『僕』とお面 (三題噺 [面][兎][声])
『三題噺 [面][兎][声]』の世界での話。
「おーおー、こりゃひどい。……祭りの日ってのは、いつからゴミを道端に捨てるのが許される日になったんだ?」
事務所の扉を越え、飛ばされた先は祭囃子の喧噪の中。見上げれば――橙の明かりをまき散らす提灯の行列が。そして目線を下ろして道を見ると、フライドポテトの容器やら、焼き鳥の串、かき氷のストローやらが散乱していた。
普段はゴミだらけの道なんて歩くことのない人でも、祭りの時だけは平気なのだから不思議なものである。普段ゴミを捨てないような人でも、祭りの時は平気で捨ててしまうのだから不思議なものである。
「神様の目の前でこんなことしてて、祀りも糞もないと思うんだがねぇ」
自分が神様だったら、間違いなく天罰を与えているだろう。たとえ一般人でも、自分の道にゴミを勝手に捨てられたら激怒するに決まっている。その道をこれから掃除するのだから、なにか天恵でも与えてくれないものだろうか。
――今回の仕事は、この道に散らかっているゴミの掃除だ。
さすがに、街中で大型の掃除機をぶん回すのは景観が損なわれるということで、渡されたのはごみ取り用のトングとゴミかごというかなりシンプルな装備。すなわち――屈んで拾っての重労働となることが確定した瞬間だった。
「別に…扉で越えた先は時間なんて関係ないんだし、もっと遅い時間でもいいんじゃないのかね」
できれば、人がいなくなった時間に掃除機で一気に掃除したいところ。むしろこのまま、祭りが終わる時間まで待つという選択肢もあったが……、所長からの叱責を浴びることを考えると気が引けた。
……わざわざ扉がこの時間に飛ばしたということは、なにか意味があるのだろう。だとしても、それに毎回気づくわけじゃないんだけど。
相手が無機物のせいで、意思の疎通ができないのは困ったものだと思う。せめて理由さえ聞かせてくれれば、掃除もしやすくなると思うのだが。
今度、所長に聞いてみようか――なんて考えながら掃除を開始する。
「――――ん」
掃除を始めて少しした頃。大通りから伸びる脇道の一つが妙に気になった。あまりに暗すぎる。まるで、大通りから見えない壁で隔たられているかのように。
少し角度を変えて覗くと、そこにはお面屋が一つだけ建っていた。ちょうど客もいるようで、質の良さそうな箱から取り出されたお面をお札二枚で買っている。
「おいおい……、祭りのお面で二千円か。とんだぼったくりの屋台だな……」
しかし――そんな高額のお面を手にして、少年はとても嬉しそうだった。奇妙なほどに。
その様子が気になったので、少年が路地を飛び出し、大通りの向こうへと向かっていくのを見送った後、自分もそのお面屋を覗いてみることにした。
「……一つ、買っていくかい?」
動物の顔を模したお面が数多く並べられている。その一つ一つが、“普通ではない”雰囲気を纏っていた。――普通ではない、明らかに異質なもの。お面も、この場所も。その証拠に、路地に入ったとたんに表の喧噪が聞こえなくなったのだ。
「あんた……ここで何を売ってんだ?」
お面を売っているのは見ればわかる。これらが、ただのお面でないのだろうという意味で尋ねた。向こうも、その意味を理解したらしい。
「このお面は――、その生き物の世界でうまくやっていくためのお面さ」
これまた、うまくやっていくとは曖昧な表現だった。その表現を信じたところで、兎や猫の世界でうまくやっていくという意味が分からない。
「さっき“人”の面が売れてね。……あんたもいるかい?」
そう言って、先ほどの箱を目の前で振る。
「なるほど――」
さっきの少年が嬉しそうにしていた理由が分かった。というか、店主の手に握られているのは万札じゃないか。祭りのお面で二万とは、どういう神経しているんだ?
……まぁ、そのお面に本当にそんな力があるのならその金額を出してでも欲しいのだろう。普通の人、ましてや学生ならば誰だって欲しくなるだろう。
しかし、それでも――
「……いや、僕は遠慮しときますよ」
「……? 面を被って生きるのは楽だぞ? 波風立てることなく、辛いことを事前に回避できる」
「――これでも、プロの掃除屋なんでね」
確かにそうなのだろう。本心を隠して人と接していれば衝突も回避できるだろうし、相手からも良く見られるに違いない。どの人も、大なり小なり求められる部分ではある。
が、所詮それだけの話。内側の方が変わらなければ、そのしっぺ返しはいつかやってくる。風呂場の黴と同じようなものだ。
「見えるとこだけ綺麗にしても意味なんてない、なんてことは――」
「仕事柄、重々承知してるのさ」
この後書きを読んでいるということは、
『三題噺 [部屋][氷山][掃除夫(婦)]』と『三題噺 [面][兎][声]』を読んでいるということですね!?
ありがとうございます。ありがとうございます。
祭りのゴミ問題。毎回毎回大変ですよね。
ハロウィンだとかイベントだからって街中に繰り出して、ごみをポイ捨てしていく残念な人たちは大嫌いです。滅べばいい。
いや、別にリア充を妬んでるわけではないですよ?
たぶん。きっと。恐らく。
いやー、掃除夫だなんて、なんて出しやすい職業なんだと。
生き物が生きている以上、どうしても汚れてしまう部分はあるわけですからね。
最後の一言のために書いたようなものですが、なかなかに悪くないと思ってる。