Prologue
山口県岩国市旭町。穏やかな海風が吹き込む今津川河口の堤防。この場所から南に延々と続く極東一の米軍基地には海上自衛隊、民間空港が隣接し、岩国基地の滑走路を、フェンス越しに一望できる。
ゴールデンウィークも終わりに近づくある晴れた土曜日、少年は家でくつろぐ父親を強引に誘ってこの場所に来た。
お世辞にも広いとは言えない道の端に車が何台も止まっている。
車の側では、少年の身長の半分くらいの大きなレンズをつけたカメラのファインダーを覗く人、堤防にもたれ、イヤホンを片耳だけして航空無線を聴いている人、河口側を見ると釣竿を広げる人など、皆がそれぞれに自分の趣味に時間を費やしていた。
少年は堤防に上がり、河口とは逆の方に背伸びをして目を凝らしていた。
「おっ、もうすぐ来るぞ。」
片耳からイヤホンを垂らした初老の男性が誰にともなく言うと、皆一斉に滑走路の方を向いた。
2機の鋭角的な戦闘機が、陽炎ちらつく誘導路を経由して早速と滑走路に近づいてくる。
『Hawk01,wind180at10.Runway20 Cleared for Takeoff.
(ホーク01、風は方位180度から10kt。滑走路20から離陸を許可する。)』
『Hawk01,20.Cleared for Takeoff!』
誰かの無線受信機のスピーカーからネイティヴな管制英語が聞こえてきた。
少年は滑走路に進入中の戦闘機に手を振った。それがパイロットに向けてなのか、戦闘機に向けてなのかはどうでもよかった。
戦闘機のコクピットから何かが揺れるのが小さく見えた。
「おっ、ボウズ、手ぇ振ってくれてるぞ。」
少年の傍にいた望遠レンズ付きのカメラを構える青年が、ファインダーを覗いたまま言った。
少年は満面の笑みで手をブンブンと大きく振る。
戦闘機は機体後部のエアブレーキをバタバタ上げたり下げたりして少年の見送りに応えた。
滑走路上で停止した戦闘機は、爆音とともにアフターバーナーに点火し、機体を前のめりにしながらエンジンの回転数を上げ、ブレーキを解除すると弾かれるように加速した。
離陸
耳をつんざくような巨大なジェットサウンドを伴って2機はどんどん上昇していく。
「父ちゃん。ぼく将来この飛行機乗りたい。ぼくにも乗れるかなあ。」
「乗れるさ。きっとね。」
少年は2機の戦闘機を南の空に消えるまで追い続けた。
2機の戦闘機の名は米海兵隊F/A-18Dホーネット。
少年が初めて夢抱いた瞬間だった。