服を買ってきた。古着だが我慢してくれ」
買ってきた服を渡し、背を向ける。
「とりあえず、サイズが合うやつに着替えてくれ。男物の方が素性を隠すにはいいかもしれないが、逆に目立つかも知れないので適当で構わん。あと、君は俺の姪っ子という設定にしておいたので、そのつもりで振舞ってくれ」
着替えが済むまで、俺は馬の世話をすることにした。
「お待たせしました」
クレアが荷馬車から降りてきた。上はブラウスで、下はつなぎの作業着を腰まで穿いて、上着側は袖を腰に巻いて前で絞って留めていた。いいところのお嬢さんが慣れない力仕事の手伝いをやるような風体に見える。
「どうです?」
くるりと回って全身を見せる。
「ふむ。思っていたのと違うが、君にはよく似合っているかな。これなら、履いているブーツもそう違和感が無い」
靴まで頭が回っていなかったことに今更ながら気付いた。
「後は髪だな。失礼」
クレアの後ろに回り、髪を手に取る。肩のあたりにゆるく束ね、皮ひもで結んで留めてみた。
「こんな感じでどうかな?」
手鏡を渡して状態を見せる。
「はい。いい感じですね」
クレアを連れて再度酒場へ赴く。バーテンダーはクレアを見て右眉を上げた。
「飯を二人分たのむ。酒はいい」
オークスの姿は無かった。さっき服を受け取ったとき、すぐに次の町へ向かうと言っていたので、もう旅立ったのだろう。
出された食事はとても上品なものとは言い難かったが、クレアは文句も言わず、というよりも無言でガツガツと食べている。
ケイオスでの扱いがどうだったか伺える。どれくらいの期間囚われの身だったのか知らないが、元はもっとふくよかだったのかも知れない。
「おかわりするかい?」
一心不乱だったのだが、俺に声を掛けられて急に我に返ったのか、食べるのを止めて俯いてしまった。どうしたのかと顔を覗き込むと、顔を赤くしていた。恥ずかしかったのか。
「いえ、空腹ゆえ食べ急いでしまいましたが、そんなに大食漢というわけでは」
消え入りそうな声で返事をするその仕草が可愛くて、ついニヤニヤしてしまう。
「今は人目を気にしなくていいから、好きなだけ食べなさい。もうちょっとだけふくよかな方がいいと思うし」
小声で促すと、コクリと頷いてまた食べ始めた。素直で可愛い。そして、こんな娘を酷く扱ったアーヴ家の連中を如何してくれようかと考えた。
俺が直接危害を加えるのには限度がある。それよりも、戦争中のアーヴ家を敗北に導いた方がより大きな被害を与えられそうだ。クレアの話を聞いてなかったら、そんなことは思いもよらなかっただろう。
元々アーヴ家が、かなり格上のブラームス家に戦争を仕掛けること自体が異常な状況だったので、当初は自滅する前に自分の手で幾許かでも危害を加えたいと焦っていたのだが。連合勢力としてブラームス家側と対等に渡り合っており、それならばアーヴ家の連中を殺すなり何らかの妨害をすることで均衡が破れればと思ってケイオスへ潜入したのだった。よもやまた人質などを使って策を弄しているとは……。
人質を盾にクルセイド家を併呑しなかったのは、ディラム家と違いクルセイド家が勢力としては大き過ぎた為か、もっと大きなブラームス家を打ち破るために利用した方がより安全かつ効果があると判断したのだろう。
だが、拮抗することはアーヴ家にとっても誤算だったに違いない。連中のこと、クルセイド家に騙し討ちをさせて一気にカタを付ける算段だったのではないか。そして、そうならなかったのは、クルセイド家が完全には言いなりにはなっていないのだろう。そう考えれば、現在も戦線が膠着したまま動かないことも頷ける。ならば、クルセイド家が抜けただけでもカタはつく。だが、それだけでは面白く無い。俺にとってもクレアにとっても。
クルセイド家にとり安全なタイミングで内に入り込んでいるであろうアーヴ家の連中を排除し、ブラームス家と連携しないまでもアーヴ家を攻撃すれば、それなりに損害を与えて疲弊させることも可能だろう。だが、それでは生ぬるい。こと軍事力に関してだけはアーヴ家も並みの有力貴族を凌駕するほど持っており、追い払うとは出来ても逆に侵攻し返すのは容易ではない。
一番いいのは、クルセイド家がぎりぎりまで従う振りをして、戦場でブラームス家と共にアーヴ家を挟撃して一気に滅ぼすことだが、それにはまずクルセイド家を窮状から救い、その上でブラームス家とも連携を取る必要があった。
「レトさん……?」
食事を終えたクレアが、フォークで肉をつつくだけで食事が進んでない俺を見咎めた。
「ああ、これからどうするか考えていたところさ。ここには宿泊施設もある。今日は休むことにしよう」
残りの肉を口に詰め込み、酒場を後にした。
酒場の上の階に宿泊施設がある。
ワーレンの商館では、酒場まではワーレン商業ギルドの者でなくても利用出来るが、宿はギルド関係者しか利用出来ないことになっている。他所の者も連れ込むことは許可されていたが、クレアだけでは部屋を取れないことを思い出した。ベッドは複数あっても寝室が二つに分かれている部屋は無かった。
「しまったな。同室になるが、かまわないか? 嫌なら町の宿に泊まってもいい」
変な気は全く無かったが、いかがわしいオッサンのような気分になった。
「かまいませんわ、おじ様」
クレアが俺の腕に自分の腕を絡める。そんなことをしたら……案の定、宿屋の親父がいかがわしいものでも見るかのような目で俺を見ている。不本意だが、面倒なのでその役どころで行くことにした。
「一番いい部屋は空いているかい?」
宿屋の親父にギルド章を見せ、金が入った小袋を差し出しウィンクしてみせる。親父は小袋の中身を確認すると、鼻を鳴らしてカウンターの下から鍵を取り、差し出した。
「一番上の階だ。ゆっくりしていくといい」
クレアを伴い最上階まで階段を上がると、一番奥に該当の部屋があった。鍵を開け、中に入る。
部屋に入ると、クレアが手を離した。
「一番お安い部屋でもよろしかったのに」
恐縮そうに佇んでいる。大貴族の子息が心配する事柄でもなかろうに。
「いや、安い部屋だと、部屋の中に風呂が無いんだ。共用のものが一応外にあるにはあるんだが、部屋に風呂があった方が落ち着くだろうと思ってね」
ケイオスでどう扱われていたか聞いてはいないが、ろくなものではあるまい。ゆっくり寛ぐ時間が今の彼女には必要だと感じていた。
「……お気遣い、ありがとうございます」
クレアは俯き、左手でブラウスの前を掻き毟るように掴んだ。
「気にしなくていい。折角連中の手から逃れたんだ、寛いでくれ。いつでも湯は使えるはずだから、先に風呂で疲れを取るといい。覗いたりしないから安心してくれ」
気を使わせないよう、軽い冗談とともにウィンクして見せた。
「ありがとうございます。そうさせていただきますね」
うっすらと涙を浮かべながらも、彼女は笑顔を見せてくれた。
気がつくと、部屋の中は薄暗くなっていた。ベッドに倒れこみ、そのまま眠ってしまったようだ。隣のベッドを見ると、クレアが眠っていた。ちゃんと眠れているようでホッとした。
起こさないようにそっと寝室を出る。扉は無いが、寝室と居間が壁で仕切られていた。居間の窓から外を見ると、日没直後の様子。
寝室の反対側にある扉から風呂場へ入る。
設備が整っている施設は快適でよい。いつでも湯が使える。旅ばかりしていると風呂に入れないことが多くて大変だった。小規模な村落や田舎の方では宿すら無いところもあり、ワーレンの諜報員だった頃はそういうところへもよく足を運んでいた。しかも、身分を隠して一下級商人として行動するためあまり贅沢も出来なかったので、不便を強いられた。
浴槽に湯を張り、手早く体と頭を洗って湯に浸かる。まだ無理な魔術行使から回復しきれて無いのか、疲労感が抜けない。他の術師がどうかは知らないが、俺にとって風呂は魔力の回復には欠かせなかった。この一点だけは、俺はこの地に生まれたことに感謝している。海の向こうには、今のような個人用の風呂ではなく公衆浴場が主流だった時代に疫病が流行ったせいで、湯に浸かるという文化自体が廃れてしまったところがあると聞いた。その当時、優秀な魔術師がいなかったためなのか、それとも優秀な魔術師がいたためにそうなったのかは知る由もなかったが。
湯に浸かりながら、胸に埋め込まれた、むき出しの魔具を眺める。はるか昔に錬金術で作られた、貴重で高価な魔術品。アーヴ家の者に切り伏せられた時に、俺を無理やり生きながらえさせるために治療で使用されたものだ。
そうまでして俺を生きながらえさせた理由は、情報を得るためだった。ディラム家の長男を攫った相手やその時の情報などを。その結果、攫った相手の人相と、執事の一人が手引きしたことが判明した。それなりに役にはたったのだが、その後の結果が芳しくなかった。この情報を得たがために俺の親父が命を落としたと知ると、複雑な思いだった。まぁ、恐らく早いか遅いかの違いでしかなかったのだろうが。
今では、この魔具のせいで俺自身が魔力を帯びるようになった。元々、才があったわけでは無い。この魔具が俺の体を変質させた結果らしい。俺が負った傷を完全に癒すには魔力が足りず、魔具が魔力を求めたのだろう。自由に動ける程度に傷が癒えた後は、その魔力を逃がす為に魔術を幾らか習得する必要が生まれた。
ひとしきり湯を楽しむと、ようやく疲労感が抜けてきた。気分の問題かもしれないが。
風呂から上がり、居間で外を眺めながら思索しているとクレアが起きてきた。
「きゃっ」
「……ああ、すまん」
上半身裸で涼んでいたままだったのを忘れていた。
あわててシャツを羽織る。身なりを整え、ソファに腰を下ろした。
「もう大丈夫だよ」
寝室に引っ込んだクレアがこちらを伺うように顔を半分だけ覗かせる。恥ずかしくて引っ込んだのか、身の危険を感じたのか。
「……驚いて声をあげてしまってすみません」
俯きつつ、こちらに近づいてきた。警戒してしまったことを詫びているのか。だとしたら悪いことをしてしまった。
「いや、配慮を欠いてすまなかった」
手で向かいのソファへ座るように勧める。
クレアはペコリとお辞儀をして座った。
「これからのことなんだが、君をどこかに匿う前に、いくつか確認しておきたいことがある。まず、君の父上へ連絡する手段。確実に、父上だけに連絡が取りたい。それが無理なら、絶対に信用が置けると断言できる腹心がいないか。出来れば、長く仕えていてかつ他に家族や親類がいない人がいい。それから、内通者と思しき人物の特定」
声こそ出さなかったが、俺の言葉にクレアが動揺した様子を見せた。
「心当たりがあるんだね?」
クレアは暫く考え込み、やがてコクリと頷いた。
「信じたくはありませんでしたが、やはりそうなのでしょう。私が攫われたとき、まだアーヴ家とブラームス家が表立っては争っていなかった頃ですが、不穏当な動きを察知した父が家族には城から出るなと厳命して、ブラームス家へ訪問していたのです」
クレアは目を閉じ、当時を振り返る。
「あの日、留守を預かっていた叔父のアーガムが何者かをこっそり城に迎え入れたのを偶然目撃しました。その日の夜、叔父が話があると私の部屋へ訪れ、暫くブラームス家について話し込んでいたのですが、その時アーヴ家の者が私の部屋へ押し入ってきたのです。その男は叔父を殴り飛ばすと、私を布で縛り上げ、そのままケイオスまで連れ去りました。今思えば、叔父を殴ったのもただの小芝居だったのかも知れません」
ギリ、と音が聞こえるほどに歯を食いしばるクレア。
「ふむ。断定は出来ないし他にも居るかも知れないが、その叔父とやらは内通者である可能性が高いな。実は、ディラム家での誘拐時も内通者がいたんだ。それも、割と信頼されていた執事の一人がね」
ディラム家の場合、長男がまだ幼かったため表に出ることが無く、城の奥まで入り込まなければ誘拐は難しかった。ディラム家と比べ規模が何倍もあるクルセイド家からのクレアの誘拐は、かなり困難だろうと思ったのだ。
「──っ!?」
不意に、不穏な気配を感じた。
部屋の外に魔力を感じる。建物の中だ。何らかの術式が起動している。
「クレア、伏せろ」
直後、音も無く扉が破られた。結界で物音が外部に漏れないようにしたのだろう。
何者かが部屋に飛び込んできた。
慌ててクレアに手を伸ばし、抱き寄せ、隠すように盾になる。
「動くな!」
侵入者は俺の眼前に剣を突き出した状態で動きを止めた。
アーヴ家からの追っ手かと思っていたが、どうやら違うらしい。
クレアが俺の腕の中から何事かとその人物を伺う。
「アレックス!?」
「お嬢様、ご無事でしたか」
どうやらクルセイド家の者らしい。
「アレックス、剣を収めてください。この方は、私をアーヴ家から救出してくださったのです」
「こちらはアレックス、古くから父に仕える腹心です」
クレアが間に入り、紹介してくれた。
「彼ならば、レトさんの心配には及ばないでしょう」
そっと耳打ちされた。内通者では無いだろう、と言っているのだ。
「こちらはレトさん。ケイオスに捕らわれていた私を救出し、ここまで連れてきていただきました」
「お嬢様の救出、感謝いたします」
アレックスが頭を下げる。
「アレックス殿、あなたはどうやってクレアの所在を?」
ケイオスから出た時は闇に乗じていたし、この商館に入ってしまうまでクレアは一度も馬車から顔を出すことすらしていない。この男がどうやってこの場所に辿り着いたのか知っておくべきだと感じた。
「──ああ、そのことでしたら。クルセイド家の血筋の者は全員、その身に紋章を刻んでおります。詳細は機密ですが、条件が整えばそれを辿って探知が出来るのです。アーヴ家の根城には全て、その探知を妨害できる結界が張られているらしく、探知が及ばなかったのですが」
ケイオスでクレアが見せてくれた左手の紋章のことか。
条件が整えば、とも言っていたから、攫われている間は追跡できない状態にあったのか。恐らくだが当人が意識して発動する必要があるのだろう。ここでそこまで詮索する心算はなかったが。
「こちらも質問よろしいかな? 失礼を承知で申し上げる。経緯とレト殿の素性について、教えていただきたいのですが」
「アレックス──」
クレアは慌てて止めに入るが、俺はそれを手で制止した。もっともな質問だろう。
「私の父は、ディラム家に仕えておりました」
簡潔な回答。これ以上の答えは無いだろう。
アレックスは暫し遠い目をしていた。記憶を辿っているのだろう。
やがて。
「よく判りました」
深々とした礼を返された。
クレアは複雑そうに俺たちを見ていた。
「して、これからどうするおつもりでしたか?」
「クレアとも話をしていたのですが、とりあえずクレアをどこかに匿って貰おうと思っていました」
クレアが頷くのを見て、アレックスは片眉を上げた。
「クルセイド家の状況は見えてないので想像ではありますが、アーヴ家が内部に入り込んでいるのではないか、クレアがそのまま戻った場合、色々危険な状況になるのではないかと思ったのです。だから、クルセイド家には表向きクレアの救出は伏せた形でどうにか当主に連絡が取れないものかと思案していました」
「ほう」
アレックスは関心したように頷いて見せた。
「確かに、そのままクレア様救出の報が届いてしまっては、少なくとも本家筋に危険が及びかねない。ですが、救出の知らせが届くか否かによらず、アーヴ家は動くかもしれませんね」
頷いて同意を示す。
「ですので、速やかに当主に連絡を取る必要があったのです。それも、アーヴ家の連中には絶対ばれないような形で」
アレックスも頷く。
「それは、私めにお任せください。──して、その後はどうなさるおつもりで?」
言外のことにも気づいているのだろう。
「クルセイド家の同意が得られれば、ですが。ブラームス家を説得しに行こうと思っています」
「──なるほど。アーヴ家を挟撃するのですね」
やはり察していたか。俺は力強く頷いてみせた。
「ですが、それだけではブラームス家が素直に賛同してくれるかは微妙な情勢です」
既に相当の損害を与えているのだろうか。それとも、長年同盟関係であったことが逆に災いしてのことか。
「それでも、ちょっとだけ事態を好転できそうな土産話があります」
アレックスはニヤリと笑って見せた。




