1st FLT「スクランブルは突然に」①
ー佐渡島沖25500ft早期警戒管制機”BEER502”機内ー
澄み渡る蒼が広がる高空を行く、一本の飛行機雲。
その航跡を辿った先…灰色のずんぐりとした飛行機の背中には、黒光りする円盤状のレーダーが回っていた。
航空自衛隊浜松基地、飛行警戒管制隊所属のE-767早期警戒管制機、無線呼出し符号、BEER502。またコールサインとは別の戦闘機等を誘導する戦術呼出し符号は“OWLEYE”である。
垂直尾翼に空の守護神、シマフクロウの部隊マークが小さく描かれているこの機体は、日本の空を守る為に365日24時間、絶え間無くレーダーの目を光らせている“日本の空の目”である。
日も上がらぬ朝の暗がりの中、母基地である静岡県の浜松基地を飛び立ち、いつもの警戒監視任務を開始して3時間が経過した。
搭乗員は、日本周辺の国際情勢や各国軍の動きを飛行前の打ち合わせで確認し、どのような動きが予想されるかを把握している。
しかし、その情報は全てが正しいわけではないので、しばしばイレギュラーな動きをみせることもある。
《プーーー》
『兵器管制指揮官、航跡探知!ウラジオストク、南東30NM!速度300kt、目標進路140°!アウター防空識別圏到達まで現速度で10分30秒!』
機内に14基ある状況表示装置のディスプレイを睨む機上警戒管制員の 1人が叫んだ。
その言葉に、機内は一瞬にして緊張状態に入った。
『了解!識別係は関連する飛行情報を確認!』
フライトスーツ左胸のネームワッペンに兵器管制官徽章を付けた指揮官、機上兵器管制指揮官、通称”SD”も間髪入れず叫んだ。
『シニア、関連する飛行情報なし!』
数秒と経たずうちに目標である不明機と、民間機、軍用機との飛行計画とを照合させた飛行情報識別係の管制員が答える。
『総隊より緊急発進命令、ドラグーン01、周波数SP!』
『了解!国籍不明機、現在時刻45分ドラグーン01、緊急発進下令!メガス01、コクピット待機!』
SDは瞬時に識別不能を判断し、不明機に対し緊急発進を下令した。
『了解!』
SD の言葉に、識別係はスクランブル発進伝達用のホットラインの受話器を取り”海自あかぎ”と書かれたスイッチを押す。
『緊急発進命令、あかぎドラグーン01離陸後方位340、上昇高度2万ft、誘導周波数 SP。発令時刻45分。復唱せよ……復唱はその通り!』
『シニア!緊急発進伝達完了!』
『了解!』
SDは頷きながら答えた。
対領空侵犯措置の始まりである。
対領空侵犯措置とは、自衛隊法84条に乗っ取り、まず日本の領空及びその周辺に防空識別圏を設定し、そこを飛ぶ航空機について予め情報収集することから始まる。
ADIZは、領空上のみならずその周辺空域、日本の場合は領海に接する公海の上空、すなわち日本の領域ではない空域にも設定される場合があるが、これについて国際法上さしたる規定はない。
ただし、公海上空は日本の領空ではないから、そこにADIZを設定すること自体はともかく、できることはせいぜいが情報収集程度に限られる。
公海上空には空の自由があり、そこを他国の航空機が飛ぶこともまた自由。沿岸国が干渉することはできない。
次に、ADIZを設定し収集した情報と、全国各地のレーダーサイトで実際に捕捉した機影とを照らし合わせ、提出済みの飛行計画や二次レーダーの応答内容などなどによって照合・確認ができない機影は、不明機として扱う。
不明機がなおも近付いて来るようなら、適切な空自、海自基地、空母から要撃機を緊急発進させ、接近しての目視確認の上必要あらば処置させる。
SSで捕捉した機影の確認作業と緊急発進の指令および要撃管制を担当するのは、防空指令所である。
DCの上には航空方面隊・南混団の作戦指揮所があり、防空全般の指揮統制を行う。
そしてこれらを束ねるのが、横田の航空総隊作戦指揮所である。
海自機は対領空侵犯措置においては航空自衛隊の傘下に入ることになっている。