『僕』と甘い嘘 (甘い嘘は羽根に塗れて)
『甘い嘘は羽根に塗れて』の後日談的な内容。
扉をくぐると――そこは民家だった。
氷山があちこちに浮かんでいる極寒の海や、宇宙船の中ではないことを確認してホッとする。
その部屋の中には人がいた。男の子と女の人。おそらく親子だろうと思う。
服装から見ても、文明レベルではたいして変わらないだろう。
「あの……、どちら様です?」
恐る恐る声をかけられた。よかった。言葉も通じる。
「どうもー、サカエダクリーンサービスですけども――」
「掃除屋さん? あら、そんなの頼んだ覚えがないけど……」
「あぁ、大丈夫です。基本的に勝手に連れてこられて、勝手に掃除するだけなんで」
「……?」
怪訝な顔をされてしまった。
……でも他になんて言えばいいんだ。自分でもよくわかってないのに。
きっと、悪質なセールスか何かだろうと思われているに違いない。
「この場合は、お代は頂かないことになってるんです」
そもそも代金を貰えることなど、数える程度にしかなかった。
それでも給料が入ってくるのだから、うちの会社の経営はどうかしている。
「そう…? それならお願いしてもいいかしら」
そう言って、承諾を得たのはいいけども――
「この羽根の山なんだけど――」
……だろうなぁ。
部屋に入ってきた時点で視界いっぱいに広がっていた鳥の羽根。
お母さんの言うように山とまではなっていないが、それでも大量に広がっていた。
間違いない。これに“あの扉”は反応したのだろう。
「大丈夫ですよ。すぐに終わらせますので」
そう返事をすると、家事があるのだろうか。家の奥へと引っ込んでいった。
「さて、これから部屋を綺麗にするからね。
ちょっと、寄っておいてくれるかな」
扉をくぐる時に持たされた、掃除道具を組み立てる。
といっても、そんな大仰なものでもない。ただの大型掃除機だ。
「……いい」
「……?」
今、いいって言ったような気がしたけど――
掃除をしなくていい、という意味で言ったのだろうか。
「―――この嘘だけは。自分で最後まで面倒を見ないといけないんだ」
「嘘……?」
どういう意味か尋ねたつもりで聞き返したのだが、男の子は説明するつもりがないらしい。
ただ――なにか大切な理由がある、ということだけは理解できた。
どうにも状況が理解できないので、母親の方に話をしに行く。
この羽根を片付けていいものなのか、どうなのか。
「すいません。掃除の件なんですが――」
「あらあら、うちの子がなんだか我が侭を言ったみたいで」
「いえ、それは大丈夫なんですけども」
「よろしければですが……、気が済むまでやらせてあげてください。
ちょっと意地になっているだけなんで。あ、お菓子食べます?」
この家では、しばらくの間お菓子禁止令が出ているらしい。
おいしいお茶と一緒に、出されたお菓子をいただくことにする。
「実はあの子――」
予想以上に糖分が高めのお菓子を頬張りながら、あの羽根についての話を聞かされた。
――――――――――――――――
部屋に戻ると、大量に散らばっていた鳥の羽は全てゴミ袋の中へ片付けられているようだった。
「嘘の面倒……か」
自然に笑みがこぼれてきた。
自分の小さいころにも、多少の意地を張った経験ぐらいはあったような気がする。
流石に、彼のものほど甘くて痛みを伴うようなものはなかったけど。
「…………」
「おっと」
気が付くと睨まれていた。『その笑い方は嫌いだ』と言わんばかりの眼力で。
「それじゃあ、捨ててくる」
僕の顔から笑みが収まるのを確認すると、男の子はそう言って自分と同じぐらいの大きさまで膨れ上がったゴミ袋を抱えて外へ出て行った。
「――簡単に、後始末ぐらいはさせていただきますね」
少年が手で掴みきれなかった細かい羽毛などを、掃除機で丁寧に吸い取ってゆく。
――なんとか男の子が戻ってくる前に、綺麗にできた。
さて、これで仕事も終わりだ。
自分が入ってきた扉が淡く光り始める。
「あの、やっぱりお代を――」
「いえ、こういう仕事ですので」
……今回は最後の仕上げしかしていなかったし。
「それにお茶もお菓子も――、面白い話も聞かせていただきましたから」
ごちそうさまでした。と、しっかり礼を言いながら、元の世界へと戻る扉をくぐった。
――――――――――――――――
――――――――
「――――遅い! ただの部屋の掃除に、どれだけかかってんだテメェは!」
――戻ってきて早々、怒鳴られてしまった。
「いや、実は向こうの男の子に――」
――――――――
「仕事もせずに、食うだけ食って帰ってきただけじゃねぇか!」
……今回の特別手当が大幅に減額されたのは言うまでもない。
ここまで読んで頂いたということは……
きっと『三題噺 [部屋][氷山][掃除夫(婦)]』『甘い嘘は羽根に塗れて』の両作品を読んで頂いた方ということなのでしょう。
ありがとうございます。
なんか思いつきでコラボってみました。
異世界につながる扉って便利ね。
ただ、これをすると……。
短編をいざ連載で書きなおそうってなったときが大変。
まぁ、短編→連載って流れもなかなか難しいものがあるという前提です。
とりあえずは、世界観を壊さないように、支障が出ない部分を選びながら続けていければと思います。作品の裏話・後日談でやっていく方向で。
さすがに、コメディでもない限りは作中で出す勇気はないです。