家の中に丘
「ソウ。いつものよろしく」
「ん」
『ソウ』は俺の名前で、ちゃんと漢字があるんだけど好きじゃないから心の中でカタカナに変換してる。
ちなみにいつものというのは、めちゃくちゃ遠い使用人専用棟と本家の伝言係だ。
めちゃくちゃ遠いってどれぐらいかというと丘を越える。丘を。家の中に丘って。どれだけ賀茂家がデカいのかがわかる。
その丘がまた曲者。まず急な上り坂が永遠と続く。そしてすぐ休む間もなく急な下り坂がある。この丘と呼ぶのかどうかも怪しい障害物のせいで俺みたいな伝言係ができたのだ。ほんと嫌になってくる。とか思いながらも頑張ってのぼる。のぼる。
無心でのぼってると上の方から囁き声が聞こえてきた。
「死ね死ね死ね死ね死ねとくにあのクソババァ死ね死ね死ね死ねちょっと年上だからって調子こいてんじゃねぇよ死ねバカが死ね死ね死ね死ね」
間違えた。呪いの言葉だった。怖かったけど確実に通る場所だったので、ちょっとずつ歩み寄ると以外にも鮮やかな色彩の着物が見えてきた。
これ下手に見つかったら殺されるんじゃないだろうか。
「死ね死ね死ね死ね……誰?」
見つかった。
「えーと、ソウと申します。賀茂家で小間使いを務めてます。」
「死ね。」
「え?」
「人類なら誰しも死ねばいいのよ。」
そういいながらこっちを睨むその子の瞳はまるで汚泥のようにひどく澱んでいて、それでいて綺麗だった。
俺はこの澱みきった暗い瞳に惚れたんだ。