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WORLD CLEANER  作者: Win-CL
3/3

『僕』と地獄の酒 (地獄の沙汰も“酒”次第)

今回は『地獄の沙汰も“酒”次第』の世界でお掃除。

「……なんだ、ここは」


 一足踏み入れただけで、“そこ”が今までいた世界とは別の場所だと分かった。

 場の圧力というのだろうか。重く、苦しい雰囲気が漂ってくる。


 空を見上げても雲はない。太陽もない。しかし、天井も無い。

 鍾乳洞のように地面から飛び出した石柱や石筍せきじゅん。それらに取り付けられている松明が、この場を照らしている。

 明らかに、まともな場所ではない。


「貴様が例の掃除屋だな?」

「こちらに来てもらおうか」


 声をかけてきたのは――鬼?

 鬼なのだろうか。角が生えている。金棒も持っている。

 自分の知っている鬼と、一致する部分が多い。


「ちょっと待ってくれ。アンタたちが依頼主か?」


 万が一、異星人という可能性も捨てきれないが――

 武器を持たされていない以上は、危害を加えられる可能性は無いのだと思いたい。


 ……正直どこまで信用していいのか分からないが。


 どういった仕組みで、別の世界へと繋がっているのかなんて、これっぽっちも分かっていないのだ。

 所長でさえ、把握しているのか怪しい所がある。


「つべこべ言わずに早く来い!」


 着いて早々、連行される形で引きずられてゆく。

 これが、雇った人間に対する扱いなのだろうか。


 奥へ奥へと進むにつれ、人々の悲鳴が聞こえてきた。


「あぁ……地獄だ、ここは……」


 この風景。この住人(?)たち。この扱い。

 ここが地獄でなければいったい何なのだろう。


 ――地獄で、鬼にズルズルと引きずられて。

 何も悪いことはしていない筈なのに、とりあえず謝りたくなる。


 連れてこられた先は――


「お前が頼んでおいた掃除屋だな? よく来てくれたな、待っていたぞ。早速、掃除に取り掛かってもらいたい」


 閻魔大王の御前(おんまえ)である。


(なんで、死んでもないのに閻魔大王と相対せにゃならんのだ……)


『死後の世界だなんて、貴重な体験ができた!』


 先輩だったら言いそうな台詞だが、自分はとてもそんなポジティブにはなれない。

 たった一人。鬼に囲まれ、閻魔大王の正面に立たされているのだ。


 たとえ無実であろうとも、ありもしない罪を突き付けられれば――

『はい。わたしがやりました』という言葉が勝手に口から飛び出しかねない程の圧力がある。


 生きている奴等全員にも同じ体験をさせてやればいいのだ。

 そうすれば犯罪率もグッと減ることだろう。


「掃除って……。何を掃除すればいいんですかね……?」


 死体の山か?

 そもそも幽霊なんだし、死体が出てくるものなのか?


「……行けばわかる」


 両脇に鬼が立つ。あっという間に両脇を抱えられ、再びズルズルと引きずられ始める。

 いくら急いでいるからとはいえ、もう少し方法はないのだろうか……。


――――


 ……まさか地獄でモップがけとは。


 そこらへんで地獄の責め苦を味わっている亡者たちには悪いが、この場で一番罰を受けているのは自分なんじゃないかと思ってしまう。


 持ってきた荷物の中身は――まずはモップ。あとはマスクとバケツと、なぜだか空の一升瓶。とりあえず瓶は仕舞い直して、石畳に広がった液体をモップで丁寧にふき取っていく。


「――で、何がこぼれたんだ……?」


 どうやら血ではないらしい。というより、血の池地獄があるのだから、血程度はさして気にもならないだろう。……ということはなんだ?


 あれこれと考えていると、自ずと答えが浮かんできた。いや、浮かんできたというより、“漂ってきた”というのが正しいだろうか。


「うっ――!?」


 鼻から脳へと直接伝わってくる芳醇な香り。これは……酒だ。


「こ……これはキツイ」


 急いで持ってきたマスクを着ける。視界が歪んだり気分が悪くなったりするほどではないものの、次第に頭の血管が膨張してくるような感覚。

 もともと酒に強くないとはいえ、蒸発したアルコール分を少しの間吸っていただけでこれである。相当な濃度であることは間違いなかった。


「こんなんで仕事になるのか?」


 見れば鬼たちの顔はどれも真っ赤に染まっていた。

 中には足腰が立たなくなり、亡者たちを管理しきれていない者も。


 鬼を殺すなんて大層な名前の酒もあったものだと思ってたけど……。あながち間違いでもないらしい。


 窯の一つに蓋がしてあったので、そこから漏れ出したものなのだろう。

 亡者たちが集まらないように、鬼がしっかりと監視をしていた。


「なるほど――」


 一通りの掃除を終え、閻魔大王へ報告に向かう。


「助かった。それで報酬の件だが……」


 財宝(ざいほう)は地獄の家苞(いえづと)とはよく言ったものである。

 奥の方から、地獄へ来た亡者たちから取り上げたものであろう宝の山が。


 しかし、求めているのはそれではない――


「それなんですが、お願いが――」


――――


「おかえ――うわ、くっさ! え、なに? また遊んできたの?」


 帰って早々、鼻をつまんでの先輩のこの一言である。

 酒の臭いはともかく、『また遊んできたの?』には傷ついた。


 これでも、真面目に仕事をしているつもりなんだがなぁ……。


「おう、帰ってきたか。どうだったよ、地獄は」


 やはり、所長は行き先を把握していたらしい。

 大方どんな顔をして帰ってくるのか楽しみだったのだろう。口元がニヤついている。


「二度と行きたくはないですね……」


 そう言って、向こうで渡された報酬をドンっとデスクに置く。


 それは――地獄の酒が入った酒瓶。もちろん、窯から直接汲み上げたもの。

 モップの絞り汁なんて入れたら、後でどうなるかなんて分かったものではない。


 わざわざ荷物に入っていた空瓶の意味に気付かなかったら危なかった。

 報酬の代わりということで頼み込んで、本来ならば持ち出すことができない酒を持って帰ったのである。


「これだよこれ。これを忘れて帰ってきやがったら、また地獄に送ってやろうと思ってたんだが――」


 地獄の沙汰も金次第というが、所長の沙汰は金より酒次第らしい。

 上機嫌で、こちらへ封筒を放る。今回の特別手当だろう。


 ……九死に一生を得たとはこのことだろうか。

 むしろ一升(いっしょう)を得たから助かったとも言えるが。


「…………」


 地獄の沙汰も――


 受け取った手当を使おうとする度に、あの地獄の風景が頭をよぎり――

 結局、全額貯金をする羽目になったのは言うまでもない。


 

『三題噺 [部屋][氷山][掃除夫(婦)]』と『地獄の沙汰も“酒”次第』を読んだ上でここまで読んでくださった方。ありがとうございます。


片方だけという方、まだどちらも読んでないという方。

今すぐ読みに行ってもいいのよ?

どれも4000文字いくかいかないか程度の長さですので。


九死に一升いっしょう(瓶)を得る。なかなかに気に入っています。


良いですね、お酒が絡んだオチというのは。

まさしく、“洒落しゃれ”が利いていると言えるのではないでしょうか。


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