1st FLT「スクランブルは突然に」⑥
任務を達成した後も、艦載機乗りには最後の大仕事が残っている。
“着 艦ーCarrierLandingー”
ただの“着陸”ではない。
艦首から左9°斜めに配置された、わずか243mの着艦甲板に対し、135ktという新幹線に匹敵する速度で甲板上の拘束鋼索をフックで掴み上げて無理やり機体を停止させる
“制御された墜落”
とも言われる。あるパイロットは“水面に浮かんだハガキに降りるようなもの”だと例えるほど難しいかつ危険なものである。
着艦は脚や甲板の強度にも限界があり、その進入は機体重量や経路、高度までもが厳しく管理されている。
それを厳しく管理するのがLSO(Landing Signal Officer)と呼ばれる着艦信号士官の役割だ。
LSOは全ての着艦を左舷艦尾側のLSO詰所からモニターし、”ボール”と呼ばれるフレネルレンズ光学着艦誘導装置と”ラス”と呼ばれるビジュアル着艦支援装置、無線による音声誘導を用いて、パイロットに進入角度や速度が適正であるかどうか指示を送り、パイロットの着艦支援を行っている。
LSOは各航空隊の着艦技能優秀な1尉〜3佐のベテランパイロットから選抜され、厚木航空基地第51航空隊“幹部着艦誘導課程”、通称”LSOスクール''を約3ヶ月履修してLSOに任命される。
全ての着艦は個人ごとに採点され、その成績は艦内の廊下に着艦技能成績一覧表が階級氏名とタックネーム、顔写真付きで貼られる。そして母基地から空母に展開し、帰投するまでの着艦成績ポイントが全て張り出されるのだ。
なお、着艦は各隊内、また各航空隊対抗の術科競技として着艦技能日本一が競われる。全国の艦載機パイロットの中から、年間の平均ポイントが高い10人は”TOP TEN”と呼ばれ表彰を受けると共に、LSOスクールへの入校資格を得ることになる。
またTOP TENの中で最優秀成績の者が栄えある”TOP HOOK AWARD”を受賞し、米海軍のLSO課程に留学する資格を得られるのだ。
反対にポイントが基準に到達しないパイロットは着艦資格停止や再試験、最悪の場合は艦載機搭乗員罷免など、厳しい条件が課せられている…
日本海特有の濃紺の大海原に、白い航跡を伴った、豆粒のような艦影が見えてきた。
着艦に向けて徐々に高度を下げていくと、白く細かい波が作られては消えていく。春先とはいえ、1年を通して日本海の波は高い。
『Marshal,Dragoon01.with2.Consist 2 Rhino 23and31.Leader is 23.Also see you at 10.
(進入管制、こちらドラグーン01編隊。F/A-18FJ2機、23号機と31号機。編隊長機は23号。10マイルで空母を視認した)』
『Marshal Roger.Switch Tower.
(進入管制了解。管制塔と交信せよ)』
初任務を無事終えた安心感と達成感は既に吹き飛び、着艦に頭を切り替える。
『Tower,Dragoon01 Commensing.8NM from you.state 4.0
(管制塔、こちらドラグーン01。艦から距離8マイル。残燃料4.0)』
『2,state3.9(こちら2番機、残燃料3.9)』
『Dragoon01,Tower roger,BRC220.Report initial. (ドラグーン01、こちら管制塔。艦の方位早く220度。初期進入地点で報告せよ。)』
『BRC220 report initial.Dragoon01
(こちらドラグーン01、艦の方位220度。初期進入地点で報告する)』
上空の風は高度2000ftで方位270度から25kt。風は強いが視程は約30kmと良好だ。
空母上空3000ftを円形の進入待機経路に入ると、編隊長機に合わせて機速を250ktまで減速させていく。
安定性を犠牲にし、操縦性を追求した戦闘機は低速域の操縦安定が悪化するが、F/A-18Fの操縦装置には自動安定装置が組み込まれ、低速域、特に着艦時の機体安定と操縦負荷を軽減している。
『Tower,Dragoon01 No.1.
(管制塔、こちらドラグーン01。第1降下点通過。)』
『Dragoon01 Tower.Downwind approved.Report IP and Break.
(ドラグーン01、こちら管制塔。着艦経路への進入を許可する。初期進入点IPに到達し、編隊を解散したら報告せよ。)』
『Report IP and Break.Dragoon01.
(ドラグーン01、IPで編隊を解散したら報告する。)』
空母の進路に対し反対方位に向いたところで降下。上昇よりも降下の方が編隊維持が難しい。海面からの上昇気流にややフラつきながらも編隊長機に動きを合わせる。
「1000ft前」
後席のグラスが指定高度到達1000ft前を告げる。
「確認」
海面が近づいてきた。250ktの高速で高度800ftの低高度を高速で飛行するのは、異常姿勢や指定高度逸脱を防止する為の自動補助装置があるとはいえ、少なからず恐怖心を感じる。
800ft到達。水平飛行に移る。機体制動拘束フックを下げる。艦の右正横を通過すると左旋回で最終進入経路と反方位経路、ダウンウインドレグに進入する。
「IP and BREAK スタンバイ…マーク!」
サーフからの手信号編隊解散指示。ポッターは弾かれるように操縦桿を右に倒す。右旋回で1周し、編隊長の後方5NMから着艦経路に向ける。
『Tower Dragoon01.Now IP and BREAK.After indivisual.23 and 31.first approach is 23.
(管制塔、こちらドラグーン01。IPで編隊解散。以後は23号、31号各機着艦。最初の着艦機は23号。)』
編隊長の植田が編隊解散を管制塔に報告する。先に着艦する23号機に近づき過ぎないよう速度を調整し、機体をコントロールする。編隊解散後の呼び出し符号は各機ごと機番号に変わる。
「制限速度確認、脚、フラップフルダウン、着艦チェックリスト。」
「フラップダウン、フックダウン、脚ダウンアンドロックグリーン、アンチスキッドオン、ハーネスロック、各計器着陸モード、自機防御装置セーフ、射出座席モード自動、AOAオンスピード。着陸チェック完了。」
着艦チェックリストを手早く行い、600ftまで降下する。
「LSO詰所正横通過用意…マーク!脚下げ再確認!ベースコール!」
最終進入経路に向けて左降下旋回する。HUDと横のAOA計をスキャニングし、速度を微調整しながらベースコール。
『AKAGI Tower,Dragoon31,Base gear Fullstop.Final state3.9
(あかぎ管制塔、こちらドラグーン31、着艦許可を要求する。最終残燃料3.9)』
『Dragoon31,Tower Final bearing 221.Cleared to land.wind 200at15.Paddles contact.
(ドラグーン31、こちら管制塔。最終進入進路221度。着艦を許可する。風は方位200度から15kt。LSOと交信せよ。)』
『Dragoon31,Cleared to land.Paddles contact.
(こちらドラグーン31、着艦許可。LSOと交信する。)』
編隊長の植田の23号機はすでに着艦していた。機体が着艦甲板を離脱するのが小さく見える。
最終進入経路に機体を誘導する。アプローチモードに設定されたHUDのバイザーを通して飛行甲板が近づいてきている。
『3 quarter miles。CALL BALL
(着艦まで3/4マイル。着艦誘導信号灯ミートボールを視認したら報告せよ。)』
管制塔タワーの女性管制官の声から、LSOのドスの効いた声に変わる。
『”POTTER” the BALL 3.9.
(ボールを視認した。残燃料3.9)』
着艦誘導信号灯の視認確認時、パイロットのTACネームを付すのは海自オリジナルである。米海軍の場合は機種+ボールコール+残燃料となる。残燃料を知らせ、あと何回着艦のやり直しができるのかをLSOに把握させるのだ。
『ROGER BALL!』
LSOの力強い返答がくる。空母への着艦を誘導するLSO(Landing Signal Officer)は“Paddlers”と呼ばれる。各飛行隊から1〜2人がアサインされ、主誘導員、副誘導員、脚フック確認員、飛行甲板安全管理員の5人で構成され着艦監視所に陣取り、目視と目視着艦支援装置の画面を監視し、送受信機を耳に当てたまま着艦を誘導する。
F/A-18FJライノには自動空母着艦装置が搭載されている。このシステムが機能している限りパイロットは手放しでも空母に降りることができるが、着艦技量向上の為あまり頻繁には使われない。
また、着艦する航空機を安全・正確に誘導する電波誘導装置には計器空母着艦誘導装置及び精密進入着艦誘導装置による精密進入着艦システムがある。
ICLSは着艦するために降下体勢に入った航空機の飛行経路及び基準コースからのズレをパイロットに通知する。上下、左右の2種類の誘導電波からコースのズレをコクピットのディスプレイやHUDに表示し、パイロットは滑空角グライドスロープを基準に、上下の飛行経路、左右の電波中心線を基準に、左右の飛行経路をそれぞれ比例修正しながら空母に接近する。
PALSは着艦の最終段階で使用されるシステムで、航空機の位置をレーダーとコンピューターから3次元に特定し、艦の動揺も考慮しながら、着艦点に全自動、半自動、または手動の各モードを使用して航空機を誘導するが、実戦においては電波管制が敷かれるため、悪天候や訓練を除きあまり多用はされない。
『A little HI…coming down…coming down…On glide pass!Easy with it…Easy with it…Easy with it…Come left…
(少し高い…低く…低く…適正なパスに乗った!そのまま…そのまま…少し左…)』
矢継ぎ早に飛ぶLSOの指示。自分の感覚ではなくLSOの指示を信じなければ着艦は上手くいかない。その為LSO一人ひとりには最高の誘導技量が求められるのだ。