第7話:物語の終わりに永遠を見いだす
「雄大くん、アルバイト始めたんだって」
「知ってる」
というか、いつの話をしているんだこいつは。
大体今日だってバイトがあるから、雄大は遊べないんだろうに。
「何か欲しい物でもあるのかな」
何言ってんだ? こいつ。
「ああ、そういやお前、馬鹿だったな」
「なんでよー」
色々あったような無かったような経緯の末、俺と日茉莉は付き合うことになった。
本当なら一年と半年は前にこうなっていてもおかしくなかったけど、まあ今更だ。
人生は往々にしてうまくいかないものである。
っていうと、なんか悟っているみたいでかっこいい。
いや、恥ずかしい。
そういえば人生を物語に例える人がいるけれど。
この場合、俺の物語はどういうものだったんだろう。
短編なのは間違いないんだろうけど。
「どう考えても、俺ら二人の時間を作るためだろうが」
「あ、そういうことなんだ」
俺と日茉莉は付き合うことになったけど、もちろん雄大とも遊んでいる。
仲間はずれにするつもりはない。
そう考えると、雄大の欲しい物は叶ったことになるのか。
また3人で遊びたいっていうアレ。
ただ、そうすると雄大がお邪魔虫になることもあるというか、雄大本人が気にしているのでアルバイトを始めたそうだ。
アルバイトの日は二人でよろしくと。
「で、俺たちはどこへ向かってんの?」
もう"いつもの"ではなくなってしまった、いつもの通学路。
今日が日曜日だろうと、今が昼前だろうと、この道を歩くと学校の事を思い出す。
あまり良い思い出もないのに、名残惜しいような気がするのは皮肉なものだ。
「え? 陽太くん聞いてなかったの?」
はい、聞いてませんでした。
デート……じゃあないよな。
もちろん学校に行く用事でもないし。
……うーん。わかんね。お手上げ。
「あれだろ? 雄大のバイト先に冷やかしに行くんだろ?」
とりあえず適当な事を言ってお茶を濁そう。
明らかに間違っている事を言うと、日茉莉も呆れて怒らなくなるのだ。
むしろ、ニアピンの方が機嫌が悪くなると言っても過言じゃない。
「……それ、雄大くんが絶対やめてって言ってたやつ」
知ってるよ。
だから言ったんだよ。
「もう……花瓶が一つ余ったからお花を買ってきてって、おばさんが言ってたでしょ」
うん、知らない。
なんだよ。
覚えてないんじゃなくて、そもそも聞いてなかったんじゃねーか。
そういやなんか、さっき日茉莉と母さんが話してたけどそれか。
「それで、何の花を買うんだって?」
「やっぱり聞いてなかったんだ」
だって、お前。
お前が母さんと話出すと長いんだよ。
全然関係ない話とかするし。
他人の会話をいちいち聞くか。
雄大じゃあるまいし。
「で、何?」
「それはお店に着いてからのお楽しみということで」
さいですか。
◇
「どれがいいかなー」
あまり広くない店内に、所狭しと置いてある色とりどりの花。
200円くらいの安いのもあるし、5000円とかする物もある。
どうやって持って帰るのかもわからないような、大きい花まである。
一つ言っていいか?
何が着いてからのお楽しみだよ。
着いてから決めてんじゃねえか。
「みて陽太くん、エーデルワイスだって」
「エーデルワイスって外国の花じゃねえのか?」
日茉莉の指さした小さな白い花。
音楽の教科書にあった程度の知識しかないけど、確か外国の花だった気がする。
ぶっちゃけ金を出して買うような大層な花には見えない。
その辺に生えてそうな感じ。
「わたしもヨーロッパの高山に咲くお花だと思ってた」
まあ今は輸入とか普通にあるし、多分どっかから持ってきたんだろうけど。
それとも日本でも普通に栽培出来るのか。
「陽太くん、知ってる?」
「知らない」
「やっぱり」
やっぱりじゃねえよ。
「アルプスって日本にもあるんだよ」
へー。
マジ心底どうでもいい。
「北アルプスとか南アルプスとか中央アルプスもあるんだって」
つまりこう言いたいのか。
日本にもアルプスがあるからそこに咲いてるのかもね、って。
それはまた違うんじゃねーの?
日本ってあまり高山のイメージないし。
気候だって違うだろ。
「そちらをお求めですか?」
「あ、いえ、ちょっと見てただけで……」
どうでもいい雑談にふけっていると店員に声を掛けられた。
たったそれだけのことでキョドる日茉莉。
雄大もだけど、なんで店員に話しかけられたくらいで慌てるんだよ。
普通に対応すりゃあいいだろが。
「これ、外国の花ですよね?」
もちろんエーデルワイスを指して聞く。
「そうですよ。珍しいですよね。中々入らないんですよ」
なるほど。
珍しさを強調して売る作戦か。
まあ、そんな事くらいで買う俺じゃないけど。
「エーデルワイスって本来、6月から8月に咲く花なんですけど」
勝手に冬の花だと思っていたけど、夏の花なのか。
でも、今は冬だし。
これ偽物なんじゃねーの?
品種が違うとか。
ほら、鮭弁当に深海魚使うような。
ようするにモドキ。俺の嫌いな感じのアレ。
「早咲きにしても遅咲きにしても、すごく時期はずれで珍しいですよね」
そう言ってニッコリ。
ですよね。って……。
日茉莉さん言ってやってよ。
明らかにおかしいだろ。って。
偽物だろ? って。
「これください」
ですよねー。
◇
日茉莉がスマホで調べると、やっぱりこれはエーデルワイスで合っているらしい。
中々入荷しなくて珍しい、ってのも本当だった。
ただ、調べても早咲きとか遅咲きの事はよくわからないかった。
温室とか使えばこの季節にでも咲いたりするのだろうか。
「何? あんた達そんなの買ったの?」
ほら、やっぱりダメだしされてやんの。
「え? ダメでした?」
家に帰ると、早速母さんの査定が入った。
その辺に生えてるような花を飾る奴なんか、我が家には居ねえんだ。
「んー、ダメじゃないけどねえ。この花瓶には合わないと思ってね」
そう言って見せてもらったのは、首の部分が細いとっくり型の花瓶。
これはたしかに違うな。
その辺に生えてる草には荷が重い。
白いし、見た目が悪いわけじゃないけど、茎もしっかりしてないし、なんか毛が生えてるし。
うん、なんか違う。
「……じゃあ、どうしましょう、これ?」
「そうねえ、生け花用のスポンジがあるから陽太の部屋にでも飾りましょう」
「いいですね」
「よくねえよ!」
どんな話の流れだよ、意味わかんねえぞ。
俺の高貴な部屋には、花を飾るなんて軟弱なスペースはねえんだよ。
「スポンジ持ってくるわね」
「ちょっと待った」
なに勝手に話進めてんの。
その花誰が世話すんの。
ねえ。
「あ、そうだ日茉莉ちゃん。お昼食べてくんでしょ?」
「あ、はい、もしよければ」
「じゃあ、おばさんには連絡入れておくから」
待って、お願い。
彼氏と息子の話も聞いて、お願い。
◇
「部屋、スッキリしちゃったね」
「それ、雄大からも聞いた」
結局、俺は女二人の圧力に押し切られてしまった。
何が何でも俺の部屋に飾るらしい。
日茉莉がせっせと白い花を飾ろうと俺の部屋をいじっている。
ごく軽くだけど模様替えまでされた。
もう、どうにでもして。
「飾るにはちょうどいいね」
「よくねえよ」
「なんか殺風景で寂しいと思ってたの」
「しらねえから」
何を言っても無駄だと悟った俺は、日茉莉の背中を眺めていた。
短くなった髪が揺れる。
こうやって見るとやっぱり勿体ないな。
俺がどうこう言う資格が無いのはわかってるんだけど。
そんな気持ちで後ろ姿を眺めていると、何故か日茉莉が花を拝みだす。
もう飾り終わったようだ。
「で、何してんの? お前」
「お願いしてるの。陽太くんが元気になりますように、って」
お前それ、神木とかそういうのにするもんなんじゃねえの?
その辺に生えてるような草に願掛けしても意味ないだろ。
っていうか墓前のお供えみたいな感じで嫌な絵面だったぞ。
そこでふと気づく。
「ん? 願掛けって事はこれが枯れたら俺は死ぬのか」
あの最後の葉っぱが落ちたら――みたいな。
あれは願掛けとはまた違うか。
「……なんでそういうこと言うの」
「あ、いや、あの、はい、ごめんなさい」
余計なこと言いました。
どうもつい反射的に言ってしまけど、これはもう俺の性分なんだ。
だから、仕方ないんだ。
直せって言われて直せるもんじゃないし、諦めてくれ。
「お前さ、付き合い始めたら俺が優しくなるとか思ってたろ?」
「……ちょっと」
だよな。
ぶっちゃけ、俺もそう思ってた。
けど、特に変わることはなかった。
つまり俺はそういう人間なのだ。
「俺なんかを好きになったのが運の尽きだな」
「どういうこと?」
どういうこと、ってそのまんまの意味なんだけど。
まあいいや、流れに乗ってついでに言ってしまえ。
「お前をいじめから助けたのは俺じゃなくて先生だろ?」
「うん」
「俺を好きになるのはおかしくない?」
とうとう言ってしまった、ずっと抱えていたモヤモヤしたもの。
日茉莉がいじめから救われて。
それが嬉しくて人を好きになったのならそれは俺じゃなくて、あの時の先生のはずで。
俺は引っぱたいただけなのに。
掠め取ったような、そんなわだかまり。
日茉莉と付き合うようになって。
ではなく、日茉莉に好きだと伝えてからは大分薄くなって、でも少しは残っていたわだかまり。
「お母さんがね。髪、綺麗だねって」
「?」
急に話がとんだ。
髪が綺麗?
たしかに綺麗だとは思うが、何言ってんだ?
「お母さんが、綺麗な髪は大事にしなさい。って高いシャンプーとか買ってきてくれて――」
何かを言おうとしているのはわかるが、何の関係があるのかわからない。
日茉莉の髪が綺麗だと、日茉莉は俺を好きになるのか。
じゃあ、俺の髪が綺麗だったらどうなるんだ?
意味わからん。
回りくどいのはやめてくれ。
「陽太くんあの時、髪きれいだねって撫でてくれたから」
「ああ、なるほど。そういうことか」
あの日。
日茉莉へのいじめが無くなってからの数日後。
洗ったばかりの、ちょっと湿った手で触ってしまった小4の日茉莉の髪。
ありがとう、ってお辞儀された時に、ちょうど頭が目の前にあって。
いや、たしかに撫でたけど。
髪きれいだね、なんて言ってないんだが。
流石に10歳の俺はそんなこと言わない。
……言ってないよな?
「つうか、そんな簡単なことで」
いじめがなくなったからそいつを好きになったんじゃなくて。
髪を撫でられて。
それで、嬉しかったから好きになったなんて。
そんな簡単なことで。
――えへへ、って日茉莉が笑った。
――照れたような笑顔を俺に向けた。
――そんな簡単なことで俺は日茉莉を好きになった。
そう、そんな簡単なことで俺は日茉莉を好きになったんだ。
「あれ? 陽太くん、笑ってる?」
自分でも笑っていたかどうかはわからないけど。
頬が柔らかくなっているのは自覚があった。
◇
「あ、そうだ」
突然になって閃いた。
「枯れなきゃいいんだろ?」
「?」
日茉莉がそのエーデルワイスに願掛けをしていて。
それが枯れてほしくないのなら。
「あ、エーデルワイス?」
「そう、それ」
「ドライフラワーにするとか?」
「いや、その発想はなかったわ」
確かにドライフラワーなら枯れないな。
いや、待て。
ほんとか? ほんとに枯れないのか?
「えー。じゃあ、どんな発想があったの?」
「枯れそうになったら、食べて消化する。とか」
胃に入れてしまえば絶対に枯れない。
そうだろ?
「……毒とかあったらどうするの?」
「何、その哀れんだ目」
そんなん知らねえよ。
多分大丈夫だろ。
形あるものがいずれ壊れる、って言うなら先に壊しちまえばいいんだよ。
そうすりゃ、もう壊れない。それこそ永遠に。
つまりそういうことなのだ。
例えば、シンデレラっていう物語があって。
誰かが、あんなものはハッピーエンドじゃないって言う。
でも、誰がなんと言おうとシンデレラにとってはハッピーエンドで。
しかも終わった物語だから、それはもう変わることがないから永遠ってやつで。
だから大丈夫。
日茉莉にとっては違うけど。
俺にとっては永遠のハッピーエンド。
終わり良ければ全て良しっていうやつだ。
なんて。
自分を慰めるだけの安易な結論だけど、俺にとっては十分な答え。
惨めじゃなかったと――。
価値があったんだと――。
前向きに終わる為の答え。
だから大丈夫。
「日茉莉」
「なに? 陽太くん」
「キスでもしてみるか」
俺は死ぬらしい。
それはほとんど絶対で。だいたい100%で。奇跡に縋る気力もなくて。
日茉莉はそんな俺を好きで。
だから俺が死んだら、日茉莉は放り出されてしまって。
でも気にしなくていいらしい。
残された人は残された人たちで支えあってくれるらしい。
俺は、俺の思うようにしていいらしい。
それなら俺は、少しでも良い終わりを迎えるように。
思うように生きよう。
「陽太くん、笑ってる」
「お前がな」
「そうかも」
えへへ、って日茉莉が笑った。
照れた笑顔と、外国の花。
部屋には白い花が二つ咲いていた。
『いつか終わりに続く道』はこれで終わりです。
あとがきは活動報告の方に載せてあります。