説明は長いのが普通
アイギスの王城。その中でもかなり狭い使用人に割り当てられるであろう部屋のなかで男と女の二人組が向かい合った椅子に座っている。一人は先程の勇者召喚の際に召喚された男、佐井 共矢だ。彼はこの状況に緊張をしているのか顔が強張っっている。対するもう一人は騎士の鎧を着た赤い髪の女だった。
「では説明を始めようと思います。よろしいですか」
そう騎士の格好をした女がそう告げる。その言葉に共矢も頷きながら彼女の顔を見つめる。共矢が彼女の顔を直視するのはこれで2度目だがここまでの美人を前にするとさすがに緊張するのか少し体が強張っていた。
「では、まず勇者という存在についてです。勇者とは勇者召喚を行って異世界から召喚した人物のことを指します。これによって召喚された人物は超人的な身体能力を保有しております。それが何故なのかは私には全くわかりません」
「わからないって」
あまりの投げやりな説明に呆れる共矢。しかし彼女はこのことに対して意図的に話していないのだった。理由は、彼が生贄のことを知った場合、この国に反逆することはほぼ出来ないであろうが、勇者としての役目を果たさなくなった場合はあの儀式にかかった費用が無駄になる。それ故に話さなかったのだ。それを誤魔化す様に彼女は続けた。
「私はあまりこのことに対して聞いていませんので。では次にこの世界のことですが我々はヴァレンシアと呼んでおります。また、我々が今ここにいる国の名前はアイギスということを覚えておいてください」
「アイギス以外にはどんな国があるんだ?」
「アイギス以外の国についてはコルサス、ゲール、ブロン、バダハリという国を覚えていればよろしいと思われます」
「ありがとう」
「いえ、職務ですので。では次は何故勇者を呼んだかについて説明させていただきます。何故勇者を呼んだのかその理由は、魔王と呼ばれる存在が発見されたからです」
魔王という言葉が出た時、共矢も一瞬だけ息を止める。
「魔王、ねぇ。それはどういったものなんだ?」
「魔王という存在についてですが、ありとあらゆる魔物の王でございます。魔王は昔、この世界に大国がもう一つあった頃、ちょうど六十年前に生まれた、とされております。彼は、大国一つをを相手にし単騎で勝利を収めたのです。その後これは危ないと思った五大国が協力をして戦い、消耗させることに成功したのです。そして10年前、我が国の勇者によって滅ぼされたはずでした。しかし最近、その魔王らしきものを見たという目撃例が多数出現し、更には魔王の眷属であった魔物たちがまた復活し始めたのです」
彼女はそこで一旦、区切った。
「魔王の眷属という魔物は魔王の体から生み出される怪物たち。その姿は多く、共通して存在するのは一度殺した程度では死なないということと、体の何処かに人間の顔が付いているということです。更に魔王が現れたことを裏付ける要因として存在するのは五大国の一つバダハリの未来予測でございます。それによりますと、1年後魔王が完全復活するということでした。これは魔王復活の時が早い、と言うことで私達が勇者をもう一度召喚しなければと思い、召喚魔法を使い召喚されたのがあなたなのです」
そこで彼女は息をつく。そして続けた。
「御質問はございますでしょうか?」
はぁと溜息を吐いた共矢は何にもわかってないという様に首を振った。
「まぁ勇者とか魔王とか何故ここに呼んだかとかは分かったよ。うん。でもさ、あそこに、俺が召喚された時に偉そうにしていた人とか俺の周りにいた人とかのことの方が聞きたい。っていうか、あんた何モン。俺はてっきり最初にそのことを答えてくれるって思ってたんだけどさ」
そう言うと彼女は急に顔が真っ赤になっていく。そして急に立ち上がったかと思えば深々とお辞儀をした。
「す、すみませんでした。そのことについては私も忘れておりました。このお詫びはどのような形でさせていただければよろしいでしょうか」
そんな彼女の今までの印象からして思いもよらない行動にちょっとびっくりした共矢は彼女のことを慰めながら両手で体制を元に戻そうとする。
「で、ではまずは最初に私の名前を名乗らせていただきます。私はリィン・カートルです。カートル家の長女です。歳は19歳です」
そう言って立ったままビシッと敬礼を決める彼女に共矢は半笑いしながら椅子に座るように進める。
「それでは次にあなたを召喚された方をご紹介させていただきます。あの方はこの現アイギス王の第二子であり、長女であらせられるエリザ様です」
その言葉に共矢の全てが一瞬止まった。そして、
「エェェェェェェェェェェ」
と次の瞬間には新事実の発覚による驚きと先程の態度とかを省みた結果かとても大きな声で叫んでいた。
「マジでかよそれ。あの子王女様とか。俺かなり非礼な態度だったんじゃねぇのあれ。というか嫌われてないかなぁ。嫌われていたら、『お主は首切りの刑ぢゃ』とか言われてギロチンで胴体から首がフライアウェイすんじゃねぇの」
今度はリィンが悲観していた共矢をなだめる為に頑張る番だった。
そうして10分ほど共矢が無駄にアタフタして疲れた結果、彼等は話をする体制に戻ったのだった。
「では話を戻させてもらいます」
「お願いします」
次は失礼な態度にならないようにと考えながら敬語になっていく共矢に少し変なものを感じながらもリィンは話を続けていく。
「周りにいた人たちですがこの国の貴族たちです。前の方にいらっしゃったお二人はこの国のかでも特に発言力を持ちになられる方々で王女様から見て右側にいらっしゃったのがセンロウ家のソウソ様、左にいらっしゃったのはクラン家のダイン様でございます。特に右側にいらっしゃったソウソ様はかなり作法などには厳しいお方なのであまりの怒らせないほうがよろしいと思われます」
そう言われた共矢の顔には玉のような汗が流れていった。なぜ彼がここまでの汗を流しているのか。それは彼が召喚された際に1番手前の人間を怒鳴りつけたのだ。それがどちらだったかは忘れているのだが、どちらにせよいい結果は生まれない。最悪の場合デュラハンとして今後の余生を楽しまなければならないかもしれないと心の中でいろいろ考えて、共矢の顔色はだんだん悪くなっていく。そんな彼の元に彼女は優しく慰める。
「だ、大丈夫ですよ。ソウソ様は厳しい反面、慣れていない方の事は2度目までならお許しになる方です。ですからもう一度あの様な態度をする様なことが無ければ首が飛ぶことは無いと思いますよ」
訂正、彼に対して次やったら斬首されちゃうよと脅したのだった。
「は、ハハハ」
もう彼には笑うしかなかった。
「気合があれば何でもできるぜ!」
それらのことを振り切った共矢は3分ほどで回復したのだった。
「大丈夫ですか?」
「はい、全然大丈夫ですよ。次を話してくださいよ」
「そ、そうですか。ですがここではもうお話しすることもありませんし、そうですね。もう夜も近いですし今日はここまでということでどうでしょうか」
「そ、そうですね、今日はある程度遅いですし、リィンさん今日はありがとうございました」
そう言って共矢は座ったままだが頭を下げた。
「そ、そんなことをなさらなくてもいいですよ」
礼をされたリィンは少し戸惑いながらも彼の動きを止めようとする。
「ではここで私は失礼します」
ドアの方まで行ったリィンは礼をした後部屋から出て行った。彼女の歩く足音が消えた後、ハァと溜息を漏らした後、共矢は備え付けてあったベットに寝転がった。
(今日は色々なことがあったな)
そんなことを考えながら今日の自分を振り返る。いつも通りの様な朝を迎えたと思っていたのにあんな事になったと。
(俺はあの世界へと帰るべきだろうか、帰る意味さえも無いままに。それは、違うな)
ふと、共矢は何を思ったのか窓から外を眺める。そこからは沈みかけの太陽が見える。電気などは無い様で夕日がなんとも言えない雰囲気を醸し出している。日本でも見ることのできたであろう雰囲気の風景だが彼にとっては何か日本で見たそれとは全く違う印象を与えた。
(俺はここでは勇者として扱われていくのだろうが帰った場合どんな扱いを受けるだろうか)
そんなことを考えながら太陽へと目を向ける。その太陽はゆっくりと地平線の向こうへと進んでいきゆっくりと小さくなっていく。
「ウジウジと考えたって仕方が無い、か」
そう言った彼は思いっきり自分の頬を両手で叩いた。彼は自分の頬のヒリヒリする様な痛みにはっきりと目を開ける。そして、
「よし、こんなことは今日だけにしよう。明日からは頑張っていくぜ」
そう言って眠りにつくのだった。
翌朝、6時に彼は目覚めた。そして、
「ハァ、もうこの時間に起きる必要無いのにね。習慣というものはなかなか抜けないものだよ」
と窓から外を眺めながら呟く。そうしてベットから降りて腕を上に押し上げる様に体を伸ばす。そうして体を解して窓の近くまで行く。
「そうだな昨日までは外をこんな風に眺めたりなんかはしていなかったな」
そう言いながら窓の外へと目を向ける。朝は早いのだが、街の方には人の影がちらほら見える。市場だと思われる場所には人が多く集まっている。
「こっちじゃあ朝早くから動くのかねぇ」
そう言って感心しているとドアの方からコンコンッとノックの音が聞こえてくる。
「はいどうぞ」
ガチャリという音を立ててドアが開いてリィンが入ってきた。
「おはようございます、キョウヤさん。今日は街へと行こうと思っておりますので、その事を覚えておいてください。それでは今からお食事をお持ちいたします」
そう言って彼女は礼をした後またドアの向こうへと消えていった。
「こちらが市場です。ここでは色々な日用品が売っていますが武器や防具などは売っておりません。また保存食なども売っていませんのでご注意ください」
そう言ってリィンは共矢に説明をしながら市場の中を彼と共に歩いていく。歩く足音と共に鎧の動く音も聞こえてくる。リィンは鎧を纏いながら歩いているからだ。しかし、彼女だけが特別というわけでは無い様で偶に(彼女ほど立派な鎧では無いが)鎧を着ている人がいる。
なぜリィンがなぜ鎧を着ているかというとスリ対策だ。彼女が鎧を着ることである程度の実力者ということを周りに知らせると共に鎧についている国の紋章を見せる事により公務できているということを知らせ、スリをした人間には国から処罰を与えるということを暗に知らせるためである。
共矢は昨日と同じ、日本から来た時の格好をしている。周りから見ればそちらの方が浮いている様で周りからなんとなく視線を感じることも少なく無い様だ。
「俺の格好ってそんなに変なのかねぇ」
ハァと溜息をつきながらリィンの後ろを歩いていく。かれこれ30分ほど彼女に街の構造やこの街での注意、お勧めの店などを聞きながら歩いてきた。共矢はその間ずっと自分の方に奇怪なものを見ている様な視線を感じ続けていた。最初の方は自分がリィンと一緒に歩いているからだと思っていたがこの市場の通りに入ってから小声でこの服の話をしているのを聞いてからこの服のせいだということがわかったのだ。流石にずっと視線を浴び続けるのも何かと嫌なものなので服を買い換えようとおもう。
「リィンさん、どこかに服屋とかありませんか」
「服屋ですか?そうですね」
共矢の服をみてそして納得がいった様に一度頭を上下に動かしす。
「こちらにありますよ」
そう言いながらリィンは歩いて行った。その後を共矢ついていく。市場からも出て少し歩いたところで彼女は止まる。
「この通りには防具や武器、保存食などから魔道具まで売っている店が多くあります。私のお勧めの店はこの店ですよ」
そう言いながらリィンは一つの店の方へと向かう。店の名前はセントラル。なんとも奇妙な外見の店だったため共矢が1番入りたく無い店だった。何せ、毒々しい配色の看板とまるで切り刻まれた様な布のかかった入り口、更には牛の骨の様な先端部分の杖の様なオブジェが入り口付近に置いてありなんとも独特の雰囲気を醸し出している。リィンが入って行ったためゴクリと唾を飲みながらその店へと入っていく。
「し、失礼します」
恐る恐る入っていくと、外見とは打って変わってなんとも質素な店の内装だった。
「意外とまともな店なのかね」
そう言いながら辺りを見回す。普通の店で武器や防具などが置いてありマントなども立てかけてある。それに防具の中に着る服なども置いてある。外見以外はまともな店かもしれないと思いながら共矢は周りを見回す。
「外見は趣味なのよ」
後ろから突然女性の擦れた様な声が聞こえてくる。びっくりして後ろを振り向くと髪の長い女性が背後にいた。
「うわっ」
何処からともなく現れた彼女の独特の外見からくるなんともオカルトじみた雰囲気に思わず驚いてしまい、後ろに下がろうとした時に躓いて尻餅をついた。
「大丈夫ですか」
そう言ってリィンが恭弥の元へと近づいてき、手を掴んで引っ張り上げた。
「有難うございます」
共矢はそう言ってリィンに対して頭を下げた。
「いえいえ、最初に会った時私がされたことのお返しですよ」
「それは俺がぶつかってしまったからですよ。そんなお返しされることではありませんよ」
「そうでもありません。優しくしてもらったということは事実です」
「それでも原因は俺にありますよ」
「いえいえ私が」
「俺が」
「あのー、私のことを忘れてませんかぁ?」
背後から女性の擦れた声が聞こえてくる。
「すみません忘れていました」
そう言いながらリィンは彼女に頭を下げる。
「いいんですよ私の陰が薄いのが悪いのですから」
そう言いながら彼女は先程以上にドヨーンとした雰囲気を醸し出す。なんとも絡みづらい人だな。と共矢は思いながら握手のためにと手を出す。
「あー、俺は共矢です。佐井 共矢、いやこっちだと共矢 佐井になるのかな、よろしく」
彼女はその手を恐る恐る握り返した。なんとも冷たい手だった。まるで氷を触った時の様な感じだった。
「私の名前はバンシーよ。よろしくね」
そう言った彼女はなんとも恐怖を与えてくる様な笑みを浮かべていた。
「ようこそ、諸君」
そう言って迎え入れたのはスポットライトの当てられた豪華な椅子に座っている男、諸刃 剣だった。
「お久しぶりですね、私としても貴方に会えてとても嬉しく思っております。ですが今回、本当は会う予定など全く、一ミリたりとも、これっぽっちもございませんでした」
そう言った剣は苦笑を浮かべた。
「しかし、私が今後の未来を考えた際、このことをお伝えした方が面白いであろうと思い、私が貴方をここに呼ばせてもらいました」
そう言って彼は他人を不快にさせること間違いなしの笑顔で言う。
「彼の物語、ダリアの花が贈られることになるでしょうね。そのダリアの花を無視すればそこにハナズオウの花が咲き乱れることでしょう」
そう彼が言った瞬間スポットライトが消え去り、真っ暗闇に落とされる。
「それではごきげんよう」




