1st FLT「スクランブルは突然に」⑦
パイロットも指示を聞きつつ、光学着艦誘導装置の灯が適正な経路となるようコントロールする。
『OK,Check Gear and Hook.Easy with it…(脚と着艦フック位置確認。そのまま進入せよ…)』
小さく見えていた“あかぎ”の飛行甲板が一気にせり上がってくる。波浪による艦の縦、横の揺れを素早く把握し、修正に反映する。ポッターの鼓動が速く大きくなる。甲板上の人の姿がはっきり見えてくる。HUDの高度表示が3桁100ftを切る…
機首が艦尾にかかると同時
「艦尾変わった!!!」
後席のグラスが叫んだ。着艦体勢に入った機体が完全に艦尾を通過した瞬間を確認し、後席はコールする手順になっている。
何故ならその状態で飛行甲板上を通過すれば極端な話、直前に何らかのアクシデントで誘導が途絶しても、後はパイロットがスロットルを絞るだけで機体は沈み、艦尾に機体を引っ掛けることなく自然に着艦するからだ。
これは旧大日本帝国海軍航空隊における空母着艦手順を参考にしている。つまりはこの点において、旧海軍の“空母の伝統”が引き継がれた形となった。
グラスのコールと同時、一気にパワーを絞る。
フッと落とされるような感覚。
一瞬身構える。
次には下から突き上げてくる強い衝撃。
それは不意にポッターと彼の同乗者たるグラスを襲い、次には主脚が飛行甲板の感触を拾う細かな振動が伝わって来た。
「MAX パワー!」
着艦失敗に備えたるためスロットルを一気に押し込む。再びの加速は、飛行甲板上に3本配された、35ミリの高張力鋼製の拘束索をフックが捉えたことにより急減速し、最後は前脚支柱の緩衝をいっぱいに縮めて停止した。
『031,Hit 2!In close!
(031号、2番ワイヤーが捉えた。着艦成功!)』
『031 Power cut.
(031号了解。パワーを絞る。)』
LSOの指示に従いスロットルをIDLE位置まで下げる。高出力時特有のエンジンノズルのオレンジの焔が消えた。
『完全静止確認!着艦制動索異常なし。フックアップ!離脱支障なし。誘導員の指示に従え』
『ラジャ。離脱する。誘導員の指示に従う。|誘導ありがとうございました《センキューパドリング》!』
アレスティングワイヤーからフックの拘束を解いた031号機はゆっくりと滑走を始めた。
涼は誘導員ハンドラーの指示に従い、機体を駐機エリアに向ける。
「発艦するときガチガチだったからどうなるかと思ってたけど、着艦落ち着いてたな。よかったぞ。」
後席のグラスも安心したようにポッターを労う。
「いやー、まだ心臓バクバクですよ。バイザーオフ。IFFスタンバイ。ウイング折り畳み」
引き剥がすように酸素マスクの片側のスナップを外す。着艦が成功したことへの安堵感と酸素マスクの煩わしさから開放されたことで、自然と大きなため息が出た。
『Deck control,Dragoon31.
(甲板管制、こちらドラグーン31。)』
『Dragoon31,Deck control.go ahead.
(ドラグーン31、こちら甲板管制どうぞ)』
『Dragoon31,航空機状態異常なし。給油8キロお願いします。』
『Dragoon31 All copy.リフュエル8キロ。』
誘導員とのアイコンタクトのためバイザーを上げ、敵味方識別装置を作動待機状態にする。
狭い甲板を移動するため翼を畳み、誘導に従っ先に先に駐機していた編隊長機の隣に付ける。駐機位置両側には駐機を待っていた列線員が整備機材等を手に待機している。
左前に立った誘導員が腕を交差させる。停止の合図だ。
ブレーキを踏み込み停止。すぐにパーキングブレーキをセットして手信号を送ると列線員がインターコムの有線を取り付ける。
「コクピットこちらグランド。無線感度確認。お疲れ様でした。感度いかが?」
「グランド、コクピット。クリアーです。キャノピー開けます。」
「グランド了解。」
キャノピーを開けると甲板の喧騒がヘルメット越しに伝わりジェット燃料の焼けた臭いと潮の香りが鼻をつく。
「エンジンデータ記録しました。エンジンカットします。」
「どうぞー。」
エンジンの作動状況を、整備用メモリースティックにデータを記録し、熱膨張したタービンを冷やすために、エンジンをアイドル位置で冷却する。回転が安定したところでスロットルを持ち上げていっぱいに引く。
ヒューーーン
魂を抜かれたような音と共にエンジンの回転が落ちていく。
「オールスイッチオーフ!!」
エンジン停止後、全てのチェックリストを完了し大声で叫ぶ。その声と共に列線員は機体に取り付いて飛行後点検を始めた。
射出座席の裏に押し込んでいたヘルメットバッグにニーパッドや資料を詰め込み、折り畳み式の梯子を降りると機付長が敬礼してきた。
「お疲れ様です!|機体は異常なし!不具合事項等ありません。燃料8キロをリクエストしてます!」
ポッターもカッチリとした答礼の後、無線付ヘルメットと防塵眼鏡を掛けた2曹の機付長の耳元に顔を近づけ、声を張って耳打ちする。飛行甲板は救難待機のSH-60K哨戒ヘリコプターの着艦の喧騒で包まれていた。
グラスは、写真や航跡データなどが入ったメモリーカードを受け取りにきた情報幕僚付の海曹にデータを提出して、機体脇の脚立の上に広げられたバインダーの整備記録に機長のサインを書きこんだ。
「ポッター!すぐ帰投後報告行くぞ。編隊長が待ってる。」
「承知しました!」
列線員に敬礼して踵を返すと、喧騒止まぬ飛行甲板をヘルメットバッグ片手に艦内に向かった。