謎の女
――フィルレシア城下町とある喫茶店――
時は既に小一時間ほど流れ……。
現在少年は、藍色の瞳と高く結い上げた黒髪が印象的ななかなかに人目を集める程には美人と形容されるだろう容姿の女が、パフェを時折机に溢しながら夢中になってかきこむ姿をそれはそれは白けた眼差しでただただ見つめていた。
――――
――
「 少々お待ちくださいませ 」
「 はーい。
……いやー。それにしても、さっきはありがとうねえ君、……えーと? 」
「 ……アル 」
目の前で暢気に特大パフェに瞳を輝かせていた女が、二杯目のおかわりを注文し店員が恭しく去っていったところで、漸くこちらに意識を向けた。
少年……アルの眉間の皺が増したのは、言うまでもない。
アルとこの未だ正体不明の無駄に期待を裏切る行動を起こす女のいるこの店は、先程一悶着あった所から少し離れた場所にある、巷でもなかなかに人気のある喫茶店だ。
ゆったりとしたクラシック音楽がかけられたそのガラス張りの店内には今日もお昼を過ぎた辺りとはいえ、決して少なくは無い数の客の姿があった。
中でも人気なのが50cmはある特大パフェ。
それは主に家族連れ用にと用意されたものだったのだが甘党にはたまらない一品らしく、一部の間で噂が広がり今では注文する人が後を立たないんだとか。
かくいうこの女も、今アルの目の前でそれをペロリと完食しただけでなく新たにもう一杯注文して見せたのだが。
そんなに甘いものを食さないアルとしてはなかなかに衝撃的な場面である。
( ……女というのは恐ろしい )
状況を忘れて思わず心中で呟いた。閑話休題。
その人を避けるような奥のテーブル席に腰を落ち着けているのは、土下座から姿勢を正した途端に口を挟む余地無くアルの腕を強引に掴み此処まで引っ張ってきた謎の女と、
向かい側には訳も分からないまま引っ張られてきた現在進行形で不機嫌そうに眉間に皺を刻むアルだ。
因みに八百屋の男はそのままそこに置き去りである。勿論、大量の野菜を積んだカートも一緒に。
アルは悪くないのだが、せっかくの善意をと了承した手前罪悪感が胸を過ぎる。
その不機嫌さを前面に押し出すように簡潔に名前を述べたアルだが……
たいして気にした風も無く、女は運ばれてきたパフェに再度その藍色の瞳を向け、形の良い桜色をした唇をペロリと舐めた。
ひくりと、様々な意味でアルの頬が引きつる。
だが今度は食べることを優先とはしないのか、スプーンを持ちつつも視線はアルに戻す女。
……それでも若干意識はパフェに傾いているのは最早気にしないほうがいいのだろう。
この場に来てからというもの初対面の、それも女からすれば恩人を前にしていてのその行動には女の図太い神経が如実に表れていて、アルは諦めるように一つ息を吐いた。
だからといって眉間の皺は消えないけれど。
我慢が出来なかったのかスプーンでパフェに盛り付けられたチョコでコーティングされたバナナをつつきながら、女が微笑を浮かべた。
見た目だけなら美人と謳われる風貌のその女の可愛らしい微笑は、しかし少年には通用しなかった。
皺が、一本増える。