1st FLT「スクランブルは突然に」④
「不明機情報。目標は1機。電子偵察型。おそらくIL-20。不明機変針、針路180速度290、高度20。データリンク指示針路300。」
「ラジャ。ヘディング300」
データリンクからの更新情報をグラスが次々と読んでいく。
『ポッター、サーフ。セットGO GATE 30セカンド。スタンバーイ…マーク!』
編隊長機に合わせ、スロットルをGATE位置に押し込む。30秒間のアフターバーナーによる加速だ。
編隊長機のエンジンノズルから出る排気がみるみるオレンジ色に変わる。
JHMCSのバイザーにアフターバーナー使用を示す”GATE”が表示され、燃料流量の表示
点滅する。加速による揚力を抑えるため少しだけ操縦桿を抑えた。機首を下げるアンロード加速…
ライノは空自のF-15と比べて最高速度や加速性能が劣る。その為レベルオフ後の加速はアフターバーナーを使用する。
しかし、アフターバーナーだけを使用すると燃料消費が激しく、10~20分で燃料が枯渇してしまう。アフターバーナーを使うタイミング、高度、気温、気象状態を加味した時間の管制はリーダーの計画能力が試されるのだ。
『GATE CUT、スタンバーイ…マーク!』
スロットルを引き、編隊長機との相対位置を変えないように速度を微調整する。
『ポッター、サーフ。TEWSコンタクト。320 メイビー40 アルト30
(こちら編隊長機。不明機と思われるレーダーを探知。方位320度、距離約40マイル、高度3万フィート)』
リーダーからの報告とほぼ同じくして、センターパネル右下のTEWSも短い”チッチッチ”
という電子音と共に不明機のレーダー照射を探知した。
TEWS(対抗手段装置付レーダー警戒受信機)は、機体の数ヶ所に配置されたアンテナで外部から照射されているレーダー波を受信し、その種類、方位、距離、強度、探知モードなどを解析し表示する。
完全に受動的な装置なので使用しても相手に察知される事はなく、飛行中は常に作動させておく事ができ、さらに信号強度から大まかながら相手の距離も推測できるので、適切な対抗措置をとる事が可能だ。
『サーフ、ポッター。ナウ コンタクト。受信内容は貴機と同様』
『サーフ、ラジャ。』
TEWSのスコープには10時方向に”20”、JHMCSのバイザーには”BKSR”の文字が浮いている。
「”ベルクート”捜索レーダー…”子持ちのクーちゃん”だな。」
グラスがメモリから割り出した識別結果をポッターに伝える。20は”IL-20”のことであり、BKSRは”ベルクートサーベランスレーダー”の意味である。TEWSはメモリ受信した電波を、内蔵の情報ライブラリーと照合して脅威電波の識別とその度合いの分析を行い、その方位と距離、レーダーの形式を表示できるようになっている。
”子持ちのクーちゃん”とはIL-20”クート”4発ターボプロップエンジン搭載のELINT機(電子情報収集偵察機)のことを指す。機体各所には電波情報や無線情報を得るためのアンテナが張り巡らされ、機体下部の筒状の合成開口レーダー(SLAR)ポッドの形状から”子持ち”と呼ばれている。また、機体前部にはカメラや各種センサー用のふくらみが特徴である。
「モードVIはTEWSとほぼ合致です。」
「機長了解。」
モードVIとはJHMCSの目視識別モードのことで、データリンクで得られた目標機の情報から、目視で識別するのに良い位置まで誘導するモードである。
JHMCSのバイザーに表示された円に航空機の位置シンボルを入れるように飛行する。
ポッターは僚機であるので、基本はリーダーの動きに合わせるように飛べば良いが、リーダーのVIモードのバックアップも兼ね使用する。
『ポッター、サーフ。ボギー アバウト20マイル 。ビジュアルコーション(目標機まで28マイル。見張りに注意せよ)。』
『ツー、ラジャ』
不明機との距離が、少しずつ縮まる。操縦桿を握る手に無意識に力が入る。
日本の領空に近づきつつある国籍不明機はすぐそこだ。
相手はどんな機体なのか。どこの国なのか。操縦に専念しながらも、対領空侵犯措置の今後の手順をもう一度頭で演練する。
オープンマイクの機内交話装置からは、ポッターの呼吸が少しづつあがっているのがグラスにはわかった。
「飛行機雲は見えないな。まぁ相手はプロペラだから仕方ないな。」
「ですね。まだ未視認」
飛行高度帯は雲一つ無く、ライトブルーの空と下層は一部が視程障害の影響で水平線はやや不明瞭であった。クートのような中型機であれば、視程良好であれば10マイル前後で目視確認できるはずだ。
ポッターもバイザーを上げ不明機の姿をさがす。
リーダーに一つ一つ指示を受ける方がどれだけ楽か。しかし、機体間の通信は出来るだけ端的、明瞭かつ確実な意思疎通が鉄則である。
もちろん無線を使って、機体間で私的な会話をすることはほとんどない。秘話装置を介しているとはいえ、通信傍受を防ぐためでもある。
リーダーがどのように動き、また自分はどう動くべきかは、READYに上番するときの朝の応急出動待機前ブリーフィングで確認している。
もしも想定外のことが起きたとしたら…それはリーダーの咄嗟の判断と、僚機がいかにして柔軟に対応できるかが勝負の鍵である。
『DRAGOON01,OWLEYE. bogey 20NM inbound .How about contact?
(ドラグーン01、こちらオウルアイ。目標機まで15マイル。レーダーで補足しているか?)』
無線封止解除。機上要撃管制官からの音声による誘導が開始され、同時にスタンバイ状態のレーダーを作動させる。
『Rader contact.290.20.ALT30!
(こちらドラグーン01。レーダーで補足した。目標機の方位290度、20マイル、高度3万フィート)』
『OK.That's your target!Check eye ball.(それが目標機である。目視確認実施せよ。)
『DRAGOON 01 roger.(こちらドラグーン01了解)』
リーダー機の前席、サーフがポッター達に向かって投げキッスを2回する。編隊解散の手信号である。
投げキッスを1回して了解の旨を伝得るとリーダーが上昇して解散する。ポッターも操縦桿を左に倒し、下方にブレイクした。