起こされ見習い魔法使い
「優李様、朝です、起きてください」
黒いスーツに白いシャツに映える黒いネクタイ。後ろで綺麗に縛られ纏めている少し長めの黒髪。 スタンドの光でエメラルドグリーンに輝く瞳。
見事なまでに執事な姿の青年が、机の上の本に突っ伏して寝ている主人を起こそうと肩を揺する。
「お…おはよう睦月」
いかにも眠そうな声で執事の起こす声に応える。ノロノロとを頭をを起こすと腕を大きく振り上げ、クキ、コキッと肩を鳴らすと腰までありそうな長い黒髪を掻き分ける。
本の上に突っ伏していたせいか額にくっきりと線が付いている。
「まったく…いくら最近暖かい日が続いているとはいえ、こんなところで寝ては風邪をひいてしまいますよ」
主人の間抜けな姿にあきれつつも、睦月は床に散乱した本や紙を拾い集める。
「ふぁ〜…ところで今何時になる?」
主人の問い掛けに睦月は懐から出した懐中時計を開く。
「只今、八時五分になります」
「今日の予定は?」
「午前中は特に何もありませんが午後はクロムウェルからの依頼が一件と一般人から依頼が一件です。
淡々と説明する睦月によそに、主人はまだ眠いのかぼんやりとスタンドの明かりを見ている。
「優李様、聞いていらっしゃいますか?」
主人は睦月の声で我にかえる。
「な、何か言った?」
睦月は呆れた表情で深い溜息をつく
「優李様、少しシャワーでも浴びて目を覚まされてはいかがですか?」
睦月の提案に眠そうに頷くとノロノロと立ち上がり部屋を出ていった。
主人が部屋を出ていったのを確認すると、睦月は細くため息をついた。
辺りには開いたままの書物や、円の中に文字や記号の描かれた紙が散乱している。
睦月はその中の一枚を手に取る。
「汝、我が力に因りてその力を示さん」
睦月の言葉に反応するように紙に描かれた模様が光り、小さな竜巻が作り出した。
「ふむ術式の構成は良くできていますね」
指を鳴らす、すると竜巻は消え去った。
魔法、人が使う神秘の術、そして、その力を行使し、人を厄災から救う者、 それが魔法使いだと睦月は師に教わった。
睦月は数度目の溜息をつくと部屋をかたずけ始めた。
シャワーの音が響く。
降り注ぐ温かいお湯を無言で浴び続け不意にシャワーを止める、自然と深いため息が出る。
「使えない…」
睦月は言っていた。
−−魔法とは人の心の力(魔力)を使い奇跡をなす神秘の術です、どんな人でもある程度なら修業をつめば使えるようになります。
しかし修業を始めてからもう三年も経つが、まだ一度も成功したことがない、本来なら成功しないにしても、何らかの反応があるはず、と睦月は言っていたが、その反応すら無い。
「どうして…僕は母様のようにはなれないの?」
鏡に向かって問い掛けるが答えはない。
虚しくなる不安になる、そんな思いを振り払うよに顔を左右に激しく振るがこの虚しいさや不安は消えない。
黒髪を軽く絞ると浴室の扉を開け、すぐ横の台に置かれているバスタオルに手をのばす。
体を拭き、髪を念入に拭くとタオルを巻いて浴室から出て洗面台の前に立ち、使い慣れたドライヤーの温風で髪を乾かす。
「どんな人でも修業すれば使えるか…」
ドライヤ−を止め右手を鏡に伸ばす。
「母様…」
強く、優しく、美しい母様。あの日…あの夏の夜からずっと母様のようになりたいと思い、夢みてきた。
「ねぇ…僕だって…母様みたいになれるよね」
少年は、少女のような笑顔を鏡に映すと、来る途中自室に寄り用意した服に着替え、朝食を食べるため居間へ向かった。